隣町に、魔法使い達が集まる秘密のパプがある
そんな話を聞いて、ハリーはぜひともそこへ行ってみたいと思っていた
「いいぜ、今日はお前の誕生日だろ
 何か欲しいもの買ってやるよ」
朝からケーキなど焼いていたシリウスが言い、ハリーはその単語にいい様のない幸福を感じた
誕生日
いままで誰かと過ごしたことなんかなかった
側にいて祝ってくれる人なんかいなかった
朝からふくろう達が、ロンやハーマイオニーやハグリットからの贈り物を届けてくれてはいるけれど、
それでもその時に、誰かに側にいてほしい
それが今迄ハリーが一番望んでいたことだった
そして、シリウスが今ここにいる

昼過ぎ、シリウスのバイクで隣町まで出た
秘密のパプは寂しい裏裏通りのすみっこの方にポツンとあって、
古びた扉と、小さな意味不明の看板だけが目印だった
「雑貨とか珍しい本とか卵とか薬とかも置いてるから、欲しいものあったら言いな」
誕生日のプレゼントになるようなものはないかもしれないけど、と
先に扉を開けたシリウスにハリーは問いかける
「シリウスはここに来たことがあるの?」
「休みにはよく来たよ、仲間と一緒に」
にこり、
彼が一瞬まるで少年のような顔をしたので、ハリーはどことなく腹の奥の方が気持悪くなった
もやもやとしたものがそこにたまっていく
彼がああいう顔を見せる度
ハリーの知らない「あの頃」の話をするたび
ハリーの中で、独占欲という幼い思考が頭をもたげる

中には数人の客がいて、手前のカウンターで酒を飲んでいた
「バタービール」
ハリーの分の注文をして、シリウスはカウンターに腰掛けると、カチ・・とタバコに火をつけた
小さな火がともり、うすぐらい店内に白い煙が漂う
「飲んだら、そこらを見てきたらいい」
あたたかいバタービールを一口咽に流し込んで、ハリーは改めて店内を見回した
奥の方には本棚やガラスケースが並んでいて、その奥には扉がある
「あの奥はなに?」
「あそこは危ないものを置いてる
 行って見てもいいけど、不用意に触るなよ、呪われるから」
にやり、と悪戯っぽく笑ってシリウスは皆が飲んでいるのと同じ酒をぐいっとあおった
「呪われる?」
ハリーは奥の扉を見つめる
たしかにここは魔法使いの世界だから、そういうものも多いだろう
シリウスの言い方では本当か冗談かわからなかったけれど、とりあえず無茶をしなければいいのだ
後で少しだけ覗いてみよう、と
ハリーはバタービールを一気に飲みほした

シリウスはカウンターの向こうにいる店員と何か話をしはじめて
ハリーは店内を見てまわった
本棚には古びた本
ガラスケースには卵や石みたいなものが並んでいた
(・・・・こんなのハグリットが欲しがりそう〜)
いろとりどりの卵からは何が生まれるのか見当もつかなかったが、それでも見ているだけで楽しかった
その下に並んでいる石も、どれも不思議な輝きで、
その中の一つと、ハリーの指輪が一瞬キラリと共鳴した気がした
「?」
そういえば、その石は金属的な色をしていて、指輪のものとひどく似ている
「きれい〜」
あの石はどういうものなのだろうか
ついている値段からして、高価なものなのだろうが・・・

ひととおり店内を見て、シリウスを見遣ると彼は相変わらず店員と何か話をしていた
(・・・いいよね、一人で行っても)
声をかけるのも何だったので、ハリーは奥の扉へと手を伸ばす
ギイ・・・と小さく音を立ててそれは開き
湿気に似た空気が流れ込んできた
身体をすべりこませ、中へと入る
中はいっそう薄暗く、さっきの部屋とは比べ物にならないくらいゴチャゴチャしていた
奥の方には鎧やら何やらと積み上げられており、手前には棚こそあるものの所せましと色々なものが並べられている
本も床に山積みで、奥の本棚におさまっている数の10倍は散らばっていた
(・・・すごいとこ・・・)
こんなんじゃ何かが欲しくても探し出せない、と
半ば呆れながら歩いていると、奥の本棚で光るものを見付けた
「?」
近付いていくと、それは一冊の本
背表紙の文字が光ったようで、気になってハリーはその背をす・・・と指でなぞってみた
冷たい、皮の手触りがする
意識しないのに、
勝手に身体が動いていた
本を棚から抜き取り、ページをめくる
ふわり、
温かいものが頬に触れた気がして、
あとはただ、真っ白な世界が目の前に広がっていった

まるで放心したようにハリーはその場に立っていた
「あれ・・・・・」
何をしていたんだっけ?
どうしてこんな何もない場所にいるんだっけ?
埃っぽいベッド
静かな時間
暗くて狭い、この場所
時計は夜中の12時
「ハッピーバースデー、ハリー」
ああそうか、今日は誕生日だった
たった一人で過ごす、一体何度目の誕生日なんだろう

