チケット (尽×主)


最近、尽の帰りが遅い
いつもはバイトだから、とわかっているから心配もしないけれど
最近は学校から戻ってこない
バイトも半分くらいしか行ってないらしく、シフトを変更したとか何とか
とにかく多忙に走り回っているらしい
「おそいなぁ・・・尽」
今日も、尽のバイト先のウィニングバーガーに その姿はなかった
「最近尽くん 私とシフトかぶるようになったよ
 なんか今は週2くらいかな」
奈津実の言葉に、ふぅん・・・と言ったものの
クラブもしていないのに、一体何をしているのか
両親は尽が男の子だからか、帰りが遅くてもそんなに心配している様子もなく
だけが、なんとなく最近何か物足りない感じでいる
、暇ならビールでも買ってきてくれ」
ボンヤリ、と
何をするでもなくリビングで時計を見ていたに、父がほの赤い顔で声をかけた
「まだ飲むのぉ?」
最近太ったんじゃないの、と
いいながらも、はここ一時間ほど座っていたソファから腰を上げた
今日は面白いテレビもないし、やりたいこともないし、宿題もないし
(ついでに尽の様子見に行こっと)
思いたって、は軽い足取りで家を出た
そのまま夜の学校へと向かう

「尽・・・?」
「え?」
時計は夜の8時過ぎ
カラカラ、と遠慮気に開いたドアに 尽が顔を上げた
廊下の電気はほとんど消えて、今灯りがついているのは、この生徒会室だけ
? どうしたの?」
突然現れたその姿に、尽は驚いた顔をして、それから笑った
「よくわかったね、ここ」
「外から灯りついてるの見えたから」
遠慮がちに、部屋へと入ると尽の座っている机の側の椅子に腰を下ろした
「尽、生徒会の仕事してるの?」
「ん? んー、まぁ、そんなようなものかな」
「他の人は?」
「もぉ帰ったよ」
「尽だけ仕事してるの?!!」
「ん? いや、これは下準備みたいなもの」
にこ、と
尽は作業中のパソコンから目を放した
「もしかして心配してきてくれたの?」
「うん・・・最近遅いから」
ちょっとだけ恥ずかしくなって、は小さな声でつぶやくように言った
なんとなく、家に尽がいないというのは落ち着かなくて
それで、は照れくさそうに笑った
「お父さんのおつかいのついでに様子見にきたの」
「なんだ、ついでか」
クス、と
尽がまたパソコンの画面に目を戻した
その横顔に、ほんの少しだけドキとする
「家に帰ってやればいいのに」
「うーん・・・家ではやりたくないんだよ」
「なんかお父さんみたいね」
「あはは、似てるかもね」
可笑しそうに笑って、尽はどこか居心地悪そうなに言った
「そんな緊張しなくたっていいよ
 俺しかいないんだから
 暇なんだったら、そこにコーヒーあるから煎れてくんない?」
言われて、は頬を染めて立ち上がる
仕方がないじゃないか
一般生徒で生徒会なんかに興味も縁もないは、生徒会室に入るのなんかはじめてで
そわそわするやら緊張するやら
「うわぁ、なんでこんなティーセットとかあるの?」
「さぁ・・・前の会長の趣味なんじゃない?」
生徒会室の奥には、小さなポットとティーカップのセット
それにコーヒーの缶やら紅茶の缶やらが置いてある
「なんかずるいなぁ
 会長ってこの部屋 自室みたいに使ってたのかなぁ」
「そうかもね」
今の会長は、そんなものには興味がないのか ひたすらキーボードを叩いて何やら書いている
「尽もいつもこーやって煎れてもらってるの?」
他の生徒会の子に、と
どこか嫉妬に似た気持ちになりながら はポットにお湯をわかしながら聞いた
たしか生徒会の他のメンバーは2年の中から先生が選ぶはずだった
書記に会計に、庶務
たしか3人はいたはずだ、と あまり興味もないのでうろ覚えだった情報を頭の隅から引っぱり出し聞いてみる
尽は女の子に人気があるから、今年はさぞかし生徒会に入りたいと言う女の子が多かっただろう
なんとなく、おもしろくない気分なのは何故だろう
コーヒーカップを並べながら こっそりため息をついたに、尽が普段となんら変わらぬ声で言った
「生徒会、男ばっかだからね
 誰もそんなの煎れてくれないよ」
そうして、何やら考え込むように手許の資料を引っぱり出してぱらぱらとめくった
「え・・・? 男の子ばっかりなの?
 女の子いないの?」
どうして、と
思わず身を乗り出したを見もせずに、尽は資料に目を落としてつぶやくように言う
「だって女の子だと面倒だから・・・
 先生に全部男にしてくださいって言ったんだ」
それで、と
尽は言い終わった後、一度だけを見てにこっと笑った
「だからここでコーヒーなんか飲めるのはが煎れてくれた時だけだね」
不覚にも、は真っ赤になって、あわてて湯気を吐き出したポットに顔を向けた
(な、なによぉ〜)
コポコポと湧いた湯をカップに注ぎながら、またカタカタとキーボードを打ち出した尽の後ろ姿を見遣る
何にこんなにもドキドキするのか
何に嫉妬して、何に安心して、何に赤面しているのか
は自分でもよくわからなくなりながら、いい薫の漂うカップを そっと尽の前においた
「ありがと、
「どういたしまして」
また、尽の側に座った
夜の学校、生徒会室
誰もいない特殊な空間に二人きり
(なんか・・・変なの)
尽がカップに口をつけるのを見ながら はまだ少しドキドキしている心臓を無理矢理に押さえ付けていた
どこか真剣な顔をして、資料やら画面やらを見ている横顔も、
時々を見て、にこっと笑ってくれる悪戯な目も、
なんとなくくすぐったくて、は始終そわそわしたような気持ちでいた
だけど、それは不快じゃなく
ふわふわとした気持ちいい気分に似ている
いつのまにか、そんな尽をじっと見ていたは、
突然キーボードから手を放して、大きく伸びをした尽にはっと我に返った
「え? 終わった?」
「うん、終わった」
にこ、と
いつもの笑顔が返ってくる
相手は自分の弟だってのに
小さい頃から毎日毎日見ている顔だってのに
何をそんなに我を忘れて見つめていたのか
思うと恥ずかしくて、は照れをかくすように笑った
「おつかれさまっ」
「うん、いけそうな気がするよ」
「え?」
尽からも、とびきりの笑顔が返ってくる
どこか悪戯な目で、の顔を覗き込み 尽はプリンターから出てきた大量の紙をまとめてクリップで止めた
「それ何だったの?」
「企画書」
ポン、とそれを机の引き出しに入れ、尽はもう一度だけ伸びをした
「さ、かえろ」
向けられた笑顔に またの胸が鳴った
それを悟られないよう 一緒に部屋を出る
「ねぇ、何の企画書だったの?」
「そのうちわかるよ」
「教えてよぉ」
「企業秘密」
カチャ、と
部屋に鍵をかけて、尽はまたにこっと笑った
「手に入ったらまっ先に報告する」
「何が・・・?」
「チケットが」
「・・・・・・?」
尽の言葉の意味は、にはさつぱりわからなかったが
どうやら彼にそれ以上はなす気がないらしいことはよくわかった
(もぉ、秘密主義だなー)
とはいえ、悪い気はしなかった
何よりを特別扱いしてくれる尽が、とても嬉しくてくすぐったい
今まで、当然だと思っていた尽の態度も 最近なんとなく意識するようになってしまった
一旦意識してしまうと、それはまるで優しい恋人に大切にされているような
そんな満たされた気持ちになる
(まっ先にだって・・・)
ほくそえんで、その背を追い掛けた
目の前にいる弟は、
まるでまるで、しっかりした一人の男の子に見える

