ハリーはここへ来てから毎朝、庭のひまわりに水をやっていた
起きて顔をあらって、ひまわりの水やり
それがハリーの日課で、今や仕事になっている
「伸びたなぁ〜」
見上げて、ハリーはつぶやいた
ここへ来た頃、まばらな背だったひまわり達は、夏のあいだにぐんぐん伸びて、今やどれもこれもハリーの身長を追い抜いている
何でこんなに伸びるんだろう、と
身長に少しだけコンプレックスを持っているハリーは思う
牛乳だって毎日飲んでるし、運動だってちゃんとしてるのに
11才まであんな暗くて狭いところで育ったのがダメだったのか
ロンにはいつまでたっても追い付かないし、
周りのクラスメイト達も、最近急に背が伸びた子が多い中、ハリーの身長はなかなか伸びなかった
「チェ、」
ぐいーん、とひまわりの茎をひっぱって側へと持ってくる
大きな花を咲かせて、それは誇らしげに太陽を見上げている
「チェー」
手を放すと、花は勢い良く元の位置にもどって揺れた
何本かが、つられて揺れる
その揺れでできた空間に、向こう側が見えた
シリウスが、村の誰かと話をしている
「あー・・・・・」
最近来るようになった牛乳配達のお姉さん
それが彼女に対する面識だったが、ハリーよりずっと年上の でも素朴な笑顔のその女性に、ハリーは何か言い様のない感情を抱いていた
「シリウスってば、指名手配なのにヘラヘラしちゃって」
こういう感情は居心地が悪い
彼女の笑い声がここまで響いて、ハリーはまた乱暴に花の茎をゆらゆら揺らした
揺れる黄色い花の隙間に、彼女とシリウスが見えたり隠れたりする
毎朝来る、可愛い女性
笑って受け答えするシリウス
はじめは気にも止めなかったけれど、
こんないい天気の、きらきらした太陽の下 彼女が笑うのをきれいだなぁなんて思った途端、
(きっとシリウスもそう思ってるんだ)
そう感じて嫉妬した
そう、
この感情は、嫉妬なのだ

ハリーが先に戻ると、しばらくして両手に牛乳瓶をかかえてシリウスが戻ってきた
「御機嫌だね、シリウス」
「ん?
 そーだな、今日もいい天気だしな」
にこり、
彼がいつものように笑うのも なんだか腹が立つ
最近毎朝、こんな気持ちで憂鬱になる
「今日は釣りにでも行くか〜?」
「うん、泳げるかな?」
「おー湖は綺麗だぞ〜」
彼がグラスについでくれた牛乳を一気に飲み干して、ハリーはいつもと何も変わりないシリウスの後ろ姿を見つめた
あの女性を、シリウスはやっぱりいいなと思っているんだろうか

昼から二人して、湖へとでかけた
「ボートに乗れるの?」
「おーよ、お前泳げたよな?」
「うんっ」
「よし、なら平気だ」
シリウスが、湖につないであるボートの一つに乗り込んで、それに続いてハリーも乗った
「ここらは深いから気つけろよ」
「うん」
ギッギッ、とシリウスの漕ぐボートはどんどん湖を進んでいき、やがて岸が遠く遠くなった
「広いね」
「そーだな、ここらじゃ一番大きい湖だな」
湖面は透き通っていて、下の方には魚もいるのだろうか
遠くで釣りをしている人もいるし、岸の側では何人かが水に入ってはしゃいでいた
「すごく深い?」
「お前の背の4倍くらいかな?」
それでハリーは少しだけむっとする
「僕チビだもん、そんな深くないねっ」
「あはは、チビって程でもないだろ
 そのうち伸びる伸びる、毎日牛乳飲んでるんだし」
ジェームズもデカかったんだから、と
シリウスは笑ってハリーの頭を撫でた
それで少しだけハリーの機嫌が直る
そうなのだ
背の話をすると、お前の親父がデカかったんだからお前だって伸びるとシリウスは笑う
そうして、まだ彼に届かないことを気にしているハリーは それで少しだけ安心するのだ
もう少し時間がたてば、自分もシリウスと並んで歩いてつりあう位伸びるに決まっている、と
「僕、泳ごうっと」
「気つけろよ」
「うんっ」
ざぶん、と
ハリーは水に飛び込んだ
冷たくて、一瞬身体が縮んだけれど、それもすぐに慣れた
スゥ・・・・と潜っていくと、湖はどこまでも澄んでいて それでとても気持ちが良くなった
(そーだ、シリウスにおみやげ探そう)
湖面に浮かぶボートの底を見ながらハリーは魚がいないか探す
下の方にキラリと光るものをみつけて、それでさらに潜ってみた
少し高くなった湖底に、キラキラと光るものがいくつも落ちている
(何だろう?)
顔を近付けて手で砂を払うと、それは見たことのない外国のコインだった
(わ〜きれい〜)
急いでいくつか拾って、ハリーはボートへと戻る
水面から顔を出すと、シリウスが手を差し出した
「上がるか?」
「ううんっ
 あのねっ、下にコインが落ちてたよっ」
ホラ、と
彼の手にさっき拾ったコインを渡す
「へぇ、綺麗だな」
「もっと色々あったよ
 もう一回行ってくるっ」
「気つけろよ
 ボートちょっと移動させるから」
「うんっ、見えてるから平気だよ」
言ってハリーはまた潜る
シリウスは釣りでもするのだろうか
ススス・・・とボートを少しだけ移動させて、それを確認しながらハリーはまたさっきの場所へと潜った