それから何度も、ふと気付けばハリーはあの冷たいベッドで時計の針をみつめていた
「ハッピーバースデー」
一体いくつの頃からやりはじめたのだったか
自分で自分を祝うこと
「おめでとう、8才だね」
「おめでとう、7才だね」
自分しかいなかった
それの なんて、寂しかったことか

10回以上もくりかえして、
ハリーはようやくあの汚い部屋以外の場所を見た
明るくて、そこは温かかった
「生まれたぞっ」
「男の子だってさ」
わっと上がる歓声に似た声
「リリーに似たら美人に育つだろうね」
「何いってる、オレに似たってて男前だ」
ふわり、と抱き上げられ 温かい誰かの胸に抱かれた
ああ、こんな誕生日もあったんだ
寂しいばかりのものではなかった
これは一体いつの日なんだろう?
「抱かせてくれよっ、ジェームズ」
知った声がした
誰かの手に渡され、その力強さにハリーは目をあけた
「え・・・・・」
「目、開けたっ」
色んな顔が覗き込む
だけど、ハリーの目にはただ一人しかうつらなかった
「・・・・シリウス・・・・・」
声になっただろうか
咽から頼りない音が漏れただけだったが、それでもハリーは呼んだ
「シリウス・・・・・」
わっと、喜びの声が上がる
「今、オレのこと呼んだっ
 ほら・・・今も見てる・・・・・っ」
まだ少年のような顔をしたシリウス
声は変わらない
時々みせるあの子供のような表情で、彼は笑っている
ハリーを抱いて笑っている
「シリウスが気に入ったのかな?
 名付け親ってわかってるのかな?」
「さぁ、
 ・・・・で、名前は?」
「ハリー」
「お、いいね」
「ジェームズよりは100倍くらい良い名だね」
「当たり前だ、ここんとこずっと寝ないで考えたんだぞっ」

なんて幸せなんだろう
ハリーの生まれた日
こんなにも優しい顔に迎えられ、優しい手に抱かれ
愛してもらって、見守られていた
あの日々が嘘のようだ
誰にも愛されず、誰からも忘れられているのだと思っていた
寂しくて仕方がなかった誕生日
それが全部嘘みたいだ
ここには、ハリーを包む愛が溢れている
(・・・ずっとここにいたい)
優しいシリウスの手に抱かれて
明るい、希望に満ちた会話を聞いていたい
「可愛いな、」
ぷに、と
シリウスの指がハリーの頬に触れた
チラ、と
銀の指輪が見えた気がした
そしてそれが、光った気がした
わずかだったけれど、それはハリーの意識の底へまで届き
途端、急にソワソワした何かがハリーを包み出す
嫌な気分だった
ここにあった安心感が消えてしまうような、そんな不安が広がっていった


最後に、シリウスが笑ったのが見えた
ずっとここにいたかったけれど、
シリウスや、ジェームズや、
色んな人達にかこまれてここにいたかったけれど
何か、誰かが呼んでいるような気がして、ハリーは目を閉じた
この不安は、それに繋がっているのだ
帰らなければ、何かを失うかもしれない
帰らなくちゃ
やがて全ての感覚が消えていく

「目を覚ましたな・・・・」
「大丈夫か? ハリー」
再び目をあけた時、ハリーはあの汚い部屋にいた
シリウスに抱きかかえられている
「・・・・・」
「不用意に触るなって言っただろ?
 それ、触って引き込まれて帰ってこない人間多いんだぞ」
ハリーの手にしていた本は、店の店員が手袋をはめて持っており、シリウスの言葉にひとつうなずいた
「悪夢を見たでしょう?
 そして幸福も見たでしょう?
 そうして惑わし、心を留める魔の本なんです」
よく帰ってこれましたね、と
店員の言葉にハリーは笑った
「・・・簡単だったよ、帰らなくちゃって思ったから」
「何かお守りでも持ってるんですか?
 普通はそんな思考なんか、できませんよ」
「お守り・・・・・」
左手にはめられた指輪を見た
シリウスがしていたのと同じ
彼のあの指輪の光を見ていたら、急に不安になった
これが守ってくれたのだろうか
「ああ、それは護石で作ってあるんですね、どうりで・・・」
あの時のですか、と
店員の言葉にシリウスは笑った
「役に立って何よりだ
 だけどあんま無茶するな、オレの寿命が縮まる」
「うん、ごめんね」
ごめんね、
それからありがとう
生まれた時に一番最初に祝福をくれた大切な人
シリウス
彼に与えられた名で、今 自分はここにいる
「僕、ハリーっていう名前好きだよ」
「ん?」
不可解な顔をしたシリウスに、ハリーは笑った
「シリウスは、僕に一番大きな誕生日の贈り物をくれたんだね」
生まれた日から、今もずっと
名前という祝福
愛という祝福
にこりと笑って、ハリーは彼の顔を見た
ハリーの中には、もうシリウスしかいない
彼だけが、特別で彼だけを想っている
それを自覚して、ハリーはまた笑った
これは、勘違いなんかじゃない 本物だと理解する
ハリーの中で、幼い思考がひとつ変化した



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