一週間前 (尽×主)


放課後、静かな教室で
遅くまで残って作業しているの上に、ふと影がさしかかった
「二宮サンは?」
顔を上げると、尽が不思議そうな顔で見下ろしている
優し気な、どこか心配気な目が、真直ぐこちらを見ていた
「あ、今日はどうしても予備校に行かなきゃなんないって帰っちゃって」
「ふーん・・・
 それで二宮サンの分もがやってんの?」
「うん、でももぉ終わるから」
文化祭まであと一週間
委員はほぼ毎日誰かしら残ってこうして準備の作業を進めている
今日も、時計は8時を回った
いくら文化祭準備のためと言って許可を取っていても、やはり女の子がこんなに遅くまで居残るというのは感心できることではない
常々先生から言われている言葉を思い出して、尽は小さくため息をついた
「ま、仕方ないけどね」
苦笑して、の隣の席に座る
の彼氏の二宮拓也は成績優秀、品行方正
先生に受けのいい優等生だ
内申点のためか、と同じ委員がやりたかったのか、彼もまた文化祭委員の一員である
が、他のメンバーほど熱心に委員の仕事に取り組んではいない
たまに予備校だとか何だとかで、先に帰ってしまったり来なかったり
たしかに、去年までの文化祭委員はこんなにも忙しくなかったから、彼にとっては尽の開催するこの「後夜祭」もいい迷惑でしかないのかもしれない
学校行事よりも勉強が大事
そういう考えもあるかもしれない
尽に取って、彼がどう思っていてもかまわなかったし、彼のことなどどうでも良かったが
も大変だね
 あの人の分、全部がかぶってるんだもんなぁ」
やれやれ、と尽はため息をついて 文化祭速報というB4の校内新聞の原稿を覗き込んだ
文化祭まであと1週間程
どのクラスも最後の追い上げに入っている
その直前の様子や前評判、PRなどが載せてある新聞
文化祭委員発行のこれは、週に1度印刷されて全校に配られ文化祭ムードを盛り上げている
「でも、楽しいよ」
尽のため息に、は笑って答えた
「こーゆうのやったことなかったからすこく楽しいよ
 なんか今年はみんな燃えてるよね
 先輩なんか新聞で前評判いいって書かれて 演劇ますますやる気になったって」
「そう」
楽し気なの横顔にクス、と笑みをこぼし 尽はのペン入れが終わった原稿にけしごむをかけた
の字って女の子って感じがするなぁ」
「え? そぉかな」
「そーだよ」
いつもパソコンの無機質な字ばかり見ている尽にはちょっと新鮮なもの
「個性的だね」
「う・・・汚いってことぉ?」
「そんなこと言ってないよ、可愛いよ」
もぉ、と
頬をふくらませたに、尽はまた笑った
他の委員は30分程前に仕事を終えて帰っていった
今、この教室には二人しかいない
お互いの鼓動が聞こえそうな距離
それで尽は幸福に似た気持ちになった
(ある意味、二宮サンに感謝かな)
下書きの文字を丁寧になぞっているの手許に視線をやる
真剣な横顔とか、どこかいきいきした目とか
そういうを見ると、嬉しくなる
今、多分二人はこの文化祭準備という共通のものに 同じようにやりがいを感じている
ひとつのものを一緒に作り上げていくという過程を、楽しんでいる
(二宮サンはばかだね)
や他の委員のインタビューしてきた記事に再度目を通し、何枚もあるそれをきちんと整えた
「できたっ」
「はい、おつかれ」
隣で満足気に笑うに、尽も自然笑みがこぼれた
ああ、楽しい
こういうのって、とても楽しいと思うんだ
「帰ろうか」
「印刷はどうしよう?」
「明日早くに来てやればいいよ
 今日はさすがに遅いから帰るよ」
「うん、じゃ明日は早起きだね〜」
嫌な顔ひとつせず、むしろ無邪気に言うが嬉しかった
だから、手を伸ばしたのは無意識で
一瞬、驚いたようにこちらを見たを捕まえて、それからキスをしたのも無意識だった
ただ本能的に、求めるままにその唇に触れた
甘いような 香りがした

