傷  (鈴×主)


珪は、との待ち合わせの場所でぼんやりと考え事をしていた
あれは夏だった
駅前で写真集の撮影をしていた最中
朝から大勢で、ギャラリーもたくさんいて ちょっとうんざりしていたところ
早く終わらないだろうか、と
夏のよく晴れた空を見上げた時 聞き慣れた声が飛び込んできた
だった

「やだ、電車出ちゃったっ」

視線を移すと、ここからわずかに見える駅から電車が出ていくところで、それを見上げてが顔をしかめている
よく通る声だと思って
それから 時計に視線を落としてまた顔をしかめたに可笑しくなった
何をそんなに急いでいるんだろう
夏休みの、まだ朝の時間
見ていた珪と、辺りを見回した
ふと、視線があった
ドキ、とした

「葉月、あんた何やってんの?」
「撮影・・・」
言おうと思っていた台詞を取られ、珪は苦笑して答えた
何やってるんだ、はこっちの台詞だと思うんだけど
こんな朝っぱらから、大声出して
「どっか行くのか?」
「試合なんだけど、電車出ちゃったから途方に暮れてるところ
 次の電車40分後なんだよね・・・」
ミーン、と
すぐそばでセミが鳴き出した
「まいったな・・・タクシーで行っちゃおっかな・・・」
そわそわ、と
が落ち着かない風なのに、ふと思う
試合といったっては出れはしないから、もしかしてアレか
男子バスケ部の、インターハイ
それを見に行くのか
「タクシーでどれくらいかかる?」
「2時間半くらいかな?」
試合は11時からなの、と
言ったは もう一度時計を見た
9時になったところ
今からタクシーで行っても、間に合わないんじゃないだろうか
さっきの電車で行けたとしても、間に合わなかったんじゃないのか
「病院長引いちゃってね、
 でも試合終わるまでには間に合うから」
10分だけでも見たいんだ、と
の言葉に、珪は撮影をしてるスタッフ達を遠目にみた
朝の5時からやってる撮影
朝日の中の葉月珪とか、路地裏の葉月珪とか、
自分からしたら何が面白いのかと思うようなものを散々撮って、次のが最後
水をつかって夏空の下でやるから、と
丁度良い雲が形を作るのを待ってる
今はそんな時間だった
「送ってやるよ」
「え?」
「バイクがある、車より速いと思う」
「・・・ほんと?!!!」
珪の指さす先には、大形の黒いバイクがあった
さっきの撮影で使ったもので、メットもちゃんと二人分ある
「いいの?! 撮影終わったの?」
「いい」
きっぱりと、言った
つまらないと思っていた撮影
今抜けたら、みんな困るだろうな、とか
思ったけれど、かまわなかった
そんなものより優先させたいものがある
を前に、他のものなんか見えない

にメットをかぶせ、バイクの後ろに乗せてエンジンをかけたところでスタッフが一人飛んで来た
「悪い・・・用事できた」
「え?! 葉月くん?!」
ざわざわと、みんながこっちを見ている
妙な高揚が、身体の中を駆けていた
「ごめん」
そう言って、なかば呆然としているスタッフを残しハンドルを握る
そのまま、夏空の下
バイクは猛烈な勢いで走り去った
妙に、ドキドキした

今日の空はすっかり秋
ぽつぽつとした雲が 薄く膜をはってるみたいだ
10時5分、
駅の時計が指したところで、の姿が見えた
制服じゃない格好を見ると、いいなと思う
今日は髪も下ろしているし

「ごめん、待たせて」
「いい、5分だけだし」
本当は10分前についたから、もっと待ったけれど
「どこ行く?」
「ビリヤード」
「オッケー、葉月巧いらしいね、雑誌で読んだよ」
「・・・別に普通だ」
秋深まった今日、二人はデートに来ていた
あの夏の日、
バイクを飛ばして走ったあの日、試合終了に間に合ったは 試合が終わった後言った
「ありがとう、お礼に何かさせて」
二人が駆け付けた時には負けそうだった和馬の試合
が通路を駆け下りて、手すりから身を乗り出して叫んだら 和馬の苦しそうだった顔がぱっと晴れた
バスケの試合なんて初めてみたけど
バスケしている和馬なんて、
こんなきつそうな顔してるのか、なんて思ったけど
「気合い入れなさいよっ、勝つんでしょっ」
言葉に奴は笑った
みせつけるな、なんて
そう思った

嫉妬が、身体に渦巻いている

「じゃあ、もし鈴鹿がインターハイで負けたら、デート1回」
そう言った帰りの会場前
和馬の試合に必死になっていた
その姿に妬いた
は和馬ばかり見てる
今も、勝った試合に、満足気に笑ってる
「あいつが勝ったら、何もいらない」
に和馬しか見えてないように、珪にはしか見えない
夏の日、抜け出してきた撮影、高揚した心
といるとワクワクする
こんな風な、エスケイプみたいなことをしたのは初めてだったし
さっきから鳴りっぱなしの携帯にも、ごめんとそう思うけれど
「おまえといると楽しい、だから」
そう言ったら、は笑った
変なの、
そんなのでいいの? なんて
夏の空に向かってのびをしながら

