執着 (尽×主)


「話があるの」
そうが言ったのは、昼休みが始まった頃
「ちょっと来てくれる?」
「ああ」
いいよ、と
サッカーをしにグラウンドへ向かう連れの輪から抜けて 尽はの後をついていった
ようやく、片付くかな なんて思い苦笑しながら

あのね、と
人の少ない体育館の側で はあらたまって尽を見上げる
ざわざわと、体育館から人の声が聞こえる
冬の風が頬をなでていって、少し寒い
ここは陽がかげっているから余計、
人がいないから余計、空気は冷たかった
そん中、二人むかいあって立つ
の顔が真剣なのを、尽は黙って見ていた
、尽君が好きなの」
その言葉は予想されたもの
の想いはわかりやすく、生徒会に入った頃から一目瞭然だった
何かと寄ってきたり、話しかけてきたり、甘えてきたり
バイトが一緒になってからは、ちょっと辟易するほどにそのアタックは積極的で が精神的ダメージを受ける程
が気にして不機嫌になるほどに
「あの・・・だから・・・」
頬を染めながら 上目遣いに
まるで玩具をねだるみたいな顔では言った
「だからを尽くんの彼女にしてくださいっ」
恥ずかしそうにしているのも、頬を染めるのも、可愛い仕種だと思う
だがそこに、愛しさを感じなくて 尽は心の中で苦笑した
(基本的にタイプじゃないんだよな・・・)
むしろこちらが放っておけないくらい、周りなんか気にせず走っていってしまうような子がタイプで
事あるごとに、寄ってきては甘えてくるような
そんな女の子には魅力を感じない
自分を好きになってくれる気持ちは嬉しいけれど、それでが不機嫌になったり落ち込んだりするのはとても困る
実際困っていたのだ
いっそ、早く告白してくれ、と思っていたところ
ようやく片付くな、と
尽は相手の顔を見下ろした
期待と不安の入り交じったような表情
そのキラキラした目に、返事を告げようとした
その時

「きゃーーーーーーーーーーーーーっ」

女の子複数の悲鳴と、ガタンガタタンッという激しい音が体育館から響いてきた
ぎょっとして、尽もも思わず体育館へ視線をやる
今は昼休みだから 誰かがバスケットでもして遊んでいるのか
さっきからずっとボールの音や人の話声や足音が響いていた
いつもの光景
いつもの昼休み
だが、今の悲鳴と音は尋常ではない
二人ともが 告白のことを一瞬忘れて顔を見合わせた
そこへ 体育館から奈津実がダッシュで出てきたのを見て、尽は瞬間ギクリ、とした
いい様のない不安が尽の胸に広がっていく
「藤井さん・・・っ」
思わず呼び止めた
蒼白だった奈津実の顔が、それに瞬間ぱっと晴れる
「尽くんっ
 よかった、今先生呼びに行こうと思ってたとこ・・・っ」
しっかりものの奈津実らしくない取り乱した様子で 勢いこみすぎて咽をつまらせながら奈津実は体育館を指さした
心臓がドクンと音をたてた
ああ、こういう悪い予感は当るんだ
「あたし達 次の体育の準備してたんだけど跳び箱が急に倒れてきて・・・に当ってが足・・・っ」
そこまで聞いて、ぐらん、と
目眩みたいなものを感じながら 尽は体育館へ駆け込んだ
後ろから奈津実の声との声が聞こえたけれど無視した
はどんくさいから
しっかりしてるように見せかけて、実は本気でぬけてるから
油断してるとすぐに怪我をするし、無理して体調を壊したりなんかしょっちゅうだ
崩れた跳び箱に当った?
どの程度の怪我なのか見当もつかないけれど、どうかどうか
たいしたことありませんように・・・!

