夏休み満喫計画 その1 (尽×主)


夏休みに入ってすぐ、父母が急に言い出した
「あなた達二人で田舎のおじいちゃんのところに行ってきて」
田舎といえば、山奥の山奥
1日にバスが2本しか走っていない、人のあんまりいない場所
父の仕事の関係で、もう10年くらい行ってない
「従兄のお兄ちゃんが結婚するんですって
 身内だけでお祝するらしいんだけどね」
お父さんの仕事が休み取れないから、と
二人でお祝を届けてこい、と
ようするに、そういうことだった
それで今、二人は新幹線に乗って、電車に乗って、田舎の駅にいる

「信じられないーーーっ」
は、駅員の言葉にうんざりと空を見上げた
夕焼けで真っ赤、だがそれに感動している余裕もない程に疲れている
「仕方ないね、田舎なんだから」
「でもーーっ」
朝出発して、今は夕方
やっと辿り着いたと思ったら、バス停までまだ歩くという
「なんでよー、普通駅の近くにあるもんでしょー」
「俺に怒ったってしょうがないだろ」
やれやれ、と
呆れた顔をしながらバッグを持ち上げた尽を、じっとりと見る
「尽は男の子だから疲れてないのよー」
「まぁ、より体力あるからね」
駅員の話では、ここから20分ほど歩けばバス停があるとか
とにかくそこまで行かなければ話は始まらない、と
ぶーぶーいいながらも、二人は歩き出した
辺りは静かで、誰も通っていない

「ねぇ、まだかなぁ?」
「教えてもらった道を歩いてるんだけど・・・
 その道を立て札通りに進め、って言ってただろ」
「うん・・・」
田舎の道
気を取り直して歩いても、まだ何も見えてこない
「田舎の人って歩くの早いのかなぁ
 20分くらい、もぉ歩いたよね?」
「そうだね」
後ろを振り返って、尽は苦笑した
方向感覚はいいつもりなんだけど、やっぱり地図か何かをもらっておけばよかった
もしかしたら立て札が間違っているのかもしれないし、
もっと別の立て札を見落としてしまったのかもしれない
「しょーがない、ちょっと戻って聞いてくるよ」
「え?!!」
ぽすん、と
尽は荷物を下ろすと、を見た
はここで待ってて
 どこにも行かないようにね」
「うん・・・大丈夫?」
「大丈夫、すぐ戻るよ」

それで尽は走って元きた道を戻っていく
その後ろ姿を見ながら、は側の大きな石に腰掛けた
(ふぁ・・・疲れた
 尽ってば、元気だなぁ)
ちら、と側の荷物を見る
の、携帯や財布しか入っていない可愛いバックと違い、尽のはやたらとデカい両親からイトコへのお祝やら 滞在中の二人の着替えやらが入った旅行バック
当然のように、そっちを尽が持ってくれていたから 今まで何も思わなかったけど
(尽ってデキた弟よね・・・)
彼女にするならまだしも、
血の繋がっている姉にまで、こんなに優しいなんて
ちょっとだけ嬉しくなって、は思わず微笑した
よし、尽が戻ってきたら 今度は自分が荷物を持ってあげよう

しばらくそこで待っていると、側をスイ・・・ととんぼが飛んで行った
「うわ、とんぼっ」
驚いて見ると、奥の林の方にすいすいと向かっていく
(わ・・・すごいすごい)
虫が嫌いなも、とんぼだけは平気で触れる
きらきらした羽が綺麗だから、昔からはとんぼが好きだった
(すごーい、田舎ってちょっと好きになったかも)
少しだけ躊躇したけれど、辺りには誰もいないし、
この道のずっと先まで尽の姿は見えない
「大丈夫よね、ちょっとくらい」
荷物の見える位置までしか動かなければ、と
は くるっと身を翻して とんぼの飛んでいった方へと駆け出した
ちょっとだけ、わくわくした

