始動


目を覚ました時、側にシリウスがいた
窓から光がたくさん入ってる
今は午後
あれからずっと眠ってたのか、なんてボンヤリと考えて それから重い身体を起こした
「シリウス・・・」
ベッドに腰掛けて 大きな地図を開いていたシリウスは、ゆっくりと振り返って僅かに苦笑した
戸惑った目、でもそれでも ちゃんとリーマスを見てくれている
「ごめんね・・・いっぱい嘘を、ついてて・・・」
何と言っていいのか、シリウスにはわからないのだろう
当然だ
そして、奇跡だと思う
あの姿を見て、この秘密を知ってなお、こうして側にいてくれるなんて
まっすぐに、見てくれるなんて
「ごめんね・・・」
言葉がみつからないシリウスは、不機嫌そうに見える顔で黙ったまま リーマスの腕をそっと取った
「・・・っ」
痛みが走っていく
腕に、足に、身体中に 鎖に傷つけられた痕が残っている
シャツの袖がめくれて その赤く痛々しい痕が見えたのに リーマスはハっとして息を飲んだ
ああ、いつもはこの傷が見えないよう 身体に魔法をかけていたのに
そんなとこに、気がまわらなかった
醜い傷跡だらけの身体が、シリウスの前にさらされる

「いい、おまえは謝らなくていい」

シリウスが、そっとその手首にくちづけた
痛みと、熱を同時に感じた
ぞくり、
驚き戸惑い見上げたシリウスの目は、いつものまっすぐで正直な冬の空の色
その目が少しだけ揺れて、彼はリーマスの身体にくちづけた
首筋に、肩に、胸に、腕に、足に、そして

「・・・シリウス・・・っ」

こんな醜い僕でもまだ、抱いてくれるの?
キスしてくれるの?
慰めてくれるの?
「シリウ・・・ス・・・・っ」
自然荒くなる息遣いの下、何度も何度もその名を呼んだ
強い力で掴まれる腕、押さえ付けられる肩
痛みも熱へと変わっていく
シリウスの手が触れるたび、唇がくちづけを落とすたび
ドクンドクン、と身体が昂ってどうしようもなくなる

静かな午後
みんなは授業に出てるから、寮には二人きり誰もいない
「う・・・・っ、ん・・・っ」
抜き差しされる指の感触に、ぞくぞくと背を反らせ リーマスももう言葉を紡げなくなっていた
くちゅ、というあの淫らな音
濡れて音をたてて、淫乱に身体が彼を求め出す
「シリウス・・・っ、しりうす・・・・・・・・・・・っ」
必死に、くちづけを繰り返すシリウスの腕を掴んだ
そんな風に、君が抱いてくれるなんて
まるで大切なものを抱くように、優しく何度もくちづけてくれるなんて
「お願いシリウス・・・っ、もっ・・・・と」
目が、よく見えなかった
熱いものが頬を濡らす
自分が泣いてるのなんかわからなかったけれど、呼吸が苦しくて 声がうまく出せなくて
「しりうす・・・っ」
必死に呼んだ彼の手が、熱をもちどうしようもなく濡れているものに触れた
ドクン、高揚が駆けていく
いつもみたいにひどくして
もっと君を感じさせて
「シリウ・・・・っ」
咽は、それを声にはできなかった
空気だけが漏れるのがかろうじて耳に届く
一気に、その指で慣らされた場所に異物を突き立てられ、ねじ込まれ
それでただ必死に その熱を感じた
身体を貫いていく彼に濡れ、声を上げた
こんな醜態をさらす行為が今、一番リーマスを慰める

ぱた、と
2度、彼の中で白濁を吐き それでも突き上げることをやめず犯しつづけたリーマスの身体は
やがて力を失った
傷だらけの腕が、白いシーツに落ちるのを見て シリウスの熱もようやく引いていく
「・・・は・・・・っ」
荒く息を一つ吐き出し、その熱い身体から精液まみれのそれを抜き出す
男同士で乱れてイって、
なんてバカげてて異常な行為なんだろうと
頭ではそう感じていても、心がもうどうにもならなかった
リーマスを、抱きたいと思った
この愛しく悲しい彼の身体を

