存在意義  (鈴×主)


夏休みに入るとすぐに、バスケ部は夏合宿を開始した
男子部はインターハイへ向けての最後の調整になるからと、
それでいつもより気合いが入っていた
期間も、いつもより長く取ってある

、まかせちゃっていいの?」
「いいよー」

は、合宿中も いつものクラブと同じく部員と一緒に練習に出て できる限りのことをやっていた
動けるところは動く
試合形式の練習に入ったら、外で部員の動きをチェックしたり、指示を出したりする
それから、後輩達のシュートフォームなんかを指導する
「ごめんね、も疲れてるのに」
「みんなよりは元気よ」
ハードな夏合宿では 1日が終わると、全員がバテる
そんな中、全ての練習には参加しないは、今回の合宿の全ての食事当番を引き受けていた
みんなより1時間早く練習を上がって、もう3度目お世話になる寺の 食堂の台所に立った
スポーツトレーナーになりたいにとって、選手の食事は重要なもの
1年の時はほとんど料理なんてできなかったけれど
いつからか、食事の栄養やバランスを考えて摂るようになり
そのうちに、自分で作るようになった
今では頭の中に、色んなレパートリーが浮かんでくる

「うまいなぁ、
「一人でこんなに大変だったでしょ?」
「片付けは手伝うから」
「ごめんね、やらせちゃって」
口々に言いながら、部員達はの作った晩ごはんをたいらげた
「いいよ、片付けはマネージャーに手伝ってもらうから
 みんなはお風呂に入って 早めに寝なさい」
まるでお母さんになった気分だと思いつつ そう言ってクタクタに疲れている部員達を食堂から追い出す
ちゃんって・・・本当に頼りになるね」
残って片付けながら、珠美がちょっと寂しそうに言った
「そうでもないよ、たまねぎで涙止まらなかったしね」
「皆がちゃんのこと好きなの、わかる気がする」
「え?」
「だって私も、大好きだもん」
にこり、
笑った珠美を驚いたように見つめて はちょっと頬を染めた
「照れること言わないでよ、マネージャー」
苦笑して、珠美の運んできた皿を洗う
ざーざーと、水音が もう静かになった食堂に響いた
食堂には今 と珠美の二人しかいない
テーブルを一つ一つ拭いて回りながら 珠美はさっきまで和馬が座っていた席を見遣った
「あいつ料理上手くなったよなぁ」
そんなことを言いながら、おいしそうにの作ったものを食べていたっけ
のために勝つんだと言っていた和馬の言葉は、今も珠美の心に強く強く残っている
あの言葉、和馬の態度
平気なわけなかったけれど、それでも ああ、相手がちゃんなら仕方ないや、と
何故かそう思ってしまった
の為にバスケをして、の為に勝つんだと
その言葉は こう聞こえた
「俺は、が好きなんだ」と

全部の食器が片付いて、食堂の掃除が終わったのは30分後だった
「おつかれ様、マネージャー」
「ううん、ちゃんこそ」
濡れた手をタオルで拭いて、笑ったに珠美もにこ、と笑いかけた
女子部で誰よりも頑張ってるのことは、1年の頃からずっと見ていた
自分は男子部のマネージャーだったから の面倒は見てあげられなかったけれど
それでもがタオルを忘れてきた日に 予備のを渡してあげて喜んで貰えたり
やって当然だと思ってた部室の掃除なんかを「偉いなぁ」なんて言ってもらえたりしたら嬉しかった
ハキハキしてて、バスケが上手くて
憧れの人だった
だから、和馬がのことを好きなのもしょうがないと思った
誰だって、を好きになる
自分もこんなに好きなんだから
ちゃん、あのね・・・」
ぽつり、
その横顔に向かって言った
「あのね、私、鈴鹿くんに ふられちゃったんだ」
え? と
が驚いたようにこっちを見たのに 珠美は一生懸命笑ってみせた
大好きな和馬
そして、大好きな
きっと二人とも両思いなのに、どうしてすれ違っているんだろう
「私、前に ちゃんに聞いたよね?
 鈴鹿くんのこと、好きじゃないよねって・・・」
卑怯だった自分
が和馬を想っているのかどうか、確かめたかった
とても仲がいい二人
気が合って、お互いのバスケを認めていて、
同じ性別だったなら きっと大親友になっていたであろう二人
「ごめんなさい、私・・・卑怯だったの」
が和馬を好きであろうことは なんとなくわかっていた
珠美も和馬が好きだったから
の目は、そういう目だった
切なくて、悲しくて、だけど想いを捨てられない目
「あんなこと聞いてごめんなさい・・・」

ちゃんは、鈴鹿くんのこと好きじゃないよね?

そんな風に聞かれて、好きです なんて答えられないだろうと
心のどこかでわかっていた
わかっていて そう言った
あの時、に和馬が好きだなんて言ってほしくなかった
が相手なんて、自分では絶対に叶わないから
には、叶わないから

「どうして謝るの?」
「私はふられちゃったけど、ちゃんならきっと大丈夫よ」
珠美の目には涙が浮かんでいた
一生懸命笑おうとしている、それが分かる
ちょっと切なくなった
前も思ったっけ
好きな人を好きだといえる素直さ、それがうらやましいって
今も、ふとそう思う
「伝える前に諦めるなんて悲しいこと、やめてね?
 ちゃんなら、大丈夫だから」
二人は友達だと、の口から聞いた時に 心が痛んだ
和馬を取らないで
好きだなんて言って、奪っていかないで
そう思うあまり、ちゃんが好きなのは三原くんだよね、なんて
狡いことを言ってごめんなさい

