春の嵐 (尽×主)


放課後、は氷室との面談に備えて、進路指導室で資料を漁っていた
3年になってすぐにある教師との進路面談に、すでに落ち込んで帰ってきている生徒も多い中
希望大学が決まっているは 比較的余裕の表情でここにいた
同じクラブの先輩もその短大へ行った
たいして難しいわけではなく、今のの成績なら充分狙える範囲だろう、と
その思いがこの余裕に繋がるのだが

「・・・、いたのか」
「あれ、珪くんも資料探し?」
「ああ」
突然ドアが開き、全く関係ない学校の資料をつい読みふけっていたに声がかかった
珪が、プリント片手に立っている
「具体的な学校名を書けっていわれた・・・」
ちょうど、今 氷室との面談を終わらせてきたのだろう
憂鬱そうに、珪はの隣の席に座った
「珪くんは頭いいから一流大学でしょ?」
「・・・近ければ」
特に何のこだわりもないらしい珪は、そう言っての手許にある資料に目をやる
服飾だのデザインだのの学校の資料が楽し気で、行く気もないのに読んでいたは 慌ててわたわたとそれを片付けた
「あはは、ついついよみふけっちゃった」
「お前はどこにするんだ?」
「私はココ」
ぴら、と
ファイルをめくって指したページに視線を走らせて、珪は顔をしかめる
「遠いな・・・」
「うーん、でも1時間くらいだし・・・
 2年だから それくらいなら通えるかなぁ・・・って」
「・・・ああ、チアリーディングがある」
「そうっ、だからここにしたの!!!」
もう見学にも行ったのだ、と
資料を手に取ってじっくり読んでいる珪に、は嬉しそうに説明した
クラブの先輩が行ってるんだとか
学園祭で知り合いになった人がいるんだとか
「それでね、その人のシルバーアクセサリーなんとか会にも入ってあげるの」
思い出したように言ったら、ふ、と珪の視線がの指を飾っている指輪へと移った
「それ・・・」
「あ・・・えへへ、可愛い?
 これはその学園祭で買ったんだよ」
尽が作ったとは言えなかったので、それはふせておいて
笑ったに 珪がクス、と笑った
「そういうサークル楽しそうだな」
「そうでしょ?
 珪くんが女の子だったら一緒の短大に行けるのにね〜
 珪くんが入ってくれたらあの人もきっと喜ぶのに」
シルバーなんとか会、と
うろ覚えのサークル名を口にするを 珪は愛し気な目で見つめて
それから、また目を戻した資料の説明書きに ふ、と顔を曇らせた

「ん? なぁに?」
用は済んだとばかりに、散らかした資料をファイルに戻しているノーテンキなの顔を見て
もしかしてこの事実に気付いていないのだろうかと思い
珪はほんの少しだけ遠慮がちに言ってみる
「受験科目・・・」
「ん? 科目?」
「英語があるけど、お前大丈夫か・・・?」
「ほぇ?」
ココ、と
珪の指さした箇所を覗き込み
その小さな字を読んで は絶句した
「えぇ?!!!
 先輩は国語だけだって言ってたよ?!!!」
「・・・去年の話だろ」
これは今年の資料、と
珪は蒼白になっていくに、苦笑した
が英語が苦手なのはよく知っている
1年の頃から同じクラスだったから、英語の授業であてられるたび、難解な顔をしてトンチンカンな答えを言ったり
小テストでとんでもない点を取ったりしているのを見てきた
「うわーんっ、何それーーーっ
 どーしようっ、どーしよぅ〜!!!!」
さっきまでの余裕はどこへ行ったのやら、
急にオロオロして、はコピーした資料をもう一度見た
「ううう、どうして今年も国語だけにしてくれなかったのよぉ
 せめて英語じゃなくて数学だったらマシだったのに・・・!!!」
「国際化社会だから・・・」
「そんなの知らないーーーーっっっ」
「俺に怒るな・・・」
きーっ、と
喚いたに、珪が苦笑した
珪にとったら何てことない英語も、には本当にお手上げのようで
それが受験科目だと知っただけでこの動揺
「志望校を変えたら・・・」
「いやっ、もぉここに行くって決めたんだもんっ」
「だったら受験勉強するしかないな」
「・・・・そんなのどーやっていいかわかんない〜」
「・・・・・・」
半分泣き出しそうになりながら、はしゅん、としてため息をついた
「余裕だと思ってたのに・・・
 氷室先生に お前じゃ無理だって言われるかもしれない・・・」
氷室の進路指導は容赦がないらしく、
今日までで面談の終わった者の半分以上が 厳しい現実を厳しい言葉でつきつけられ 痛い思いをしているらしい
明日はの番
君の今の成績では無理だ、と
氷室の声が聞こえてきそうでため息が出た
「・・・
「ふぇ?」
落ち込むに苦笑しつつ
もしよければ、と
自分が英語を教えようか、と
珪がそう言おうとして
迷い、言葉を探した ほんの一瞬
ガラリ、と
資料室のドアが開き、尽が教室に入ってきた