ハリーは今度はキラキラ光るガラス玉みたいなものをいくつか見付けた
(この湖、おもしろい〜)
まるで宝探しみたいに、息の続くかぎりあたりをウロウロ捜しまわって、それで両手にいくつものガラス玉をみつけて上がった
「えーと・・・」
くるり、と先程シリウスが移動していった辺りを見遣ると、シリウスの乗っているボートにもう一つ別のボートが寄っていっていた
「?」
知り合いなどこんなところにいないのに、と
不思議に思って側へと寄ると、それに乗っているのがあの牛乳配達の彼女だと分かった
(・・・・・・・・・・・・)
急に嫌な気分になる
朝のことなどすっかり忘れて、シリウスと二人で楽しくやってるのに
どうしてこんなところにいるのだろう
わざわざシリウスを見付けて寄ってきたのだろうか
彼女はシリウスが好きなのだろうか
彼に、何の用なのだろうか
グルグルと、頭の中に疑問符が回り ハリーはイライラしてボートへと寄っていく
二人に見つからない様に潜って側へ寄り、彼女のボートとは逆側にこそっと顔を出した
シリウスの、後ろ姿が見える
彼女が笑っているのも見える
「今日も暑いですね
 不思議なくらい、今年は暑いわ」
ころころと、何でもないことに彼女は笑い、それにシリウスも笑顔で答えた
「今日はおひとりなの?
 あの坊やは御留守番?」
「いや、そこらを泳いでるよ」
「まぁ、ここらは深くてあぶないわ」
言う割に、彼女はとても嬉しそうで、何かとシリウスに話しかけてはコロコロと笑った
(・・・・つまんない・・・・・)
出てゆく気にもなれず、ハリーはこっそりボートのすみに拾ってきたガラス玉を置くと また湖に潜っていった
キラキラ光る水面に、仲良く並んだボートが2つ
嫌な気分に支配されて、ハリーは遠くへ遠くへと泳いでいく
こういう気持ちを、どうしたらいいのかハリーにはまだわからなかった

それからクタクタになって、ハリーは岸までたどりついた
(つまんないの)
シリウスのボートが遠くに見える
まだ、2つ並んだままで それはとても嫌な景色だった
こんなはずじゃなかったのに
シリウスと二人で、いつもみたいに一日中二人きりで
朝から晩まで、シリウスは自分のことしか見ないし、自分のことしか考えない
それが今迄普通で、そういう夏休みだった
こんな風に、誰かが邪魔するなんて思ってもみなかった
なのにシリウスはにこにこ笑って楽しそうで
ハリーだけが楽しくなかった
シリウスは、あの人が好きなんだろうか
あーゆう可愛い女の人が好きなんだろうか
岸に座ってハリーは溜め息をついた
このまま一人で家まで帰ろうかと思った

暫くすると、ハリーの左指にしている指輪が一瞬キラリと光った
「・・・・?」
驚いて自分の指を見つめ、それから遠くのボートを見た
シリウスが、ボートをこちらに向けたのがわかった
そのままそれは寄ってくる
もう一つのボートも、後を追うように寄ってきた
(いつまでくっついて来る気?)
イライラと、負の感情がつのる
シリウスがここにいることに気付いてくれたのは嬉しかったけれど、後ろに彼女がついてくるのには我慢がならなかった
「ハリー、どうしたんだ?
 具合でも悪いのか?」
シリウスのボートはものすごいスピードで岸まで戻ってきて、
それから飛び下りる勢いで、シリウスが側まできて膝をついた
「なかなか戻ってこないから心配した
 どうかしたか?」
彼の冷たい手が、暑さで火照った頬に触れて、それでとても気持よかった
「もう帰ろうよ」
チラリ、とシリウスの肩ごしに こちらに向かってくるボートを見て言った
家に戻れば邪魔なあの人は来ないだろうし、そうしたら二人きりになれる
こんな嫌な気持ちにはならないだろうし、
シリウスもきっと自分だけを見てくれるに違いない
「どうした? 気に入らなかったか?」
「ううん、違う
 でもここにいたくない、帰りたい」
我侭だと思っただろうか
シリウスが少しだけ顔をしかめ、不可解な表情をし、
だが、それでもすぐに笑ってハリーの髪をくしゃと撫でた
「わかった、帰ろうな」
それでハリーを立たせて、シリウスはこちらに向かってきている彼女のボートを振り返った
「すみません、ちょっと具合が悪いようなので連れて帰ります」
彼女は驚いた顔でボートを漕ぐ手を止めて何かを言いかけたが、それより先にシリウスがハリーに向き直ってその身体を抱き上げた
「わっ・・・」
「彼女、お前のこと心配してくれてたんだからな」
小声で言ったシリウスに、ハリーはまた嫌な気分になる
「すみません、また明日」
ペコリとシリウスが彼女に挨拶をして、それでハリーも仕方なく視線を合わせた
彼女は笑ってこちらに手を振っていたけれど、それを見てるのも嫌で
ハリーはすぐにシリウスの肩に顔をうずめた
本当に、具合が悪くなってしまいそうな気分だった

