知らない顔 (尽×主)


一昨年までは全く注目を浴びなかった行事が、今年もやってきた
文化祭の熱気に薄れてしまうような華のない、土曜日の4限目の、

「今年は尽君、立候補しないって?」
「うん、夏休みにずっと次の会長さんへの引き継ぎ書作ってたもん」
「えー、他の人じゃインパクトに欠けるよ〜
 尽くんなら今年も後夜祭やってくれるだろうにー」

生徒会会長の選挙
毎年一週間程前から、立候補者のポスターが掲示板に並ぶ
去年は尽が立候補して、学校中を驚かせた
1年生の会長が誕生して、あげく新しいイベントづくしで旋風を巻き起こしていったのだ
尽は今年2年
だからまた、今年も立候補して会長になるのだろう、と
誰もがそう考えて期待していた
なのに掲示板に、尽のポスターはない

「・・・ねぇ、選挙って今週土曜だよね?」
「うん」
「ポスター、どうして貼らないの?」
「さぁ・・・」
ある意味、去年より期待の高まっている生徒会選挙まであと3日
なのにいつもの掲示板に、ポスターは1枚も貼っていない
「ポスター貼るのやめたんじゃない?
 だったら立候補者の演説も止めてくれないかなぁ
 あれ、退屈なんだよね、尽くんの演説は面白かったけど」
「うん」
もう一度、掲示板を見上げては首をかしげた
尽が次の会長に立候補しないのは 彼が引き継ぎ書を作っている時点で にはわかっていた
新しくやった行事も、企画も全て 誰にでもわかるように書いてあるから、と
生徒の要望があれば新しい会長がいつでも実行できるよう マニュアルを作ったから、と
尽は言っていた
もう1年会長を、なんて興味ない
の喜ぶ顔を見るために、去年やりたいことは全部やったから、と
言ってた尽を思い出して、は少し笑った
くすぐったくなる程の幸福感
それがとても心地いい

結局、選挙当日になってもポスターは一枚も貼られないままだった
4限目、講堂に集められた生徒達はざわざわと誰も立っていない舞台を見つめ 秘密にされた立候補者が出てくるのをまった
チャイムが鳴り、司会の教師が何やら話しはじめ
それも2分程で終わって、ようやく尽が壇上に出てきた
には、ちょっとだけ不機嫌そうに見える顏をしている
いつもの人あたりのいい顏じゃなく、ちょっとばかり呆れているような顏
どうしてそんな顏を、と
身を乗り出したと、尽の目が合った気がした
ここからは遠くて、本当に尽がこっちを見ているのかわからないけれど
「今年は残念なことに立候補者がいませんでした」
尽がまた苦笑いした
講堂がシン・・・となる
「ですから、現生徒会と教師の間で話し合い  尽くんにもう一年会長をつとめてもらおうと思っています」
ざわ、と
今度はざわめきが広がっていった
はっとして、辺りを見回すと みんな驚いたような顏をして隣の友達と言葉を交わしあっている
「異例ですが、くんの活躍は皆さんもよく知るとおりですから、異論がなければこのまま信任投票へ入りたいと思います」
また、尽がやれやれという顏をした
ああ、知らない間にそんなことになっていたのか
ポスターがはっていなかったのは、立候補者が出なかったからか
みんな本当に、尽が今年も立候補して会長になると思っていたのか
ようするに、みんな尽に会長をやってほしいということか
「信任投票ですから今から配る紙に皆さん記入して投票箱へ入れて・・・」
教師がざわめきの中、手に持った紙の説明をはじめた
そんな中、誰かが叫ぶ
「そんなことしなくても、俺は会長に一票!」
「俺も!」
声の上がったあたりは、尽の学年
何人かの男の子が立ち上がって拍手をした
きっと尽と普段から仲のいい子達なのだろう
それが伝染して、2年生のいたるところで 男の子も女の子も楽しそうに立ち上がって拍手しだした
尽がまた苦笑する
まるで、しょうがないなぁ、とでも言ってるみたいに
見つめるは、自然頬が紅潮した
格好いい
こんな風に生徒達に支持されるなんて
壇上の尽は本当に格好いい
「俺も一票!」
「今年も後夜祭頼むぞー」
ノリのいい2年生に続くかのように、の側でも誰かが拍手をした
「なんかおっもしろい!
 あんたの尽くんってほんっとカリスマ会長〜!!!」
奈津実も、振り返って笑いながら拍手する
いつのまにか、講堂中が大きな拍手に包まれていて その耳に響く音には頭がぐらぐらした
すごい、すごい、と胸が高揚する
尽が、こんなにも生徒達に慕われていて、必要とされていて
これだけの、学校中を巻き込んでしまう力を持っているなんて、と
胸のドキドキが止まらなかった
教師の言葉も聞こえない
割れんばかりの拍手に、尽も教師も苦笑して
結局、信任投票など行われなかった
全校一致で、新会長が尽に決まった

