シンデレラと王子4 (尽×主)


文化祭前日、大道具の並べられた雑然とした教室に、はいた
ずいぶん長い間練習していたように思える演劇の、明日が発表の日
全クラスが競争みたいに頑張ってる3年生の演劇は、いわば文化祭の目玉
今も 下校時間が過ぎたというのに隣のクラスからはトントンと大道具製作の音が聞こえてくる
「なんかドキドキするなぁ」
隅の方に追いやられている自分の机の中から 忘れて取りに戻った教科書を取り出しながらは一人つぶやいてみる
毎日毎日、練習した
明日は本番
夏休みから準備していたから もうやり残したことはないと言って、のクラスは今日はみんな早くに帰った
明日のために、しっかり寝るように、と
監督の子がそう言っていたっけ
奈津実と一緒に下校して、途中のサ店で久しぶりにお茶をして
奈津実と別れた十字路で 今日出ていた宿題のことを思い出し、は今ここにいる
(何も文化祭の前の日に宿題出さなくてもいいのになぁ)
プリントを挟んだ教科書は机に入れっぱなしだったはず
苦笑して、慌てて取りに戻って
静まり返った教室の、大道具なんかを見てたら ふ、といい様のない気分になった
みんな頑張ったなぁ
キャストも監督も台本も衣装も大道具も
お城の舞踏会のシーンで掛けるのだという赤い絨毯の敷かれた階段の絵なんか見事だと思うのだ
本当に、そこがお城の中みたいで
(・・・私は立てないんだけど・・・)
汚い方の役だから、と
ドレスを着てその絵の前に立つ もう一人のキャストの子のことを考えて は苦笑した
貧しい方のシンデレラも悪くないけれど、一度は
ああゆう素敵なセットの前で 王子に手を差し伸べられたりしたいと思う

ガラ、

突然、ドアが開き は驚いて振り返った
「・・・帰ったんじゃなかったのか」
「珪くんこそ」
先生かと思った、と
は笑って 鞄を机の上に置いた
「俺は面談
 今度の模験、受けろって言われた」
今はそれどころじゃないのに、と
不満気な珪に微笑して、はもう一度赤い絨毯の階段の絵を見上げた
黒板の前にかけてある巨大な絵
明日はあれが舞台を飾る
「・・・本物みたいだな」
「うん、素敵よね
 いいなぁ、私もこんなセットでやりたいなぁ」
「・・・ああ、お前は背景ないもんな」
「うん、小道具は雑巾とバケツだしね」
いじめられながら幕の前で掃除をし続けるんだ、と
言ったに 珪が笑う
そして じゃあ、と
1歩近付いて 珪はに手を差し出した
「じゃあ、ここで」
またもう1歩 珪が近付く
キョトン、と
その言葉の意味がわからないの目の前で 珪は優しく笑った
ああ、世の中の女の子が 珪を王子と呼ぶのがわかる
優し気で、真摯な目
見とれて、頭がボゥ、とした
「お手を、名も知らぬ美しい姫」
それは劇の台詞
には決して言われない言葉
戸惑って動けないの手を、珪がもう1歩近付いて取った
ドキン、と心臓がはねた

行動した時、意識はあまりなかった
珪は の手を取って そのまま衝動で抱きしめた
ふわ、と
やわらかな風が髪を撫でていく
自分より随分背の低い身体が、腕の中にすっぽりとおさまった
「珪くん・・・」
戸惑ったような声
それさえあんまり聞こえなかった
ああ、愛しい人
一晩で恋に落ちた名乗らぬ姫を 探し続けた王子の想いがわかる
焦がれる程の恋心が、同じく珪の心にもある
「王子はきっと、迎えにくる」
それは、遠い遠い昔に言葉にした想い
まだ幼かった恋の、想い出
「え・・・?」
ぴくん、と
が珪の目を見上げた
はもう、忘れてしまっているだろう
緑輝いた夏、出会っていた二人のことを
ほんの2週間だけ 一緒にすごした日々のことを
別れの時、少年が言った精一杯の言葉を
そして今、同じ想いがここに溢れていることを

