シンデレラと王子5 (尽×主)


やってられないな、と
尽は先程から何度も心の中でつぶやいていた
本日は文化祭
講堂では朝から3年生の演劇が行われていて、現在3クラス目
演目はシンデレラ
生徒会長だからと演劇の採点をやらされて 朝からずっと一番前の審査員席で舞台を見ているんだけれど

(むかつく・・・・)

イライラは、珪の存在
誰でも知ってるお馴染みのストーリーなだけに 後半どういう展開になるのかわかっている
だから余計にイライラする
舞踏会で楽し気に踊っているシンデレラと、王子役の珪
さっきまで、が貧しい格好をしながら掃除をしたり、魔法使いのおばあさんとなんだかんだとやっている時は楽しく見ていられたんだけれど
(この後またが出てくるんだろ・・・)
12時の鐘が鳴って、シンデレラがガラスの靴を落としていって
それを手に王子が姫を探し回るのだ
あの夜 恋に落ちた美しい姫は誰だ、と
私の愛する姫はどこだ、と

シンデレラを、ドレスの子と貧しい格好の子とのダブルキャストにしたのは面白い、と
尽の採点表には書かれてある
今まで見た他のクラスよりも、台詞の流れがスムーズで安心して見ていられる点は よく練習しているのがわかって良い
だが、好感が持てない
珪がに向かって「愛する姫」などというのもむかつけば、が「王子・・・」と目をハートにして呼び掛けるのも我慢ならない
我慢ならないのだ
審査員でなければ、さっさと席を立っているのに

家来を引き連れた珪が、シンデレラの家にやってきた
またが出てくる
何度も何度も練習につきあわされたから王子の台詞は覚えている
意地悪な母と姉がガラスの靴をはけなかったから みすぼらしいシンデレラがはくのだ
そして、物語はクライマックスへと進む

「姫、あなたが私の探していた人だ」
珪の言葉に、はにっこりと微笑した
「私は姫なんかじゃありません、こんなにみすぼらしいただの娘です」
舞台の大道具もこっているし、衣装も素晴らしい
の演技が少々わざとらしいけれど それは可愛いから許すとして
王子も王子役としては適役
長い間練習してきただけあって、音楽も台詞にぴったり合い ひとつの舞台として高いレベルで完成されているんだけれど
(・・・むかつくから減点)
他のクラスと比べて明らかに厳しい点をつけつつ、尽は舞台の上のと珪を見た
昨日、帰りがけに見た時ツーショットだったのが気にいらなくて
それでなくても最近、英語を教えてもらっているんだとか 劇の練習を一緒にしているんだとかで二人一緒にいることが多いのに
まるで見せつけられたようでイライラして
くすぶってる想いは 未だ胸の中にある
(脚本がメロドラマ風でいまいち
 台詞がくさい)
思い付く限り酷評して、本日何度目かのため息をついた時 シン・・・として見ていた会場中がざわっとざわめきに包まれた
ガラスの靴をはいたシンデレラに王子が歩み寄り、その手を取り二人は見つめあい
そして、音楽とともにエンディングへと突入する
「・・・・・」
みんなが息を飲んで見守り、尽も一瞬動きを止めた
舞台の上でシンデレラと王子がキスをして、
客のざわめきを消す程の音量でドラマチックに音楽のボリュームが上がり、
スルスル、と幕が両側から閉じていった
そうして、のクラスの劇は終わった

驚きが歓声の混じった拍手に変わり、たっぷり余韻を残して 音楽が消え照明がつく
多分、どのクラスよりいい出来に仕上がっている舞台だっただろう
客も惜しみ無く拍手を送り、隣で審査していた生徒がうらやましそうに感動した、とつぶやいた
頬杖をつきながら、尽はもう一度ため息をつく
本当にキスしてるみたいだったね、とか
素敵だったね、とか
そんな外野の声に苦笑する
あれがフリだけに見えたかって?
あれがフリだけじゃなかったと、気付いたのは会場中で尽だけかもしれないけれど
明らかに、キスしていた
珪はに、触れたのだ

まだざわざわと騒がしい舞台裏で、はほぼ硬直状態で立っていた
・・・」
次のクラスのために、慌ただしく大道具が片付けられていく
そんな中、ぼんやり立っているの手を引き、珪は誰もいない講堂裏まで出てきた
舞台の熱気に、身体が熱い
二人衣装を着たままで、秋の心地いい風の中に向かい合った

