シンデレラと王子 2 (尽×主)


今にも雨が降り出しそうな曇り空
今日はおかげで少し涼しいからと、は屋上で一人 台本を読んでいた
夏休みも終わりに近付いて、今達は週に3日は練習会を開いている

台本をめくりながら、は自分の台詞を何度も確認した
シンデレラの、の演じる部分は台詞が多い
衣装とメイクの関係から、みすぼらしいシンデレラと、ドレスアップしたシンデレラを二人で分けて演じることになっている
話し合いの結果、はみすぼらしい方をやることになっていた
汚いボロ布みたいな色の、つぎはぎだらけの服を着て、雑巾を持って床を拭いたり
寂し気に一人で舞踏会に憧れていたりする女の子
(うーむ・・・むずかしいなぁ・・・)
は別にドレスが着たかったわけでも、シンデレラがやりたかったわけでもなかったから この配役に不満はない
ただ自分の演じる部分が決まって台本を読んでいると、よくわからなくなるのだ
寂しいシンデレラの気持ちが
華やかな世界に憧れる気持ちが
「まぁ、素敵、かぼちゃが馬車になったわ」
声に出して台詞を言ってみて、急に恥ずかしくなっては辺りを見回した
(・・・一人で練習するのも難しいなぁ・・・)
いつもは姉と母役と一緒に練習したり、魔法使いと練習したり、と
はいろんな人と合わせて練習している
出てくる人数の少ない劇の、全ての人間と絡むは 本当にいろんな場面を色んな人と練習していた
珪とさえ合わせればいいもう一人の子が時々うらやましくなる程 それはけっこう大変だった
みんなクラブや予備校や旅行なんかで忙しくて、相手役となかなか時間が合わないから、こうして空いてる時間は一人で練習しなければならない
ようやくみんな揃っても、ほんの30分やっただけで帰る時間になってしまったり
誰かが急用で来れなくなったりしたら、その分突然時間が空いてしまったりするのだ
今も約束の時間になっても相手役が現れず 結局は待ちぼうけ
1時間位で行けると思うから、という頼り無いメールが来ただけで
それからもう40分も待っているのだ
「はぁ・・・」
ため息をついては台本を閉じた
毎日一生懸命覚えているので もうほとんどの台詞をそらで言える
教室では、珪ともう一人のシンデレラが立ち位置を確認しながら練習中で それの邪魔にならないようにここへ来た
は今のところ、珪との絡みの場面はないから

(シンデレラかぁ・・・)
今にも降り出しそうな空を見上げて、はため息をついた
シンデレラといえば、いわば女の子の憧れ
みすぼらしい女の子が王子様と恋をする、夢のような話
王子役はあの葉月珪だし、ドレスも手芸部の面々が素晴らしいものを作っている最中
まるで夢みたいな舞台になるだろうな、とは思うのだ
キラキラした光を浴びて舞台に立ち、王子に愛をささやかれるのだから
(ま、私はドレス着ないんだけど)
苦笑して、は台本の最後のページをめくった
まだ書けてないから、と王子がガラスのくつを片手に姫を探すところまでしか台本はない
図書室にあった本そのまんまではさすがに使えないから、と 全てのセリフを脚本係の女の子が二人がかりで書き直しているのだ
最後のシーンは、王子の愛の言葉がなかなか思うように書けず困っているのだとか
だから未だに、達の脚本は未完成なのである
(王子の愛の告白ってどんなのなんだろう)
想像して、ちょっとわくわくして、はほくそえんだ
その、きっと恥ずかしい程キザであろう王子の愛の告白を、珪がどんな顔をして言うのかとても楽しみだし
その時にはとてもロマンチックな音楽がかかったりするんだろうなぁ、なんて
思っただけで楽しかった
放送部の子が一生懸命 音楽を集めているのを知っているから
(ま、私は関係ないけど・・・)
そして、その素敵なシーンには関係ない自分の役を思い出し は苦笑した
自分は最初のまま母と姉に虐められる役
魔法使いに出会って綺麗にしてもらう前までが出番
みすぼらしい方のシンデレラだから、と
は大きくのびをした
ドレスも王子の愛の言葉も関係ない 可哀想なみすぼらしいシンデレラ
(なんかちょっと私って損・・・?)
思って、苦笑した
今さらだけどどうせやるなら、ドレスの方が良かったかもしれない