中には生徒が10人程
輪を作ってざわざわと騒がしかった
その輪の中心に 崩れた跳び箱と2人の女の子がいる
一人は知らない3年の子で、もう一人はだった
っ」
「あ・・・尽」
へら、と
体操服姿のは、尽の心配をよそに頼り無気に笑った
側にいた何人かの体操服姿の子達が 崩れた跳び箱を片付けはじめている
と、もう一人の子が これの下敷になったのだろうか
突然くずれるなんて、よほど積み方が悪かったのか 跳び箱が古くなっていたのか
「下敷になったのか?」
「ううん、ちょっと当っただけ
 足にかすったみたい」
「歩ける?」
「わかんない」
また、へらりとが笑った
へたっているから痛いのだろう
震えているから驚いて怖かったのだろう
もう一人の女の子は半分泣きながら 肩のあたりを押さえている
「とにかく保健室に」
ちょうど、奈津実が呼んできた体育の教師が駆け込んできたところだった
もう一人の女の子を体育教師にまかせて、尽はを抱き上げた
「痛い?」
「平気・・・」
どこにどう当ったのかわからないから、なるべく動かさないよう細心の注意を払って 尽は体育教師について保健室へと向かった
心配気に奈津実も後からついてくる
その後ろから もついてきているのに尽は全く気づかなかった
尽の頭の中から 今、のこと以外は綺麗さっぱり吹き飛んだ

保険医の診察の間に 昼休み終了のチャイムが鳴った
尽をはじめ、奈津実も体育教師も保健室から追い出され 皆して しぶしぶそれぞれの授業に戻る
、帰るなら一緒に帰るからメールして」
保健室を出る時に そう言った尽には笑ってうなずいて
それを見ていたが 何かいいた気な不満な顔をした
尽はすっかり忘れている
さっき、が言ったことを
あんなに大切な告白だったのに
のことで頭がいっぱいで、のことなんかこれっぽっちも見ていなくて
が怪我なんかしたせいで、自分がないがしろにされるなんて許せない
(先輩のせいだ・・・)
そのまま、こっそりと立ち止まり
皆が教室へ向かう中 だけ保健室へと戻っていった
誰も気付かなかった

カラ、と
保健室のドアが開いたのに は顔を上げた
保険医はもうひとりの女の子を家に帰すために タクシーを呼んで門までその子を送りに行った
あなたは弟さんと帰るなら 少しここで待っててね、と
は留守番を言い付かっている
丁度今 尽にメールを打ったところ
やっぱり今日は帰るから、先生にタクシーを呼んでもらうのだと
先輩」
保健室に誰もいないのを確認して、は中へと入ってきた
先輩 今から帰るんですか?」
「あ、うん・・・」
どこかトゲのある口調に 一瞬ひるんでは曖昧に笑う
授業に戻りなさいと言われて 出ていったはずのがなぜここにいるのだろう、と不思議に思って
だが、何かの攻撃的な雰囲気を読み取って はどうしようもなくただ相手を見つめた
「だったら彼氏に送ってもらえばいいのに
 あんな素敵な彼氏がいるんだから、わざわざ尽くんに送ってもらわなくてもいいでしょ」
「え・・・?」
「尽くん 今日は生徒会だってあるし、授業もあるのに先輩に付き合わせたら可哀想
 怪我だってたいしたことないんだよね?
 だったら別に尽君が送っていくまでもないと思うんだけど」
きっ、と
を見るの視線は 睨み付けるといった表現がぴったりだった
含みのある言葉、声
それでは 言い様のない苛立ちと同時に、不安に似た不愉快さを感じた
ああ、これは嫌味なんだ
尽が目の前で自分にかまったから、嫉妬したんだ
は尽が好きだから
尽の彼女になりたいと言っていたから
「だいたいブラコンってちょっとダサくないですか?
 彼氏いるんだから彼氏とだけ仲良くしてればいいのに
 尽くん優しいから面倒みちゃうんですよ
 尽君だって忙しいし、先輩にばっかりかまってにれないと思うんですけど」
の大袈裟な身ぶりと遠慮のない言葉が、の気分を落ち込ませた
ブラコン、だなんて
世間の目にはそう映っているのだろうか
二人 仲がいいね、とはよく言われるけれど
そんな風に見られていたら、尽が可哀想だと は内心苦笑した
高校生にもなってブラコンだのシスコンだの
そんな風に言われるのは辛い
蔑みや馬鹿にしたような口調で、そう言われるのは辛い
尽の名誉に傷がつく気がする
それで とても不愉快だった
「そんなんじゃ・・・」
そんなんじゃない、と
言おうとして、だが その言葉は声にはならなかった

