雪の夜 (尽×主)


その夜、遅くに尽の携帯電話が鳴った
二人して、の部屋で雑誌なんかを見ていた時
明日の休みに、この店に行きたいだの、この映画が気になるだの
なんだかんだと、もう2時間も そうやって二人ベッドでだらだらしていた
その幸福な空気を裂いた、携帯の着信音
それは、尽の元彼女からだった

「今すぐ来てくれなきゃ死ぬ」

電話の向こうの女の子は、そう言って泣いていた
「・・・死ぬって」
「は?」
ツーツーと、今は電子音だけを残した携帯を片手で閉じて、尽はため息をついた
と想いを交わしあってから、尽はつきあっていた彼女全員と別れた
泣く子や、俯いて黙ってしまう子
どうして、と理由を聞くまで納得しなかった子
そして、まだ好きだからと 毎日のように電話をしてくる子
「ちょっと行ってくるよ」
尽は、身体を預けていたクッションから身体を起すと そう言った
「鍵は持って出るから は先に寝てて」
そうして、ボーとしているを置いて部屋を出ていった

死ぬ?
今すぐ来てくれなきゃ死ぬ?
ちょっと現実離れしたその言葉に、は頭がボーとした
拓也と別れるのも大変だったけど、尽の方も大変そうで
尽は何も言わないけれど、そういう電話がここのところ続いているみたいだ
には、心配かけないよう大丈夫と
笑っていって、平気そうにしているけれど
「何が大丈夫よ・・・」
こうやって、二人きりで楽しい時間を過ごしていたのに
それを邪魔されたのも、尽が他の女の子のために出かけて行ったのも
なんとなく気に入らなかった
これは我がままだろうか
みっともない嫉妬だろうか
それでも、気分はこんなにも良くない

尽は彼女の指定した公園に駆けていった
携帯の着信が公衆電話だったから、きっとあそこだろう、と
公園の東側にある電話ボックスに向かった
もう夜中の12時を過ぎた
暗い中、一人ベンチに座っていた髪の長い女の子は、尽の姿を見ると立ちあがってだきついてきた
「やっぱり・・・来てくれたね」
「そりゃ、来るよ」
苦笑して、その震えている身体をぽんぽん、と軽く叩いた
お化け屋敷が嫌いで、幽霊が出るから、と夜はめったに出歩かない
そんな彼女がよくこんな暗い公園で一人でまっていたな、と尽は苦笑して それからその身体を放した
「君のことを好きだよ
 だから来るよ
 でも、もうつきあえない」
そう言ったよね、と
尽の言葉に 彼女はふるふると首を振った
「そんなの認めない
 私 尽くんがいなきゃ生きていけない」
その言葉に 尽は優しく微笑した
「ありがとう
 でも、俺にもそういう人が他にいるから
 その人のことだけを考えていたい、だからごめん」
ぼろぼろと、彼女の目から涙がこぼれるのをそっとぬぐいながら
優しく髪をすきながら
可愛い彼女だった目の前の少女に 僅かに切ない視線をやった
「ごめんね、我侭で」
結局、彼女だった女の子全員を泣かせてしまった
どの子ともうまくやっていて、
大切にして、優しくして、
なのに急な別れ
みんなが戸惑って、どうして? と
何が悪かったの? と
聞いて泣いたのに、尽は何度も繰り返した
「俺が、我侭だから」
の代わりに、と彼女達を側に置いて
本物が手に入ったら、さようなら
何て勝手で、何てイヤな男なんだろうなんて 自分で苦笑した
だけど、への想いは本物だから
のことだけを考えていたい
だけを、想っていく

寒い夜に、震える彼女を家まで送って、尽は言った
「ごめんね」
「うん・・・」
我侭でごめん、なんて言われたら
尽の想いがここにないのがわかってしまう
ああ、本当に
自分なんかがかなわないような好きな人がいるんだなぁなんて、思ってしまう
ずるい人だと思った
恋愛が上手くて、女の子の扱いに慣れてて
こんなにも夢中にさせて、優しくしてくれて、愛してくれて
別れる時まで、こんなにも好きだと痛感させるなんて
そして、それでも
そんな尽があんな切ない目をして言う程に
他に好きな人がいるなんて
「でも・・・まだ好きでいてもいい?
 忘れられるまで・・・」
「光栄だよ」
最後にキスもくれなかったけど、尽が笑ってくれたから
彼女は白い息を吐いて、切な気に笑った
遠ざかる尽の後姿を見ながら 他の彼女だった子が言ってたことを思い出した
「それでも、忘れられないんだ
 私ってバカかなぁ」
私も同じ、と
小さくつぶやいて、彼女は暗い空を見上げた
ずるくて優しい尽を、まだ好きでいる女の子は 多い