リーマスが次に目を覚ましたのは 夜だった
「よう、目 覚めたか」
部屋にはシリウス以外にジェームズとピーターもいて 二人は手にグラスを持っていた
「ほら、バタービール
 お前 好きだろ」
「ありがとう・・・」
手渡されたグラスは温かくて、ジェームズがたった今 買いに行ってくれたのであろうことが伺えた
優しい親友達
自分の、帰るべき場所
ここにいてもいい? まだここに、いてもいい?
泣けてきたから、それを隠そうと必死になって 見られないよう俯いた
バタービールの甘い味
温かい液体が体内に流れ込むと、無性に安心した
ああ、帰ってこれた
あの夜を耐えてでも失いたくなかったもの、それがいま目の前にある

いつものように、ジェームズとシリウスは雑談をして
いつものようにピーターはリーマスの身体の心配をしてくれていた
グラスのバタービールが温かいうちに飲み干して、そしていつもの笑顔で笑ってみせる
「大丈夫、心配しないで」
そう言ったら、ピーターは何も疑うことなく「ならいいんだ」と言い
すぐ側でシリウスが苦笑した
そして無言で髪を撫でてくれる
ああ、これ以上の幸福があるだろうか
これ以上 何を望む?
僕はこの身を呪ったりしない

「さて、グラスも空になったことだし、ここでみんなに提案がある」

突然、ジェームズが立ち上がった
手に分厚い古びた本を持っている
「なんだよ、急に」
「みんなで特訓をしようと思って」
「特訓?」
何の? と
シリウスが聞き返す前に ジェームズはその本をこちらへ放って見せた
表紙の文字も消えてしまっているような 本当に古い本
開くと中には「アニメーガス」と書かれていた
アニメーガス、動物に姿を変える変身術の中でも最も高度な魔法
それができる者はわずか
現在登録されているのは たしか10人とちょっとだった気がする
それほどに、高度な魔法
「なんだよこれ?」
「これをみんなで会得する」
「・・・は?」
怪訝そうな顔が、そろってジェームズを見た
それに向かい、彼はいつもの悪戯好きな目で言い放つ
「俺は1年前 人狼のレポートで満点を取った
 人狼は動物を襲わない、動物はたとえ噛まれても人狼にならない
 いいか? シリウス、リーマス、ピーター
 動物になれれば、人狼の側にいられるんだ」
リーマスはただ目を見開いてジェームズを見つめ
シリウスはぴた、と動きを止めた
「ねぇ、人狼って何の話?」
ピーターだけが うろたえたようにそわそわと言葉を発し 後はただシン・・・と
誰も何も話さなかった

動物になれれば、人狼の側にいられる

「簡単に・・・会得できる魔法じゃ・・・ないよ・・・?」
最初に言ったのはリーマスだった
声が震えている
そうだよ、と
わけもわからず賛同したピーター
それらを見遣り、最後にシリウスを見てジェームズは言った
「簡単じゃなくても不可能じゃない
 いいか、できる奴がいるんだ 俺達にできないわけがない」
そうして、いつもの自信満々の顔は にっと笑うと 一歩みんなから離れた
「見てろ」

まさか、と
その場の誰もが思ったろう
大人の魔法使いだって 何年も訓練して結局諦めたりする魔法
できる者の弟子になり そればかりを教えてもらったって会得するのにどれ程時間がかかるか
そんな魔法
世界で一体どれだけの魔法使いが、できなくて諦めたと思ってるんだ
「おい・・・見てろって・・・おまえ・・・」
自然、声が震えた
だが、その震えた声さえ 目の前で起こった変化に出せなくなる
ジェームズの身体が金色に輝き、そうしてそれが雄々しき牡鹿へと変わったのだから

「ひぇ・・・・っ」
隣に立っていたピーターが腰を抜かしたのが視界の隅に入った
シリウスは呆然と、その美しい牡鹿を見つめる
息ができない程の衝撃
それと同時に 何だこの、
身体が熱くなる衝動は
希望に似た、熱く狂おしい程の歓びは

「俺はやる」
シリウスが言った
心臓が破れそうな程 どくどくいっている
動物になれれば、人狼の側にいられる
それはつまり、こういうことだ
リーマスが、孤独に哭き叫ぶ夜が もう来ないということだ
「俺はやる・・・っ」
「言うと思ったよ」
スタ、と
階段を一段降りる様に ジェームズの身体は元へと戻った
いつものように笑ってる
「俺は半年かかった
 けどコツを掴んだ、お前達に伝授してやる」
だから明日から特訓だ、と
その言葉に 自然笑いがこみあげた
世の中の魔法使いが一体何年修行すると思ってるんだ
それをお前はたった半年で?
授業を受け、クィディッチの練習をこなし、みんなといつものように遊び さらにその上で
その上で誰にも教わらず たった一人で身につけたんだろう
この高度な魔法を
ここにいる、愛すべき化け物のために