「わぁっ、すごいっ」
教室に戻ると、いつもよりワーワーと賑やかだった
もう一人のシンデレラの子が、ドレスを来て恥ずかしそうに立っている
「すごいっ、衣装できたんだねっ」
駆け寄って、そのキラキラした白いドレスに手を触れた
本当に綺麗
売ってるやつじゃないの、と思う程に素晴らしい出来
「素敵、シンデレラって感じがするっ
 首飾りも手袋も、ティアラまであるの?!!」
全てを身につけて、どこか誇らし気に頬を紅潮させているクラスメイトは綺麗だった
「いいなぁ、私のは?」
にはこれね」
そして、には灰色の服とクリーム色のエプロンが渡される
必需品の小道具は汚れた雑巾
新しい衣装なのに、ところどころ汚してあったりつぎはぎしてあったり、破れていたり
「わー、つぎはぎがある・・・」
「ボロっぽくするの大変だったんだから」
「・・・す、すごいなぁ」
ここまでリアルにしなくても、という程の
華やかなドレスと対極の、ほんとうに庶民的なボロの服
着替えてドレスの子の隣に並んで、さすがには苦笑した
「やっぱりなんか損した気分〜」
「あはは、似合ってるよ〜
 は可愛いから何着ても似合うよ」
「うれしくなーーーいっ」
かたや女の子の憧れのドレス
ピンクやプルーに光るアクセサリーもいっぱい
どっちがドレスのシンデレラをやる? と言われて
どっちでもいいよと言ったら、彼女がみすぼらしい方は嫌だと言ったのだ
それを思い出しては一人苦笑した
(私もあっちがいいって言えばよかった〜)
せっかくの舞台なのに、こんな地味なボロの服で
顔だってわざと汚れた風にメイクして
髪の毛だってバサバサにするのだという
損したなぁなんて、今さら思ったに 側で珪が苦笑した
「お前がそっちで、オレは良かったと思ってる・・・」
「え?」
少し言いにくそうに、
こちらを見て複雑な顔をした珪に はキョトンと視線を返した
珪の言った言葉の意味かよくわからない
がみすぼらしい方で良かった?
どうして?
「むっ、私にはドレスは似合わないってこと〜?」
「そうじゃない・・・」
「じゃあ何よぉ」
「・・・いや・・・別に・・・」
困ったように、
曖昧に微笑した珪に は何だか切なくなった
「なによぉ・・・私だってドレス着たい〜」
出来上がった衣装を見るまで 興味のかけらもなかったけれど
こうしてこの歴然とした差を見せつけられてしまうと とてもとても切なくなった
もう一人のシンデレラがうらやましくてたまらなくなる
(・・・なんか切ない〜
 ちょっとだけ、シンデレラの気持ちがわかるよ〜)
困ったようにしながら、委員に呼ばれて練習に戻っていった珪の
その後ろ姿に は一瞬泣きそうになったのをぐっとこらえた
可哀想なシンデレラ
お城の舞踏会に憧れて、綺麗なドレスに憧れて
素敵な王子様との恋を夢見て
(なんかわかるっ)
は、嬉しそうに珪の側で衣装のまま練習をはじめたもう一人のシンデレラを見つめた
同じシンデレラなのに、片方はあんなに綺麗なドレスを着て
自分はこんな汚い服だなんて
こんなに差があるなんて
珪まで、あんなことを言うなんて
切なさに苦笑した
こんなことくらいで、パカみたいだけれど

「・・・ふーん、そんなこと言ったんだ、葉月サン」
「うん、ひどいでしょ」
「・・・ひどいというか・・・意外というか・・・」
いつものように、
夜 尽の部屋でまた泣きそうになりながら言ったに尽は苦笑してみせた
「葉月サンも本気だなぁ・・・」
「何が?」
「こっちの話」
「なによぉ・・・」
ごろんごろん、と
尽のベッドの上で台本片手にじたじたしているを、尽は笑ってぎゅっと抱きしめた
「俺はできればにドレスの方をして欲しかったなぁ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「王子様と踊ったりするのに妬かないの?」
「その程度では妬かないよ」
「私も今ならそっちの方が良かったって思う〜」
むぅ〜、と
後悔いっぱいのを抱きしめて、尽はもう一度苦笑した
みすぼらしい格好をしたシンデレラをがやると聞いた時に思ったことがある
では最後のシーン、
ガラスの靴をもった王子に愛を告白されるのも みすぼらしい方のシンデレラを演じるだということ
庶民であるシンデレラががらすの靴をはけたから
あなたが私の探していた人です、と
愛しています、と
昔読んだ絵本には、そう書いてあった
あの時シンデレラは魔法がとけて、みすぼらしいただの娘に戻っているのだから
(は気付いてないんだろうけど)
まだそこまで台本がないから、王子に告白されるのが自分だということに気付いていない
だから珪が言った言葉の意味もわからなかった

おまえがみすぼらしい方の役で、良かった

(葉月サンも・・・本気なわけだ)
王子と踊るだけなら平気な顔して見ていられるだろうけれど
が葉月に、愛の告白をされるところなんか見て、平気なわけがない
たかが劇
台本通りの台詞だとわかっていても
それでも気分はよろしくない
がドレスの方だったら良かったのになぁ」
本気でそう思う
別にの綺麗な姿が見たいわけじゃないけれど、なんて
言ったらは怒るだろうけど
同じ共演なら ただ踊ってるだけの方がだいぶマシだ
たとえ演技でも、二人が愛を語り合うところなんか見たくない

やれやれ、と
いつのまにか眠ったの手から台本を取って、尽はそれをぺらっとめくった
まだ最後のシーンのない未完成の台本
の練習相手に毎晩なっているから ほとんどの台詞を尽は言える
(どういう告白、するんだか)
どういう台本になるのか、実は気になっている
どんな言葉で、珪はに愛を囁くのか
(いいなぁ、一緒に劇かぁ・・・)
ため息を吐いて、の髪をそっと撫でた
どう足掻いても自分にはできないこと
一緒に行事とか、一緒に旅行とか
こうやって文化祭最大のだしものである劇の練習を一緒に、だなんて
そういう達成感みたいなもの、自分はとは一緒に味わえない
普段は抑えていても、こういう時に不満は溢れる
どうして同じ年じゃないんだろうって の劇の練習が始まってから何度も思った
姉弟でもいい、血が繋がっていてもいい
せめて同じ年だったら、もう少し学校生活楽しかっただろうに
こんなモヤモヤした気持ちにはならなかっただろうに
(ま、それは贅沢かな・・・)
ため息を吐いて、側で眠っているを見下ろした
はもう尽のものなのだから、これ以上望むのは贅沢だろうか
どこまでも欲しいと思う自分は、貪欲すぎるのだろうか
そっと、その頬にくちづけた
今、尽のシンデレラは腕の中で
王子の愛を知ってるような、幸せな顔で眠っている


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