雨の試合 (尽×主)


その日は昼から雨
ムシムシした気温の中、選手達は泥に汚れながらプレイしていた
試合は9回裏を迎えて、1点差
はば高の応援席は、ここまで勝ち進んできた野球部の最後の根性に賭けていた
ここで負けたらベスト4止まり
例年にない頑張りでここまで来たのだから もう少し
もう少しで甲子園に届くのだから頑張って、と
選手と同じ悲痛な気持ちで、応援席は静まり返る
今日は、あの派手な応援団 チアリーディング部がここにはいない

「早くっ、早くっ」
「もぉ終わってるよー」
「いいから急いでっ」
バタバタ、と
はバスから飛び出すと 応援席への階段を駆け上がった
今日は朝からバスケ部の試合の応援に行っていた
見事優勝を決めたいい試合だったが、はその場にいながらも気が気でなかった
このグラウンドでは雨の中 野球部が試合をしているのだ
今日は尽も助っ人として出ているから 少しでも早く応援に駆け付けたかった
バスケ部の試合が終わったら行くから、と
チアリーディング部は本日試合のかけもち
全員 顧問の運転する大型のバスでこのユニフォームのまま会場にかけつけていた
なんたって、決勝進出の大事な試合
昼から降り出した雨で試合が一時中止されていれば充分に間に合ったのだけれど

「・・・あっ」
丁度、雨の中鈍い音が響いて バッターがヒットを飛ばしたところだった
「尽だっ」
手すりに駆け寄って身を乗り出す
5番を打つ尽は、自慢の足で一塁を践んだ
「点差は・・・?」
「1点差で負けてる!!」
「1点くらいならなんとかなるかもっ」
「でもこれ最後の攻撃だよ」
「え・・・・っ」
遅れてかけつけたチアリーディング部も 雨の中いつもの応援をはじめた
急に活気づく応援席
だが、次の打者は2球見送り、あっという間に三振しそうな勢いである
「何してんのよーーーっ、しっかり打ちなさいよぉっ」
思わず叫んだの声に、そのバッターが驚いたように振り返った
メットの下、見なれた顔がこちらを見上げる
「渉くんっ、頑張って!!!」
無意識に叫んでいた
そうか、今の打者は渉だったのか
ドロドロのユニフォームが雨に濡れて、
バットを握る手も 滑り止めにはめた手袋も濡れていた
ああ、頑張ってほしい
ここまで来たんだから
もう少しで念願の甲子園に届きそうなんだから
ガキィ、と
鈍い音が響いた
つまったような当たり、打球はビッチャーの足下へ跳ねていった
尽がダッシュする
1塁で渉がアウトになったのよりほんの少し早く 尽が2塁をふんだ
それで、1アウト
ああっ、と
歓声のような声が上がる
応援席は微妙なムードに包まれる
「尽・・・頑張れ・・・っ」
尽は野球部じゃないけれど、この試合の助っ人を頼まれて 春から夏の間ずっと野球部と一緒に練習していた
レギュラー決定戦も気楽に参加して、
この甲子園がかかった試合にも、野球部の面子ほど緊張して望んではいない
元々部員じゃないから、気合いが入ってないんだと言う人もいたけれど は知っている
気楽だけど、助っ人として頼まれたからには部員以上に働けなければ意味がない、と
だから毎日、時間をみつけてクラブに参加しているんだと
尽が笑っていってたのを思い出した
尽はけして遊び半分で参加しているんじゃないから
「頑張って・・・・っ」
雨にあたって、ユニフォームもドロドロで
頑張ってる野球部はみんな格好良く見えた
「頑張れ・・・・」
続いての打者はライトフライなんかを打ち上げて、尽は2塁から動けず
最後の打者が打席に立った
ああ、ヒット1本でいいから
そうしたら尽がダッシュでホームに帰ってきてくれるから
そんなことを思いながら 祈るような気持ちではグラウンドを見ていた
どうかどうか、神様
尽と渉を勝たせてあげてください

雨の中、試合は終わった
ざわざわと、ため息に似た言葉を吐きながら応援席にいた人たちが帰っていく
「残念だったね・・・」
「うん」
奈津実の苦笑に、も同じように苦笑するしかできなかった
祈りは届かず、尽はホームに帰ってこれなかった
はば高は、夏の地区予選ベスト4で終わった

