いつもより早く、ハリーは目を覚ました
やわらかなほし草の匂いのするベッドから身を起こし、側の窓から外を覗く
広がっているのは知らない風景
庭は緑で広くて、空は青くて深かった
「・・・・本当に始まったんだ・・・」
つぶやいてみる
ポケットからくしゃくしゃになった手紙を取り出して広げ、ハリーは少し笑った
ハリーヘ
少しだけ時間がとれたから、一緒に夏休みをすごさないか
ほんの2行の短い手紙
一緒に入っていた列車のチケットを使ってここまできた
名前も知らない小さな村
そこの小さな家に、今ハリーはいる

着替えて下へ降りると、そこには一人の青年がいた
手紙の送り主、シリウス
彼と一緒に暮らすのが 今のハリーの夢で
まだ叶わないそれを、シリウスが無理に都合をつけて、この夏休みの間だけ何とかここを用意してくれた
この休みの間、この小さな家はハリーとシリウスだけのものになる
そして今日から、その生活が始まる

「おはよう、ハリー」
降りてゆくと、足音にシリウスが振り返り笑った
白いシャツを着た彼は、いつもと印象が違って、ハリーには新鮮だった
「まってろな、今朝メシ作ってやるから」
彼は火に向かいジューュージューと何やら焼いているようだが、その後ろ姿は何かとても頼り無かった
がたがたと、せわしない音がする
「・・・大丈夫? 手伝おうか?」
ガチャン、と彼がなべの蓋を落とした時、ハリーが我慢しきれず声をかけた
「いや、大丈夫だ
 お前は長旅で疲れてるだろーから座って・・・・・うぉっ」
ガチャン、
また騒音が響き、それでハリーはおかしくなって椅子から降りると彼の方へ行った
「僕、慣れてるから」
それにもう疲れてないよ、と
黒焦げになった何かの入ったフライパンをとった
「・・・・そうか? どーもオレこーゆうことはしたことがなくて苦手で・・・」
すまなさそうにシリウスが言い、その様子にハリーが笑った
「シリウスって不器用なの?」
「慣れてないだけだ」
言い切った様子にまたおかしくなって、ハリーは今度は声を上げて笑った
幸福感が広がっていく
従兄弟の家にいた時には毎朝のように朝食を作ったりしたが、こんなに明るい気持ちになったことはなかった
昨日の夜ついたばかりのここには、もうそれがある
側にいるシリウスは何か手伝えないかと、皿を出したりミルクをついでみたりとせわしなく
全く役に立たないその様子も、ハリーの心にわずかだけ残っていた緊張を解いた
「できたよ」
朝食を並べると、二人して向かいの席につく
「えーでは改めて、二人の夏休みに」
「うん」
昨日の夜は、着いた途端に疲れて眠ってしまったから
シリウスとちゃんとこうして顔を合わせるのはこれが最初だった
「よろしくお願いします」
ハリーの言葉に、シリウスは優しく笑った
「こちらこそ」
それで小さくグラスを鳴らした
照れくさいけれど、嬉しかった
夏の間だけだけれど こうして憧れだったシリウスと一緒に暮らせて
それが今始まったばかりだなんて

朝食を終えると、二人は庭に出た
昨日は真っ暗でわからなかったが、庭にはひまわりが植えられている
「これもうすぐ咲くね」
「そーだな、毎日水やらなきゃな」
広い庭はあまり手入れされていなかったが、それでも花は競うように咲いていた
まるで二人を歓迎してくれているようだ、とハリーは思う
「今日は何するの?」
「そーだな、ここらへん探検でもするか?」
それでパァ、とハリーの顔が明るくなる
「探検?! うん、しようっ」
ここは田舎で、側には湖も森もあって、
一緒にいるのは遊び心を忘れない大好きな人
本当に来てよかった
今迄で最高の夏休みになる
そんな予感がハリーの胸に広がった