「あ、尽・・・」
「生徒会終わったよ
 は? 帰れる?」
いつもの、明るい声で言った尽に 珪がでかかった言葉を飲み込む
「あ、うん」
そうして、もまた、今までの会話が全て頭からふっとんでしまったかのような顔をして 持っていた資料を鞄につっこんでファイルを側の棚に戻した
「ごめんね、珪くん
 また明日ね」
「ああ・・・・」
他意なく笑ったと、
含みたっぷりの尽の視線を見送って、
やがて一人残された資料室で 珪はため息をついた
尽はいつも、をサラリと奪っていってしまう
自分は、いつも一歩を踏み出せない
2年間もを見つめ続けて 何の進展もないまま
二人は、ただのクラスメイト
あの思い出も多分 珪だけのものでしかないのだろう
の目は、いつも違う誰かを見ている
「・・・」
自分に苦笑して、珪はもう一度ため息をついた
以前は、が誰を見ていようと関係ないと思えたけれど
自分はを見ているだけで良かったけれど
あの指輪に、知らない男の影を見て嫉妬したり
誰かを想っているのであろうに、胸が苦しくなったりする
見ているだけで満足の、穏やかな恋では なくなりつつある
珪もまた、を欲しいと想いはじめた

「元気ないね」
「だって・・・受験に英語があるなんて知らなかったんだもん・・・」
「勉強すりゃいいじゃん」
「そんな簡単に言うけどねぇっ
 私すごく英語嫌いなんだもん」
「教えてやろうか?」
「えぇ?!!
 いいわよぉ、なんか悔しいからー」
「それか志望校変えるかだね」
「やだっ」
自転車の後ろで、我侭いっぱいのに 尽は苦笑した
ってガキだな」
「なによぉ・・・」
「世の中の高校3年生は受験に青春費やしてるってのに」
「私はそんなの嫌だもん」
「それで落ちたらバカらしいけどね」
「・・・・・意地悪」
くすくす、と
前で笑う尽の振動を感じながら は小さくため息をついた
こうしていつも できるかぎり二人一緒にいるけれど
この1年が終わったら 二人は別々の学校になる
家では一緒にいられても、
学校にいる時間の方が断然長くて
今までの半分も一緒にいられなくなるんじゃないかと思うとため息が出る
世の中の恋人達に比べれば 二人でいられる時間は長いのだろうけれど
それでも堂々と公言できない関係なだけに 満たされない何かがある
それを一緒に過ごすことで 埋めている二人なのに
「尽も一緒に卒業できたらいいのにな」
小さく呟いてみた
尽に聞こえないように
年の差も、繋がっている血も
尽のせいじゃないから、こんなこと尽に言っても困らせるだけだから
聞こえないよう そっとつぶやく
「こんなに、尽が好きですって言えたらいいのに」
友達に、それどうしたの? と聞かれる指輪のことも
秘密、なてん言ってもったいぶっているけれど
本当は言いたくて仕方がない
大好きな人にもらったの、って
尽が好きなの、って

家について、一人ベットに寝転がって 左手の薬指にはめられた指輪を見ていたは 突然耳もとで鳴った携帯に驚いて飛び起きた
「び・・・びっくりした・・・」
ドキドキいう心臓を落ち着かせながら電話に出る
聞き慣れた声
相手は珪だった
「どうしたの? 珍しいね」
「今日・・・言おうと思ったことがあったけど、お前 先に帰ったから」
いつもの珪の声
電話なんてめったにしてこないのに、と
そう思って、帰り際 珪が何か言いかけていたことを思い出した
「ごめん、何だった?」
尽と一緒に帰ろうと約束してたから
資料をコピーしたら生徒会室に行くね、と言っておきながら すっかり忘れてしまっていたから
尽が迎えにきてくれたのに あの時は慌てていた
珪が何か言いかけていたのなんか、気にもしなかったけれど
「俺、お前に英語教えてやる」
「え・・・?」
突然の、クラスメイトの言葉に は一瞬キョトンとして
それから受話器の向こうの相手に もう一度聞き返した
「え? なんて・・・?」
「お前、志望校変える気ないんだろ?
 英語だったら教えてやれるから・・・」
だから頑張ってみろ、と
珪の声は、少しだけ恥ずかしそうだった
何故か、の顔も自然赤くなる
「え・・・でも・・・いいの?
 珪くん 迷惑じゃない・・?」
モデルの仕事もあるのに、と
言ったら珪は笑った
「迷惑だと思ったら こんなこと言わない」

3年生は最終学年
誰もが悔いを残したくない、と
勉強に、クラブに、恋愛に 思いきる季節
自分の未来と、自分自身を見つめ直す季節
1歩を踏み出した珪に、春の嵐の予感がする


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