おまじない (尽×主)


放課後の、誰もいない教室
廊下はまだざわざわとしていて、クラブの子や委員会の子が走ったりしてる
居心地悪そうなと、いつもと変わらず微笑している拓也
二人はもう10分以上も 黙ったまま目も合わさない

さん、そろそろ帰ろう」
「・・・・・うん」
視線をさまよわせ、窓の外を見遣るといたたまれない気持ちになっていく
昨日までの自分と違うのは、この心が求めているのは目の前にいる拓也ではないということ
いつのまにか、魔法のように、呪文のように繰り返され奪われていった想い
は、今、尽のことばかり考えている
「あのね・・・拓也くん・・・」
黒板の上にかけてある時計が、下校時間の30分前を指したのを見て、はとうとう切り出した
昨日の夜、絶対言うんだと決めてきた言葉
このままではいられないから、きちんとするんだ、と決心したこと
「私・・・拓也くんと別れたいの」
まさか、自分がこんなことを言う日が来るなんて思わなかった
優しくて、大好きだった拓也のこと
好きだよ、と言ってくれた言葉がとても嬉しかった
つきあって1年が過ぎて、
何も起こらなければ、ずっとずっと二人はつきあっていくんだと思っていた
けして、嫌いになったわけじゃないけれど
こんなの勝手だってわかってるけれど
心は尽に奪われて、他の人の側ではもう安心できない
「どうして?」
拓也は、の言葉にも いつもと変わらない落ち付いた声で言った
見上げると、穏やかな顔がこちらを見下ろしている
「僕のこと、嫌いになった?」
「・・・ううん」
「じゃあどうして別れるの?
 うまくいってたのに、こんなに急に何の理由もなく?」
「理由は・・・」
理由は、ある

が、どう言えばいいのかわからないまま言葉を切ったのを見て 拓也はまるで小さい子に言い聞かせるようにゆっくりと静かに言った
「僕は別れないよ、
 君のことが好きだから、放す気はない」
その表情は、落ち着き過ぎて恐いくらいだった
思わず視線をそらした途端に、腕を強く掴まれる
「!!」
・・・・・」
今まで、けして呼ばなかった名前
いつもさん、なんて
まるで他人行儀に呼んでたのに
「放さない」
そのまま、強い力で抱き寄せられて 口づけられた
拓也とのキス
以前はくすぐったくて、幸せで、少し恥ずかしかったキス
今は、不安がいっぱい心に広がる
嫌な胸騒ぎみたいなものが、身体中にこびりつく

