騎士 (尽×主)


その日、野球部の試合の後 彼女とデートを終え家に戻った尽は、そのまま風呂へと向かうとピシャリとドアをしめた
両親はそろってでかけているのか、家はシンと静まり返っている
は、野球部の試合の後、そのまま何人かの部員と遊びに行くと言っていた
時計は7時をすぎているけれど、まだ帰ってはいないようだ
静かな中、ドサリと持っていた鞄を置くと、尽はおもむろにシャツを脱ぎ出した
「いてて」
腕を上げると、肩に痛みが走る
鈍い、骨に響くような痛み
それは、昼間 飛んできた硬球からをかばった時の怪我だった
何でもないような顔をして、
彼女とデートをして、家まで送ってようやく、傷の具合を見る
思ったよりひどいそれを鏡に映して、尽は苦笑した
「まいったな・・・」
見た目にわかる、赤く変色した肌
熱をもっているのを感じる程に、患部が熱くて痛い
あんな球にあたっただけで、と
一人ぼやきに似たため息を吐き出しながら 尽は冷たいシャワーを浴びた
身体の体温が下がる気がして、それで少しだけ楽になった

尽が風呂から上がった時、ちょうどが帰ってきた
「おかえり」
「ただいま〜」
上機嫌のは、尽の顔を見るなり嬉しそうに話し掛けてきた
「ねぇ、渉くんって尽と同じクラスなんだね〜」
「え? ああ、うん・・・」
(渉・・・?)
尽の知る限りでは、と渉に面識はなかったはずだ
昼間聞いた「俺の天使」発言も、一方的な渉の片思いだと思っていた
それが今、の口から出たのは が親しい男を呼ぶ時の、下の名前
昼間までは知らなかったはずの に想いを寄せるクラスメイトの名前
「何? 日比谷もいたんだ」
「うん、1年生の子も一緒に行ったんだよ〜
 渉くんっておもしろいのね〜知ってた? 女子アナと結婚するのが夢なんだって〜」
クスクス、とおかしそうに笑ったに 尽は曖昧に微笑した
あんなに奥手そうなのに、ちゃっかりと仲良くなってしまった渉が腹立たしい
で、こちらの気持ちを気にするでなく、楽しそうに今日の報告をしている
「野球部の朝練って7時からなんだって〜
 大変よね、夏休みなのに」
「そうだね」
肩をすくめてみせて、尽はそのまま二階への階段に足をかけた
わかっているんだけれど
この嫉妬はとても子供じみたもので、
こんなこと、思う方がおかしいんだってわかっているけれど
(ちぇ・・・)
それでも、が渉や他の野球部の男達と仲良くなるのは嫌だったし、
自分の知らない「楽しかった」ことの話をきくのも嫌だった
ため息を吐いて、自室に戻ろうと階段を上る
「あっ、尽、もぉ行っちゃうの?」
「うん、ちょっと宿題残ってるからさ」
の顔も見ずに、曖昧な返事をした
苦笑いに、こっそりため息を乗せて

自室に戻ると鞄をほうり出して、通学鞄の中からスプレーを引っ張り出した
サッカー部の助っ人をしていた時に先輩からもらったエアスプレー
シャツを脱いで、赤くなった部分におもむろに吹き付けた
「つめて・・・っ」
シュー、という音と、独特の匂い
患部は急激に冷やされて、一瞬針のような鋭い痛みが肩を抜いていった
「はー」
ため息を吐く
こうやって冷やしていればじきに治るだろう
だが、今聞いたことで心にかかったモヤモヤは、そんなに簡単に消えそうもなかった
部屋中にこもりそうな匂いを消すために、窓を開け
そこから入ってきた風を、大きく吸い込む
を好きだと言ったクラスメイトと、一瞬で仲良くなってしまった
彼のことを下の名前で呼び、親し気に話をしたのだろう
明日、教室で会った時の渉の顔が想像できた
頬を染めて嬉しそうに、
人の気も知らないで報告するのだろう
「俺、先輩と友達になったっス!!!」

イライラ、と
尽は頭の中で無邪気に笑う渉の顔を追い払った
考えても仕方がないこと
は、仲のいい友達の名前を呼ぶ時、意識して下の名前で呼ぶ
彼女いわく、仲良くなったという気がするから、らしいのだが
いかんせん、本人は無意識に相手に期待に似た感情を抱かせているのだ
葉月にしろ、日比谷にしろ
を好きだと思う男にとって、それは心浮き足立つことに違いない
それははた目、特別扱いと同じなんだから
(ちぇ・・・)
悶々と繰り返される思考に、尽は苦笑いした
誰かがを好きになることは、自分にはどうしようもない
そして、自分が世界中の誰よりも不利だというのはわかっていること
今さら、と
思考を振り切りかけた尽の背中に、声がかかったのはその時だった

