噂話 (尽×主)


の指輪の相手って 誰だと思う? と
誰かが言い出した
たいてい指輪なんかしてる女の子は、彼氏が誰だか判明してるのに
も、何か知ってそうな奈津実も 何も言わなかったから
どれだけみんなが聞いても 相手の名前を言わなかったから
噂が広まって、
候補者が2人上げられた

珪と、まどか

「最近葉月くんと仲よくない?」
「なんか指輪も葉月くんが雑誌でしてたのと感じが似てるよね」
放課後に、時々図書室で見かけるだの
二人とも3年間同じクラスだからだの
理由を色々くっつけて 噂話を楽しむ
放課後の、教室
「姫条とは2年の時すごくいい雰囲気だったんでしょ?
 なんか奈津実と姫条を取り合って喧嘩してたとか聞いたけど」
「姫条 今もクラス違うのに毎日来るし」
「あやしい〜」
女の子が5人も6人も集まれば、話題はいつもこんなもの
今日は雨が降ってて、クラブが休みの子が多いから余計
遅い時間まで、女の子達は噂する
「あの指輪可愛いよね」
「シルバーアクセっていうんでしょ?
 あれってさ、裏に名前掘ってあったりしないかな?」
「え? そんなのできるの?」
「できるって雑誌に書いてあった気がする
 なんかあーゆうのって手作りなんでしょ?」
「うそーっ、じゃあ奪って裏見ちゃえばいいんじやないの?」
へ 永遠の愛を、とか書いてあったりして〜」
「きゃーーーーっっ」
丁度、そんな会話で盛り上がりがピークに達した時
ガラリ、とドアが開いて その噂の張本人が姿を現した
「あれ? みんなまだ帰んないの?」
自分の机の中から置き傘を取り出しながら が言う
不思議そうに、こちらを見てはた、と口をつぐんだクラスメイトに 雨ひどくなってきたよ、と
はのんきにそう言った
「ねぇ、
一人が、チャンス、とばかりに警戒心ゼロのを手招きして
「え?」
呼ばれて、は素直に 席に鞄と傘を置いて窓際へとやってきた
「手相が雑誌に載ってんの
 左手で恋愛運が見れるんだってー見てあげる」
「え? ほんと?」
単純というか、何というか
まさか友達が、そんなよからぬことを考えているなんて夢にも思わずに
は 皆の側に立った
丁度窓が開いていて
入ってきた雨まじりの風に 雑誌がぱらぱらとめくれる
「濡れるよ? 閉めた方が良くない?」
髪を風に吹かれながら が一瞬 窓の方へ身体をむけた
その瞬間
「捕まえたっ」
「きゃあ?!!」
「早く、指輪取って!!!」
「えぇっ?!!!!!」
どっと女の子達がに群がり
一人がを後ろから抱き締めるように押さえ付けて
何人かが、の手を それぞれ掴んだ
「何よぉ?!!!」
「観念しな、〜」
冗談まじりの、友達の声
だが、するり、と
その指から指輪が抜き取られた感触に ゾク、と
の背筋に冷たいものが触れた気がした
「やだ、返して・・・っ」
大事なものを奪われた
そんな気がした
相手は冗談なんだろうけれど、それでも
それは尽がくれたものなのに
指輪が欲しいなんて、
気持ちだけじゃなくて、想いだけじゃなくて
形あるものが欲しいだなんて思ってたに こんなの好きじゃない尽が それでもくれたものなのに
「返して・・・それ大事なの」
友達に押さえ付けられながら は今にも泣き出しそうになって言った
一人が取り上げた指輪の裏を喜々として見る
だがそこに、期待のものを見つけられなくて、がっかりしたように声を上げた
「えー、何も書いてないよ?」
「うそ、ちゃんと見た?」
「なんだぁ〜」
それは、何人もの手に渡っていく
「返してってばっ」
不安が、広がっていく
みんな冗談で、興味で やってるんだろうけれど
それは大事なものなのに
尽がを想っているって、証拠なのに
今、一番 にとって大切なものなのに
「返して・・・・」
もがいて腕を振り切って、取り戻そうと手を出したら それはヒョイと遠ざけられた
背の高い子だったから 手を上げられたら なんかじゃ届かない
「お願い、やめて」
こんな冗談、と
言った途端 まだ開いていた窓からビュッ、と突風が入った
雨と風が、頬に髪に叩き付けられる
一瞬、もみんなも、目を閉じて雨と風から顔や目を庇った
「きゃあっ」
「いたっ」
雨粒が目に入ったと騒いだり
髪が頬に当たって音を立てたり
そんな中、
風から顔を守ろうと、手を掲げた子の その手から指輪が落ちた
誰にも悪気はなかったろうけれど
指輪は3階の窓から、外に飛んでいき
風に乗って、大きく弧を描いて 暗闇に消えた

