居場所  (鈴×主)


いつのまにか冬になって、いつのまにか12月も下旬
いつもより冷え込む今夜は聖夜
は受験を終わらせて
和馬は冬の大会の真っ最中
そんな、季節
ハラハラと音もなく、白い雪が風に散る

今日の試合にも勝って、和馬はパーティへとやってきた
帰りの電車が少し遅れたから、パーティはもう半分ほど終わっている
今日は大切な日
ひとつの決意を秘めた夜
だから、和馬は走っていた
気持ちだけが急いている

、知らねぇ?」

会場内は、いつもの熱気に包まれていた
着飾った生徒達
みんな笑ってる、一年で一番ロマンチックな行事
その中を縫うように歩いて、和馬はの姿を探した
オーケストラの演奏、踊ってる後輩達
飲み物のバー、酒がないのがな、なんてまどかが言ってたっけ
どこにも、の姿は見当たらなかった
豪華なシャンデリア、赤い絨毯
テーブルに並んだ料理、輝いてる飾られた花
視線を彷徨わせた
この会場は広い
広くて、チカチカして、色んな人間がごちゃごちゃといて邪魔してる
ちゃんなら、あそこにいるよ」
ふと、背後で声がした
ぐい、
前しか見えてなかった和馬の腕が引っ張られ、振り返ったところに珠美がいた
はっとする
走ってきたせいか、この会場の熱気のせいか 身体が熱かった
それを急に感じた
「あそこで喋ってる」
気を抜けば、うわの空になる意識
無意識に珠美の指さす方を見て、ほっと息を吐き出した
熱いのは、他に理由がある
「悪い・・・」
「ううん」
にこり、珠美が笑う
あんまり、意識できなかった
ピアノの側で後輩達と楽し気に話しているの姿
そればっかりに意識がいく
「きっと通じるよ・・・」
だから、その言葉が独り言みたいな声だったから、和馬は返事をしなかった
好きだと言ってくれた珠美
嫌いじゃなかった、トロいけど健気で一生懸命なマネージャーだったから
練習以外でも、よく尽くしてくれたから
でも、それでも 特別な想いは抱けなかった
自分にはもっと好きな人がいる
何にも変えられない程に、想ってる女がいる
傷つくのに恐れて、逃げている自分が嫌だったから 決めたことがある
・・・」
そんな卑怯者にならないために、決めてきたことがある

・・・っ」

無意識にそう呼んでいた
自分で思ったより大きな声
珪がいってたっけ
感情が昂ると、って呼ぶんだなって
ふと、そんなことを思い出した
驚いたように も、後輩達もこっちを見てる
「話がある・・・っ」
ぐい、と
その腕をひっぱった
ふらり、とよろけるの身体、さらに強く引くとは身体をこちらへ向けた
「え・・・? ちょっと・・・っ、鈴鹿?!」
歩き出す
は引っ張られるままについてくる
強引だ、自分でもわかってる
周りが不思議そうに二人を見ている
後輩の誰かが、自分とを呼んだ
でも止まらない
心臓がバクバクいってるんだから
掴んだ腕から熱が一気に、へ向かって流れていきそうなほど、血が駆けている

人気のない廊下に連れ出して、向かい合った
音楽が遠くなって、チカチカしたのが少し減る
落ち着け、
覚悟はしてきたはずだ
「どうしたの? あんた今日の試合 勝ったんでしょ?」
いつもみたいには笑った
試合には勝った、あたりまえだ
でも今は それどころじゃない
こっちの気を知らないで、は 1年の時もここらで話し込んだね、なんて 気楽に笑って辺りを見回して
それから にこっと笑ってみせた
「勝ったんでしょ?」
クリスマスに試合って、けっこう大変よね、なんて
バスケの話ばかり
俺達はいつも、そんな話ばかり

