08.悪夢

「とりあえず、皆 俺の家に来て下さい。」

何故あの時、俺はとりあえずなんて言葉を使ったのだろう。
今考えたとしてもそれ以外の選択肢が在った訳は無く、結局何故なんて考えるだけ時間の無駄なのだが そんな事をぼんやりと考える程、譲は疲れていた。
はぁと16歳には重い溜め息を一つ。
時空を越えた世界で、日々を戦闘に費やしていたあの頃よりも虚脱感が付きまとう疲れ。
現代に残った八葉+白龍を世話する、そう....それは家事の疲れ。
純粋な家事労働、それに加えて気疲れ、怒り疲れetcエトセトラ。

朝になれば源氏の3人ととても現代人に戻れそうにも無い兄とが鎌倉見物に出かけようとする。
まるで悪夢だ。

「ほら今日は九郎、おまえゆかりの寺、満福寺に連れて行ってやるよ。」
「ふふ、本人がここにいるのにゆかりの地というのも不思議な感覚ですね。」
「うむ、しかし考えさせられる事も多い。
 もしかしたら俺自身この世界の義経九郎のような人生を送ったかも知れん。」
「そうかもしれません。しかし九郎は美青年として伝わっているのにこちらの
 世界の弁慶は....随分とその」
「厳ついよね〜頼朝様もびっくりの厳つさだよね〜。まぁ俺に至っては評価最低
 の腰抜け。あまり違わないか。」

あぁなんて不毛な話を真顔でしているんだろう。
源氏の三人には屋外に出るのに剣帯を止めてもらうのに、銃をしまってもらうのに一苦労。
何せそれは武士の魂。離せと言うのが如何に酷かは分っているつもりだが日本には銃刀法違反と言う法律がある。
服装もなんとか着替えてもらったが、軽装になってみると九郎と弁慶の長い髪が余計に目立つ。
ただでさえ車が通れば身構え、TVを見れば怨霊かと騒ぎ、建物に入る時には名乗りをあげ、何かと悪目立ちする人たちだ。
外に出るというのならば、今日こそなんとかその髪を少しは短く。

「そんな....九郎の髪はとても綺麗で、それを切れだなんて横暴ではありませ
 んか?」
「スミマセン、でも九郎さんきっと短いのも似合うと思うんですよ。」
「九郎が可哀想です。」
「......いえ、弁慶さん。あなたにも同じ事を言っているのですが。」
「!!!わ、私もですか??」
「いや、譲の言う通りだ。俺たちは此処に世話になっている。
 ならば譲の言う通りにするのが筋だろう。」

座して俺の話を聞いていた九郎が思い詰めた顔で答える。切腹を言付かる時も多分彼は同じ顔をしているだろう。

「......それでどこまで切れば良い?」
「あの、九郎さん...刀を抜かないで下さい。
 切って下さるならちゃんとハサミがありますから。」
「まぁまぁ譲君〜そんな硬い事言わなくても、ほら、俺が切るから。
 それに免じて今日のところは、ね。」
「景時さんはそれ以上切らなくていいです。それより腹しまって下さい。」

にやにやと笑いながら聞いていた兄が口を挟む。嫌な予感。

「前方に難攻不落の城壁、策は?」
「正面突破しかあるまい!」
「無理して落とさずとも閉じ込めてしまえばいいのですよ。」
「逃げるも上策ってね、あ、なるほど。ぎょい〜。」
「あぁっ!!ああああ!!!どこに行くんですか!!」
「心配すんな、譲。俺がついてるからさ。」
「それが一番心配なんだよ!!」
「昼には帰る〜。」
きっと彼らは行く先で新たな伝説を作り笑いながら帰ってくるのだろう。

昼が近付けばハラヘッタ、ゴハン、と五月蝿い兄貴と白龍。
しかも朝も人一倍食べた筈の兄貴が台所迄急かしに来ると俺の苛立ちは乗算の如く跳ね上がる。
作った先からつまみ食いするのも。
大体作っている横に立たれるのも俺は嫌いだ。
時空を越える前よりも精悍になったを横顔を睨みつけても素知らぬ顔でサラダにまで手を付けている。
......手づかみで喰うな。
それに兄貴は3年多く向こうで時間を過ごしたのだから、所謂喰い盛りは過ぎたはずだろう?なんでそんなに喰うんだよ。

「喰える時に喰っておく、これ兵法じゃ基本だぜ。」
「ハムくわえながら言われても説得力なんか無いよ、兄さん。」
「敵がいつ何時現われるか分らないからなー。」
「敵なんて、もう平和になったんだよ。それより俺には兄さんが敵だよ、
 邪魔だからダイニングに.....」
「譲、お腹が減った。わぁ〜私の好きなさらだだ。」

