夕食会へようこそ


リリーが帰ってきた日、彼女は両親に爆弾を落とした
「私、結婚する人を決めたわ」
夕食の席、1年ぶりの家族がみんなそろった夜
あまりの言葉に ペチュニアは食べていたパスタを咽につまらせかけた
「・・・?!」
今なんて言った?
結婚?
それはつまり、どういうこと?
「リ、リリー? どういうこと?」
母と父が、戸惑ったように問いかけた
それに平然として彼女は答える
「言ったままよ
 私、そういう相手を見つけたの
 卒業して、その時がきたら結婚するわ」
決めたの、と
言った彼女は16才
ホグワーツとかいう魔法学校を卒業するまで あと1年
「そ・・・それは、いいことだと思うけれど・・・」
しどろもどろと、父が言った
「どういう方なの? 相手の方は・・・」
誰ともわからぬ男の影に、全員がリリーに注目し、食事の手を止め彼女の言葉を待った
変わり者のリリーに恋人がいるなんて、考えたことなかった
たしかに美人だけれど、しっかりしすぎている性格と、強気な目
それに やはり変な趣味から 男には敬遠されるタイプだと思っていたのに
そんなリリーが結婚だなんて
「どんなって? 普通の男よ」
さらり、と
リリーは言い、好物のパイにフォークをさした
普通の男がリリーに惚れて、普通の男をリリーが愛したということ?
結婚するんだと、決めるほどに?
ぽかん、と
家族みんなが彼女を言葉もなく見守る中 リリーは平然と食事を片付け席をたった
顔色一つ変えないで、何ごともなかったかのように
年以上に大人びて見えるのは、彼女の目が揺るがないからだろうか
相変わらず、ペチュニアにはリリーが何を考えてるのかわからない

その夜、リリーの部屋はずっと灯りがついていた
わずかに無気味な声も聞こえる
また、何か気味の悪い動物みたいなのを持ち込んだのだろうか
ギィギイ、とかすかに聞こえてくるその声が耳に届かないよう、ペチュニアはベッドにもぐり込んで 今朝会った男の子のことを考えた
黒髪の、黒い目の男の子
ここらでは見ない顔だから、引っ越してきたのだろうか
それとも旅行で?
こちらに親戚がいるのか、それとも友達がいるのか
(・・・名前、聞くの忘れちゃったな・・・)
あの笑顔を思い出して 頬を染めた
自分より 少し年上だろうか
彼の言葉に まるで魔法にかかったようにあの高い木から飛び下りた自分
約束通り、しっかりと抱きとめてくれた強い腕
心臓が、あのあとずっと鳴りやまなかった
彼が忘れられない

次の夜、両親はリリーの恋人であるという男を夕食に招待すべく ささやかな夕食会を開こうと提案した
昼過ぎから、キッチンはまるで戦場
ささやかな、と言ったにもかかわらず、料理は山ほど
いつのまにか 親戚一同に話が伝わり、彼等がぞくぞくと訪れた
父も母も、もちろん親戚達も 何かのパーティに出るようなドレスアップ
その光景に呆れて、ペチュニアは差し出されたドレスにため息を吐いた
いつものことながら、リリーがからむとウチの一族はちょっとおかしい
これじゃあ、普通の夕食会だと思ってやってきたリリーの恋人がびっくりするんじゃないだろうか、と
少し心配してみる
急な誘いにも、「お邪魔します」と早速返事を返してきたというその恋人は、どうやら今 夏休みを利用して近くに来ているらしく、
リリーの届けた招待状に、とても喜んでいたとか
(そんなの、断れないわよね)
結婚する相手の両親からの食事の誘いなんて
きっと気を使って疲れてしまうような煩わしい会
喜んで、なんて嘘にきまってる
なのに、帰ってきたリリーはやっぱりいつもの様子で「喜んでたわ」なんて言うのだ
恋人の憂鬱を考えもせず

結局、約束の時間の1時間も前には リビングには食事の用意が完了した
着飾った親戚達
山程の料理
食事会じゃなくて、パーティっていえば良かったのに、と
バースデーの時に来たドレスに身を包んで ペチュニアはため息をついた
当のリリーは 少し前から姿を消している
彼女にも、ドレスアップするようにと母が渡した黒の大人っぽいドレスは そこのソファに放りっぱなし
恋人が来るっていうのに 一体何をやっているのやら
結婚する程に愛した人だというのに、やっぱり
やっぱりリリーはわからない、と
ペチュニアは窓の外を見た
今日は 昨日のあの男の子を探しに行こうと思っていたのに この騒ぎで家から一歩も出られなかった
リリーの恋人には 多少の興味が有るけれど、でも
今、ペチュニアの心を占めているのは彼のことだけ
それだけで、食事もロクに咽を通らないのだから

ゴーンゴーン、と
リビングの時計がちょうど7時を指した時 ドアの呼び鈴が鳴った
談笑していた親戚達が はっとしてドアを見遣る
本来なら、リリーがドアを開けるべきなんだろう
そして、初めて訪れた恋人をみんなに紹介して、楽しく夕食会
そうなるのが普通
だがやはり、この場にリリーはいない
どれだけ探しても、見つからなかった
それで仕方なく、母が代表してドアをあけた
そこには、両手一杯の花束を抱えた人陰が立っていた