頭がいっぱいになって、言葉なんか考えられない
まるでにらみつけるように を見た
まっすぐ見た
好きな女、もうずっとばかり見ていた
全然変わらねぇの、なんて言ってたけれど こうして見たらすごく変わった
髪が伸びて、顔つきが少し大人っぽくなった
がただのバスケバカじゃないってこと、今は知っているからだろうか
無邪気にバスケという夢を追い掛けていた1年の頃とは違って、今のは膝の故障で夢を絶たれて
それでも笑ってみせる そんな奴だって知ってるからか
だから少し、大人びて見えるのか
(それにこいつ、背が低くなったし)
ちがう、俺が伸びたのか、
とりとめなく、色んなことを考えた
それでも思考は一瞬だったろう
が、瞬きを一度した
「シュート決めた?
 今日でベスト4だったっけ?」
明るい声
いつも、いつも救われた
試合できつい時、その声を聞いたらふっきれて、
まだ走れると、そう思えて
俺は勝てると、信じられて
何よりが見てるから、
勝てると信じてそこにいてくれるから、だから強くなれた
こんなにも
同じ夢を追い掛けて、必死に努力して、笑いあえた奴
負けた悔しさも、勝った喜びも、分かり合えた唯一の女
好きなんだ、本当に誰より好きなんだ

「あのな・・・っ、」
声を出した
こんなに必死になったのなんか、今までにないくらい
こんなに身体が熱いのなんか、はじめてだ
あらためて こんなこと言うの、なんてなんてキツいんだろう
たった一言なのに

「俺、おまえのこと好きだ・・・っ」

息を、吐き出した
遠くで聞こえる軽快な音楽
二人の間の空気は ほんの少しも動かなかった
は言葉を返さない
目を見開いて、ただこっちを見つめてる
その目が揺れた
揺れて、それから泣くのかと思った
「言っておきたかった」
わかってる、困ってるんだってこと
には色がいて、二人はもう1年以上もつき合っている
お似合いだ、なんて
学校中で認めてる
でも、それでも言っておきたかった
言わずにこのまま友達のふりをして、終わるのは嫌だと思った
そんなのは、色の言う通り ただの意気地なしだ
逃げるなんてしたくなかった
この想いから
3年間側にいたへ、本当の想いを言っておきたかった
「言っときたかった」
本気だから、と
和馬は言い、苦笑する
こちらを見つめるの目が伏せられた
何か言いたげな唇
でも言葉は出てこなかった
ごめん、友達でいられなくて
もうすぐ卒業なのに、こんな風に想いを口にして
何もなく、本当のことを隠して 友達のふりを続けられたらよかったけど
どうしても、どうしても言いたかった
お前は友達なんかじゃなくて、誰より何より大切な女
逃げたくなかった
偽りたくなかった
わがままで、ごめん
わかってるから、肯定の言葉がもらえるなんて最初から思ってない

じゃあな、と
和馬はそう言って、会場の中へと戻っていった
取り残されて一人、はそっと息を吐く
「鈴鹿・・・・」
震える身体
ここは温かいのに、触れる空気は冷たく感じた
大好きな人
誰より想って、どんなに努力しても忘れられなかった人
私も好きだと、言いたかった
3年間、和馬ばかりを追い掛けて
和馬ばかり見てきた
どうにもならなかったこの想い
和馬の好きな人は別にいて、彼女だって別にいて
友達と言われたから この想いは行き場がないと
そういって消そうとした、もうずっとそうやってきた
なのに あんなことを言うなんて
好きだなんて、
お前が好きだなんて

「鈴鹿・・・・っ」

どうして、そんなことを言うの
友達のフリを続けて 卒業して、会わなくなって
そうして無理矢理に、記憶から消していくんだと思っていた
自分のことなんか、好きじゃないと思ってた
友達だって言葉、重くて悲しかった
だけど それが事実で 和馬には他に相手がいると思っていたのに
そう、思っていたのに