「尽・・・」
静かな教室に、の不安定な声が響く
漏れた吐息と一緒に、切なさに似た感情もこぼれていった
「尽、だめだよ・・・」
「どうしてさ?」
頬を染めたは、言葉につまってややうつむきがちに
尽はそんなを、やはり衝動的に抱きしめた
ああ、ダメだ、止まらない
「どうして?
 も俺を、意識してるのに?」
温かな身体
の体温は自分のより少し高い
女の子だからだろうか、なんて考えながら 尽は一番大切なその人の身体を強く強く抱きしめた
「何がダメなのさ」
はされるがままになって、
だが、それでも弱々しく首を振った
「だって私・・・拓也くんとつきあってるんだよ・・・?」
それに、と
その後の言葉は、の口からは聞こえなかったけれど
言わなくても嫌という程に知っている、
「姉弟だって、そんなの関係ないよ」

ぴく、と
は、不安をいっぱいためた目で尽を見上げた
「ねぇ、尽
 これって恋愛とかじゃないよ、きっと・・・」
には、彼氏がいて
尽には彼女がいる
恋愛対象は、それぞれ別のところにいて
ここにいるのは、血の繋がった愛しい人
「じゃあは俺が触ってもキスしても、ドキドキしたりしないの?」
「・・・する・・・けど」
「それって、恋愛とどう違うの?
 俺がするより、二宮サンがする方がドキドキする?」
尽の目はまっすぐにを見ている
どうしようもなくて、はまたうつむいた
のファーストキスを奪っていったのは、尽だったから
は拓也とはじめてキスした時に、尽とは違うんだな、と
そう思った
尽がするような、ちょっと強引な強いキスじゃなくて、どこか控えめな触れるだけのキス
大好きな人だったから、それでもドキドキしたし、嬉しかった
今でも、拓也とキスすると恥ずかしいような嬉しいような
そんな気持ちになるけれど
それでもやっぱり、尽のキスの方がの中に強い印象を残す
尽のは、何か痛いような切なさを感じるから
それでいて、とてもとても泣きたくなるほど優しかったりするから
「そんなの・・・わかんないよ・・・」
泣きそうになった
拓也のことは大好きだけど
今、こんなにも心を支配しているのは ここにいる尽
に触れて、抱きしめて、キスして
大好きだと、切ない目で言う たった一人の弟
「でも・・・こんなの変だよ」
「変だからって、俺は諦められなかったけど」
また、その熱い唇が触れた
思わず目をとじて、そっとそれに応えると 漏れた吐息ごと飲み込むような
全ての熱を奪い取るような
激しいものに、それは変わった
「ん・・・っ」
息ができない程に、
身体が動かなくなる程に、激しいキス
強い腕は、しっかりとの身体を抱いて、尽は誰よりも誰よりも想っている人に 全ての想いを注ぎ込むように口付けた
誰にも渡したくない
拓也にも、他の男にも
「好きだよ、
 俺は・・・本気だからね」
ぐるぐると、まるで呪文みたいに回る言葉
それを受け入れてしまうのは、とても恐くて
はただうつむいて何も言うことができなかった
どうしようもなかった
この不安定な想いを認めてしまったら、拓也への想いはどうしたらいいのか
彼との関係はどうなってしまうのか
わからなくて、恐くて
には、どうしようもなかった
それでも、心はこの瞬間も、尽の言葉に揺れて魅かれている

誰もいない教室で、二人
答えを出せないと、それでも好きだと言う尽と
切ない想いはまだ、それぞれのもの
あふれる想いを乗せたくちづけだけが、二人を繋いでいる全て


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