卒業  (鈴×主)


3月に入ってすぐの、晴れた日
卒業式が行われた
チャイムが響く、3年間の思い出のつまった校舎
そこから、と和馬は並んで出た
なんとなく、すぐに帰るのがもったいなくて 二人して散歩する
色んなことを感じた校舎
毎日通った体育館
小道を抜けて、花壇の前を通って、普段は行かない裏庭へ出る
そこに、小さな教会があった
には、見覚えのある場所
春の光を浴びて、それはきらきらしていた
「ここだったんだ・・・」
ふと、そうつぶやく
その言葉に、和馬が怪訝そうにを見遣った

「あ、開いてる」
ぎい、と
押したら教会のドアは難なく開いた
「すげーな・・・」
正面のステンドグラス
外の光が入って、床にその彩りを落とし 窓は不思議に輝いていた
「なぁ、・・・」
「ん?」
窓を懐かし気に見上げているに、和馬はそっと声をかけた
朝から言おう、言おうと思っていたこと
なんだかんだでドタバタして、結局今まで言い出せなかったこと
今日の卒業式が終わったら、アメリカへ行く
向こうのコーチの都合と、一刻も早くアメリカでバスケがしたいという和馬の希望と
そんなのが合わさって、出発が明日になってしまった
しかも、それに対して親からのOKが出たのが今朝
だから当然は 出発が明日だなんて夢にも思っていない
「あのな、」
ちょっとだけ、意気込んだ
不思議そうに がこちらを向く
「俺、アメリカ行き 明日に決まったんだ」
チケットは、もう取ってある
2人分
自分のと、の分
「明日?! 」
驚いて、目を見開いて はすっとんきょうな声を上げた
そりゃそうだよな
最初は3月の終わりに行くだなんて、言ってたから
「なんでそんなに急なの?!」
半ば呆れたようなの声
苦笑して、向こうのコーチの都合と、そう答えた
出発の日時がどうこういってるんじゃない
そうじゃなくて、そうじゃなくて
「お前も、来い
 一緒に、アメリカ、行こうぜ・・・っ」

教会で向かい合って二人
告げた言葉に は驚いたような顔をした
しばらく二人とも 見つめあったまま何も言わず 静かな空間は物音一つ聞こえなかった
「私も・・・?」
ようやく、が口を開く
見上げてくる目が、少し揺れた
窓からの光が映って、色んな色が浮かんで見える
「お前を置いて行くとか、俺耐えらんねぇよ
 やっと、つきあえたのに・・・すぐにまた離れるなんて嫌だ」
その目を見つめて言った
高校を卒業したらアメリカへ行ってバスケをする
ずっと、そう決めていたし、それを実現させる努力をしてきた
のことが誰よりも好きだから、離れたくないと思って
だから自然に、も一緒に、と
そう考えていた
あんなにも、キツい想いをしてやっと手に入れたという存在を、手放したくなかった
アメリカと日本なんて気の遠くなるような距離、離れているのは嫌だと思った
まるで子供みたいに、頬を染めて
言った和馬に はやがて くす、と笑った
「嬉しいな、鈴鹿がそんな風に言ってくれるなんて」
身体が熱くなる
二人、想いを伝えあったのがクリスマス
それからの2ヶ月間はあっという間だった
相変わらず和馬はバスケばっかりで、
も何かと忙しかったから 二人はろくにデートもしてない
今までと変わらず、まるで友達みたいに二人 こうして卒業を迎えた
気持ちだけは、満たされていたけれど
それでも恋人同士みたいなことは 何ひとつしていない
こんなんで、離れるなんてだって嫌だと思う
でも、それでも、和馬の言葉には応えられない
「嬉しいけど、でもダメだよ」
ふと、
悪戯な目をして が言った
それに どくん、と心臓が鳴った
どうして断るんだ
自分が思うように、もまた離れたくないと思っていると信じてたのに
一緒に行くと、言ってくれると思ってたのに
珪が言うように アメリカって遠すぎるのか
ずっと一緒にいたいっていう気持ちでいるのは、自分だけなのか
「なんで・・・ダメなんだよっ」
怒鳴るみたいな声だった
心臓が鳴ってるのがうるさいくらい
身体の熱が、一気に上がっていくようで 久しぶりに胸が痛んだ
想いが一方通行なら、そんなに悲しいことはない
「なんでだよ」
こんなに好きで、ようやく届いた想い
すぐに離れるなんて嫌だった
だけどアメリカという夢も捨てられない
そんな自分がわがままなのだろうか
多くを、求め過ぎているのだろうか
「私ね、進学するの
 とっくに願書だして合格通知もらってる」
の声は落ち着いていた
睨み付けるように見遣ったら、笑ってた
しょうがないなぁ、なんて言葉が聞こえてきそうな程 その笑みは優しかった
なんなんだ
どうしてはそんなに余裕なんだ
好きなのは、俺だけなのか
「学校なんか蹴ればいいだろっ」
「できないよ、そんなこと」
分かっているけれど
明日一緒にアメリカへ行こう、なんて
進学が決まってるのに、それを蹴ってしまえ、だなんて
にはの夢があって、自分には自分の道があって
だからこそ、ここまで頑張ってきて
そのために、毎日を積み重ねてきて
だからにアメリカに来い、だなんて 本当はただの子供っぽいわがままだってわかってるけど
「・・・俺よりそんな学校が大事かよ」
それでも、気持ちは納得できなかった
こんなに好きなのに
こんなに想ってるのに
それは自分だけなのか
は離れてても平気なのか