真夜中、興奮で眠れなかったシリウスが 談話室へとおりると そこにはジェームズとピーターがいた
リーマスのことを聞かされていたのだろう
蒼白な顔して震えているピーターに ジェームズがいつものように笑っていった
「俺達はいつも一緒だろ
 月にたったの一晩でも、あいつが孤独だなんて俺は嫌だよ」
それがたとえピーターであっても、シリウスであっても、と
その言葉に 実感の湧かないピーターはただ 操り人形のようにコクコクと首をうなずかせるだけだった
「みんながやるなら・・・僕もやるよ・・・」

それから、怯えたままの顔をして 部屋へと戻ったピーターを見遣り 今度はシリウスがジェームズの前に座った
「なぁ、どうして俺を行かせた?」
リーマスのことに、半年も前から気付いていたジェームズ
あんな特訓を一人でして、高度な魔法を身につけて
シリウスには考えもつかなかった解決策を提案した
もたらされた可能性に、背筋がぞっとしたのだ
本当にもしかしたら、リーマスの孤独を救えるかもしれないと
「おまえばずっと前から気付いてたんだろ」
「まぁね、でも、俺にはどうしようもなかったから」
笑って ジェームズが答える
「リーマスのアレを受け止める器が俺にはない、わかるか?」
「わかんねーな
 オレなんかより、お前の方がずっと頭がいいし、強いだろ」
人間としての器だって、魔法使いとしての可能性だって
「おっしゃるとおり、俺の器はデカイよ
 でも、全部 他のことで埋まってるんだ」
「・・・なんだよ、それ」
自分で言うなよ、と
半ば呆れて言ってやったら、彼はにっ、と笑った
「俺には他に何よりも大切な人がいる
 だからリーマスのことを知っても、どうにもできなかった
 わかるだろ?
 あんなもの、全身全霊をかけなきゃ受け止めてやれない、俺には無理だ」
もう他に運命の人がいるからな、と
ウインクした彼の顔をまじまじと見つめ、シリウスは脳裏に 一瞬大嫌いな奴の顔を思い浮かべた
ジェームズの執着してる存在
他寮の、いけすかない奴
「・・・理由はわかった、でももしオレがびびって逃げ出してたらどうするつもりだったんだよ」
「次はピーターを行かせるかな」
「はぁ?!!! あの怖がりがリーマスのアレを受け止められるわけないだろっ」
「いいじゃないか、そんな仮定の話
 おまえは逃げなかったんだから」
「結果論だろっ」
「それで十分、リーマスはお前に救われた、その結果だけで十分」

くつくつ、と
楽しそうにジェームズは笑った
遠慮のない目でジロジロとシリウスを見て また一人ニヤニヤと笑う
「なんだよっ」
「いやいや、お前も堕ちたんだなぁと思ってさ」
「何がだ」
「リーマスのあだ名知ってる?
 <魔性>だってさ、あの色気は本気で男にはたまらないらしいよ」
「はぁ?!!!!」
にやける親友を前に、顔を真っ赤にしてシリウスは吠えた
「オレはそんなんじゃないからなっ
 親友としてあいつの淫乱を止めてやってんだっ、変なこと言うなよっ」
「そうか? そんなに言うならそういうことにしといてやってもいいけどな
 顔が真っ赤だよ? ブラック君?」
クククク、と
本気でおもしろがっている笑い声に、シリウスの怒声がかかる
「バカなこと言うなっ、笑うなジェームズっ」
顔が熱い、わかってる
怒鳴るのは図星だから、わかってる
愛しいと思った、自覚がある
今までに感じたことのない高揚を覚えた、今朝のリーマスの身体
泣きながら、自分の名を呼ぶ彼を 何より愛しいと感じた
それが異常だということは知ってて、
それでもと心が求めた
自覚がある
だから必死に怒鳴るんだ
バカなことを言うな、と

まるで騒がしい満月の次の夜
少年達は始動する
秘密の共有、魔法の特訓、素晴らしいじゃないか
それは希望への、近道なんだから


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