ガラリ、

その音は、突然聞こえた
それから、女の子の声が一瞬聞こえて、慌ててドアが閉る音がした
パタパタ、と足音が遠ざかる
誰かが、忘れ物でも取りにきたんだろうか
そう思った時、やっとは拓也のくちづけから解放された
こんなところ、誰にもみられたくなかったのに
別れたいと思ってる人とキスしてるとこなんか
「知ってる?」
うつむいたに、いつもの拓也の声がかかった
昨日のテレビの話題でもしているかのような、ごく自然な声
彼は笑って言った
「僕達噂になってるんだよ
 後夜祭の時にキスしてたの、誰かが見てたんだってさ
 女の子って噂話が好きだね、すぐに広まる」
すぐ側で笑い声がする
耳もとでささやくように、拓也が話すのがなんだか恐かった
だって、あんなところでキスなんかしたら、誰かに見られて当たり前なのに
今だって
外には生徒がまだいるのに、
いつ誰が来るかわからない教室なんかで こんな風に
まるで見てくださいって言ってるようなものなのに
「拓也くん・・・私、別れたいの
 私、拓也くんのこと嫌いになったんじゃないけど
 だけど、もぉ前みたいにつきあえない」
震える声で、そう言った
尽なら、こんな風にはしない
学校や家や、道ばたなんかで いきなりキスしたり抱きしめたりするけれど
尽は絶対 の不利になるようなことはしない
いつも誰もいないのをちゃんとわかっててするし、
が嫌がることは、絶対しない
今の、拓也とは違う
「私、他に好きな人が・・・」
尽のことを考えたら、涙がこぼれた
今、拓也に触れられた唇も もう尽だけのものなのに
誰にも、あげたくないのに
こんなの、嫌なのに
「そんなの認めないよ
 相手が誰だって答えは同じだけど・・・
 ひとつだけ言ってあげる、
 相手は血の繋がった弟だろう?
 は、夢をみてるだけだよ」
早く目を覚ましな、と
その言葉は冷たかった
思わず見上げた目から、涙がいくつもいくつもすべりおちていく
ああ、拓也は知ってるんだ
尽がを好きなのも
が尽に心を奪われたのも
知ってて、こんなことを言うのだ
別れない、と
放さない、と
「ど・・・して・・・」
「どうして? それはこっちが聞きたいよ
 普通、血の繋がった姉弟は恋愛対象にならないと思うけど」
まるで汚らわしいものを見るような視線が降りて来る
それはやがて、優しい笑みに変わり 言い聞かせるよう語りかけてくる
、僕はが好きだから放さない
 周りはみんな僕らをラブラブだと思ってるんだから、どうせ別れたりなんかできないよ」
さっきのキスも見られたしね、と
その言葉に はうつむいて目を閉じた
それでも、それでも、
自分の中だけは、ちゃんとしておきたい
この身も心も、尽を向いていて
拓也とは、もう恋人同士ではないと
を失わないためなら何だってするよ」
それでも、拓也は言い
それでも、はうつむいて首を横に振った
自分が悪いのは分かってるけど
この想いには逆らえなかった
どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく悲しかった

それから、先に帰った拓也の後から、のろのろと教室を出たは靴箱のところで尽に会った
「あれ? 今日は遅いね
 補習でも受けてた?」
快活な明るい顔で尽が笑う
側にいる男子生徒が生徒会の子だったから、尽は今まで仕事だったのだろう
「一緒にかえろ
 まってて、自転車とってくるから」
彼がにこっと笑ったのに、急に張り詰めていた気が弛む
ああ、尽が側にいる
それだけで、こんなにもほっとする
「私も行く・・・」
「そう?」
生徒会の子に手を振って、二人自転車置き場へと向いながら はこっそり深呼吸した
簡単にいくわけないと思っていたし、
この先だって、簡単じゃないのはわかってる
だから覚悟はしている
尽がこうやって側にいてくれれば、今はそれでいい
「目、真っ赤だよ
 帰ったら冷やさないと明日腫れるかもね」
「え・・・?」
カチャリ、と
自転車のキーを回しながら言った尽の言葉に、はその後ろ姿を驚いて見た
泣いたのがバレているのか
尽はいつもの調子で、笑った
「二宮サン、なんて?」
「・・・・別れないって」
「そう言うと思ったよ
 あの人、にゾッコンだもんな」
ポスン、と自転車のかごに鞄を投げ入れ、尽はまた涙を潤ませたに苦笑した
「大丈夫、には俺がついてるから
 守ってやるよ、全てのものから」
悪戯で、自信たっぷりな目
大好きな、尽が側で笑ってくれる
「おまじない、全てうまくいく」
そうして、かがみこんだ尽の唇が、そっと触れると はゆっくり目を閉じた
なんてなんて、あたたかくて
なんてなんて、ほっとするキスなんだろう
あんなに不安でいっぱいだった心が、こんなに軽くなる
いつもより、少し長い
でも優しく触れるだけの、やわらかな口付けは 何度も何度も
お互いの吐息を飲み込むように繰り返された
熱が伝わる
尽の想いも、一緒に流れこんでくるように
「大好きだよ、
全てうまくいきますように
本当に好きな人と一緒にいたいから、わがままを許してください
誰も認めない相手でも
二人の血が、繋がっていても
魅かれあったから、こんなにも
だからもう、他の人ではかわりになれない
「大丈夫、全てうまくいくよ」
それは、おまじない
何度もキスをもらって、何度も甘い言葉をもらって
二人は想いを伝えあう
二人は互いに魅かれあう


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