冬の風 (尽×主)


休み時間も昼休みも、珪は気づくと教室からいなくなっていた
今日こそは、と
ちゃんと話をしなくては、と
朝から捜しまわっているのに、どこに行っているのやら
廊下を走り回ってチャイムの音に時間切れ
そうして放課後も同じ様に、
図書室を覗いて、陽当たりのいい花壇の側を探して、昇降口から階段を上ってようやく、

「珪くん・・・っ」

冬の冷たい風が吹きつける屋上に 珪はいた
こんな寒い時期には誰もここに来たりはしない
凍えた手すりにもたれ掛かって、珪は空をみていた
ゆっくりと、雲が流れていく

「珪くん・・・探したよ」
控えめに、言ってはそっと珪に近付いた
振り返り、いつもより寂しそうな目で珪は微笑する
「ごめん・・・」
「いつもいないんだもん、話、したかったのに」
「ごめん」
苦笑した珪に、もまた苦笑した
「珪くん、このあいだから謝ってばっかりだね」
「・・・お前、困ってるだろ」
「うん・・・ごめんね」
苦いような気持ちが、二人の心を通っていく
ここが寒くてよかった
冷たい風が、心のもやもやを少しだけ綺麗にしてくれる気がする
「おまえも、謝ってる」
「あ・・・っ」
クス、と
おかしそうに珪はの顔を見つめた
眠っていた恋心が起こされたのは、きっと出会ったあの瞬間
桜の季節、新しい時間のはじまり
差し出された手にキョトンとした顔
忘れかけていたものが 瞬間に呼び起こされたのを感じた
そして、それは長い時間をかけて確実に育っていった
こんなにも
が他の誰かを見ていても
他の誰かを好きでいても
欲しいと想ってやまない程
手を、伸ばしてしまう程
「ごめんね、珪くん
 私、とってもとっても、好きな人がいるの
 その人じゃないと、ダメなの・・・」
困ったように、うつむきがちに が言うのを黙って見下ろす
大好きな人
が選んだ人
「知ってる」
の目はいつも、違う誰かを見ていたから
だから嫌でも気付いてしまう
他に好きな人がいること
自分に、想いは向けられないこと
「ねぇ、珪くん
 私なんかのどこを 好きになってくれたの?」
ふと、
が顔を上げてそう問いかけてきた
冷たい手すりを両手で持って、外に身を乗り出して
まるで深呼吸するみたいに
「・・・どこって・・・」
興味、みたいな
そんな表情のに、珪はほんの少し笑った
「・・・ぬけてるところ・・・」
そして思ったままに言ってみる
最初はしっかりしているのかと思っていたが、どうやらそうでもなさそうだと
気付いたのは2年の最初の頃
クラスでは面倒見のいい方だけれど、
「え? 私そんなにぬけてる? しっかりしてない?」
そう見せかけているだけだと、見ていて気付いた
あんまりばかり見ていたから 気付いてしまうとそれが愛しくて愛しくて
逆に余計に目が離せなくなってしまったのだ
何をするかわからないから、心配で
愛しくて
「抜けてる」
「そうなの?! なんかショックだなぁ・・・っ」
「しっかりしてるように見せ掛けて、失敗してるのが可愛い」
くす、と
笑ったら 途端にが真っ赤になった
「・・・・・」
こちらを見上げて驚いたように
つられて、珪もまた少しだけ頬を染めた
そうしてス、とから視線を反らす
そういうの、反則だと思う
自分はふられて、これからへの想いを忘れなければならないのに
「・・・おまえ、そういうのずるいぞ」
「え?」
頬を染めたまま、
少し居心地悪そうなは、視線を合さなくなった珪を見上げて首をかしげた
「俺、当分おまえのこと忘れられそうにない」
「・・・・っ」
また、の顔が赤くなった
それを見てほんの少し、心があたたかくなった気がして
珪はようやく笑った
「何も求めない
 だからそれくらいは、いいよな・・・」
「う、うん・・・」
ありがとう、と
消えそうな声で真っ赤になって答えたにまた、想いが溢れた気がする
本当に反則だ、と
思いながら、苦笑しながら
それでもさっきまでの息苦しさに比べて 大分ましなのはきっと
「えへへ、ありがとう、珪くん」
こうして、が笑ってくれているからだろう
溜め息ばかり、思いつめた顔ばかりのらしくないから
「やっと、笑ってくれた」
安心したように、珪は息をついた
痛みが、ス・・・っと引いた