「・・・鈴鹿・・・わかんない・・・」

どうしていいのか、わからなかった
好きだと、言いたい
私も好きだと、言いたいけれど でも

泣きたい気分だった
身体が熱い
心が熱い
どうしようもなくなって、は屋敷の外へ出た
夕方から降り始めた軽い雪が、露出した肩に触れる
いつもより寒くて、室内は暖かで楽し気で、
だから外には誰もいない
静かな空間を、は一人で歩いていった
呼吸をすると、白が視界に広がっていく
痛みが、胸をさした
吸った冷気と一緒になって

ふと、
人の気配に顔を上げると、教会が目に映った
色が一人で、立っている
こんなところで何を?
こんな寒い所で、たった一人でなにを?

「こんなところで何をしているの?

思った言葉は、先に色に取られてしまった
答えられない
口をきいたら、泣いてしまいそうだと思った
優しい色
誰よりもを想ってくれる色
雪の中の彼は、綺麗だった
まるで神様の使いが、降りてきたみたい

「僕は祈ってたんだよ」
微笑して、色は言った
立ち止まったに そっと近付いて その頬に手を触れる
優しい色
触れる時も話しかける時も優しくしてくれる
側にいるよ、と
そう言ってくれた時 どんなにどんなに嬉しかったか
こんな自分でも、誰かが必要としてくれる
好きだと言ってくれる
その想いに、どんなに救われたか
本当に、色が好きだった
誰よりも好きになれたら良かったのに
和馬よりも、好きになれたら良かったのに
「こんなところにいたら風邪をひくよ、
「うん・・・でも頭・・・冷やしたくて・・・」
声が震えた
駄目だ、泣きたくない
今泣いたら、自分は卑怯だ
色の優しさに甘えているだけの、卑怯者だ
「君は相変わらず自分を大切にしないんだね
 そんな格好で、こんなに冷えきってる」
自分を虐めるのが好きなの? と
柔らかく微笑した色は、の揺れる目を見つめた
風が、色の長い髪をさらう
それを無意識に見つめた
色はなんて綺麗なんだろう
そして、自分はなんて勝手で醜いんだろう
「ごめん・・・」
どうしても、震える声
雪が肩で溶けて、消えていった
「ごめん・・・っ」
涙がこぼれる
泣きたくないのに、どうして
どうして自分は、色の前だと弱くなるんだろう
こんなにも、色が優しいから
甘えて、甘えて、傷つける
今もまた、傷つけてる
泣くなんて
「君は僕の前では泣いてばかりだね」
くす、
色が笑った
しょうがないね、と
頬に触れた指が、涙をぬぐう
彼を見上げて、その優しい目をみつめた
どうしようもない程に、切なかった
色を、誰よりも誰よりも誰よりも好きになれたら良かったのに

「僕は言ったね?
 君がもう一度笑えるまで、側にいると」

痛い程に、切ない微笑
ごめんなさい
そんな顔をさせて、
愛されて、与えられたものを何ひとつ返せなくて
もらった想いに、何一つ応えることができなくて
「君の笑っていられる場所が僕の隣なら良かったけれど
 そうじゃなくても構わない
 君が君らしく笑っていられる場所ができたなら、行っておいで、
その場所へ
その人のところへ
そこが君の居場所だから

聖夜、
パーティの終わりの時間を告げる鐘が 遠くで聞こえた
「三原・・・ごんなさい・・・」
涙は、あとからあとからこぼれて落ちる
どうして和馬じゃないとダメなのか 何度も何度も考えた
こんなに愛されてるのに、どうして色じゃダメなのか
答えなんてでなかった
ただ それでも和馬が好きだと 心が悲鳴を上げていた
それが悲しかった
わがままで、身勝手でごめんなさい
「ごめんなさい・・・」
の震える肩をそっと抱いて、色は うん、と一言答えた
冷たい雪風
得られなかったの心
こんな風に人を想う自分に驚いている
が笑ってくれるなら、心が痛いのなんかたいしたことじゃない
あの輝きを、が取り戻してくれるのなら
その日まで、側にいると言って
その時が今夜、訪れたなら
それでいい
笑って、

