歓びの朝


満月の日は、月が上る前に屋敷へと行って
あの一番頑丈な部屋に入って鍵をかけ、鎖に腕を通して じっと目を閉じる
月が上るのは、見なくてもわかる
ざわざわと、身体の中で何かが引いて満ちていくから
景色が、青みがかったものになっていくから、ああもう化け物になるんだなぁ、なんてわかる
もう慣れた
1年に12回
一月はあっという間、気付いたらもう満月の夜
またここへ来て 鎖に腕を通し、ほどけないよう魔法をかけて月がのぼるのを待ち変化を感じる

繰り返し、繰り返し
そうして、今夜もいつもと同じ様に繰り返すんだと思ってた
あの声が聞こえるまでは

「リーマスっ」

名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った
ざわざわと、身体の変化は始まっていたから あとはただ目を閉じてまっていればいいだけだったのに
それでいつも通りの夜になるはずだったのに
「おまえ、何してんだよっ」
一体いつ、どこからここに入ったのか
君こそ何をしているのか
言葉にしようとしたら咽が震えて、出てきたのは咆哮だった
ああ、変化がはじまる
意識が落ちていく

人狼って知ってる?
授業でならったことは たったの羊皮紙2枚分
彼等は変身すると人間の意識が消え、ただの本能のみになって暴れます
人を襲い、噛み付いた人間を同じ種族に変えてしまう恐ろしい化け物です
先生はそう言ってた
教科書にも、そう書かれてあった
はい、その通りです
変身したら ただの本能だけになり、仲間を求めて走り 人間をなぎ払い噛み付き、傷つけ
そして朝が来たら、元の姿に戻る
それを繰り返していくのだと 先生の言った通りです
それが醜い狼のような姿の、人狼という化け物です

「シリウス・・・」

リーマスは、彼の姿を見た瞬間 呼吸を忘れて目を見開いた
満月の夜は 人に姿を曝せない
人狼になっても誰かを傷つけることのないよう、校長の与えてくれたこの屋敷で こうして自分の身体を縛りつけ夜を過ごし
何もなかったかのように、朝には寮に戻る
そうしてホグワーツにいることを許されている
問題を起こさないよう
けして、リーマスが人狼だと悟られないよう
4年間、隠し通した
苦しくても、笑って
寂しくても、大丈夫と言った
親友だと言ってくれる者に、嘘をついて
抱いてやる、とまで言ってくれた人に 偽りの姿を曝して
それでも たった一人 この夜を繰り返し、悟られないよう耐えたのは全て
全て これ以上失いたくなかったから
手に入れた「親友」という安らぎ
温かい手
たとえ嘘でかためた自分でも、偽った姿でも
それでもいい、知られなければ側にいられる
自分が人狼だと隠し通せたら、また彼等の元に帰っていけるから
だからこうして、この苦しい夜を
絶望の夜を 何度も何度も一人で耐えてきたのに
この身を鎖で戒めて、けして人を襲わないよう
けして正体がバレないよう、
隠れて、本能と戦って、
朝には鎖に傷つけられた身体を引きずって みんなのところへ
抱いてくれるあの人のところへ、帰っていけるからと

「・・・そのために・・・耐えてたのに・・・っ」

言葉は全て咆哮へと変わった
意識が薄れていく
ああ、人でなくなってしまう
シリウス、どうして君がここにいるの
今、何を想っているの
驚愕に目を見開いて、真っ青な顔をして
驚いて、怯えて、恐れて、憤って、それから、それから?
「シリウス、君を、君たちを、僕は失いたくなかったんだ・・・っ」
衝動が身体を突き上げてくる
血が熱い
仲間を求める本能が、この戒めた鎖を断ち切ろうと暴れ出す

「う、ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、あああぁぁぁぁぁぁぁっ」

知ってる?
人狼は変身している時の記憶がないらしい、って教科書に書いてあるけれど そうじゃない
人の意識が薄くなって、獣の本能が強くなって
だから 行動を抑制できないけれど でも
記憶は残るんだよ
目に映ったもの、耳に聞こえたものは 記憶として残される
知ってる? 知らないよね、誰も
人狼が人を襲い同族を作るのは、寂しいからなんだよ
たった一人 世界に呪われて追い立てられて
孤独に死んでしまいそうになるからなんだよ
だから仲間を求めて走り続け、仲間の声に叫びかえす
わたしはここにいる、ここでひとり嘆いていると

「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

咆哮は、まるで自分ではない もっと別のところから響いてくるようだった
視界に映る 立ち尽くした人間
どれだけもがいても、鎖はほどけず
腕を振り上げても、牙をむいても 彼には届かなかった
届かない
誰にも届かない
そこにいるのが敵か味方かなんて、考えない
ただ、あの人間に噛み付いたら 仲間が増えるから
そうしたら一人ではなくなるのではないかと、悲しい人狼は本能で考える
そして、牙をむく
戒めの鎖が音をたてる

満月の夜は、孤独
身をきしむような痛みが全身を蝕んでいく
肢体にくいこむ鎖
皮膚が擦り切れ、血が滲み、締め上げられて骨がきしむ
それでももがく
ここから逃げ出したい
仲間のいる場所へ走っていきたい
ここは孤独、誰もいない
寂しさには耐えられない
全身の細胞がそう、叫んでいる