「・・・ごめん」

再会して、あの想い出を語らなかったのは忘れられていることが恐かったから
ただ一人見つめ続けて、
変わってしまった自分に、苦い想いをいっぱい味わって
それでも追い続けていつのまにか
いつのまにかこんなにも、欲しいと想ってしまった人
初恋は、時をへてこんなにも胸を焦がす想いに変わった
相変わらず、は珪のことなんか思い出しもしないけれど
他の誰かをずっと見ていて、こちらを振り向いてもくれないけれど

帰ろう、と
珪は 苦笑した
そっとの身体を放すと、困ったように笑ってもう一度 ごめんと言った
チャイムが響く
もうすぐ見回りの先生がやってきて 教室に鍵をかけるだろう
、帰ろう」
「うん・・・」
バタバタと隣のクラスの生徒達が走っていく廊下に出て、二人無言で歩いた
ドキドキしていた胸が、今は痛い
優し気な王子は、急に悲しい目をして言った
「王子は必ず迎えに来るから」
聞いたことのある言葉
どこか遠い、白い夢の中で聞いたような
誰かが、優しくそう言ってくれたような
曖昧な記憶
何か大切なものを、自分は忘れてしまっているんだろうか
だから珪が、あんなにも悲しそうな目をするのだろうか
(でも・・・)
でも、それでも
ぎゅっ、と鞄を握って 俯いた
抱きしめられた時 本当に驚いた
台本の通り、のために舞踏会のシーンを演じてくれただけだとしても
それでも、
(珪くん・・・時々痛い目するの、どうして・・・?)
あの眼差しが忘れられない
心にぽっかり穴があいたような気持ちになる

尽、と
廊下を歩きながら は尽のことを考えた
こういう時、尽なら大丈夫だよって言ってくれる
自信満々の顏をして、何の心配もないから、と笑ってくれる
誰かに触れられて揺れても、
不安で心がいっぱいになっても、いつも
は俺のものだから」
そう言って繋いでくれるから、だから安心する
は尽の側にいればいい
彼に抱かれて、目を閉じて、キスをもらって
そうしたら あたたかい気持ちになって眠れる
今、尽に会いたい
会って、その腕で抱きしめてほしい

「あ・・・」
靴箱のところで、珪が小さく声を上げた
はっとして顏を上げて、それからは動きを止めた
会いたい、会いたいと思っていたから?
そこに尽がいて、その隣にがいた
、まだ帰ってなかったの?」
「うん・・・」
急に、背筋が寒くなった
ああ、今抱きしめて欲しい人の隣には 自分じゃない女の子がいる
尽の側に、いけない
「尽は・・・生徒会?」
「うん、思ったより長引いて
 彼女遅くまで残らせちゃったから これから送ってくとこ」
「そぅ・・・」
うまく笑えたかわからなかったけれど、平気なフリをしよう、と
もう外は暗いし、生徒会なら仕方ないし
だから尽がを送っていくのも、仕方ないから
より、を取るのも仕方ないから
「葉月サン、姉を家まで送り届けてくださいね
 もう暗いし、こいつの家は方向逆だから 俺一緒には行けないし」
念を押すような尽の言葉に、珪はああ、と短く答えた
甘えるようなの声が聞こえる
呆れたような尽が、何か返事をした
二人が背を向けて、校舎を出ていった途端 はぼろぼろと泣き出した
どうしても、今 尽にぎゅってして欲しかったのに
どうしても、尽に言ってほしかったのに
大丈夫だよ、って

・・・」
俯いてぼろぼろと涙をこぼすに、珪は一瞬戸惑った
それから、何か言おうとして 何と言っていいのかわからず
どうしてが急に泣き出したのかわからず
困って顔を上げた
そして、遠ざかっていく尽との後ろ姿を見た
「・・・
ああ、もしかして と
心に絶望に似たものが浮かぶ
もしかして、の想いは尽へと向かっているのか
そんなこと、考えたこともなかったけれど
二人仲がいいのは単に、年が近いから友達みたいな感覚になっているんだと思っていたけれど
、泣くな」
理解は同時に痛みを生んだ
震える身体を抱きしめて、心もこの手に抱けたらいいのにと強く強く思って
ただ必死に、痛みに耐えた
どうして恋愛は、物語りみたいにうまくいかないんだろう
どうしてこんなにも好きな姫は、こちらを向いてくれないんだろう

文化祭前夜、眠れないシンデレラと王子
明日、二人は恋の舞台に立つ


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理