「尽・・・?」
「え?」
驚いて、尽は振り返った
ドアの側で両手にお盆を持って、が硬直したように立っている
「どうかした?」
両手に持っている盆にはケーキとコーヒーが乗っている
甘いものが好きなは、ケーキなんかをよく学校の帰りなんかに買ってくるから 今日もそうやって買ってきたのだろうか
それを一緒に食べようと運んできてくれたのだろうか
「尽、それ・・・」
だが、が見ているのは尽の顔ではなく そのすぐ下の方
先程スプレーで冷やした、あの赤く変色してしまった肩の怪我だった
「それ、どうしたの?!」
ガチャン、と
慌てたように机に盆を置いて、が側へと寄ってきた
(・・・)
曖昧に苦笑して、尽は無言でシャツを手に取った
「もしかして昼間の?」
「たいしたことないよ」
そのまま、それ以上見せてしまわないようにシャツを着る
大丈夫、と
笑ったら、まるで睨みつけるような視線が返ってきた
「ちょっと尽、ちゃんと見せてっ」
「大丈夫だよ」
つかみかからん勢いのに、苦笑する
まさかが部屋に入ってくるとは思ってなかったから
内緒にしておこうと思ったのに 見られてしまっては意味がない
たいしたことはないんだから、と
笑ったのに対して、は泣き出しそうな顔をした
「私を庇ってくれたからよねっ
 痛い? 今から病院行く・・・?」
心配気な目
それを見つめ返して、尽はいい様のない思いが胸に広がっていくのを感じた
を守るのは当然だ
それで怪我なんかする自分が腑甲斐無いだけで
は何も気にする必要はない
「大丈夫、無傷だよ」
何でもない顔をして笑った
「無傷なわけないでしょ?!!
 それのどこが・・・誰が無傷だってのよっ」
頬を紅潮させ、怒ったのと心配なのが混ざった顔をするに 自然微笑がこぼれた
が、無傷だよ」
飛んできた硬球
渉は、遠くにいてを守れなかった
二宮拓也は、どこかで模試なんか受けててには届かない
他の誰も、の側にいなかった
を守れるのは自分だけ
を守れればそれでいい」
手が届く距離にいたのは、自分だけ
今までも、これからもずっと、それでいい
にこ、と
悪戯っぽい目をした尽の顔を、はまじまじとみつめた
何を言ってるんだろう
あんなに痛そうだったのに
自分を庇ってくれたせいで、怪我をしてしまったのに
「姫を守るのは騎士って決まってるだろ」
泣き出しそうなに、尽は笑いかけた
そっと手を伸ばしてその髪に触れると 戸惑ったような視線が尽のそれとぶつかる
震える声は、動揺のためか、それとももっと別のものか
「だ・・・誰が騎士よぉ・・」
抗議に似た、
だが頬を紅潮させた恋しい人に、尽はいつもの不敵な顔をしてみせた
「騎士はいつも姫の側で、姫を守る」
危なっかしい
他の男になんかわたしておけない存在
だって、みんなが思う程、はしっかりしているわけでなく
目をはなしたすきに、何をしでかすかわからないんだから
他の男にはわからなくても、自分にはわかる
ずっとずっと、を守るべく の側にいたんだから
「誰が騎士って?
 俺以外に、誰がいる?」
の騎士になりたいと思っていた
物語りの姫は、王子と恋に落ちると聞いたけれど
姫は、その側で彼女を守り続ける騎士の存在に気づかないけれど
それでも
「王子にも渡さないよ
 は、俺が守ってあげる」
愛しい姫をひとりきり、残して旅に出た王子なんかに渡す気はない
たとえ振り向いてもらえなくても、騎士は姫を守り続ける
「だから、が無事ならそれでいい」
にこっ、と
笑った顔がに見えたかどうかわからなかった
突然、ぎゅっと温かい身体に抱きしめられた
驚いたのと同時に、幸福に似た気持ちになる
の身体が震えているのが、伝わった
「何よ・・・弟のくせに生意気・・・」
ぎゅぅ、と
それでも抱きついてくるの身体を軽く抱きしめて、尽はそれからクスと笑った
なんか、頼り無くて年上だなんて思えないよ」
その背中を2.3度優しく叩くと、目を閉じた
大好きな
全てのものから、を傷つける全てから、守れる男になりたいと思った
好きだと自覚して、
誰よりも欲しいと強く想ったから
だから尽は、のことばかりを考えて行動している
昼間も、今も、これからも

ぽんぽん、と
優しく背を叩かれて、はそっと、閉じていた目を開けた
とくん、とくん、と聞こえるのは自分の心臓の音
自分のせいで怪我をしてしまった尽に気づきもせず
偶然、ちゃんとしまっていなかったドアをノックもなしに開けたから知ることができた その怪我のこと
言わないつもりで
に余計な心配をかけまいとして、痛みだってあるだろうに我慢していたのだろうか
そして今、彼は当然のような顔をして言ったのだ
「姫を守るのは騎士の仕事だろ」

昔、仲良しだった男の子がいて、
彼が突然いなくなってしまった日、泣いていた自分を慰めたのは尽だった
手の中の絵本の、最後のページの真っ白な部分に、幼い弟は迷いもせずに絵を描いた
真っ赤な鎧の、強そうな騎士
剣を掲げたその姿を指さし、尽は言ったっけ
「大丈夫、姫は一人ぼっちじゃない
 姫には強い騎士がついてる」
もう、尽は忘れてしまっただろうか
今でもときどき夢にみるその光景
前半はぼんやりと霧がかかったようなのに、後半の、
あの弟の言葉だけは鮮明に 記憶の底に残っていた
「姫には、強い騎士がついてる」
まるで尽みたい、と
は 伝わる体温に安心したような気持ちになりながら苦笑した
いつまでも年下の弟だと思っていた尽は、いつのまにか背が伸びて
いつのまにか、力が強くなって
高校に入ってからは、年齢差なんか感じさせない
それどころか、その態度や言葉にドキとする
弟だなんてことを忘れるくらいに、彼の言葉にドキドキする自分がいる
また目を閉じた
不思議な感覚
尽は、いつまでもを抱きしめたまま放そうとせず
は その肩に頬を寄せたまま動けないでいた
違いの体温が、違いを熱くする
不思議な感覚が生まれるのを、は感じていた
心に、尽という存在が大きく大きく波紋を広げる
目をとじたまま は鳴り止まない自分の鼓動に耳をかたむけた
今一番側にいる、誰よりも近しい存在
騎士であると言ってくれた、その存在を想って


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