「私、鈴鹿くんもちゃんも好きなの
 ・・・だから、言いたかったの」
ごめんね、と
珠美は言って 最後に笑った
には、何も言うことができなかった

そんな風に言ってもらえても、自分にはどうすることもできない

夜、お風呂から上がって部屋へ戻る途中の廊下に 和馬がいるのを見つけた
1年の時も2年の時も
そういえばここで二人で涼んだっけ
「あんた まだ起きてるの?」
「部屋暑くてさー」
寝にくいんだよな、と
和馬は夜の風に気持ちよさそうな顔をした
「12時には寝なさいっていう私の生活スケジュール実行してる?」
「してるしてる」
超健全な生活だよ、と
和馬は笑った
手許の時計は11時50分
あと10分で 寝る時間だ
「よし、ちょっとだけマッサージしてあげる」
「え?」
にこ、と
言っては和馬の後ろに回り込んだ
パジャマにしているTシャツ
その上から 肩と背中をぐいぐい押した
「お・・・っ、きもちーなっ」
「でしょ、疲れ取れるよ〜」
ぐいぐい、ぐりっ
「いてっ」
「あれ? 痛い?
 ツボ間違えたかな? ここ?」
ぐりりっ
「いてーってばっ」
「ちょっと根性がなさすぎるんじゃない?」
「いやほんとに痛てぇよっ」
「おかしいなぁ」
ぐりぐりり
夜中に二人で大騒ぎ
「おまえ そのツボとかいうの合ってんのかよ」
「合ってるよー、研究してるんだから」
「い・・・っ、そのわりにはイテぇんだってば」
「痛いものなのかもよ?」
「そうかぁ? ほんとにそうか?」
くすくすくす、
しまいには可笑しくなって、はいつのまにか床にうつぶせに押さえ付けていた和馬から手を離した
「うー、マッサージってハードだなぁ」
「もぉちょっと研究が必要よね、これは」
「・・・研究終わってからやってくれよ」
起き上がり、首や腕をまわしながら和馬も笑った
ここの夜は涼しくて、昼の暑さをしばし忘れさせる
気持ちいい風が吹いていく
「俺 ここで寝よっかなぁ」
「だめ、風邪ひくよ」
「だって暑いんだってば、部屋」
ヤローばっかり30人も大部屋に詰め込まれて、と
言った和馬にが笑った
「いい思い出になるじゃない、合宿も今年が最後なんだから」

が空を見上げるから、つられて和馬も空を見た
今日は星が綺麗に見えてる
ふと、隣でが息を吐いた
ため息みたいに聞こえたから その横顔を見つめた
は空を見上げたまま しばらくして僅かに笑う
「インターハイ、頑張ってね」
あんたが勝つとこ見たい、と
その言葉に心が熱くなった
「優勝するって言っただろ」
「うん」
がようやくこっちを見る
目が、ゆらゆら揺れてる気がした
「私、何もできないけど 見てるから」
あんたのプレー、あんたのバスケ
それで和馬が少しだけ笑う
「何もできないわけあるかよ
 後輩指導して、レギュラーに動きの指示だして、全員の飯作って、俺のマッサージして」
誰よりも働いてんじゃん、と
和馬の言葉に はちょっと目を見開いた
「そんなの・・・」
「おまえにだからできることだろ
 そういうの、存在意義って言うらしいぜ」
今日コーチが言ってた、と
和馬は笑った
の目は、やっぱり揺れている気がする
「おまえには存在意義がある、俺にとって」
難しい言葉、存在意義なんて
使い方はこれで合っているんだろうか、と
そんなことを考えながら 和馬はに向かって笑った
「おまえが作った飯 うまかった
 おまえの応援は効くし、罵声もすんげぇグサってくるぜ
 さっきのマッサージも、色んな意味できいた」
言ってて、ちょっと照れくさくなってきた
だから、照れ隠しにまた空を見上げて それから深呼吸して言った
いつか言おうと思っていた
感謝してる
だから、言葉にしたかった

「おまえがいて、よかったよ、俺」

自分にとって は側にいてほしい人
だから自分もにとっての それになれればといつも思う
存在意義のある男になって、にもらったものを少しでも返せればと
そう思う
こんな体力のギリギリまでバスケをやってる時だから余計
インターハイなんていう大舞台を控えているから余計に、そう感じる
がいて良かった
そして
にとっての、そういう存在に自分もなりたいと

「私も、同じだよ」
ぽつり、
12時だからと和馬を部屋に追い返してから、は一人そうつぶやいた
大好きな和馬
バスケを、インターハイを諦めた自分に言ってくれた 涙が出るほど嬉しかった言葉
「俺が連れてってやる」
インターハイに、
二人の夢だった、その場所に
どれだけ心が救われたか
覚悟していたけれど、やっぱり辛くて泣いたあの日、あの病院で
抱きしめてくれた腕が、どれだけ心強かったか
どうしようもなく悲しかった
どうして私だけ、と
世界を恨んでしまいたくなったあの時、和馬が言ってくれたから
お前の夢は俺が叶える、と
まだ終わりじゃない、と
それで心が救われた
人を恨んで罵る、醜い自分にならなくてすんだ
「あんたがいて良かったなんて・・・」
何十回思っただろう
たくさん救われた
悲しみから、孤独から、絶望から、その他のいろんないろんな辛いことから
「私もよ、鈴鹿・・・」
そっとつぶやいた
本人の前では とても言えない
言ったら泣いてしまいそうだったから
「鈴鹿・・・」
立てた膝の上に顔をうずめて、は静かに息を吐いた
胸にあるこの想い
和馬への想いがまた熱くなる
じんじんと、いつかこの身を全部全部 焦がしてしまうかもしれない


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