雨  (鈴×主)


冷たい秋雨が 降り続いていた
うっとうしい天気で、気分まで滅入りそうになる
和馬はクラブの後 コーチと担任の氷室に呼ばれ職員室へと行き
進路についての話を1時間程した
インターハイでの活躍、国体選手として選ばれたこと
そして本人が、そう希望していることから アメリカ留学が本格的に決まりかけていた
コーチに助言をもらいながら決めた アメリカで通う具体的な大学名を氷室に告げ 師事するバスケットコーチについての話をした
「後は英語だな、今からでも英会話などを習うといい」
言葉の壁は思っている以上に厚い、と
最後には説教みたいになった氷室から 逃げるように職員室を出て校舎の出口へ向かって歩いていく
校舎は静まり返って、外の雨の音がわずかに聞こえてくるだけ
こんな時間には もう誰もいないか、と
和馬は一人、廊下を歩いていた

ガシャン、

その音は、突然耳に飛び込んできた
1階で、聞こえた気がした
教材か何かが倒れた音だろうか

「・・・美術室?」
階段を下りると、美術室に灯りがともっているのが見えた
開いたドアに手をかけて、そっと開ける
そこには色が、一人で立っていた

「やぁ、こんな時間まで練習かい?」
「いや、進路面談
 お前こそ、クラブなんてもぉ引退してんじゃねぇの?」
美術室には彼しかいなかった
油絵の具の匂いが漂っている室内
色がつけているエプロンにも、緑や青の絵の具がついている
なんとなく、彼が天才的な画家だと言われていても 和馬には色が絵を描いている姿なんて想像できなかった
だから少しだけ 感心に似た気持ちになる
「わけわかんねぇお前でも、そうやってマジメな顔すんだな」
絵を描く時は、と
側へ寄って、そう言った
窓が開いているらしく、雨の音は廊下で聞くより大きく聞こえる
サァサァサァ、シトシトシト
「なんか絵、描いてたのか?」
噂では自宅に大層ご立派なアトリエがあるというから、美術部に所属しているとはいっても
ここでは絵なんか描いてはいないんだと思っていたけれど
こんな時間まで こんな場所で
辺りに散乱している絵の具からして、今までここで絵を描いていたのだろう
「捨てたよ」
さらり、
色は、僅かに苦笑した
「は?」
「描いていたけれど、捨ててしまった」
そこに、あるだろう? と
言われて和馬は 側のゴミバコに視線を落とした
ゴミが全部きれいに片付けられたゴミバコに、木のボードが1つ捨てられている
「天才画家でも、失敗すんのかよ」
さっき聞いた音は、これをゴミバコに放り込む音だったのか、と
思いつつ和馬はそれを拾い上げた
オレンジ、そんな色が飛び込んでくる
夏の太陽みたいな、
それはの絵だった
きっとまだ完成していない、描きかけの
明るい色と、黒なんていうキツイ色で描かれた絵
遠くから見つめて描いたみたいな、そんな構図だった
「これ・・・か・・・」
走ってる、
でも、顔は描かれていない
のっぺらぼうで、なのに明るくて明るくて、切ない
「文化祭の時の絵だよ」
色が苦笑して、ため息を吐いた
バスケ部が出し物をやった文化祭の日
あの日、ずっと描きたかった笑顔をコートの中で見ることができた
ああ、、その笑顔だよ
切ないような、気持ちになって
それであれからずっと描いていた
心にあるへの想い
笑って、
あの夏の太陽みたいに、笑って

「気に入らなくてね」
「何で? うまいじゃん」
和馬に絵はよくわからなかったけれど、
なんとなく好きだった
この色が にとてもよく合っている
あの日、楽しそうに笑ってバスケしていたの絵
そう聞いたからか
とても、特別に感じられた
あの日、はコートでバスケして、笑ってたから

