キスの代償 (尽×主)


渉は昔から、何かに夢中になると周りのことなんか何も見えなくなってしまうタイプだった
野球をやりはじめた時もそうだった
幼稚園の先生にプロポーズした時もそうだった
こうと思えば、誰が何といおうと
相手が何を考えていようと
つっ走ってきた
だから今回も、深く考えて行動するなんてできなかった
毎晩毎晩のことを考えて眠れないなんて、これは恋だと気付いてから
の応援にパワーをもらって野球に励んで
一方で、練習に集中できない位に、の姿ばかり見ていた
そして、夏の大会が終わった今 決死の覚悟で告白して
一緒にいたいというごく当たり前の感情からデートに誘った
そして、

「先輩・・・・・・」

その無防備な寝顔に、そっとキスした
その時には何も、考えていなかった
ただが好きだと、それだけが心を支配していたから

「先輩、一緒に帰りませんか?」
夕方、人の少なくなった校舎の出口で 渉はぼんやりと立っているをみつけた
朝から炎天下の中グラウンドを走り回って練習して、ようやく終わってクタクタだったのに
を見た途端にパッと元気になった気がして
それで渉はそんな自分がなんだかとてもおかしかった
「え?! 渉くん練習は?」
「今日はもう終わったっス
 先輩はクラブ引退したのに夏休みまで登校っスか?」
「うん、文化祭の劇の練習があるんだ」
「えぇ?!! もう練習してるんスか?!!
 すごいっスね・・・」
「うん、うちのクラスはりきってて」
にこ、と
は笑って、チラと側の時計に目をやった
「誰かと待ち合わせっスか?」
「んー、待ち合わせっていうわけじゃないんだけど・・・」
ちょうど練習が長引いて夕方になったから、尽の生徒会の仕事が終われば一緒に帰ろうと思っていたところだった
ここで5分くらい待って、携帯に電話でもしてみようかな、と
そう思っていたところに渉が来たから
「別にもお帰れるんだけどね」
「じゃあ一緒に・・・」
嬉しそうに笑って、渉はの顔を見た
いつ見ても可愛いなぁなんて、思ってしまう
手に持っていた携帯を鞄にしまう横顔にドキドキする
そしてふ、と突然に このあいだの映画館でのデートを思い出した
疲れたのか、映画の途中で眠ってしまったの 無防備な顔
思わずキスしてしまった自分
急に思い出して、ドキドキと
今頃 罪悪感に似たものが心にいっぱい広がった
つきあってください、と告白して
返事は今すぐでなくてもいいから、と言って
そうして誘ったデート
勝手に奪ってしまったキス
は怒るだろうか
こんなこと、言えないけれど