それから二人で簡単な弁当を作り、森へ向かった
「動物とかいるかな?」
「さぁなぁ、オレもここらは詳しくないからなぁ」
ざくざくと森を奥へと進む
うっそうとしげった木にかこまれ、そこは少し暗くて涼しかった
「風が気持ちいい〜」
心がはしゃいで、ハリーは森を走って進んだ
「おいおい、あんまり走ると転ぶぞ」
「うんでも、すごく気持ちいいよっ」
落ち着いてなんかいられない
どうしようもなく幸せて、楽しくて、
振り返ったら、優しく見守ってくれているシリウスがいる
それだけで、ハリーの心は踊った
気持ちは盛り上がり、身体がうずうずする
走りでもしないと爆発してしまいそうに

しばらく行くと、地面が激しく削れている場所に出た
「すごいところだな」
注意して歩きながらシリウスが辺りを眺め
「あっ、あそこに動物がいるっ」
それでもまだテンションの下がらないハリーは チラリと見えた影を追おうと駆け出した
「ハリー、気をつけろよ」
「うんっわかってるっ」
小さな動物は、犬だろうか、それとももっと別のものだろうか
早足で森の奥へと入っていき、
追い付こうと、ハリーはしだいに足下に注意がいかなくなった
「ハリーっ」
「え・・・?」
シリウスの声が聞こえた時には、グラリと足下が揺れ
そのまま身体が斜になって宙に浮いた
後から、ガラガラという何かが崩れる音が聞こえて
ハリーには目をとじることしかできなかった

「つーーーー、いてっ」
衝撃はあったが、ハリーに痛みはなかった
何かに守られ、
ハリーは驚いて目を開けた
側にシリウスがいる
「大丈夫か? ハリー」
彼の腕はしっかりと自分を抱き、だがそれから血がにじんでいる
「シリウス・・・・・っ」
ザーーーと、血がひく気がしてハリーは真っ青になって彼の顔を見た
「ご・・・ごめんなさいっ
 シリウス、僕を助けてくれたからっ」
「いや、オレは大丈夫だ」
彼が身体を起こし、ハリーについた土をはらった
「僕よりシリウスがっ」
「だから大丈夫だって」
足場が崩れて、急な斜面をここまで落ちてきてしまったらしい
落ちる時、シリスウが抱いて庇ってくれたからハリーは無傷でいま立っている
「でも血がでてる・・・」
ああ、あんなにはしゃいでいたのが悪かったのだ
落ちたのは自分なのに、シリウスが怪我をしてしまった
あんなに彼が気をつけろといっていたのに
「こんくらい、平気」
すくり、と立ち上がり彼はいうと笑った
そうして自分についた土を払い、ハリーの今にも泣き出しそうな顔を見て笑った
「なんて顔してんだ」
ぽん、と頭に手をおかれ、それでボロっと涙が落ちた
「・・・・・・・ごめんなさい」
「お前が無事ならいいんだよ
 でもまぁ、初日からこれじゃ先が思い遣られるなぁ」
彼がかがんで、にっと悪戯っぽく笑い、
それで少しだけ恥ずかしくなってハリーは言葉につまった
「こんなことで泣くなよ」
ふわり、と
いい匂いがして、それから唇に何かが触れた
「・・・・・・・・・・っ」
触れるだけの、ほんとうに軽いキス
それでもハリーは一瞬頭が真っ白になって、何でもないような顔で笑んでいる相手の顔を凝視した
「お詫びってことで」
シリウスがが笑う
それでやっと、今されたことの次第が理解できた
びっくりして、恥ずかしくて、真っ赤にさせてハリーはうつむいた
はじめてだったなんて言ったら、彼は笑うだろうか
こんなの、キスには数えないほど軽いものだったけれど
「さ、行くぞ」
「うん・・・・・・」
促され、歩き出す
ドキドキがまだおさまらなかったけれど、何とかそれを顔に出さないようにした
「・・・・手、つないでいい?」
「お、いいね
 そーすりゃ無茶しねーもんな」
「もうしないよ・・・」
明るく笑ってシリウスが手を出したので、それをにぎった
少し冷たい彼の手は大きくて、心地よかった
握ると、握りかえしてくれて、見上げると彼が優しく笑っていた
照れくさくなる
だけど、幸福だと感じる
お前が無事なら、と
何でもないように笑って守ってくれる人が側にいる
それだけで、心が安らげたし、安心できた
大好きな人と、お互いの体温が伝わる距離にいること
それが何よりハリーには嬉しかった
夏休み初日、シリウスと手を繋いで森の探検
ハリーの心は幸せに満ちている



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