それから10分ほど、は辺りにいっぱいいるとんぼを追い掛けては遊んでいた
つかまえようとしても、すいっと逃げて行く
それが悔しくて、むきになって手を伸ばす
(むむぅ、さすが野生だなぁ)
小さい頃は虫取網でいっぱい取った記憶がある、と
ぼんやり思いながら、またスイっとよけた一匹に手を伸ばした
そうして、はどんどんと林の方へ近付いていった

「あれ・・・?」
急に、辺りが暗くなって はふっと我に返る
気づけば辺りは林で、とんぼはどこかに行ってしまっていた
(あちゃ・・・)
つい夢中で追い掛けていたけれど、いつのまにか荷物も見えない
(誰かに取られたら大変っ)
来たのはたしか、こっちの方向だった、と
駆け出して、しばらくして途方に暮れた
そんなに奥には入った覚えがないのに、林の出口が見えない

尽が戻った時、辺りにの姿はなかった
(動くなって言ったのに・・・)
荷物だけ置いてあるということは、そんなに遠くには行っていないのだろうが、それでも
(は方向音痴だからな・・・)
ため息を吐いて、尽は辺りを見回した
ずっと遠くには山
少し手前に林
自分が来た駅の方では それらしき人は見かけなかったから多分
(あそこかな・・・)
空を見上げて、だんだんと日が落ちていくのを確認した
早く見つけないと、大変なことになるかもしれない

林へ駆け込んで、尽は辺りに目を凝らした
思ったより暗くて、視界が悪かった
ーーーっ」
呼んでみても、返事がない
(まいったな、思ったより広い)
仕方なく、耳をすませながら慎重に歩いた
せめて自分の荷物だけでも持っていてくれたら 携帯で連絡が取れるのに

(尽〜・・・)
しばらく歩いても、まったく出口らしきものにたどり着けないは、とうとう諦めてその場に座り込んだ
「広いな・・・ここ」
木々のむこうに見えていた赤い空が、だんだんと暗くなってきている
(荷物持ってくれば良かった・・・)
携帯があったら、少しは安心できるのに
こんなところで誰もいなくて、
たった一人だと、不安で仕方なくなる
落ち込んで、はため息をついた
もっと気をつけてれば、
せめて尽が帰ってくるのを待っていれば、こんなことにはならなかったのに

どれくらい時間がたったのか、
疲れて歩くのをやめ、うずくまっていたの耳に がさがさっと音が聞こえた
「きゃあっ」
何ごとかと、思わず立ち上がった
するとすぐ側でまた がさがさと大きな音がした
何かが急な斜面になった背後から転がってくる
っ」
「え・・・?」
木の枝や、葉っぱなんかがつもってできた斜面
大きな石ころなんかも転がってきて、
だが、その上には、どこかホッとしたような顔の尽がいた
「尽ーーーっ」
「このバカっ、動くなって言っただろっ」
「うわーんっ、ごめんなさい〜っ」
呆れたような声で怒鳴って、それから尽はその斜面をかけ下りてきた
たくさんの葉っぱが一緒にすべってくる
「あーもぉ・・・なんでこんな奥にいるんだよ」
「う・・・」
大きく息を吐いて、尽がじっとりと睨み付けてきた
「方向音痴なの自覚してるだろ?
 俺の言った通り動かず待ってるか、でなきゃ迷ったらなるべく動くな」
「・・・ごめん・・・」
たっぷり反省して、
一生懸命さがしていてくれた尽に は上目づかいにあやまった
「ごめんね・・・」
「二度目はないよ?」
「うんっ、ちゃんと尽の言うこときくっ」
にこっと、
笑ったに、尽はため息をつく
こんな暗い林で、たった一人迷子になったら泣いて怯えてもよさそうなのに
は今けろっとしている
(楽観的だなぁ・・・)
こっちは探しながら どれだけ心配したか、と
尽は苦笑した
何ごともなく見つかってよかったけれど

