尽不在4日目 (尽×主)


昼前、がふ、と目を覚ますと 部屋のドアが開いたところだった
「あら、起きたみたいですね」
母の声がして、それからすぐに聞き慣れた落ち着いた声が聞こえた
「すみません」
カタン、と
僅かにドアが音をたてて、母の去る足音と誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた
(誰・・・?)
誰かお見舞いにきてくれたのだろうか、と
ねぼけた視線をドアへと向ける
そして、瞬間は飛び起きた

「せ、せんせい?!!」

「・・・・寝ていなさい、まだ熱があると聞いた」
「え? あ、はい・・・え・・・??」
パチクリ、と
まばたきをすると、いつもの仏頂面で氷室が側へと歩いてくる
どうしてこんなところに氷室が、と
ぼんやりした頭で必死に考えると、彼はわずかに苦笑した
「まず、横になりなさい
 悪化しては困るだろう」
「あ・・・・はい」
お見舞いに来てくれたのだろうか
こんな昼間から?
まだ学校があるはずなのに
「時間が空いたから様子を見にきた
 君が2日も寝込むなど珍しいからな・・・」
それに気になったから、と
聞いたことのないような優し気なその言葉に ははっとして氷室を見上げた
ああ、そういえば 学校で倒れた自分を家まで連れて帰ってくれたのは氷室だった
その後2日も休んでいるから それで心配して来てくれたのだろうか
「あ、あの・・・
 すみませんでした、先生が連れて帰ってくれたんですよね」
「ああ、驚いた」
くす、と
僅かに口元をほころばせた氷室に、は驚いてその顏を凝視し、それから慌てて俯いた
氷室が笑った
あんな優し気な顏で
見たことのないそれにドキドキした
氷室でも、笑うんだなんて ちょっと失礼な事を考えながら そっと彼の様子を伺った
「気をつけなさい
 体調が悪い時は無理をせず休養することだ
 高校生にもなって自己管理もできないようでは・・・」
そんなに、氷室がいつもの教師用の声で説教を始めた
ああ、いつもの氷室に戻ってしまったと こっそり苦笑しつつ、はチラ、とその顏を見上げた
氷室に3年間担任を持ってもらったが、こんな風な穏やかな氷室は初めて見るかもしれない
クラスの生徒が寝込んでいたら見舞いに来てくれたりするんだ、と
意外な一面に、少し驚いた
そして、ちょっとだけくすぐったくなる
優しいんだなぁなんて、氷室の知らなかった一面を知って 少し得したような気持ちになる
「先生、劇の練習すすんでますか?」
「ああ、君が抜けてやりづらそうだ
 早く元気になって、学校へ来なさい」
「はい」
「このままでは勉強も遅れるだろう
 せっかく調子よく来ているんだから・・・」
「はぁい・・・」
勉強、といわれ
この2日で進んだであろう英語の授業を思い遣っては苦笑した
そういえば他の教科で新しいところに進んだものもあると聞いた
「風邪ひいたら、いいことないな・・・」
「そうだな」
つぶやきに、氷室がまた微笑する
学校以外では こんな風に何度も笑ったりするんだ、と
なんとなくくすぐったくなりながら はその顏を見つめた
1年の頃から厳しい氷室だったが はそれが嫌いではなかった
友達と一緒になって、厳しいだの融通がきかないだのテストが難しいだの宿題が多いだの、散々文句を言ったりしているがそれでも
それでも氷室の授業は好きだし、彼が特有の口調で説教するのもなんとなく微笑ましく思ってしまう
(単に慣れて免疫がついただけかもしれないけど)
くす、と
笑ったに、また説教をはじめた氷室が怪訝そうにした
「どうした」
「何でもありません」
「・・・・・」
氷室の目が、をみつめる
それにちょっとだけドキ、とした
途端にふ、と
その手が伸びて の額にそっと触れた
「え・・・・」
ドキン、
自分でも驚く程に心臓がなった
「熱が上がったかもしれないな
 すまない、長居をした・・・・・」
その手は冷たくて、大きくて、
はただボー、と氷室の顏を見上げていた
男の人に、こんな風に突然触られたらびっくりする
相手が大人で、先生で、
油断していたから余計に、胸のドキドキがおさまらなくて
「早く治して学校に来なさい」
そう言った氷室に ろくな言葉も返せなかった
だからそんなに氷室が何か言おうとしていたのにも気付かなかった
結局、氷室はそのまま帰っていった

学校まで車を走らせながら 氷室は大きくため息をついた
木曜日の4限目、氷室は授業が入っていない
昨日と今日、欠席の連絡が入ったが気がかりで つい、見舞いにと出てきてしまった
寝起きのぼんやりした顏で見上げてきたに、一瞬言葉が出なかった
ああ、普段と違って家ではこういう顏をしているのか、と
思うととても愛しくなった
熱がまだ下がらないときいたから、目が潤んでいるのも頬が紅いのもそのせいか
無理をさせないように、少し話をして帰ろうと思っていたのだけれど
(何を考えている・・・)
苦笑して、氷室はまたため息をついた
が見上げてくる視線に、体温が上がるのを氷室はずっと感じていた
相手は生徒なんだと、自分に何度も言い聞かせているのに
止まらないこの想いはなんなんだろう
先生、と
が呼ぶたび ドクン、と
愛しさが溢れるのは何故だろう
「・・・・・」
信号で停止し、ハンドルを握る手に視線を落とした
に触れたのは衝動からだった
が笑ったのに、一瞬我を忘れたのだ
可愛いと思った
抱きしめたいと思った
しなかったのは、教師としての一線を無意識に守ったからだろう
には、そういう感情を抱いてはいけないと 心の奥で自分に言い聞かせているからだろう

夕方、またうとうとと眠りに落ちていたは ふ、と髪に触れる誰かの手の感触に意識を取り戻した
「ん・・・・」
「ごめん、起こしたね」
「え・・・?」
ぱち、と
その声に驚いて目を開けると、視界に尽の笑顔が映った
「尽・・・? 修学旅行は?」
「途中で放棄」
「・・・うそ」
「ほんと、だからここにいるんだよ」
「・・・・・・・・・そんなことして・・・」
何日かぶりの、悪戯っぽい視線に抗議したの言葉を 尽は途中で遮った
でかける前は毎日毎日くれたキス、その4日ぶりのキス
甘いそれに、は思わず目を閉じた
安心する
尽がここにいるという証に、心があったかくなる気がする
「尽・・・そんなことして叱られないの?」
「大丈夫だよ」
漏れた吐息を拾うように、尽は何度もにくちづけた
大丈夫
不思議に説得力のある言葉に、はもう何も言わなかった
尽がそう言うなら平気
そして、尽がここにいるからもう大丈夫
少しだけ心細かった自分に苦笑して、はそっと尽に手を伸ばした
「ぎゅってして?」
「・・・・可愛いなぁ、は」
くす、と
尽が耳もとで笑うのが聞こえた
熱のせいで、いつもより甘えたくて、優しくしてほしくて
そんなのを素直に言葉にするが、愛しくて仕方なかった
と離れていた4日間
物足りない、つまらない時間だった修学旅行
もう尽はがいなくては全てに意味がないところまできてしまっている
が全てだと、何度も何度も思い知らされた
「まだ熱があるね
 ここにいるから眠りな」
「うん」
その腕に抱きしめられながら、は尽の胸に頬を寄せた
大好きな人の側
ここが一番安心する
やがて下りてきた睡魔に、は自然目を閉じて それからゆっくりと眠りに落ちていった
側で尽が一晩中、抱いていてくれるのを感じながら


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