新月の夢 (譲×神子)


夢を見た
それはいつもの死の悪夢ではなく、真っ赤な炎の中 あなたが泣いてる夢だった
まるで破壊の龍みたいな炎
熱を発し、世界を飲み込もうとする勢いで燃え盛る
あなたはその中にたった一人
悲鳴に似た嘆きの声を上げて、哭いている

「先輩・・・・・・・・・っ」

手は届かない
声も、うまく出せなかった
炎は大切なあの人を飲み込んで勢いを増し、
そして突然に、目が覚めた
外はまだ、薄暗かった

(夢か・・・・・)

起き上がり、譲は庭に続く廊下へと視線をやった
明け方、ようやく東の方が明るくなりかけた時間
じっとりと手の平に浮かんだ汗に苦笑し、譲は立ち上がって外に出た
朝の空は嫌いじゃないけれど、今は長く見る気にはなれなかった
濃いオレンジ色は、炎のように見える
不吉な夢
窒息しそうに苦しかった、あの夢の中
大切な人が哭いているのに
手を伸ばしても届かなかったから、あれが夢でよかったと ふと安堵する
夢で良かった
あなたをたった一人で、泣かせているだなんて

コトコトと、鍋が湯気を吹き出した音を聞きながら 譲はもうすっかり明るくなった空を見上げた
がまだ起きてこない
寝坊なのはいつものことだけど、今日はちょっと遅すぎるな、と
の部屋へと向かう
昨日の戦闘が少しハードだったから疲れているのだろうか
もしかして具合が悪いとか
それとも、目を覚ましているのにいつまでも布団の中で夢の余韻に浸っているのか
(ほんと、先輩は朝が弱いよなぁ・・・)
色々と思いやって、譲はクスと微笑した
この間まで普通の高校生だったが、この世界へきてまだわずかな時間しかたっていない
その手に剣を持ち 白龍の神子として戦うと聞いた時には気が遠くなりそうだった
剣なんて 素人が使いこなせるものじゃない
ましてや女の子が
それを振り回して敵を倒すなんて、できるわけがない
そう思っていた
「無理しないでください、先輩」
何度、そう言ったか
何度、敵からをかばったか
が白龍の神子だというのなら仕方がない
浄化の力を必要とするなら、その時までは八葉の後ろに隠れていてほしい
前に立って戦ったりしないで、せめて安全な場所にいて
せめて、自分の後ろにいて
怪我なんか、しないで

「先輩、起きてください」

半分開いたままになっている扉に手をかけて、譲は中を覗き込んだ
いつものことだけれど 呼んでも起きる気配はない
は昔から朝に弱くて、いつまでも布団から出てこなくて
兄の将臣も同じく寝坊だったから、譲の朝は大変だった
将臣を起こした後、を起こしにかかっている間に また将臣が寝ていて、なんて
そんなのがいつもいつも
今だって、早起きしなければならない日直の日なんか、は絶対言うのだ
明日、携帯ならして絶対起こしてねって

「先輩、朝ですよ」

外は天気がいいから、部屋の中には光がいっぱい入っている
陽にキラ、と
の手に握られている何かが光ったような気がした
「?」
一瞬、視線を奪われて
だが、すぐに の唇から声が漏れたから それで譲はへと視線を戻した
「先輩」
もう一度呼び掛ける
いつもはこんな程度では起きないのに、今朝はそれでが目をあけた
「先輩、起きてください
 もうみんな起きてますよ?」
ぼんやりとした寝起きの目
だが、次の瞬間 はまるで飛び起きるようにして譲の顔を凝視した
「え・・・・?」
「譲くん・・・・っ」
「はい、・・・」
ゆらり、
の目が揺れた
まっすぐに見上げてくる目、まるで今にも泣き出しそうな
「どうか、したんですか・・・?」
今朝みた夢を、思い出した
炎の中泣いてた、あなた
大切な人

「譲くん・・・」
もう一度名前を呼ばれて、返事をすべきか迷って彷徨わせた視線の先、
の手が震えているのに気付いた
そしてその手に赤い、
赤い色がこびりついている
「先輩、それ・・・っ」
ぐい、と その腕をとった
袖を捲りあげると、変色した血がこびりついて泥に汚れた刀傷が、白い肌を裂いていた
ゾク、
背中が冷たくなって、体温が一気に下がった気がした
なんなんだ、この傷は
こんな怪我をしていたなんて、今の今まで気がつかなかった
「どうしたんですかっ、こんな傷・・・っ」
「え・・・?」
昨日の戦闘で負った傷か
ちゃんと弁慶に手当てしてもらったと思っていたのに
こんなにもひどい傷
それに気付かなかったなんて
痛かったろうに、こんな風に血が固まるまでほったらかしにしていたなんて
「化膿したらどうするんですかっ
 ちょっと待っててください、すぐに手当てしますからっ」
声が荒くなったのに、の目が少しだけ揺れたのを見た
こんな頼り無い少女が剣を持って戦いに、なんて
だから反対だったんだ
がこんな風に傷つくのは嫌だ

お湯で傷口を洗って、弁慶からもらった薬で手当てをし、包帯を巻き終わるまでは黙って譲の手許を見ていた
「痛くないですか?」
「大丈夫・・・」
わずかに声が震えてるように思える
「先輩、怪我をしたら弁慶さんにちゃんとみせて手当てを受けてください
 昨日も、そう言いましたよね」
「うん・・・そうだったね」
「そうだったねじゃないでしょう?
 かすり傷じゃないんですよっ、こんな・・・どうして隠したりするんです」
「隠してたわけじゃないよ」
「じゃあどうして手当てを受けてないんです」
「・・・うん、ちょっと・・・忘れてて・・・」
「忘れてて?!!」
「疲れてたから、そのまま寝ちゃった・・・のかな」
「な・・・・」
ぽかん、と
一瞬呆れたような顔をした譲に はようやく微笑した
「ごめんね・・・大丈夫よ、こんな傷」
「こんな傷って、今までの中で一番の負傷ですよっ」
「うんでも、もう平気」
譲くんが手当てしてくれたから、と
笑ったの揺れる目に、譲は小さく息を吐いた
「まだ、震えてますね」
「え・・・?」
「どうしたんですか? 恐い夢でもみたんですか?」
「・・・あ、・・・・・うん、」
目を覚ました時から震えているように見えた
右手に何かを握って、左腕には傷を作って
「大丈夫ですよ、夢はもう覚めたんですから」
「うん・・・そうだね」
がうなずいたら、長い髪がさら、と肩から落ちた
陽にそれがすけてキラキラする
譲はの長い髪が好きだった
こんな風に光に透けるのが綺麗で、いつも見ていた
今もまた、視線を奪われている
「さ、朝ごはんにしましょう」
「うん」
無意識だったんだろう
立ち上がる時に は何かをずっとずっと握っている右手を胸元に持っていった
きらり、
一瞬それが光に当たって輝いて
その光はなんとなく 譲の頭に残った
切ないような、痛いような音が 聞こえた気がした


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