パタパタ、と
女の子達が廊下を走っていく
それにぶつかって、悲鳴を上げた一団に まどかは戸惑って立ち止まった
「だ・・・大丈夫か?」
全部で6人
どの子も泣き出そうな顔をして、ぶつかったまどかを見上げている
「自分ら何全力疾走してんねん?
 恐い人に追い掛けられでもしてんのか?」
ケタケタ、と
いつものように明るく笑ったまどかに、一人の目から涙がおちる
が・・・」
「え?」
の指輪 あたし達失くしちゃって・・・」
一人が泣いたら、みんなが目に涙をためだした
「なんやねん・・・の指輪がどうしたって?」
急に女の子に囲まれて泣かれたまどかは どうにもこうにも戸惑って仕方なく全員をなだめにかった
なだめながら女の子達の話を聞いて、
が冬からつけている指輪を思い出した
一度聞いたら 大学の学園祭で買ったのだと言ってたっけ
シルバーアクセサリーのサークルに入るのだとか言ってたから それ以上は聞かなかったけれど
左手の薬指っていうのが、確かに気にはなっていた
たまたま指輪が薬指サイズで
右利きのが、右手にするには邪魔だったから、という理由かもしれないが こういう場合
女の子が指輪なんかをつける場合はたいてい、男が理由
男がいるから、そこに指輪をつけるのが一般的
「指輪は俺が探しとくから自分らは帰り」
苦笑して、なきべそをかいている女の子達にまどかは言った
女の子達の話では は走って外に出ていったというから 外で一人で探しているのだろう
他の男からの指輪を探すのは気が進まなかったけれど
こんな雨の中 がたった一人いると思うといてもたってもいられなくて
まどかはますます激しさを増してきた雨の中 校舎の外に出ていった

の視界に、窓から飛んでく指輪が映った瞬間 その身体は動いていた
呆然と、みんなが窓の外を見る中 教室を飛び出して、廊下を走って
何も考えられない真っ白の頭で、校舎の外に駆け出た
そこで、ファイルを抱えた尽に呼び止められた
息が苦しくて、うまく呼吸ができなかった

? 」
「・・・・・・っっ」
校舎を出て2歩、立ち止まったに 尽が呆れた顔で近付いてくる
「雨降ってるよ、そんなに急いでどうしたのさ」
「・・・・・・・・・・・・っ」
いつもの尽の声
落ち着いた、優しい
「尽・・・・」
立ち止まったまま動けないに、尽はやれやれといった様子で 側にいた生徒にファイルを手渡して 先に行くように促した
そして、の立っている場所までくると 硬直したようなその身体をぎゅっと抱きしめてくれた
「どうしたの? そんな泣きそうな顔して」
ぽんぽん、と
優しく背を叩かれて、
ようやく、声が出る
「指輪・・・なくしたの」
言葉にしたら、一気に涙が溢れてきた
「さがさなきゃ・・・・・っ」
かすれる声で言ったら、尽が耳もとで苦笑した
「そんなに慌てなくていいよ
 どこで失くしたのさ、足が生えてるわけじゃないんだから
 急がなくても、逃げてったりしないよ」
落ち着いた声
少しも怒ったりしないで
小さい子をあやすみたいに、尽は言うと震えているの身体をだきしめた
雨に濡れるのなんか おかまいなしに
そうやって、しばらくを抱いててくれた
が、落ち着くまで

の説明を聞いて、指輪の飛んで行った方向を見、尽はため息をついた
「ここらになければ、プールだね」
「え・・・・・」
今さらだと思いながらも 一応傘をさしながら 校舎の裏にあるプールへ続く道を探す
コンクリートの道は、ゴミ一つ落ちておらず くまなくさがしても指輪は見つからなかった
の教室からは、ちょうどプールが見える
あの風に乗って遠くへと落ちたなら、まさにプールにドボン、だなと
尽は苦笑した
できれば、この道に落ちていて欲しかったんだけれど

プールの有り様はひどいものだった
水泳部のないはばたき学園では、プールは冬の間まったく手入れされない
せめて水たけでも抜いていてくれれば、と思いつつ
尽は、風に飛ばされてきたのであろう小枝や、意味不明の藻みたいなものや
その他いろんなものが浮かんだプールを見遣った
「こんなとこから見つけられないよぉ・・・」
また泣き出しそうなをそこに置いて、
プールサイドから目を凝らす
水面を雨が打ち付けて、ユラユラ揺れている
このまま水を抜いたら、指輪も一緒に流れていってしまうだろうな、とか
だがこんな中潜って探すには無理がある、とか
考えながら 目の届くところに落ちてないか、と
絶望を頭の端に追いやって、探した
雨がひどくなってきているし、
も濡れているから、早く家に戻ってあったかくしなければ風邪をひく
自分はまだしも、は女の子だから、と
春と言っても 凍えそうに寒いし、と
思っての、その集中力か、尽は視界に 鈍く光るものを見つけた
この手入れの悪さが幸いしての、意味不明の汚らしい藻の上に それは乗っかっていた