家に戻った尽は、そっとの部屋のドアをあけた
ちゃんと眠ってるのを確認してから寝よう、と
起こさないよう注意を払って開けたドアの中 そこにはいなかった

「・・・?」
電気がついている
尽が出かけた時のまま、ベッドの上に雑誌が開いたままになっていて
側のテーブルには二人分のマグカップが置いてあった
ドキ、とする
がいない
寝ている両親を起こさないよう家中探して、
どこにもいないのに、ため息をついた
尽が彼女の電話なんかに出かけて行ったから怒って出ていったのだろうか
こんな夜中に、こんな寒い中

もう一度外に出た尽は、の携帯を何度も鳴らした
が行きそうなところなんか見当もつかない
こんな時間では、友達の家なんかには行かないだろうし
かといって、バイトをしてるわけではないから、バイト先というのも考えつかなかった
何度目か、鳴らした時 ようやくが電話に出て
尽はそれに ほんの少し安心した
、どこにいるの?」
「言わない」
側で車の音がする
車道、少し広めの?
他には?
「どうして出てったりするのさ」
「尽はまだ彼女が大事なんでしょ
 だから 私との時間を犠牲にしてまで彼女のとこに行くんだ」
また側で、車の音がした
それから、ピロンピロン、という妙な音
ああ、どこかで聞いた音だ
どこだったっけ
あの独特の、扉を開けた時の音
「ちゃんと別れないと意味がないだろ
 大丈夫、彼女はわかってくれたから」
思い当たる方向へと、足を速めた
大通りに面した場所で、あの音が鳴るところ
そういえば駅の側にあったはずだ
扉を開けたらそんな音がなる、コンビニが

なによ、と
は一方的に電話を切った
大丈夫と言ってくれる尽
でも不安でいっぱいの自分
大好きだから、こんな想いをする
尽はモテて、何人もの女の子とつきあっていて
みんな好きだよ、とうまくやっていた
でも、ある日その全員と別れてきた
がいれば、代わりなんかいらないといって
(・・・でも、こんな夜中に会いに行くんでしょ・・・)
今や学校で知らない者などいない尽が、大勢いた彼女と別れたという噂は、2年にまで届いていた
それを聞いて奈津実が言ったのだ
「同じバイトだった子もやめちゃってね
 1年の女子の中ではすごい騒ぎみたいよ」
愛されてるねぇ、なんて奈津実は笑ってたけど
廊下なんかで 尽と一緒にいるのを見たことのある女の子が泣いてたり
何人もの女の子達が尽の話をしてるのが聞こえたりした時には 心が沈む
(どうせ私は子供だもん・・・)
自分は尽の側にいられる
それが嬉しかったし、くすぐったかった
私は尽の特別なんだな、なんて思って
好きだよ、と囁いてくれるのもキスをくれるのも 嬉しかった
尽は自分たけのものなんだ、なんて独占欲を満足させてもらって
だから今日も、二人あたたかい部屋でベッドに寝転がりながら雑誌を見て 明日はどこに行くなんて話をしてるのが 幸せでならなかった
なのに、尽は出てゆくんだ
彼女の電話に、を置いて

駅前のコンビニを出て、暗い道を歩いていたは、小さな公園に入った
寒くて、手足が凍えそうだ
もう季節は冬だから、夜になると水も凍る
冷たい空を見上げて、白く変わる自分の吐息を見ていた
そこへ、尽が現れた
携帯片手に、少しだけ息を切らせて

「・・・尽のバカ」
「ごめん」
「電話なんか出なきゃいいのに
 呼び出されたからって、どうして私をほったらかして行くの ?」
「ごめん」
こちらへ歩いてきた尽に、子供っぽい想いをぶつける
「私より彼女の方が大事なの?
 死ぬとか嘘に決まってるじゃないっ
 どうして行くのよっ」
ス、と
尽の腕がの身体をつかまえた
そのまま抱き締められて はぎゅっとその背に腕を回す
いつもより早い尽の鼓動が聞こえる
ここまで走ってきてくれたからだろうか
どこにいるのかなんて言わなかったのに、見つけてくれた尽
探してくれた尽
「ごめん、嫌な想いさせた」
「そおよぉ・・・」
多分、尽は何一つ悪くはない
が我侭なだけで
が子供じみているだけで
それでも、尽はを抱きしめて 言ってくれる
「ごめん、もうしないよ」
優しい尽
大人な尽
どうして こんな自分なんかを好きだと言ってくれるんだろう
別れてきた彼女の方がよっぽど可愛くて、やりやすいだろうに
こんな我侭を、どうして許せるんだろう
「好きだよ、
 だから泣くな」
いつのまにか、尽の腕の中で泣き出したに 尽は何度もキスをした
と想いを通わせてから 一度だって他の子にはしなかった
もうしかいらない
のためだけに、存在する
だから、にしか触れない
唇を重ねて、白く色の変わる吐息を飲み込んだ
熱さも一緒に、流し込むように
好きだと、と何度も繰り返して
想いを全て、伝えるために

誰もいない深夜の公園
暗い空からちらちらと、雪が舞いおちる
寒い冬
二人抱き合って、想いを囁きあった
誰も邪魔などしない この雪の夜に


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