「残念だったね」
「すみません、せっかく先輩が応援してくれたのに」
部員のミーティングが終わって解散した後、廊下で渉に会ったは どこか気まずい気持ちでいた
心から応援していたし、渉がどれだけ頑張ってきたか知っているから こんな時なんて言っていいのかわからない
元気だして、なんて簡単に言えないし
全力で頑張ったんだから仕方ないよ、なんて無責任なことも言えなかった
それで俯いた
だが、渉はそんなに笑って いつもと同じ明るい口調で言った
「オレ、精一杯やったっス
 それでこの結果だから、文句ないっス
 オレは2年だからまだ来年があるし・・・また頑張って次こそ甲子園目指します!!」
え? と
その顔を見上げたら、意外な程にさっぱりした表情で
落ち込んでいたり悔しがっていたりするのが あまり見えなかった
「平気・・・なの?」
「平気じゃないっすけど・・・でもいいんス
 やれるだけはやったから悔いはないっス」
それより、と
渉は言って今度は照れくさそうに笑った
「負けてしまったから来週の日曜がオフになったっス
 あの・・・先輩よかったらどこかへ遊びに行きませんか?
 いっぱい応援してもらったから・・・お礼にその・・・なんでもおごりますからっ」
キョトン、と
見遣ると渉は、頬を染めてにこりと笑った
ああ、そうだった
渉は自分を好きだと言ってくれたんだった
ふいに思い出して、も頬を染め
それから、やっぱりどこか無理をしているんじゃないだろうか、と思われる渉の顔を見つめた
今まで遊びもできずに頑張ってた野球部たち
その御褒美に一回くらいデートしてもいいかもしれない
こうやって、言ってくれているんだから
「うん・・・了解」
「ほ・・・ほんとっスか?!!!
 あ、じゃあ、あの・・・っ
 どこ行きたいか考えておいてくださいっ」
「うん、わかった」
ぱあっ、と顔を輝かせ 渉は今度こそ真っ赤になって怒鳴るように言った
そうして興奮冷めやらぬまま、ぺこりと一礼すると廊下をかけていく
今にも転びそうな勢いで、走っていくその後ろ姿が消えてから はクスと笑った
良かった
思った程落ち込んでなくて
無理して笑ってるように見えたのは気のせいだったんだろう
少しだけ安心して、は大きくノビをした
頑張った御褒美のデートなら、一回くらい尽も多目に見てくれるだろう

とぼとぼと、廊下を歩いている渉の視界に、雨の中グラウンドに立っている尽の姿が映った
・・・?」
もう試合は終わったのに、と
みんな帰り支度をはじめているのに、と
思って声をかけると、尽はこちらを振り返って苦笑した
「惜しかったな、ごめんな」
「え・・・?」
「試合、前半もっと点取っとけば負けなかった」
のせいじゃないっスよ」
「助っ人でスタメン入っておいて負けたらシャレにならないよ
 ベンチに回った面子に合わせる顔がない」
苦笑して、自嘲ぎみに言った言葉に 渉はぶんぶんと大きく首を振った
がいたからここまで進んでこれたって部長が言ってたっス
 そんな風に誰も思ってないっスよ」
「・・・俺が思うよ」
とにかくごめん、と
尽は苦笑して 惑ったような顔をした渉の側を通り過ぎていった
俯いて、渉は小さく息を吐く
謝るのは尽じゃない
あの大事な場面、尽はちゃんとヒットを打ったのに
打てなかったのは自分
あそこでアウトにならなければ、なんとかなったかもしれないのに
今日はの応援がないからパワーが出なかったなんて なんて格好悪い言い訳
精一杯やったから悔いはない、と笑ってみせても
また来年があるから、と強がってみせても
「・・・うう・・・・・・・・っ」
悔しさはちっともなくならない
どうして打てなかった
あんなに練習したのに
どうして、もっと早く走れなかった
毎日毎日、走り込んでいるのに
どうして、どうして
ぼろぼろ、と
涙があふれて止まらなかった
なんて格好悪い自分
こんな姿誰にも見られたくなくて、平気なふりをして笑っていた
悔しい
本当に悔しい
尽が謝ることじゃないのに
尽はなんて、強いんだろう
格好悪い自分を隠さずに、ああやって頭を下げられるなんて
誰よりも活躍しておきながら、あんな風に言えるなんて

・・・まだいたの」
「尽を待ってたんだよ」
廊下で、
野球部が解散して30分以上たった後 ようやく出てきた尽にはため息まじりに言った
「惜しかったね、お疲れ様」
「うん」
苦笑が返ってくる
「悔しい・・・?」
「悔しいよ」
素直な言葉に、は尽の顔を見遣った
雨の中プレイしていたから髪が濡れている
「風邪ひくね、早く帰ろう」
つとめて明るくそう言って、尽の手を取って引いた
こんな風に落ち込んだような尽を見てるのはちょっと辛い
本当に頑張ってたのを知ってるから
助っ人だからって尽が手を抜いたりしないのを知っているから
だから、報われなかった努力に胸が痛い
「努力が足りなかったんだろうな・・・ほんと俺 野球部の奴らに合わす顔ないよ」
「そんなことないよっ
 尽頑張ってたもんっ」
「それでも足りなかったんだろうな」
そんなの、と
つぶやいたら、ぐいっと強く腕を引かれた
「きゃっ」
ふらり、
よろけて、尽の腕の中におさまってしまう
抱き締められて、尽の身体が冷たいのを感じた
雨の試合で冷えきってしまったんだろう
本当に風邪を引いてしまうかもしれない
早く帰ってあたたかくしないと、と
思っていた思考が、ふと途切れた
冷たいキスがおりてくる
ああ、ちょっとだけ震えてる
よっぽど悔しかったんだろうな、と
腕を尽の背中へと回した
大好きな尽
尽が自分自身を許せなくても、私はちゃんと知ってるから
尽が精一杯やったってこと
けして手を抜いたりしてなかったってこと
だから、そんな風に自分を責めないで
辛そうな目を見てると、心がぎゅっとなる

長い間キスを繰り返して
ようやく離れた時、尽もの熱で身体に体温が戻ってきていた
「ごめん」
いつもみたいに笑って、尽はが廊下に落としてしまった荷物を持つと 空いた手での手を取った
「帰ろうか」
「うん」
もういつもの尽
心の中ではきっと色んなことを考えているんだろうけれど
それでも、大丈夫、と笑ってくれるから
それでも微笑した
「尽、格好よかったよ」
そうして、大好きな人と二人 雨のグラウンドを後にする
夏の大会が、そうして終わった


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