林を出ると そこにはまだとんぼがいた
「あのね、これ追い掛けてたんだー」
嬉しそうに見上げたを やれやれといった様子で見遣って 尽はとんぼに手を差し出した
「全然つかまらなくて」
「そりゃーには雑念が多いからね」
「なによそれー」
くす、と
笑った尽の指に、とんぼが一匹止まる
それで、は驚いて尽を見た
「え?!」
「田舎のとんぼは静かにしてたら寄ってくるよ?
 のんきに暮らしてるから」
そのまま指をスッと静かにふると、またそれはスイッと空に帰っていく
「すごーい、あんたって凄いのね」
「・・・そうかな?」
妙なことで感動しているに苦笑して、尽は大きく伸びをした
さすがに、駅までダッシュで往復して、そのあげく林の中での迷子探し
いくら尽でも疲れる
早く目的地について ゆっくりしたい、と
尽は来た道を指差して言った
「バス停やっぱ道違うってさ
 立て札まがってたみたい」
「えー?! そうなの? ひどーい」
「急がないと最後のバスが出るからね」
「ええ?!! それは困るよぉっ」
「だから急いで」
尽は、言って長い間放置されていた荷物に手を伸ばす
すると それを遮って がバックに手をかけた
「え?」
「尽ずっと持っててくれて疲れたでしょ?
 お姉ちゃんが持ってあげる」
にこっと笑っては言い、
それに可愛い、と思いつつ やっぱり尽は苦笑した
「無理だって、やめときな」
「え?」
ぐっと、両手に力を入れた
お祝と、二人の着替えと、あとは細々した携帯とか財布とかでしょ?
重いったって知れてる、と
思ったのに それはほとんど上がらなかった
「え・・・?」
横から笑って尽がバックを手にする
軽々と肩にかけて、苦笑した
「お祝、酒だって
 やたら重いからには無理だよ」
ぽかん、と尽を見る
なんでもないような顔をしてるけど、相当重いでしょ?
今までずっと、持っててくれたの?
嫌な顔ひとつせず、重いだなんて文句一つ言わず
が持つより苦痛は少ないよ」
歩きながら、尽は笑った
「元々の力の差が大きいから」
「それでも重いんでしょ?」
「んー、まぁそこそこには」
心配気に、申し訳なさそうにが見上げてくるのが可愛いくて、
尽は空いている手でくしゃっとの髪を撫でた
「そんなに心配してくれるんだったら、着いたらサービスしてよ」
悪戯っぽく、笑って言う
「お風呂で背中流してくれるとかねー」
冗談だったけれど、はこちらを見て
「うんっ、わかった
 お姉ちゃんが頑張った尽を労ってあげよう!」
はにっこり笑って そう言った
(・・・お姉ちゃんねぇ)
苦笑する
高校生にもなって、いくら姉弟でも男と女
普通は嫌がるんじゃないの、と
思ったが、それは黙っておいた
ようするに、いつまでたってもの中で、自分は可愛い弟のままなんだってこと

それから正しい道に戻って、来たバスにぎりぎりで乗り、終点に着くまでの約1時間 ふたりはお互いの肩でうとうとと眠りに落ちた
がたん、という道の揺れに が目を覚ましても尽はまだ眠ったままで、その寝顔を見ては小さく微笑した
こうして見てると いつもの尽、いつもの弟なのに
助けに来てくれた時とか、荷物を持ってくれた時とか
まるで尽の彼女になったような気分になる
その横顔を見ていると、自分より全然しっかりしているのがとても、格好いいと思える
林の中で一人きりで、
迷子になっても、暗くなっても
泣かずに待っていられるのは、尽がきっと探しにきてくれるとわかっていたから
無意識に、そう感じていたから
(ちぇ・・・、いい男になっちゃって)
くす、と笑って もまた目を閉じた
バスはゆっくりと走る
これから数日間、二人が夏休みを過ごす田舎の家に向かって


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