「君の笑った顔が描きたいと言ったね
 でも2枚とも 笑ってはいなかった
 ・・・・次は笑って、
あの輝いてる夏の太陽みたいに、笑って

「さぁ、行って・・・」

背中を押した色の言葉
優しく微笑してくれたのを見て、は駆け出した
こめんなさい、それから、ありがとう
一番辛い時に側にいてくれた人
大好きだった
たくさん救われた
同じだけ、想いを返せなくて ごめんなさい
同じ様に愛せなくて、ごめんなさい

パーティは、もう終わっていた
生徒達が帰り支度を初めている
は、まっすぐに会場のバルコニーへと駆けていった
あそこにいる気がする
和馬は、あのバルコニーにいると、そう確信がある
「・・・鈴鹿・・・・・っ」
去年のクリスマスに流れ星を見たこの場所で
二人、お祈りをした
友達でもいい、ずっと一緒にいたい
和馬の隣にいられますように

バン、と
バルコニーへ続くドアを開け放ったに、和馬は驚いて振り返った
「・・・ど、したんだよ、お前」
戸惑ったみたいな顔
ああ 和馬はやっぱり そこにいた
去年みたいに、空を見上げている
二人でした あのお祈り
和馬はなんて祈ったのか知らないけれど、覚えていてくれたんだね
そして今夜も、ここにいた
「・・・もぉパーティ、終わったぜ」
今は雲で覆われて、晴れ間なんて少しもない空
今年は流れ星はきっと見えない
でも、和馬はここにいる
「鈴鹿・・・っ」
深く呼吸して、は顔を上げた
大好きな人
誰より想ってる
こんなに、こんなに心が求めるのはあんただけ
和馬だけ

「私も・・・・・・・っ」

涙がこぼれた
止めようと思ったけど、どうしようもなかった
こんなこと、言ってもいいなんて思わなかった
ずっとずっと、消そうとしてきた想い
告げることなく、終わるんだと思っていたもの
好きだなんて、裏切りだと思っていたのに
和馬の信頼を裏切ってるなんて、悲しくなったのに
「私もあんたのこと好き・・・っ」
涙で、視界が曇った
前なんか、見えない
何も見えない
胸が、苦しい
溢れる想いに、呼吸もうまくできない

ぐい、と
腕を掴まれた
熱い手
雪で冷えた身体に、じん、と熱が伝わっていく
「夢じゃないよな・・・これ」
すぐ側で和馬の声がする
瞬きしたら、涙がすべり落ちていった
和馬の戸惑ったような顔が見える
見つめたら、まるで睨み付けるみたいな目をして言った
「嘘じゃないよな、今の」
毎日見てる顔
バスケしてるところ、授業中寝てるところ
1年の頃よりずっとずっと伸びた背
自分なんかとは比べ物にならないくらい強い腕、大きな手
掴まれた腕が痛い程
真直ぐに見つめてくる眼が、恐いほど
「今さら嘘だっつっても遅せーからなっ
 ・・・もぉ離さねぇからなっ」
不器用な言葉、大声で言った
ドクン、
心臓が跳ねる
熱が上がる
夢じゃない、夢なんかじゃない
夢ならこんなに、痛いはずない

「ちくしょ・・・っ、絶対放さねぇぞっ」
強く、強く抱き締められた
息が止まりそうな程に強い力だった
目眩がする
放さないで、放さないで側にいて
つぶやいて、背中に腕を回した
痛みの熱に、身体が浸る
遠回りした二人の距離、たくさん傷つけて、傷ついて
はようやく、和馬の腕の中
そっと、目をとじた
心はいつまでも、熱かった


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