4月の桜 (譲×神子←将臣)


本日は高校の入学式
譲には関係ない行事なのに、朝から当事者よりも早く起きて 寝坊二人を起こしたり、朝食を作ったり、将臣の靴下の片方を捜しまわったり
息をつく暇もなくバタバタして、真新しい制服に身を包んだ将臣の前に朝食を出し まだ半分寝ぼけたような顔をしている兄の様子に 譲はそっと苦笑した
将臣は今日から高校生で、も当然 同じ高校に通うことになっている

「おはよーっ」

約束の時間に10分遅れて、がやってきた
新しい制服に、新しい鞄、新しい靴
「起こしてくれてありがとうね、譲くん」
「いえ、先輩を起こすくらいは平気です」
「春休みなのに早起きさせちゃったから」
「俺はいつもこの位には起きてますよ」
そうなの? なんて言いながら 携帯でも探しているのか鞄をごそごそやりだしたに 譲はやっぱり苦笑した
一つ年上の幼馴染み
中学に入学する時もそうだった
と将臣は、いつも譲を置いて先へ先へといってしまう
どんなに努力しても どうにもならないこの年の差
今日、二人は高校の入学式だけれど、譲にはあと1年 中学生活が残っている
のいない学校で、とは別の通学路を歩く
その現実に、やりきれず自然 溜め息がこぼれ苦笑が漏れる

「将臣くん、遅れちゃうよ」
「チャリでいくから大丈夫だって
 お前後ろに乗っけてやるけど落ちるなよ?」

楽し気な会話
ようやく支度を終えて出てきた兄と 新生活が楽しみで仕方がないといった様子のは こうして並んでいると とても絵になる
高校生にもなって お隣同士 仲良く登校するのだからもしかしたら
もしかしなくとも、二人は譲の知らないところで そういう関係なのかもしれないと時々思うことがある
「じゃ、いってくるね 譲くん」
「昼飯 帰ってから食うから頼むな」
私のも、なんて笑って言ったに はいはい、と微笑して答えて 譲は二人を送りだした
幼い頃からずっと一緒にいた
同じだけ、将臣もの隣にいた
二人は同じ年だから、一緒に入学して一緒に卒業して
同じクラスになったり、今朝みたいに 一緒に登校したりする
急に静かになった空間に溜め息を吐き出して、譲は心を重くする不快な気持ちを消そうと努力した
このイライラの原因は、
朝から溜め息ばかり吐いている理由は わかりきっている
譲にも将臣にも 同じように笑いかけてくれるの残酷な無防備さと
譲がどんなに努力しても得ることのできないたくさんのの隣を、将臣はいとも簡単にもっていってしまうということ
それに気付いてしまっているから

もうずっとずっと前から、譲は将臣に嫉妬している

12時の少し前、譲の携帯に電話が入った
「譲くん、玄関に私の生徒手帳ない?」
「はい?」
昼過ぎに帰ってくるから、と言っていた二人のために 昼食を作っている最中
ジャージャーいうフライパンの音との声が混ざっていく
「今朝 携帯探してる時に置いたままみたいなの
 お願い、今すぐ持ってきて」
「・・・・え?」
そんなものあったっけ、と
電話片手に玄関へ行ってみると、たしかに靴箱の上にそれらしきものが置いてある
「ありますね、生徒手帳」
「おー、譲
 が取りに帰るよりお前が持って来た方が早いだろ
 おまえ休みだろ、今から届けにきてくれよ」
それ出さないと帰れないんだよ、なんて脳天気な声が 電話の向こうから返ってきた
なんでの携帯にあんたが出るんだよ、と思いつつ
溜め息と一緒に苦笑が漏れた
「ほんと、先輩は仕方ないな・・・」
入学式の日から忘れ物だなんて
らしいと言えばらしいのだろうけれど
のためなら、生徒手帳を届けるくらい なんでもないと思ってしまうけれど

「生徒じゃない奴は入れないからな、俺の制服着てこいよ」

じゃあな、と
一方的に切れた電話に、譲はしばらく立ち尽くしていた
(え・・・?)
制服を、着てこい?
忘れ物を届けにきた身内でも、入れないような厳しい学校だったっけ
今日は入学式だから、生徒じゃない人間もたくさん来ていただろうに
わざわざ、そんなことをしなければ通してもらえないのか
生徒手帳を届けにゆくだけなのに そこまでしないといけないのか