放課後、まだドキドキしている胸を抑えながら は生徒会室まで尽を迎えに行った
本人が壇上で苦笑していたのは、きっと教師に無理矢理頼まれたからだろうと思うのだけれど
やっぱりも、尽が会長だったらいいな、と思う
尽のおかげで学校行事は10倍楽しくなった
新しい発想と今までの風習を変えていく力が、気持ちよかった
それが自分の弟だなんて 世界中に自慢したくなる
(今日はお祝だなっ)
尽の、望まなかった会長就任祝い
講堂で大喝采の中 新会長となった尽は言ってたっけ
本当に今年はやる気なかったんだけど、と
でも、今の拍手に応えるべく 今年も1年頑張ります、と
最後には笑ってたから
自信満々の顏して、笑っていたから
「尽、かえろっ」
生徒会室の、ドアを開けた
もう何度も来た部屋
いつも4人くらいの男の子が何やら書いたり調べたり雑談したりしている部屋
「あ、尽くんのお姉さんですか?」
そこに知らない女の子がいた
一瞬 部屋を間違えたかな、と思う
だが見なれた机の並び
黒板に貼られたメモ
どれも尽の生徒会室の風景
「えっと・・・、」
言葉につまりながら、他にも女の子が何人かいるのが見えて 理解する
今年は生徒会に女の子もいるんだ、と
生徒会役員は、女の子だと面倒だから、と
モテすぎる尽の人には理解できない悩みゆえ 去年は男ばかりだったのに
一瞬、固まってしまったに その女の子はにっこりと笑った
さらさらの長い髪を二つにくくっている素直そうな女の子
「はじめまして、私 新生徒会役員の天之橋といいます」
その子はひどく聞き慣れた名前を名乗り、それからまたにっこりと笑った
「こんにちは、尽・・・いる?」
ちょっとだけ、胸がチクっとしたのは嫉妬からだろう
ほんの少し嫌な気持ちが生まれて は自分に苦笑した
こんなに優しそうな、いい子そうな女の子に何の意味もなく妬くなんてどうかしてる、と
小さく深呼吸して相手を見つめた
「尽くんは今 仕事中です」
「もぉ仕事があるの?」
「ええ、地域のボランティア活動に参加しないかって誘いがきていて
 それを処理しているんです」
「・・・そ、かぁ」
じゃあ、一緒には帰れないか、と
うつむきかけたに、大好きな声が飛んでくる
、早かったね
 ごめん、ちょっと待っててくれる?」
奥のドアから出てきた尽が、手に資料をもちながらにこ、と笑った
声でも聞こえたのだろうか
続いて出て来た男の子に何か指示を出して、
それから書類を鞄の中につっこんだ
、明日それ出せる?」
「うん、大丈夫だと思う」
「そ、じゃあ俺帰るから」
「え? まってっ、達だけじゃ全部はできないよぉ」
「どうしてさ、さっき説明しただろ?」
「だけど尽くんも一緒にやってくれると思ってたから」
「俺ばっかりに頼らないの
 人数倍増したんだから巧く使ってやって」
「でも・・・」
「とにかく俺は帰るから」
じゃあ、と
何が何だかわからないの目の前で、不安気な顏をした新生徒会役員達を置いて 尽は生徒会室のドアをしめた
「・・・仕事ほってきて良かったの?」
「いいんだよ、待たせられないだろ」
「私はいいよ? お仕事でしょ」
「いいの
 ワンマン会長はやめたから
 来年また会長やれって言われないように 今年は下を育てる」
下積みはしたんだから、と
あとは経験で 誰でもできるってことを教えなければ、と
尽は言って にこりと笑った
「今日は奢ってくれるんだろ?」
「うん・・・」
「ん? なんでそんなに元気ないのさ」
「・・・だって」
ぴた、と
人気のない廊下で足を止め うつむいたを 尽は覗き込むようにした
の声が聞こえたから こうやって出てきたのに
一緒に帰りたくて、がケーキを食べながら笑ってるのが見たくてここにいるのに
「さっきの尽って、なんか知らない人みたいだった
 会長の時はあんな風なんだ」
「ああ、そうだね
 以前は一人でやってたから そんな風には見えなかったんじゃない?」
「うん、そうかも・・・」
生徒会という特殊な空間で、仲間に話し掛ける尽
は素直そうで可愛かったけれど、今尽は仕事をしているから、とか
そういう言葉はちょっと棘があるように感じた
仲間意識みたいなもの
うらやましいと思って、それから悔しかった