そんなの、なんて
おまえといる時が一番、楽しいから

デート1回
それが今日、秋の晴れた日
なんだかんだで忙しくて、休日に予定が合ったのが今日だった
もう冷たくなった風が、頬を撫でていく
「叱られたでしょ、あの後」
「監視がついた」
「撮影に?」
「外の撮影の時は」
若者で賑わってるビリヤード場
キューをに渡しながら 珪は苦笑した
勝手に逃げ出した撮影
しかも女と、たくさんのギャラリーの前から
試合が終わって、をまたバイクで家まで送り届けて、
それからようやく 鳴りやまない電話に出たら、事務所のマネージャーが半泣きで喚いていた
嫌なら無理強いはしないから、
お願いだからやめるなんて言わないで
(別に嫌だから逃げたわけじゃないけど・・・)
そう言っても、取り乱した相手は聞かず
むしろ まるで冒険したみたいな気持ちになっていた珪は ほんの少し悪かったな、なんて思って
それからは真面目に撮影に出ている
そしてあれ以来 外での撮影に、スタッフの間に妙な緊張が走るようになった
逃避行は、たぶんあれきりだと思うけど、と
思って珪は苦笑した
となら、またあってもいいと 自分ではそう思う

は・・・ルール知ってるのか?」
「そこそこには」
「じゃあ勝負」
「いいよぉ、負けた方が何かおごることねっ」
「・・・おまえ、それ多いな」
台を二人で囲んで、
張り切ったに、珪は笑った
「え?! そんなに言ってる?!」
「よく言ってるの聞く」
「うわー、こないだ鈴鹿にも食い気人間とか言われたのよ」
の言葉
微笑して、少し心がチクとする
嫉妬、和馬に対して
の好きな、和馬に対して
「ハンデやる、俺 利き手と逆でやるから」
「む、なんかちょっとムカつくなぁ」
「それくらいでちょうどいいだろ」
罪のない顔で笑ってる
勝負ごとに熱くなるのも、こうして一緒にいて話がはずむのも、気持ちが楽なのも
どれも好きだ
初恋だからって、そのままの想いで好きだと言ってるんじゃない
あの恋心
忘れられなかった姫の面影
出会いから3年間 見つめ続けてより鮮やかに
という存在が心に住みついた
明るくて、元気で、さばさばしてて、いつも笑ってる
そんなのが、たまらなく好きだと思った
一途に、誰かを見てる目とか たまらなくなる

がこっちを見ればいいのに

、今の反則・・・」
「え?!! どうして?!」
1時間程二人で盛り上がって、
なんだかんだとやってるところへ、一人の男が近付いてきた
といる時間
何よりも楽しい時間
それを邪魔するそいつは、会ったことも忘れるような 珪の心には何も残さない人間
どこぞの所属のなんとかっていうモデル
にやにやと、笑いながら近付いてきた
が怪訝そうに 彼を見る
「よぅ、葉月
 こんなところでデートか?
 俺達モデルはどこにファンがいるかわからないんだから もう少し目立たないようにしろよ」
お互い売れっ子なんだからさぁ、と
言う奴は サングラスをかけている
目立たないようにって、そんな風にか
別にどこで何をしていようが、かまわないじゃないか
「・・・邪魔するな」
ため息と一緒に、吐き出した言葉
お前誰だ、と
喉元まででかかったのを 押さえ込んだ
誰でもいい
どうでもいい
せっかくのとの時間を邪魔しないてほしい
「君もさぁ、こんな無口なのといて楽しい?
 葉月のおっかけの子ってわかんないよなぁ、どこがいいのかな、こんな奴の」
にやにや、と
よほど暇なのか、台に手をかけてに一歩近付いて
奴が言ったのにむか、とした
に近付くな
に話し掛けるな
に、
「どこって、いっぱいあるよ
 少なくとも 人のデートの邪魔するあんたの100倍くらいは」
はた、と
珪と奴の、両方が同時に動きを止めた
「知ってる? 葉月は優しいんだよ、私のために何時間もバイク飛ばしてくれたよ
 無口って? あんたみたいにべらべらうるさい奴の1000倍くらい言葉に重みがあるじゃない
 授業中なんか寝てるくせにテスト100点だし、走ったって陸上部より速いんだから」
の目は、怯えてもいないしひるんでもいない
ぽかん、と
口を開けて聞いていた奴の顔に 怒りみたいな色が浮かんだ
「誰もンなこと聞いてないんだよっ」
「聞いたじゃない、どこがいいのかって
 だから答えてあげてるのよ
 それとも もういいの?
 だったら消えてよ、デートの邪魔よ」
よくもまぁ、こんなに言葉がポンポン出てくるなと思いつつ
呆れた珪の前で、奴の手がに伸びた
その肩をどん、と突き飛ばす
「きゃあっ」
咄嗟に、手を差し出した
突き飛ばされたの身体を抱きとめて、相手を睨み付ける
なんなんだ、こいつ
勝手に現れて、人のデートの邪魔して、あげく
「・・・外に出ろ」
低く、言った
怒りみたいなものが、腹の底に渦巻いている