「あーっ、日比谷
 やっぱりアンタ、先輩とつきあってんだー」
その時突然 元気な声がして 階段を下りてくる女の子二人組が目に入った
「え・・・?」
驚いたように顔を上げた
同じく目をまるくして その子達を見上げた渉
二人の視界に同時に、その女の子達の後ろから階段を下りて来る尽の姿が目に入った
「あ・・・尽」
がつぶやいたのと、尽が大きく響いた女の子達の声に顔をしかめながらもに視線を向けたのは同時で
一瞬、何かをいいかけた尽を遮って 女の子達が含みありげな声を上げた
「こないだ映画館でその人とキスしてたの目撃しましたー!!!」
「日比谷、あんたその人とつきあってないとか言って、嘘ばっかりー」
キョトン、と
突然の言葉に は何が何だかわからなくて渉を見遣り
渉は慌てて女の子達を追い払った
ぶーぶー、と
不満いっぱいに廊下の向こうに消えていった二人は、渉のことが好きなのか
友達の恋の応援でもしているのか
はっきりしてよ、とか
つきあってないならいい返事してあげてよ、とか
そんな言葉をいつぱい残していった
人気のない廊下に、その声は響いてやがて消えていく
「聞き逃せない話だね」
「え・・・?」
そうして、その場に取り残された
バッドタイミングに現れた尽と
困ったような顔をして戻ってきた渉の3人が 気まず気に顔を見合わせた
「あの・・・どういう意味?」
そういえば、クラスの子にも言われたっけ
渉と映画館でキスしているのを見たとか何とか
そんな覚えは全くないから、きっと見間違いだと思って気にもしていなかったんだけど
「いやっ、あの・・・っ
 あは・・・あは・・・・・えーと・・・・・」
不安気なの顔を見て、渉の心臓はドキドキと鳴り出した
大好きな
あんまり好きだから、またいつもみたいに周りが見えなくて
何も考えずキスしてしまった
今大人気の映画で、女の子のほとんどが見に行っているような大ヒット
夏休みの、日曜日
よく考えたら、誰か知ってる人がいてもおかしくないのに
あんな場所で人の目も気にせずにキスなんてしたから
知らないところで見られていて このあいだから散々言われている
あの年上の人とつきあってるのか、とか
映画館でキスしてた、とか
「す・・・すいません・・・っ」
真っ赤になって、渉はの顔を見た
呆れただろうか
こんな風に学校で言われたら に迷惑がかかると
こうなって今やっとわかった
どうしたらいいのかなんてわからないけれど、とにかく謝らなければ
キスだって、勝手に奪ってしまったんだし
「あの・・・」
もじもじと、うつむいた渉に察したのか も顔を赤くして困ったように俯いた
ああどうしよう
このままだったら嫌われてしまうかもしれない
「あの、先輩・・・」
意を決して、もう一度想いを伝えようと
そうして勝手にしてしまったキスを謝ろう、と
顔を上げてに一歩近付いた渉に 今まで一言も喋らずにそこに立っていた尽が大きくため息をついた
そして、一言

「悪いけど、日比谷
 はお前のものにはならないよ」

え? と
その言葉の意味を理解する前に
同じく驚いたように顔を上げたの腕を取って 尽はの唇に自分の唇を重ねた
こんな目の前で人のキスシーンなんか見たことがなくて
それも大好きなと、その弟の尽とのだなんて
全く意味がわからず、ただポカンと
渉は目の前の光景に 言葉を失っていた
長く長くキスは続き、
の頭の中が真っ白になるまで、尽はを放さなかった

「油断してたよ、そういうことする奴だったんだ お前」
意外、と
吐き捨てるように言った尽は 怒っているように見えた
側で真っ赤になっておろおろしていると、見たことのないような顔で冷たい視線を返してくる尽の
両方を交互に見ながら 渉は一生懸命 今起きたことを整理しようとしていた
と尽がキスをして
多分、尽は今 自分を責めている
キスしたこと?
の眠っているすきに、キスしたこと?
「なんで・・・がそういうこと言うっスか?」
これはシスターコンプレックスというやつだろうか
みたいな可愛い姉がいたら、自分ももしかしたらその恋人とかに嫉妬するかもしれない
そういう類いのものだろうか
だから、渉がにキスしたのに怒っているのだろうか
「弟だからってにそういうこと言う権利ないと思うっスけど・・・
 オレは本気で先輩のこと・・・っ」
好きなんだ、と言おうとして
あんまりドキドキしすぎて やっぱり言えなかった
告白の時も結局言えないままだった言葉
好きって、
想いを伝えるだけなのに、どうしてこんなに難しいんだろう
どうやったら映画みたいに格好よく言えるんだろう
あなたが好きですって
「お前に、に触れる資格ないよ
 ついでに、俺にはこういうこと言う権利あるからね」
まるで子供みたいに、尽は言うと どうしようもなくただ立っているをぐいっと抱き寄せた
「つ・・・尽・・・っ」
ここは学校で、誰が聞いているかわからないのに
誰が通るかわからないのに
は俺のものだから、お前が触っていいものじやない」
拓也の時も、まどかの時も
こんな風には言わなかったのに
相手が同級生の渉だからだろうか
いつもより尽が子供っぽくみえて
むきになってるように思えて はほんの少しだけくすぐったかった
さっきの子達が言ってた言葉
映画館で渉がにキスをしたってこと
渉のあの態度から、それが本当なんだとわかって動揺したけれど
渉の告白に、答えを出さないままでいた自分が悪いのかもしれないと
はそれで心が少し痛かった
そんなに好きでいたくれたなんて
キスしたいって思ってくれる程、だったなんて
「あの・・・ごめんね・・・渉くん・・・」
ありがとう、と
ごめんなさい、を両方込めて はそっと囁いた
「私ね・・・」
好きな人がいるから、と
尽に抱きしめられながら言うのは とても間が抜けているだろうと気付いて
は、後ろから強く自分を抱いている尽の腕をそっと外した
「・・・」
不満そうな尽に苦笑して、もう一度渡を見遣る
戸惑ったような、困ったような顔をしている渉に 精一杯の想いを込めては言った
「ごめんね、誰より好きな人がいるから・・・渉くんとはつきあえない」
瞬間、渉は泣き出しそうな顔をした

