恋愛相談 (尽×主)


誰もいない放課後の教室に、はいた
授業中も溜め息ばかりだったは、今も頬杖をつきながら 何かの紙を見て深く息をつく
文化祭の劇が大成功に終わり気が抜けたのだろうか
それとも同じく、いつにもまして心ここにあらずといった様子の珪の態度と 何か関係があるのだろうか

カラ、と
遠慮なく開いたドアの音に はふと我にかえった
見遣ると氷室が立っている
「何をそんなに溜め息ばかりついている」
「え?!!」
かたん、
が驚いて姿勢を正すのを見て僅かに微笑し、氷室はの座っている席へと歩いていった
5限目の数学の時間、がついた溜め息は18回
最初の5回目までは そんなに授業が嫌か、と呆れもしたが
「疲れているのか?」
18回ともなると、さすがに心配になる
文化祭の疲れがたまっているのだろうか、とか
体調が良くないのだろうか、とか
何か心配ごとでもあるのだろうか、とか
「あ・・・ちょっと・・・」
えへ、と
困ったように笑ったの手の下
敷かれているものに 氷室は眉をひそめ その後苦笑した
「このあいだはもう少しマトモな点を取っていただろう」
「そうなんですけど・・・」
そこにあるのは真っ赤なテストの答案用紙
英語の教師が月に一度くらいやる実力試しの小テスト
今回のの点は60点
せっかく珪に教えてもらって80点代が取れるようになっていたのに
「どうした」
「今やってるとこ さっぱりわからなくて・・・」
手の下から奪われていった答案用紙を見上げながら
間違いだらけのそれに顔をしかめる氷室を伺いながら
はまた溜め息をもらした
点が落ちたのは 珪に教えてもらえなかったから
授業だけでは文法なんかよくわからなくて
珪の解説でようやく理解できていたから
珪に告白されてそのまま、気まずいままでは二人
一緒に勉強なんてそんな雰囲気にはなれなかった
お互いどこかボンヤリして、うわのそらで
気づけば珪は帰ってしまっていて 今日もマトモに会話ができなかった
本当は、ちゃんと話をして 珪の想いに返事をしなくてはいけないと思っているのに
「君は文法が理解できていないようだな」
「はい」
「時間はあるのか」
「え?」
「このままでは進学が危ないだろう
 第一志望、ゆずる気はないんだろう?」
「ないですっ」
絶対、と
行きたい短大のために こんなに必死に英語の勉強をしてきたんだから今さら、と
意気込んだに、氷室は僅かに笑うと そのまま側の席に座った
「教科書とノートを出しなさい」
「え?」
「早く」
「あっ、はいっ」
もしかして、今から英語を教えてくれるのだろうか、と
上目使いに見上げた先 氷室はの出したノートをめくって一つまばたきをした
(・・・先生って優しいなぁ・・・)
普段はてんで融通がきかないくせに
勉強のこととなると本当に協力的で
補習ばかりで迷惑だなんてみんな言ってるけど実は
実はそれって有り難いことなんじゃないだろうか、と
は思ってクス、と笑った
その恩恵にあずかるのは これで二度目
忙しいだろうに、と
もう一度見上げたと、ノートから顔を上げた氷室の視線がぶつかった
「!!」
途端真っ赤になったのが どうしてかなんてわからなかったけど
「・・・どうした」
怪訝そうに、少し戸惑ったように氷室が言ったのに は慌てて首を振ることしかできなかった
ドキ、として
見られたのに体温が上がった気がした
(びっくりした・・・)
こんな近くで氷室の顔を見る機会なんかそうないから、
彼がのノートで文法の説明をするのをききながら 時々その顔を見つめては頬を染めた
もしかして、もしかしなくても
氷室はちょっと格好いいかもしれない

1時間半ほどで、はさっきまでさっぱりわからなかったあたりを理解できるようになっていた
「ありがとうございました」
「帰って復習するように」
「はい」
嬉しそうに教科書を鞄にしまったの横顔に、僅かにまだ陰りを見ながら 氷室はそっと苦笑した
英語でも数学でも、勉強ならいくらでも教えよう
の溜め息の原因が英語の点が悪かったことなんだったら いくらでも解決してやれる
進路とか学期末テストとか、今の時期 3年生には心配事が多い
もそれで気が滅入っているのだろうか
この横顔に浮かぶ憂いは、それだけのものなのだろうか

「先生」
「・・・何だ」
ふ、と
暗くなった空を見ていたが振り返り、それからほんの少し言いにくそうに口をひらいた
「先生って好きな人いますか?」
「・・・・は?」
なぜ急にそんな話になるのだ、と
思ったが言葉にはならなかった
突然の質問に、キョトン、と
ただをみつめかえした氷室は 2秒後かろうじていつものポーカーフェイスを取り戻す
「何の話だ、突然」
「えーっと、先生は格好いいから恋人とかいるのかなぁって思ったんです」
「・・・くだらん」
「先生女の子に人気ありますよね
 こんなに厳しいのに不思議だなぁって思ってたんですけど」
クス、と
無邪気に笑ったに 氷室は無言でその顔をみつめた
何が言いたいのか
恋人など
むしろ目の前のに、心魅かれはじめている自分に戸惑っているのに
「先生、私に授業してくれたり英語教えてくれたり、優しいですよねっ
 だからモテるんだ
 みんなよく知ってるなぁ・・・ちょっと発見した気分」
「・・・私は教師だ
 生徒が勉強する意思を持っているならいくらでも手をかす」
「うん、でも・・・
 そんなことしてくれる先生って氷室先生だけだもん」
それに、と
つけ加えては悪戯っぽく笑った
「先生やっぱり格好いい
 芸能人みたいって言われませんか?」
「教師をからかうのはやめなさい」
「からかってないのにぃ」
「・・・・・」
いつもの厳しい顔で溜め息を吐いた氷室に はもう一度だけ笑った
「そんな先生だから恋人がいても変じゃないなって」
その言葉に 眉をひそめながら氷室はを見下ろした
少しだけ また表情が陰っている
一体何を思っているのか
「・・・いたら何だというんだ」
「誰かを好きになるのって みんなこんなに辛いものなんですか?」
「は・・・・?」
「恋愛ってみんな こんな風?」