「ちょっと、葉月・・・っ」
が慌てて追い掛けてきたが、振り返らなかった
ビリヤード場の裏の道、誰も通らない場所
突然、先に立って歩いていた奴が 振り返って殴りつけてきた
避ける、避けて右を顔面に叩き付けた
痺れるような感覚
拳がびりびりする
人なんて、殴ったことがない
よろけた奴の顔が、怒りか痛みかに歪んでいた
掴み掛かってくる両手
ジャケットにしがみつくようにして、頭突きが腹にくる
息がつまった
でも怒りのたまった腹なんか、いくら突かれたって平気だった
痛みもほとんど感じない
突き飛ばして、もう一発顔を殴りつけた
それで終わりだった
あっけなく、逃げていく
その後ろ姿を見て、ため息をはいた
呼吸はもう正常に戻っている

「葉月・・・ごめん、私が言い返したりしたから」
「平気」
ビルの壁にもたれて、空を見上げると 薄い水色がほんのわずかに見えた
喧嘩なんてもの、初めてした
人を殴ったのも初めてだった
できるものなんだな、と拳を見つめて
それからふと、笑みがこぼれた
「お前、怖がらないんだな」
「だって、むかついたんだもん
 あいつ、葉月の知り合い?
 モデルだか何だか知らないけど、嫉妬してるのよね、葉月が売れっ子だからっ」
「知らないやつだ・・・」
どこかで会ったことがあるのかもしれないし、一度か二度撮影で一緒になったのかもしれなかった
でも記憶にない
珪の心に残るのは、心配気にこちらを見上げている
幼い初恋の相手だけ
「大丈夫だった? ごめんね」
「・・・平気」
くす、
また笑った
喧嘩っ早いところとか、と和馬は似てるんだろう
あいつもよく 怪我なんか作ってる
喧嘩したんだろ、なんていう噂をよく耳にした
あんまり派手にやると出場停止を食らうからって
最近は落ち着いてるみたいだったけど
「お前は、怪我ないか?」
「ないよ、痛くもない」
ぱんぱん、と
奴につきとばされた肩をはたきながら が言った
そして笑った
「ありがとう、葉月
 怒ってくれたんだよね」

それは、こっちの台詞だと 思った
珪が悪く言われて、だから言い返した
珪は優しい、と
珪の言葉には重みがある、と
そんな風に言ってくれた人は今までいなかった
無口も、無愛想も、
もう慣れた言葉
他人には興味がなかったから、誰に何と言われようとかまわなかった
だけど、嬉しかった
が怒ってくれて
あいつに、そう言ってくれて

「俺、お前のこと本気だから・・・」
ほつり、つぶやいた
「え?」
の不思議そうな顔
見上げてくる目
こんなところじゃなくて、もっと明るいところで言おうと思っていた
薄暗い路地、見える空はほんのわずか
「お前のこと好きだ」
言葉にした想いは、次から次へと溢れてきそうだった
心に秘めていた何年もの間
育ち出したこの3年間
好きだと思った、誰よりも
だから、見ていた
が輝いているのを
笑って、いるのを

「・・・葉月・・・・・・・」
呆然としたような の顔
想像も、してなかっただろうな
良い友達
の態度はそうだった
それでも良かった
でも、言いたかった
言わずに終われば、後悔すると思っていたから
この想いの、行き場がなくなってしまうと思ったから
「私・・・葉月に好きになってもらえるような女じゃないよ・・・」
泣き出しそうな声
震えてる
うつむいて、一生懸命喋ってる
「私・・・ダメだよ・・・そんな風に想ってもらえるような・・・」
さっきとは別人だな、と
ぼんやり珪は考えていた
肯定の言葉がもらえるとは思っていなかった
でも、想いはどうしようもない
「傷つけるだけだよ・・・葉月」
和馬を好きなのであろうことは、見ていたらよくわかった
あの日、バイクで試合まで送った日
笑いあう二人を見てたら痛感した
見せつけるなよ、なんて
本気で嫉妬した

嫉妬に、心が熱い
こんな気持ちには、はじめてなった

「傷ついてもいいんだ」
ぽつり、珪は言って苦笑した
が驚いたように顔をあげる
必死に泣くまいとしていたのだろう
目に涙がたまっていた
「え・・・?」
「傷ついてもいい」
繰り返す
この想いは、そんなに軽いものじゃない
傷つきたくない、なんて
そんなに甘えては、いない
「葉月・・・?」
「そんな程度じゃない」
苦笑する
傷ついてもいい、この想いに
だけど、それでも好きだった
という存在、見ていると元気になった
この3年間、ずっと見てた
ばかり見てた
「そういう覚悟、してるから」
その言葉に、は何か言いた気だった
だが何も言えず、ただ黙って
もう一度うつむいた
ごめん、と
最後に一言、そう聞こえた

秋の風が吹き抜けていく
夏なら良かったのに
傷ついても、夏ならまだ痛みは少しマシだったかもしれない
もう一度 珪は空を見上げた
朝に見た、ぼつぼつした雲が ほんの少しだけ見えた
切なかった


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理