それから真新しい予備の制服を着て、譲は校門をくぐった
電話で聞いたクラスへと向かうと、廊下の前でが待っていた
「ありがとう、譲くんっ」
知らない風景の中の
いつも通りの笑顔で、担任の先生が厳しくて なんて言ってる様子に胸がぎゅっとなった
ここで、はこの1年
自分の知らない人と、自分の知らない時間を過ごすのかと そう思ったらやりきれなくなった
どうして自分は一つ年下なんだろう
どうして、自分が先に生まれてこなかったのだろう

「譲、早かったな」
側の教室から将臣が出てきた
「おまえ、さっさとそれ出してこいよ
 腹へった、帰ろうぜ」
「うん、ちょっとまっててね 譲くん
 一緒にかえろ」
入学式の様子なんかを嬉しそうに話していたは 生徒手帳を手に 将臣の出てきた教室へと入っていき かわりに将臣が譲の前に立った
「似合うじゃん、制服
 誰も気付かなかったろ」
「まぁ、そりゃね」
こんな入学式の日には まだ教師すら生徒の顔を把握できていないだろう
でなければ 見知らぬ顔に誰かが反応する
こんなもぐり込みみたいなことはできないだろうと思う
「兄さんは、先輩と同じクラスなんだな」
「ああ、ラッキーだったな」
宿題うつさせてもらえる、なんて言いながら 将臣が笑った
キリ、と
心が熱くなった
自分は同じ学校に通うことすらできないのに 将臣はこんなにも簡単に同じクラスになれてしまって
譲の知らない1年間を、と二人で過ごすのだ

世界の誰よりも、譲は将臣に嫉妬する

「おまたせ、譲くんっ」
鞄を持って、が出てきた
いつも笑ってる
きっと、新しい生活が楽しくて仕方がないのだろうと想像する
長い髪が 廊下の窓から入る光に透けて きらきらした
ああ、どうして自分は年下なんだろうと また思った
どうにもならないことばかり、考える
こんな日は特に

校庭の桜の下を歩きながら が自慢気に笑った
「すごく綺麗でしょ、この学校」
「そうですね」
「ねぇ、譲くんは来年 どこの高校受けるの?」
ヒラヒラと桜の花びらが散っていく
「お前は男子高って感じがするなー」
「成績いいもんね、ずっと上の学校に行くの?」
こちらを覗き込んでくるようなしぐさ
好奇心いっぱいの目を見返して、譲は苦笑した
「俺もここを、受験しますよ」
学校の教師は 上の学校へ行くのだと思っているだろう
成績から考えても、譲ならどこだって入れる
受験のことなんか まだあまり考えていなかったけれど、今日 ここに来て
将臣の制服を来て 生徒のふりをして ここに入り込んで こんな風に
知らない風景の中を見て痛感した
たった1年でも こんなに嫌なのに
その上3年も、なんて耐えられない
のいるところに、自分もいたい
学力が、とか レベルが、とか
そんなものに関係なく 自分が求めているのはばかりで
だから もう本当にここしか考えられなくなってしまった
「俺も来年、ここに来ます」
言ったら 隣で将臣が声を上げて笑った
「なんだよ・・・」
「いや、お前 そう言うだろうなーと思ってた」
「どうして笑うのよ、将臣くん
 私 譲くんはきっと上の学校に行くんだと思ってたから嬉しいな」
いつまでもバカ笑いを続ける兄と、
頬を紅潮させて それに抗議するに挟まれて歩きながら 譲は複雑な思いでそっと息を吐いた
「1年間 譲くんを待ってるね」
にこ、と笑うの顔
そんな風に言われたら どうしようもなく心が熱くなる
本当に、待っててくれますか?
あなたの立っている場所には どんなに足掻いても追いつけないけれど
それでも姿の見えるところまで 必死に走っていくから
いつも あなたを追い掛けているから
「待ってて・・・ください」
声は、突然吹いた強い風に かき消された
「すごい桜色の空っ」
「おおー、壮観だな」
同時に空を見上げたと将臣の声が重なる
風に舞い上がった桜の花びらが 空をピクン色に染めるかのように流れているのを切ない気持ちで見遣った
1年間、我慢して
来年は必ずここに立とう
せめてを見ていられる場所に
たとえ想いは届かなくても


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