その日、一緒に帰ったと珪は 家の前でに会った
「あ、先輩っ」
にっこり笑って駆けて来たは、持っていた紙袋をに差し出すと一気に喋りはじめた
「これ尽くんに渡しておいてもらえますかぁ?
 の手作りなんです
 尽くん、今 バイトみたいでいなくって
 一生懸命作ったから絶対食べてほしいんですっ」
勢いに負けて、思わず紙袋を受け取ったに、にこっとは笑った
その視線が葉月へと向かう
先輩いいなぁ、素敵な彼氏がいて
 も早く尽くんとそうなりたいなぁ」
ドキン、と
心臓が鳴ったのが自分でもわかった
「尽くんモテモテだからすっごいライバル多そうなんだけどは生徒会も一緒だから断然有利なんですっ
 先輩も応援しててくださいっ
 絶対尽くんの彼女になるからっ」
楽し気に、
そう一気に喋ると、は鞄を持ち直してもう一度笑った
「じゃあ、それ絶対渡してくださいねっ」
そのまま、もう暗くなった道を駆けていく
息苦しいような、そわそわするような
妙な感覚に捕われて、はその後ろ姿を見遣った
ああ、あんな風に言われたら不安になる
生徒会での尽も、学年での尽も の知らない尽だから
そしてと尽の仲は、世界の誰にも言えないような そんな関係だから
こういう時、どうしようもない
何も言えない
・・・大丈夫か?」
「あ・・・うん、ごめんね なんか勢いに圧倒されちゃって」
「すごい子だな・・・」
「うん・・・びっくりした」
手の中の手作りのお菓子
それがとても重くて、痛かった
「ごめんね、珪くん
 送ってくれてありがとう」
「ああ」
苦笑して、珪はの俯いた横顔を見つめた
なんとなく、の心情も と尽の関係もわかる
尽の態度もの視線も、普通のものとは違うから
だからこそ、今が揺れてるのがわかる
自分では、どうしようもないのだけれど

その晩、遅くにバイトから帰ってきた尽に から預かった紙袋を渡した
「・・・これ学校で一回断ったんだけどな・・・」
「そうなの・・・?
 家の前にいて・・・勢いで受け取っちゃった」
「いいよ、明日返しておくから」
「・・・食べないの?」
「食べないよ
 女の子からのプレゼントは、受け取らないようにしてるんだ」
後々面倒だから、と
言った尽の言葉に ほんの少しほっとして
でもそれでも拭えない不安に また俯いて
は小さく溜め息をついた
「心配しなくても、俺にはしか見えてないよ」
いつもは嬉しい言葉も 今日は心をすり抜けていく
まるで冷たい冬の風みたいに、心が冷たくなっていく
この不安はどうしても拭えない
(やだな・・・こんなの)
先輩も応援してください、なんて
あんなこと言われるとは思わなかった
にどんな風に接していいのかわからない

ふ、と
考えこんだにの腕を 尽が乱暴に引きよせた
「え・・・っ?!!」
そのまま、唇にキスされて
入ってくる舌の感覚に びりっと身体がしびれるのを感じる
「ん・・・っ」
熱い
そこだけ熱い
思わず尽の腕にすがりついたら、何度も何度も角度をかえて
尽は何度もにキスをした
一気に体温が上がる気がして
頭が真っ白になる気がして
、考えすぎは毒だよ」
やがて解放され、ぼんやりとした意識に 尽の声が響いた
優しく抱き締めて、囁くように
「大丈夫、俺はしか見えないから」
そんな言葉で安心しないもん、と
心の中でつぶやきながら
どうしても拭えない不安に身を浸しながら
それでも今は尽が側にいてくれるから
こうして触れてくれるから
「・・・うん」
つぶやいて、は目を閉じた
窓の外で冬の風が吹く
それを遠くに聞きながら


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