次の日、めずらしく早く帰ってきた尽が、の姿を見つけるなりその身体を思いきり抱きしめた
「えぇ?!!!」
っ、やったっ」
二人して、勢いあまってリビングのソファに倒れ込む
尽の鞄やら、リビングに置いてあった雑誌やらがいきおいよく、辺りに散らばった
だが、そんなものに構う様子なく、尽はきらきらした目での顔をみつめる
そして興奮した口調で言った
「通ったよ! 昨日の企画書!!!」
一週間かかった、と
安堵に似た、ある種の心地よい達成感の含まれた声で 尽は何が何だかわからない顔をしているに笑った
のために取ったんだよ
 文化祭の後の、後夜祭開催許可のチケット!!」

それは、ここ5.6年 生徒達の間でこの季節になると出る要望の一つで
そのたびに、先生の「ダメ」という一言で流れてしまう憧れの行事
去年の文化祭も、結局後夜祭の開催は許可されず、は家でぼやいたことがあった
それを聞いて覚えていたのだろうか
「後夜祭、したかったなぁ」
その、たった一言のために、ここ何年も、誰も開催までこぎつけられなかったものを
開催してみせると言うのか
まだ1年の、尽が
「え・・・・・?」
「氷室先生が手強くてさぁ
 あの先生、消防法だとか何だとかでさんざん企画書にケチつけるから大変だったよ
 でもオールクリアだよ、
 誰にも文句は言わせない、10回も直した企画書に穴なんかないよ」
氷室先生もOKを出したし、理事長にも許可をもらった
これで、あとは明日の職員会議で報告するだけだ、と
はしゃいだような尽の顔に、は未だ信じられない様子でその顔を見つめ返した
何が何だか、
ただ、目の前の弟がとんでもないことをやってのけたってことだけはわかる
「すごいのね・・・」
ぼかん、と
バカみたいに口を開いたままのの言葉に、尽はおかしそうに笑った
「うん、すごいだろ?」
のためだからね、と
張り切ったよ、と
尽は言うと、押し倒されたままのの身体を抱き起こした
乱れた髪を手ですいてやりながら、にこりと笑う
、文化祭委員だったよね
 忙しくなるよ、今年は
 覚悟しといて?」
それで、その尽の表情に は無意識に頬を染めた
格好いいと思った
こんな風に自信満々に笑っているのも
その「のため」の後夜祭のために、何度も何度も企画書を直して
一人遅くまで、毎日学校に残ってたくさんの資料やら何やらを引っ掻き回して
誰にもできなかったことを、実現させようとしている
その手で、

「尽、すごい・・・」
「まだこれからだけどね」
今頃、じわじわと感動に似たものが込み上げてきて、
今度はが尽に抱きついた
「わ?!」
「尽すごいっっ」
後夜祭だ
信じられないけれど、先生がOKを出したのだ
「すごいすごいすごいっっ」
その身体に抱きついたら、尽が笑ったのが身体を伝わる振動でわかった
妙にくすぐったくて、妙に嬉しかった

秋のはじまり
生徒達がまだ何も知らぬ文化祭二ヶ月前
の中には、今はっきりと幸福に似たものが生まれている
それは確実に、尽という一つ年下の弟の手で


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