尽の全てを知ってるはずだったのに、急に取り残されたような気持ちになる
去年の尽は、たった一人で数人の男の子達を補佐にして突っ走っていたけれど
今の尽はそうじゃない
たくさんの仲間がいて、みんなと一緒に仕事をしようとしている
指示を出したり、相談に乗ったり、会議をしたり、一緒に悩んだり
(つまんないな・・・)
口には出せなかった
こんな気持ち、とても嫌だった
嫉妬してる
生徒会のみんなに
尽と同じ場所にいる
って、可愛いなぁ」
ふと、耳もとで声がして は尽を見上げた
瞬間、唇にあたたかいものが触れる
やわらかいキスは、泣きたくなるほど優しかった
「な、なによぉ」
「可愛いね、妬いてくれたんだ」
「妬いてないっ」
「じゃあどうして泣いてるのさ」
また、キスをされた
こんなところで
誰かが通ったらどうするのだ、と
心のどこかにあった想いは、涙と一緒に流れていった
「どして・・・女の子がいるのぉ・・・」
ふえーん、と
泣きたくないのに涙がこぼれる
あそこにいたのが全員男の子だったら こんな風な気持ちにはならなかっただろう
「男女平等にね
 会長だけのワンマン生徒会にはしたくないから半分は1年生だし、男も女も半分ずつにしたよ」
そして、と
は理事長の姪らしくて、どうしても、と言ってきかなかったらしい
 ちょっとバカっぽいから 先生に他の人にしてくれって言ったんだけど」
尽はため息を吐きつつつぶやいて、苦笑してみせた
「バカっぽくないよ、可愛い子だったよ・・・」
「俺、自分のこと名前で呼ぶような子はちょっと苦手」
顏は問題じゃない、と
言って尽はもう一度、の唇にキスをした
溢れた涙を優しく拭って、不安だった心を包み込むように抱きしめて
は何も心配しなくていいよ
 今年はマジメに仕事しないから
 あいつらを育てて俺は楽をする」
そう囁いて、笑った
いつもの、自信満々の が大好きな尽の顏で
その横顔に安心して、はようやく微笑する
会長である尽は格好いいけれど、知らない顔を見ると不安になる
尽がこうやって大丈夫だよって言ってくれないと泣けてくる程に弱くなっている
どんどん、どんどん好きになる
恐いくらいに
尽が全てになっていく
「尽・・・私のこと好き?」
歩き出した尽の腕を無意識にとっていた
驚いたように見下ろしてきた尽の目が揺れて、それから優しく笑ってくれる
「好きだよ、
 言葉では言い切れないくらい
 どれだけ抱きしめても満足できないくらい、好きだよ
 愛しくてたまらないのはだけ」
照れもせず、言ってくれる言葉が嬉しくて
聞いたのは自分なのに は真っ赤になって俯いた
「う・・・うん、わかった」
ああ、どうして尽はこうなんだろう
恥ずかしい台詞を平気で言ってくれる
こんな風に、不安な心をうめてくれる
充分すぎるほど愛されているのに
それでも不安になるを怒りもせずに、こうやって抱きしめてキスしてくれる
ふ、と
唇が離れて 熱い吐息が漏れたのに頭がボーとなりながら は尽を見上げた
は?」
「え・・・?」
いつものいじわるな目
は俺のことちゃんと好き?」
「え・・え・・・うん」
見つめられて、ますます真っ赤になったを さらに視線が追ってくる
「ちゃんと好きって言って」
「え・・・・」
「ほら、俺ばっかりに言わせてないで」
「あ・・・ぅ・・・」
熱が上がって このあいだみたいに倒れそうになる気がする
そんな風に見つめられたら 恥ずかしくて言えない
「す・・・すき・・・よ」
俯いて消えそうな声で囁いたのに、尽が耳もとで笑った
「ずるいなぁ、そんなんじゃ聞こえないよ」
「だ、だって・・・っ」
「もう一回」
「あぅ・・・」
ほら、と
かがみこんで耳を近付けてきた尽に はぴとっとくっついて さっきより小さい声で囁いた
「すき・・・」
聞こえただろうか
またクス、と笑った尽が 優しいキスをくれた
幸せが、心に降りてきた

知らない顔は、たぶんよそゆきの顏
ここにいるのが素顔だと信じているから、そう言ってくれるから
好き、という言葉に満たされて はそっと微笑した
多分、今 誰よりも幸福だと思う
尽という最高の恋人の隣で


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