? みつからへんのか?」
丁度、その時 まどかがプールサイドに上がってきたところだった
「まどかくん・・・・」
半泣きのは、一瞬驚いたようにまどかを見上げ
そのまどかが、仰天したように尽を見つめたのに 慌てて視線を尽に戻した
「つ・・・尽?!!!」
見ると上着と靴を脱いで、ほうり出し
今まさに 尽が制服のまま この汚いプールに入ろうとしている
「おいおいおいおい、何する気や」
「ちょっと、尽っ」
慌てて駆け寄ったを無視して 尽がどぼん、とプールに入る
ゆら・・・と、
水面が分かれて、浮いている色んなものが左右に広がって
そんな中ジャバジャバ、と
尽は一点を目指して歩くと、手を伸ばして 何かを取った
そうして、脱力したようにため息をついた
唖然と、
その様子を見守っていたもまどかも、言葉を失くしていた

「すげー奴・・・」
尽がシャワーで身体を洗っている間、
尽の汚れた制服を洗うの側で まどかはため息をついた
「俺やったら新しいの買うたる言うわ」
「・・・だって、同じものは売ってないんだもん・・・」
ごしごし、と
一生懸命シャツを洗いながら、は涙声でつぶやいた
苦笑しながらプールから上がった尽は、思わず抱きつきそうになったにストップをかけて
触るとが汚れるから、と
指輪だけよこして、さっさとシャワーに行ってしまった
こんな半年も放置されたプールに入って
自分だけドロドロになってまで、探して取ってくれた大事な指輪
汚れたっていいのに、と
言ったら 尽は笑ってた
「汚れるのは俺だけで充分」

結局、まどかは何もできず
その指輪の意味を確信しただけだった
あの保健室の一件から まさか、とは思っていたが
もしもそんなことがあっても、所詮は血の繋がった姉弟なんだから 尽の一方的な片思いで終わるだろうと思っていたけれど
このの様子からは、とてもそうは思えなかった
確実に、も尽を想っている
まどかがを想うのと、同じ種類の感情を
「自分ら、姉弟やろ・・・」
呟いたら、ぴく、とがこちらを見上げた
そうして、やがて目を伏せて
は震える声で言った
「そんなの関係ある・・・?」
それは今のの精一杯で
それが全てなんだろうと まどかは知る
「じゃあ、オレが告白しても、ふられるだけか」
「・・・・!」
に、と
笑ってみせたけれど、ちゃんと笑えたかどうか
泣き出しそうな顔をして、見上げてきたは 本当に目に涙をためながらフルフルと首をふった
「尽じゃなきゃ・・・・ダメなの」
「せやろうな・・・」
尽じゃなきゃ、と
の言葉の意味が、今のまどかにはよくわかる
たった今、見せつけられたところだから
自分だって、こんな雨の中でも嵐の中でも が指輪をなくしたら探すけれど
それがプールに落ちて、あんな汚い水の中
手を伸ばしても届かないような場所にあったら
きっと諦めて、新しいのを買ってやるからと
そう言ってなだめるだろう
まどかじゃなくたって、そうする
こんな汚いプールに入って、取ってくる奴なんかいない
そして、
そういうことが何の抵抗もなくできてしまう尽だからこそ、がこんなに魅かれるのだろう
そういうことができる尽じゃないと、ダメだと
の言葉の意味は、よくわかる
「たまらんな・・・」
苦笑して、まどかはつぶやいた
ここまでの一連を見なければ、まだ勝ち目はあると思えただろうが
これは完敗だ、と
ため息を吐いた
絶対的に不利な相手に、このざま
失恋の痛みは久しぶりに身に染みて むしろ清清しいような気持ちになった
こんな風に本気になったのは久しぶりで
こんな風に本当の痛みを味わうのも、久しぶりな気がした

次の日から、新しい噂話が女の子達の口にのぼった
まどかとがつきあっている確率が高い、というのと
実はまどかはもう振られたのだというのと
「くだらんなぁ、噂って」
まどかは言って、今日もまだ降っている雨に目をやった
昨日の痛みはまだあるけれど、いっそ清清しいのは尽が不快感を抱かせない何かを持っているからか
ただ単に、尽みたいな人間をまどかが嫌いじゃないからか
窓の外で、さっそく放置されっぱなしだったプールの清掃を行っている生徒会役員達を見ながら まどかは笑った
「しゃーないから、オレだけでも応援したろか・・・」
それはほんの少し強がっての言葉
本日まんまと風邪をひいてお休みの、大好きだったを想ってまどかは大きく伸びをした
ひとつの恋が、そうして終わる


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