恋愛ってみんな、こんなにも辛いの? と
その言葉に氷室は言葉を飲み込んだ
何を言い出すのかと思えば、と
小さく溜め息をつく
浮かない顔をしているのも、何度も何度もためいきをつくのも
そのせいか
今 目の前のの表情がどこか陰っているのも それが原因か
「恋愛に限らず 楽しいだけのものなどない」
「・・・・・」
氷室を見上げて 困ったように苦笑して それからはうつむいた
尽と二人でいるとき たまらなく幸せだと思えるけれど
朝がきたら、その幸福をかき消すように不安がつのる
尽を好きでいて、いいの?
いつまで二人、一緒にいられるの?
「なんかうまくいかなくて・・・」
珪の告白と、の存在が 余計に心を不安定にする
おまえが好きだ、と
そう言ってくれた言葉はとてもとても嬉しいけれど
応えられない自分
尽が好きな自分
想うたび、珪のあの切ない目を思い出して とてもとても苦しくなる
どうしようもなくて、溜め息をつく
「自分には大好きな人がいて、でもその人じゃない、とても大事な友達に好きだって言われたら、先生はどうしますか?」
うつむいたまま 震えるような声で言ったに 氷室は本気で苦笑した
目の前にいる高校3年生の
精一杯、他の何もみえなくなるほどに一生懸命に恋愛をして
誰かを好きになって、誰かの想いに心を痛めている
そんなには、氷室なんか見えないのだろう
恋愛対象というものに、教師である自分は含まれていない
「はっきり断る」
溜め息を吐きつつ、氷室は言った
わかっていたし、だからこそ この想いがこれ以上育つのを意識して止めていたのだ
教師は生徒を導く者であり、こんな風に悩ませるものであってはいけない
への想いは、このまま閉じ込めて消し去らなければならない
「そんな風に君が溜め息ばかりでは相手が可哀想だろう
 気に病ますために告白したわけではないのだから」
少し呆れたような声に、は顔を上げて氷室を見た
ああ、そうか
自分のことばかり考えていたけれど 珪もきっと辛いはず
ごめん、って
そう言ってたから
そう言いながらも 好きだって言ってくれたから
きっとが困るのを、知っていたのだろう
誰か別の人をが好きなこと、珪は知っていたのかもしれない
「はっきり断られた方が葉月も救われるだろう」
「・・・はい」
はい、と
つぶやいて、それからはた、とは氷室の顔を見つめた
「え・・・?」
「あ、いや・・・」
コホン、と
同じくらいのタイミングで 氷室が視線を反らして咳払いする
葉月って、今
氷室はそう言ったか
は相手の名前を告げなかったのに
珪に告白されたんだとは、言わなかったのに
「どうしてわかったんですか・・・?」
「・・・・・・見ていたらわかる」
苦笑しながら、
つい口が滑ったことを後悔しつつ 氷室はを見つめ返した
珪もも3年間担任してきたから どんな時にどんな顔をするのか、とか
普段どういう風な態度でいるのか、とか
全部わかっている
その二人がそろっておかしいのだから
文化祭で大成功した舞台の後、二人ともがどこかうわの空で
何か思いつめたような顔をしていたら

「内緒にしててくださいね」
「わかっている」
こんなこと、他人に言うわけないだろう、と
そもそもがこんな話題を出さなければ 恋愛話などしなかった、と
自分が最も苦手な分野に 氷室は今度は大きな溜め息をついた
「私、ちゃんとしよう
 先生の言うとおりですよね、このままだと珪くんだって困ると思うし」
「・・・」
それにはノーコメントで、
相変わらず晴れないの横顔に 氷室はちく、と胸が痛むのを感じた
珪ほどを想っても、届かないのか
この顔を、曇らせることしかできないのか、と
思った時 その思考を遮るようにガラリ、と教室のドアが開いた
「・・・尽」
「帰れる・・・のかな?」
しかいないと思っていた尽は、教室に氷室がいるのに一瞬驚いたような顔をして
だがすぐに、いつもの笑顔を浮かべた
「俺はもう帰れるけど」
「うん、大丈夫
 先生、ありがとうございましたっ」
「ああ・・・」
が、鞄をもって立ち上がる
途端視界に入った そのまっすぐに尽を見ているの横顔に、ギクリとした
あの不安のような、憂いのような
そういうのが、す・・・っと消えた
今 は尽に向かっていつもの笑顔で笑っている
「さようなら、先生」
姉弟仲良く、
誰が見てもそういう感じで、二人揃って教室を出ていく後ろ姿が消えるのを 氷室は黙って見送った
まさか、と
想像を否定する
珪でも氷室でも晴らせることができないの不安を、尽がその存在だけで振り払うことができるだなんて
それは多分、の大好きな人にしか できないはずなのに
の弟である尽が、それであるはずはないのに

「考えすぎだ・・・」

苦笑して、氷室は立ち上がった
心に生まれていたへの想い
意識して、止めていたもの
生徒と教師というこの遠さ
恋愛相談を受けるほど信頼を得ているとは、と
ひとりごち苦笑して、氷室もまた教室を出た
想いはまだここにあるけれど
それはある種の心地よい痛みを伴ってここにあるけれど


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