叫んでいる、寂しいのは嫌だと

目の前の人間はずっと、そこにいた
悲痛な顔をして、逃げようともせず
ただ呆然と、立ち尽くしているようだった
シリウス、シリウス
彼の名を知ってる
満月の夜が明けたら、最初に抱いてくれる人
誰でもいいと言った自分を、怒ってくれた人
孤独を癒してくれる人なら誰でもいいんだと、本当にそう思っていた
彼は、呆れたように言ったっけ
「そんなの俺が嫌なんだ」

親友だから、と
そんな理由で抱いてくれる優しいシリウス
親友だからと、多分気付いているのに目を瞑ってくれたジェームズ
親友だからと、疑いもせず受け入れてくれるピーター
失いたくなかった
心地ちいいと感じた最初の1年
このまま偽り続けるのは辛いと 離れることを考えた2年目
3年目には、どんなに決心しても結局 別れられなかった
優しいみんな、帰るべき場所、親友だと言ってくれるいつもの面子
彼等を失って、自分に何が残るのかわからなかったほど、リーマスには彼等が全てになっていた
そして、失いたくないと願った4年目
悟られず、偽り続け、平気なふりをして生きていくことを決めた
寂しくても、誰かが慰めてくれるから
弱い自分はそうやってごまかして、
誰かの手に抱かれて、身体は汚れても 心は一時癒されて
そうして、いつもの平気な顔で笑って、
できるかぎりの笑顔で、みんなのところへ帰って、いつも通り「大丈夫」と言おう
そうしたら、この大切な親友達を 失わずにすむから

人狼は一晩中叫び続ける
傷ついても暴れることをやめず、鎖を鳴らし咽が血を流すまで吠える
どれだけの時間が過ぎたのかなんて、感覚はなかった
ただ この永い夜は全てに絶望しきってもまだ明けないのだ
生きていくことをやめる人狼が多い理由は よくわかる
孤独に耐えられず、この永い夜に絶望し、
いっそ死んだ方がと思うのだろう
「いっそ死んだ方が幸せだ」
それは、多分一度は誰もが思うこと
そして、それでもリーマスは生きてきた
この苦しく長い夜を たった一人で耐えてきた
何故って? そんなのわかりきってる
この孤独を耐えてでも、側にいたい人がいるからだ

「シリウス、君はもう僕を、抱いてはくれない・・・?」

人狼には涙を流す機能はない
だから 涙なんか流れなかった
ただ吠える化け物を、シリウスはじっと見つめている
何か、彼が言った
なんと言ったのだろう
声は自分の咆哮が邪魔して聞こえない
「聞こえないよ、シリウス」
シリウス、シリウス、シリウス、シリウス・・・・!!!

「リーマス・・・」

彼が手を伸ばした
その手が身体に触れる
そして、シリウスはリーマスの人間の時の名前を呼び、まるでいつもそうしてくれるように抱き締めてくれた
そんなことは、ありえないと思った
人間が人狼を抱きしめるなんて

夜は長い
それはリーマスが一番知ってる
そして、その長い夜を シリウスはずっとそうしていてくれた
身体が濡れるのはシリウスが泣いているからだろうか
どんなに悲しくても、苦しくても泣けない人狼の代わりに 彼が泣いてくれているのだろうか
悲しい獣の本能が、暴れることを、吠えることをやめないけれど
それをずっとずっと、抱き締めて
そうして夜を一緒に過ごしてくれる
まるで夢をみているような、感覚
そして ようやく夜は明ける
身体の熱が下がり、ざわざわと何か禍々しいものが戻っていくのを感じた

夜が明けた

リーマス、と
名前を呼ぶ声が 今度ははっきりと聞こえた
ああ、まだそうやって呼んでくれるんだね
この姿を見ても
この秘密を知っても
「リーマス・・・っ」
いつものことだけど、身体に力が入らない
手足にはまだ、戒めた鎖が残っている
魔法を解かなくては
解除の呪文を、言わなければ

「・・・歓びの朝」

歓びの朝、輝く光、魂の自由を、身体の解放を
「・・・歓びの朝、僕は、この身を呪ったりしない・・・」
ジャラ・・・、と
音をたてて鎖が身体から外れていった
どさっと、まだ抱いてくれているシリウスの腕の中に落ち、目を閉じる
ここにいてもいい?
まだ、君の側にいてもいい?
シリウス、僕は知ってる
死ぬ程寂しい夜、苦しんでもがいて嘆いて、そして
その後 君たちの側に帰る時のあの幸福
自分の居場所があるということ
ああ、それはなんて幸せなことなんだろうと心から思う
疲れ果てて戻った寮の部屋
明け方 君が本なんか呼んでて そのために起きていて
「大丈夫か」なんて言ってくれるあの瞬間
君の腕にまた戻れたと感じる時 僕は誰より何より幸福だと
そう思うんだ
これは嘘じゃない
だから僕は、この身を呪ったりしない
孤独を嘆いて 死を選んだりしない

シリウスの、強い腕の感触に安心して リーマスはそのまま眠りへと落ちた
長い夜が明けて、歓びの朝がやってくる


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