「あのね、

落ち着いたいつもの声
驚いて振り返ったに、呆れたように尽が言った
「勘違いするな
 に執着してるのは俺の方」
きっぱりと言い切って、それから意地悪な笑みを浮かべて尽は溜め息とともに吐き出した
「わかったら、今後に妙ないいがかりつけるな」

その、静かだけれどきつい言葉に は真っ赤になって反論した
「そんな・・・っ
 だって先輩のせいで尽くん のこと見てくれなくなったっ」
のせいじゃないよ」
元々見てない、と
それは言葉にしなかったけれど、尽はまっすぐにをみつめた
「なんなら今 返事をしようか?」
「え・・・?」
「気持ちは嬉しいけど、応えられない」
これが返事、と
まるで 会議の司会でもしているかのように淡々と言った尽に はぼろぼろと涙をこぼした
「どうして?!
 はこんなに尽くんのこと好きなのにっ」
「俺にはもっと大切な人がいる、それだけ」
はっきりと、言った言葉は強すぎて
泣くの心はズキンと痛んだ
以前 尽が女の子をふるのを聞いたことがある
その時はこんな風に ひどい言い方はしなかったのに
相手を傷つけるような言い方はしなかったのに
戸惑いさえ覚えたに、尽は無言で歩み寄った
に向けるものとは全く違う 気遣う優しい視線が下りてくる
「下に車来てるよ
 着替えと鞄は藤井さんが持ってきてくれたから」
声も、いつもの優しい尽
そのまま、まだ体操服を着ているを抱き上げて 尽は未だ泣いているの側を通り過ぎた
ぎゅっ、と
その首筋に頬を寄せて は目を閉じる
どうして尽があんな風にひどく言うのかわからなかったけれど
に言われた言葉と、の涙が心を苦しくしたけれど
今は何も考えたくなかった
早く、早く 家に戻りたい

「怒ってたの?」
「怒ってないように見えた?」
ベッドにぽふん、と下ろされて はキスをくれた尽にそう聞いた
悪戯な目が こちらを見ている
「泣いてたから・・・可哀想だったよ・・・」
思ったことを言ったら 尽は苦笑した
そうして小さな溜め息をつく
にあんなこと言った奴を 可哀想だなんて思えないよ」
まるでが悪いかのように
自分が振り向いてもらえないのが のせいであるかのように言うなんて
「でも・・・妬く気持ちはわかるよ・・・」
は優しいね」
ぽす、と
隣に座って 尽はを抱きしめた
そしてそっと苦笑する
開いていた保健室のドアの向こうから の声は廊下まで聞こえていた
聞いて嫌気がさした
まずはじめに、どうして二人は姉弟なんだと
もう何千回も呪ったことを、また思ったのだ
二人の血が繋がっていなかったら、こんな風に言われることもなかったのに
こんな侮辱みたいな言葉 聞かなくてすんだのに
、ごめんな」
「どうして尽が謝るの?」
「嫌な思いさせたから」
「・・・平気、尽が悪いんじゃないよ」
「でも、ごめん」
ぎゅ、と
あたたかい腕に抱き締められて、は目を閉じた
誰にも言えない二人の仲
他人から見たらただの仲のいい姉弟
の言い分は当然かもしれない
自分より、血の繋がった姉ばかりを尽が構うのが たまらなく不愉快なんだろう
珪をの彼氏だと勝手に勘違いしているみたいだから
彼氏がいるくせに、尽まで、と
そう思っているのだろう
尽が悪いわけでもなく、が悪いわけでもない
「私は平気・・・」
まるで自分に言い聞かせるように
大丈夫、大丈夫
こんなこと、きっとこの先何度だってあるから
すんなりと、何の問題もなくなんて方が無理なんだから
「平気」
そして、それでも
この先こんな風に心が苦しくなっても
この関係を憂いでも、嘆いても
「尽がいてくれたら、それでいい」
こうやって抱き締めてくれたら平気
キスをして、大好きだよって言って、笑ってくれたら辛くない
目を閉じたままのに、尽はそっとキスをした
唇に、頬に、額に、まぶたに
想いのすべてを注ぐように

その名を呼んで
誰よりも、何よりも執着して、手に入れてた存在を腕に抱いて

二人はずっと、そうしていた
世界で二人きりになれる、この部屋で


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