名を呼ばれ、顏を上げた
珪の唇がふれた時 驚いて頭が真っ白になった
エンディングはキスで、と
脚本の子が最後まで悩んだ挙げ句決定した台本通りに、練習通りに演じるつもりだった
は目を閉じて、
珪がかがみこんでキスするフリをする
何度も何度も練習したから その通りにできるはずだった
なのに、

「ど・・・して・・・」
声が震えた
途端、恐くなった
こんな風にキスされるなんて想わなかった
まさか珪が、こんなことをするなんて想像もしなかった
「ごめん」
痛い珪の目
今、やっとその意味がわかった
自分はなんて鈍感なんだろう
こんなにこんなに、珪が想ってくれていたなんて考えたことなかった
誰かを好きな気持ち、よくわかっているから
だから痛みも知っている
苦しいのもわかってる
「ごめん、俺、お前が好きだ」
それは、本当に心が痛くなる告白だった
どうしてこんな時に
こんなにこんなに、揺れている時に

おまえが好きだ、と
言った後、が泣き出しそうな目をしたのを 珪は見つめて苦笑した
届かない想い
見ているだけでよかった1年の頃に戻れたらいいのに
こんな風に想いが大きくなる前に諦めてしまえばよかった
諦められればよかった
そうしたら、はこんな風に泣きそうな顏をしなかったのに
初恋は、淡く優しい記憶のまま 閉じ込めていられたのに
「お前に触れたい」
多分、もうどうしようもない
想いはとうとう溢れてしまった
舞台の上、焦がれた姫をやっと見つけた王子は 止められなかった
愛しい人にくちづけて、愛を伝えて、想いを告げて
「私も、あなたを待っていました」
シンデレラの台詞に我を忘れた
フリだけ、とか
これは演技なんだから、とか
そんなことは頭から消えた
に触れたい
それだけが、珪を動かした
に、キスをして、想いを告げて、今、珪はここにいる

熱気に包まれた文化祭が終了すると、今年も後夜祭がはじまった
ファイヤーを囲む生徒達
自由参加のこの祭りに、ほとんどの生徒が残って笑った
ほんの1時間30分の、大フィーバー
なのには全然楽しくなく、姿のない珪を意識してただぼんやりと隅の方に立っていた
あのまま、ごめんと言って去っていった珪
返事はいらないとばかりに、悲しそうに笑った
ファイヤーを囲むクラスの輪にいなかったから もう帰ってしまったんだろう
ちょっとだけホッとして、それからどうしてもぬぐえない不安に気持ちが沈んだ
どうしようもない程にグラグラする
不安で、窒息してしまいそう

終了の花火と同時に、歓声が上がり 今年も文化祭が幕を閉じた
生徒会のメンバーが集まる本部に 尽がいるのが見える
仲間達と笑ってる姿はここからとても遠かった
去年は、尽一人でやり遂げた後夜祭を 今年は仲間達とやったんだよね
だから、今 一緒にそうやって笑いあってるんだよね
が尽に抱き着いて泣いているのに イライラしたものが広がっていく
仕方ないってわかってるけど
大変なことをみんなでやった連帯感みたいなものが、と尽を繋いでるんだってわかってるけど
それでも

「私、尽がいなきゃこんなにグラグラするの・・・」

にじんだ涙をぐい、とぬぐって は生徒達でごったがえす階段を降りていった
すっかり更けた秋の夜
尽は後夜祭の後片付け
珪は先に帰ってどこにもいない
うつむいて、は小さく息を吐いた
誰かを好きになってこんなにも弱くなるなんて、思ったことなかった
イライラして、落ち込んで、不安になって、眠れなくて
そんなの辛いだけだ
恋って、こんな風だなんて思わなかった
どうしてシンデレラみたいに、ハッピーエンドにならないんだろう
幸せばかりを手にいれられないんだろう
世界で尽と自分の二人っきりだったらいいのに
そうしたら、何も考えず尽だけを見て幸せでいられるのに
の影にイライラしたり不安になったりしなくていいのに
「我侭なのかなぁ、私」
何度も好きだと言ってもらっても、キスをもらっても足りない
足りなくなっていく
どうしようもなくなっていく自分
またため息をついて、は空を見上げた
冷たい夜の風が、濡れた頬を撫でていった


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