それから尽に追いやられては一人学校を出た
喧嘩しないでね、と念を押して帰っていくに苦笑しながら 二人きりになった廊下でもう一度尽と渉は顔を見合わせた
「・・・、本気・・・っスか?」
「本気だよ」
泣き出しそうな顔のまま、どう理解していいのかわからないといった様子の渉に 未だ冷たい目をして尽は言った
は俺のものだから、手出すなって言ってんの
 寝込み襲ってキスなんかしたって、は手に入んないよ」
その言葉に、ぴくりと渉の肩が揺れた
「・・・のものって・・・どういう意味・・・」
震える声でなお食い下がった渉に 尽はため息を吐いた
「好きだと想いを伝えて、好きだと心を返してもらって
 キスして抱きしめて、セックスして身体に印をたくさんつける
 これでわかるか?
 と俺はそういう関係なの」
まるで淡々と、告げられた言葉に渉はどう答えていいのかわからなかった
ただ衝撃が頭を真っ白にして
ただ痛みが心をしめつけた
二人が姉弟だとか、血がつなかっているとか
そんなことよりも、ただ
には好きな人がいて
自分の想いは受け入れてもらえなかったということだけが 重く鈍く渉の心を傷つけた

これは失恋というやつだろう
こんなにもはっきりと、だからに触れるなと言われたのだから

ぽつぽつと、降り出した雨の中 門の側で待っていたに尽は苦笑した
「先に帰れって言ったのに」
風邪ひくよ、と
言ったら泣き出しそうな顔で、はこちらを見上げてきた
「渉くんと喧嘩してない・・・?」
「してないよ」
「ひどいこと、言ってない?」
「言ってないよ」
本当は言ったけど
これでもかって位、傷つけただろうけど
(これ位は当然だ
 勝手にキスなんかして、が汚れる)
思い出して不満気に、尽は元気をなくしてうつむいているの腕を取った
「え・・・?」
驚いたような顔に微笑して、くちづける
長くながく
さっきみせつけてやった時は尽にしたら軽いキスだったから
今度はやりたいように、想いのままに
舌を入れてかきまわして、
熱い吐息をからめとって、何度も何度も繰り返した
は俺のものなんだから
勝手に触るのはお断り
好きになるのもお断り
は無防備でガードが甘いから 渉みたいな奥手でも手を出したりしてしまうんだろう
「つ・・・尽・・・っ」
息苦しい、と
涙目で見上げたに、尽は苦笑まじりに言った
「他の男の前で寝るのも禁止」
いっそ、全ての男の前から隠してしまいたいんだけれど
もう少し、警戒心をもっていて欲しいんだけど
は俺のものなんだから
俺だけのものなんだから

あたたかい雨の中、何度も何度もキスをして
他人に触れられたくちびるに 尽は想いを注ぎ込んだ
誰にも触れさせない
誰にも渡さない
そう心の中で繰り返して


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