「私ね、スポーツトレーナーになる
 ちゃんと勉強して、資格とって、あんた専属のトレーナーになる
 大事だよ、大事な私の・・・夢だよ」
痛い想いにうつむきかけた和馬に
にこり、は笑いかけた
悪戯な目、
見つめてまたドキとした
スポーツトレーナー?
俺専属の?
勉強して、資格取って、それからどうするって?
「なんだよ、それ・・・聞いてないぞ俺」
「聞かなかったじゃない」
「いつから・・・だよ」
「もうずっと、前からだよ」
の夢、初めて聞いた
そういえば自分は 1年前の進路相談の時に の進路を聞けないでいたから
バスケという夢を断たれたの痛みを、抉ることになるんじゃないかと の進路には触れないでいたから
「今の私の夢はね、
 この先もずっと、あんたのバスケを支えていくこと」
和馬のように、ずっとバスケをやっていくなんてことは不可能だと知っていたから
膝の故障に、いつか限界がくるとわかっていたから
卒業後もアメリカでバスケ、だなんて和馬みたいな夢は持てなかったけれど
それでもずっと大好きなバスケに関わっていたい、と
一人 あたためていた夢
そのために選んだ学校
選んだ道、の夢
「・・・なんだよ、それ・・・」
声が、少し震えた
悔しかった、大人な
恥ずかしかった、今しか見えてない自分が
も同じ想いでいて、それでも一緒には行けないと、そう言っているのに
自分だけが好きなのかと拗ねてみたり
俺より学校が大切なのかと、困らせてみたり
「あんた専属になるっていうのは、このあいだ決めたの
 ・・・待ってて、2年間
 私、すぐにあんたを追い掛けるよ」
ずっとずっと、あんたのバスケを支えていける
そのために、勉強するから
必要な知識、側にいるための資格、確実な技術、そして
離れていてもけして色褪せないであろう、和馬への想い
「2年なんてすぐよ」
は笑った
綺麗な笑顔だと、そう思った

いつの間にか手を繋いでいた
は教会の窓を見つめている
「2年なんてあっという間よ」
ぽつり、さっきも言ったことをまた繰り返した
繋がれた手が熱いと感じる
も離れたくないんだと、わかる、今は
「・・・心配なんだよ、おまえは」
好きな女、今は手に入れた唯一の存在
2年って、一体何日あるんだ?
700日くらいか?
その間には何人の人間と出会って、何人の人間と口をきく?
「あんたの方が心配よ
 一人で生活していけるの?」
ちゃんと御飯食べて、決まった時間に寝るのよ、と
のんきなに声が荒くなった
違う、そうじゃない
そういうことを心配してるんじゃなくて
「そういう意味じゃない・・・っ
 お前はモテるから、心配だっつってんだ」
きょとん、
がこちらを見て目を丸くした
なんだ、色や珪にあんなに愛されていながら自覚がないのか、この女
余計心配になるじゃないか
そんなんで、新しい学校で
また余計な男がを好きになるに決まってる
「モテるって・・・?」
「だから、おまえは心配なんだ」
自覚がないんだ、こいつ
その笑顔で
その、さりげない優しさで男を虜にしてて
好かれて、それでも、自覚がないんだ
「・・・ちくしょう・・・やっぱり連れていきてぇ」
つぶやいた
これは本音
夢もも、選べない
「私も本当は、行きたいよ・・・」
ぎゅ、と
つないだ手を が握り返してきた
見遣るとうつむいている
2年待って、と
は言った
「すぐに追いかけるよ」
すぐに、追い掛けていく
自分に言い聞かせるような、言葉だった
はわずかに、微笑した

しばらく二人、黙って窓を見ていた
「知ってる? この物語」
「しらねぇ」
「遠い国に旅立った王子を、姫がずっと待ってるっていう話」
「ふーん・・・」
つないだ手
伝わる熱
こうしていられるのも、明日までだと思うと 胸が熱かった
胸が焦りに似たものに、覆われている
ここに描かれた王子も、さぞ辛かったろう
愛する姫を置いて旅に出るなんて
二人、離ればなれになるなんて
「私はね、王子をじっと待ってるなんてガラじゃないから
 追い掛けていくよ、遠い国の果てまでだって」
ふ、と
が笑った
愛しくて、仕方がないと思った
こいつの言葉は、不思議だ
前向きで、希望に満ち溢れていて、安心する
素直に、心にすっと入っていく
「お前らしいな・・・」
そう言って、繋いだ手をぐっと引いた
ふいにかかった力に、わずかによろけた身体を抱き寄せ、キスを
夏の日、無理矢理に奪ったような あんなのじゃない
愛しさを全部注ぐようなキスを、そっと降らせた
そういえば、つきあったってのにキスもしてなかった
抱きしめて、触れて、キスして、それから
2ヶ月の間に、いっぱいいっぱいしておけばよかったと、そんなことを強く思った
に触れた2度目のくちづけ
あの時みたいな抵抗はなくて、
かわりに ぎゅっ、と
の手が自分の腕を掴んだのに ドクンと胸が鳴った
熱が、身体中を駆けていった
大好きだ、のこと
また放したくないと、考える

春の始まり
それぞれの未来へ向けて二人は始動する
手は固く繋がれたまま 並んで門をくぐった
二人の新しい夢が、始まっていく


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