あぁ最悪の展開だ。

「ほら、現われただろ?白龍も腹が減ったよな〜?つまむか?ほら。」
「うん、つまむ」
「〜〜〜〜っ。」
「譲、お前小さい白龍には怒れないんだろ?」
「白龍を盾にするなよ、大体白龍は敵なんだろ??」
「何言ってんだよ、昔の敵と如何に上手く友好を交わすかこれこそ兵法の
 極みだ。」

これ以上に不敵な笑みもムカつく笑いも俺は知らない。

「あの、お手伝いしましょうか?」
「いえ、結構です。」

っというか、親切そうに声をかけて下さった貴方は何処の何方ですか?
見知らぬ女性が遠慮気味に台所の扉側に立っている。
いや遠慮していたら他人の台所に入って来たりしないか、服装を見る限り明るい色のスーツに身を包んだ彼女は...どう見ても、どう見ても....。
鼻にかかった声が彼女の後ろから聞こえれば俺の予想は的中したも同然。

「譲、姫君に向かってそんなつれない口を聞くなんて。
 野暮天と言われても仕方ないと思うぜ。」

源氏の3人に比べれば現代に馴染んだ、いや馴染みきったヒノエは燃える様な赤毛を掻きあげながら女性をかばう様な振りをした。

「だから!何度勧誘員を家にあげるなって言えば分るんだよ!!」
「彼女の目的なんて俺にはどうだっていいのさ、
 只姫君が困っていたから手を差し伸べた。」
「その姫君は布団だか乾燥機だかを俺の家に売りつけようとしていると思うよ。」
「だから?俺は彼女と知り合えたそれだけでいいのさ。」

ここは台所で、俺の手には丁度都合良く包丁が握られているのだが。
「譲〜さらだ美味しい。」
あぁ白龍の笑顔さえ俺の癒しにならない日は遠く無い。

そして夜ともなれば、時にはご近所の先輩も交えて夕食を。
今日は敦盛さんの笛を聞きに来たらしい。
その状況下では非常に言い難いのだが、お隣さんから釘を刺されている手前言うしかあるまい。
「あの、敦盛さん。...夜更けに笛を吹くのを、その控えて頂けませんか?」
「すまない.....迷惑か」
「いえ、あの迷惑とかじゃなくて俺は好きですよ。でもあまり夜更けですと、
 その、驚いてしまう方もいるようなんで。」
素直に謝れると、更に言い辛い。
「そうか....。」
「落ち込む事は無い、昼間に吹けば良い事。」
「あ、リズ先生それなんですが。
 先生は寧ろ剣術の稽古は夜にして頂けると助かります。」
「.....うむ。しかし昼間でも人目に触れぬように身を隠しているが?」
「その身を隠すのが一般人には怪異に見える様で、曲刀を振り回していた男が
 突然消えた?!っとご近所では相当噂に。」
「.....心得た。」
「あの近々、倉を整理して空けるつもりでいます。そうしたら敦盛さんも
 先生も音や人目を気にせずに平気になるはずです。」
「譲は玄武の二人に優しい。」

う。そんな事はないはずなんですが、どうもこの二人は一人で居る事を好み又いたずらに騒ぎ立てたりしないから肩を持ってしまうというか、なんというか。まぁでも傍目からみれば白龍の言う通りなのだろう。
倉に隔離する気だろ?と笑っている兄貴は存在から無視をする事にする。
「俺は白龍にも優しいよ。」
「うん、優しい。」
「俺たちにはあまり優しく無いよな〜それは差別だよな〜、お兄ちゃんは悲しい。
 依怙贔屓は良く無いって望美も言ってるぞ。」
「っ.....なっ....。先輩も笑っていないで何か言ってやって下さいよ。」
「うふふ、でも譲君もとても楽しそうだよ。」

まいった。普段はどちらかといえば危なっかしくて俺が側に居なくてはと思わせる彼女だが、こういう時はとても鋭い。
「楽しくなんか無いですよ。」
俺が浮かべたのは精一杯の苦笑い。それさえ彼女はお見通しでそぉ?と笑っている。

事実こんなに疲れて楽しくて、愛おしい悪夢は他にはないだろう。
悪夢という日常で幾度となく溜め息を漏らし、怒り、時には呆れ
それでも俺は笑ってる。

今この日を、皆と一緒に。
あなたと一緒に。

亜蘭様より
投稿ありがとうございました☆


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