「今日、ごめんね」
家に戻って、しばらくして ハリーは夕飯の支度にかかったシリウスに言った
「ん? 」
「シリウス、あの人ともっと話したかった?」
「ん〜?」
シリウスが振り返り、こちらを見たのでハリーは思わずうつむいた
あれは嫉妬だし、我侭で子供っぽい行動だった
わかっていたけど、ハリーにはどうしようもなくて
それでシリウスが気を悪くしていたら、と不安になったのだ
二人は楽しく話をして、もしかしたら今晩一緒に食事をする約束なんかもしていたかもしれない
「・・・・・ごめんね」
言うとシリウスが側に寄っていつものように頭にぽんと手を置いた
「もしかして、お前妬いてくれてるのか?」
その言葉に、真っ赤になる
「な・・・・・何で・・・・・・・?」
何でわかるの、と
思わず見上げたら、シリウスはおかしそうにクスクス笑った
「なんだ、オレ幸せだなぁ」
くしゃくしゃと、ハリーの髪をなでてシリウスは笑い
それでハリーは恥ずかしくてますます顔を真っ赤にした
「な・・・・・何で笑うのっ
 だってシリウスがあんなに楽しそうにあの人と話すからあの人のこと好きなのかと思ったんだもんっ」
そりゃ美人とは言えないだろうけれど、よく笑うからとても明るくて可愛い印象の女性だし
いつだって、シリウスは彼女に対して笑って受け答えしていたし
「自慢じゃないけど、オレは面食いなんでね」
くっくっく、と
まだ笑いながらシリウスは言うと 膝をついて真っ赤になっているハリーに視線を合わせた
「それに側にお前がいるのに、何で他の奴が目に入るよ?」
ハリーに嫌われないように必死だよ、と
言ってシリウスは、そのままそっとハリーにくちづけた
言葉が出ない
ただ赤くなってシリウスを見つめると、彼は今度は優しく笑った
「お前があんまり背が伸びない伸びない言うから、わざわざ頼んでいい牛乳持ってきてもらってたんだぞ?
 彼女とはお前が思ってるよーなことは、ないよ」
それでハリーはまたうつむいた
シリウスは、やっぱり大人なのだ
自分が勝手に勘違いして、妬いて、あんな我侭な行動を取っても怒らないで
今ハリーが一番言ってほしい言葉をくれる
ちゃんとわかるように言ってくれるし、優しくしてくれる
そうして、それに比べて自分はなんて子供なんだろうと
思うと顔が上げられなかった
「僕みたいな子供でも、嫌いにならないの?」
「ならないね〜
 可愛くってしょうがねーよ」
優しく頬に触れられ、それでハリーはシリウスを見た
「でも、あの人可愛かったよね」
「・・・・・そぉか、お前はあーゆうのが好みか」
「えっ?! 違うよっ、シリウスがだよっ」
「オレは面食いだって言ってるだろ」
「それ・・・・どんなのがいいの?」
「お前みたいなの」
にこり、
不敵にも、正面きって言い切ったシリウスに、ハリーはまた顔を赤くした
(・・・・嘘かほんとかわかんないや・・・・)
それでも、すっかりあの嫌な気持ちは消えていて、
心にあったもやもやしたものも なくなっていた
「明日、あの人にちゃんと謝るね」
「おぅ、そーしろ
 本気でお前が戻ってこないって言って心配してたからな」
「シリウスは心配しなかったの?」
「したさ
 でも、オレはいざとなったらいつでもお前の居場所はわかるからな」
その指輪で、と
シリウスは答えて、悪戯っぽく片目をつぶった
それに魔法もあるし、と
つぶやきを、聞いてハリーは笑った

それからも、毎朝彼女が牛乳を届けにきて
ひまわりの水やりと、牛乳の受け取りがハリーの仕事になった
シリウスの言うとおり、毎日牛を飲んで、太陽の光をいっぱいに浴びて
あのひまわりのように、
いつか自分の背も伸びるだろうか
いつか、彼にならぶことができるだろうか
今は必死の背伸びだとしても



女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理