「今晩はお招きありがとうございます」
その声を、どこかで聞いたことがあると思いながら ペチュニアは花が邪魔してよく見えないその人陰を見つめた
「いらっしゃい、リリーはまだ支度に手間取っているの」
母が言い、父が立ち上って相づちをうち それに彼が何か答えた
「どうぞ」
花束が、母に渡される
気のきく人なのね、とペチュニアは思った
綺麗な花束を受け取り、母が笑うのが見える
ああ、気に入られたな、と
瞬間感じる
「リリーは我が家から出た稀なる魔女
 魔法使いというものがまだまだ珍しくでですな
 君が魔法使いだと聞いて、素晴らしいこの婚約に皆が祝いにかけつけたのです」
得意げな父に、彼が もう一つ手に持った花束の向こうでうなずいたのが見えた
あの花束はリリーのために?
肝心のリリーはどこに行ったのだろう、と2階への階段を見上げた
恋人が、花を持ってきてくれたというのに

「こっちは、妹姫に」
側で、彼の声がした
驚いて、2階から目を離すと 目の前に父と母と 彼が立っていた
「リリーには妹がいると聞いているので」
ばさっ、と
花が差し出され、いい香りが鼻をくすぐっていった
驚いて見上げた その花束の向こう
「あれ? 君は昨日の」
笑った顔を見て、ペチュニアは心臓が止まるかと思った
よく陽に焼けた顔、明るく笑って
そこに、昨日の彼がいた

ジェームズ・ポッターと名乗った彼は、リリーと同じホグワーツの6年生を終了したところだと言った
「彼女の親戚の方にも会えて嬉しいです」
人懐っこく笑う彼に、集まった一同は満足し
彼が魔法使いの世界では名門であるポッター家の者だと知る者がいて また大騒ぎとなった
「学校はどうだね? リリーの評判は?」
「君たちの仲はいつから?」
食事が進み酒が進み、みんながジェームズを中心に口々に話し出す
それに全部答えながら、笑って
その合間に料理を食べ母の腕を誉め
リリーの容姿を、成績を、性格を誉め 父を満足させ
彼は完璧に、リリーの恋人として、婚約者として一族に気に入られ受け入れられた
ようやく出た 魔力を持つ期待の娘リリーの恋人が、あの名門ポッター家の子息なんだから 誰にも文句などあろうはずもないのだけれど

リリーが現れたのは、食事会が始まって2時間もたった後だった
いつもの服をきて、長い髪を一つに無造作にくくって、彼女は2階の階段から降りてきた
「リリー、あなた なんて格好をしてるの」
「何の騒ぎよ? ささやかな食事会じゃなかったの?」
頬を染めて立ち上がった母に、リリーが呆れたように言う
「今晩はリリー、お邪魔してるよ」
「ええ、声が聞こえてたわ」
そうして、同じ様に立ち上がって彼女の方へと歩いていったジェームズに リリーはいつもの調子で言った
「ママの料理は美味しいでしょ?」

変わり者のリリー
みんなと違って魔力を持っているから、やはりどこか普通とは違うのだよ、と許容され続けてきたリリー
親戚や親はみんなリリーに甘いから、この場もジェームズが気を悪くしないのなら、と
誰もこれ以上はリリーを責めなかった
遅刻してきたことも、ドレスを着ないことも
「二人の出会いはどんなだったんだい?」
誰かが聞いた
リリーは黙って料理を口に運び、その隣でジェームズが笑った
「俺達は同じ寮なんです」
「ああ、あの一番優秀だというグリフィンドールの寮だね」
「優秀かどうかは別として」
そうよ、と
短くリリーが答える
おもしろおかしく、リリーは美人だから男に人気があるだの
そんな男に見向きもしないで、研究ばっかりしてるだの
ジェームズがみんなを楽しませる横で、リリーは黙々と食事をした
時々、短く返事をしたり
時々「そうじゃないわ」とジェームズの冗談に口をとがらせたりして
その夜は、誰もが楽しんだ
誰もが、ジェームズ・ポッターを好きになった

そしてペチュニアもまた、姉の恋人であるジェームズから、目が離せなかった

これは恋
間に合わなかった恋
昨日出会って好きになった人は、今夜には姉の恋人だとわかってしまった
なんて皮肉
あんなそっけないリリーの、
恋人がわざわざ来てくれているのに 遅刻したり楽しくなさそうだったり
そんな姉の、どこがいいのか
どうして彼は笑ってられたのか
わからなくて、憤って、悲しくて
その晩 ジェームズが帰り、親戚達も帰り 家が静かになった後も 心のざわめきはおさまらなかった
眠れなくて 何度もベッドの中 寝返りをうつ
そうして、何時間も過ごし悶々とジェームズとリリーのことを考えて
ようやく眠りのはしっこを捕まえた
その時

コツン

僅かな物音で、また一気に現実に引き戻された
(何の音・・・?)
続いて、かちゃ、と窓の開く音がした
「なぁに、ジェームズ」
隣のリリーの部屋からだ
声が聞こえる
リリーの声と、そして
「孵化、うまくいった?
 そろそろだろ? 欲しがってた薬草取ってきたよ」
窓の下からジェームズの声
まだ夜中
こっそりと、気付かれない様わずかに窓をあけ外を覗き込んだ
下にジェームズがいるのが見える
そして隣の部屋の全開に開いた窓からは、リリーが顔を出している

「本当? ありがとう、投げて」
「ほらっ」
ひゅっ、と
何かのビンをジェームズが投げた
それを受け取りリリーが笑う
「ありがとう、うまくいきそうなの、祈ってて」
「ああ」
リリーの笑顔
物心ついてから、初めてみたかもしれない
いつも淡々と、顔色なんか変えないでいたリリー
愛想笑いみたいなのは時々するけど、今のは
今みたいなのは初めてみた
嬉しそうに笑っていたリリー
年相応の、16才の女の子に見えた

二人の会話の内容はまったくわからなかったけれど、
リリーがあんな顔するなんて、と
それがペチュニアの心に強く残った
二人は恋人同士
それがわかった気がした

夏の夜
恋心はそれでも覚めない


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