「君はどうして、に言わないのかな」

ふ、と
色が静かにつぶやいた
黙って、その横顔を見つめた和馬に視線を合わせてくる
落ち着いた眼
色は、まっすぐにこちらを見て 言った
「君はを好きなのに」

なんでお前がそういうこと言うんだ、と
それは言葉にはならなかった
黙って、色を見つめる
前もこんなことを言っていた
そして、こうやって痛そうに微笑するんだ
を手に入れてるくせに
と、つきあってるくせに
色は痛みを知る眼でこちらを見てる
「君は意気地なしだね」
「・・・なんだと?」
「君は嘘つきだね」
「・・・・・なんで、お前に、そんなこと言われなきゃなんねぇんだ」
「君は、ただ恐れてるだけだよ」
「黙れよ・・・っ」

殴りかかりたい衝動を、必死に押さえた
色はふと 窓の外に視線を移し しとしと降り続ける雨を見ている
「お前は、いいのかよ」
わけのわからない色
とつきあっているくせに、のことが好きな自分をたきつけるようなことを言う
が絶対に自分を選ぶと、そういう自信があるからか
それとも凡人にはわからない、天才ゆえの考えがあるからか
「僕はただ、本当のが描きたいだけ」
ふと、色が言った
静かな声だった
「笑ってるが描きたいだけ
 華は、咲いている時が一番美しいんだから」

美術室を出て、雨の中 足を踏み出した
冷たい雫が服を濡らす
怒りとか、悲しみとか
この胸にたぎってるものが そんな名前なのかどうかなんてわからなかった
色の眼、言葉
そして、押さえ続けたこの想い
わけがわからなくなる
全部、雨が流してくれたらいいのに
「・・・意味わかんねぇ、ちくしょう」
罵った
色をか、自分をかも わからなかった
消しても消しても、溢れる想い
友達だと誤魔化すなんてできなくて、一方的に増え続けて
バランスが取れなくなった
キスして、拒まれて、友達だとそう言われて
この想いは決して言えないと、封印したけれど
あの日、インターハイで優勝できなかった日
言うだけならと、持った少しの望みももう消えて
「ちくしょう・・・、何なんだよ」
何が、意気地なしだ
こんなに我慢してるのに
こんなに無理して友達やってるのに
「おまえとの為なんだぞ」
何が意気地なしだ
何が、嘘つきだ

「・・・・・・・・」

好きな人の名前
呼んだら心が震えた
大好きだ、何より誰より大好きだ
もうよくわからなくなってきて、恋愛なんてたくさんだと そう思うのに、思い知ったのに
「ちくしょう、なんなんだよ、わかんねぇよ」
冷たい雨が身体を冷やしていく
意気地なしで、嘘つきで
本当は自分は最低の奴かもしれない
が困るから、の迷惑になるから
だから言わないと決めたこの言葉
おまえが好きだって、言えなかった言葉

本当は、自分がこれ以上傷つきたくなかっただけかもしれない

また否定されたら
「友達だよ」なんて笑って言われたら
それが恐くて、試合に負けたあの日
に想いを伝えることができないと思った日 少しほっとしたのだろうか
本当は自分は、意気地なしで嘘つきなのか

空を仰いだ
真っ暗な闇から 線がいっぱい落ちてくる
冷たいのに、心は熱い
を好きになってから ずっと冷めないこの温度
熱い、熱いんだ、
「おまえのせいで・・・っ」
を想ってこんなにも、熱をもつ

目を閉じた
衝動が、
どうしようもない衝動が 身体の中で暴れまわっていた
傷つくのを怖がっているなんて、そんなの色の言うとおりの意気地なしだ
何より嫌う 戦う前に逃げるということだ
言って、けじめをつけよう
が誰を好きだと言っても
その想いが、色へと向いているのがわかっていても
言って、ちゃんと終わらせよう
おまえが好きだと、言葉にしよう

雨はいつまでも、降っていた
季節はそうして冬へと移る


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