華陰る  (鈴×主)


梅雨に入りはじめた頃、色はもう一度を描いた
練習が終わってからも自主練をする今までの生活とは違うから、と
今度はゆっくりと時間をかけて、色はの肌を写し取っていく
「夏まで待てなかった」
そう言った色は、油絵の具のしみ込んだパレットを片手に微笑する
綺麗な
一糸纏わぬ姿になったを見たら はっとする
身体の中に太陽でも飼ってるんじゃないかと思うほど、美しい
「怪我はもう、いいのかな?」
「平気よ、2.3時間立ってるくらい」
「そう」
疲れたら言って、と
色の言葉に が笑ってうなずいた
アトリエには、二人しかいない

ぽつぽつ、と
窓の外に雨が降り始めたのは 描きはじめて2時間程たった頃だった
ふと、憂いに支配されていた意識を取り戻して、窓の外に目をやった
この部屋は空調がきいているから 外の湿度は感じない
の身体に飾られた華が、心地よい香りを漂わせている
それだけ

・・・」
呼んでみた
が僅かに顔を上げる
「ん?」
応えた目、笑顔
いつも、色に向けられるの表情

(また、幻想なのかな、)

ふ、と
浅く息を吐いた
を描きたいと言ったのは、が元の輝きを取り戻したと思ったから
恋愛の痛みに溺れていた
泣いていた
普段の笑顔は偽りだと、知った去年の春の絵
あれを見るたびに思っていた
笑ってる君を描きたい
笑って、

あれから1年が経って、は和馬を忘れようと努力して
色はの側に居続けた
君の傷が癒えるまで
君が笑える日がくるまで
そう言って、また描かせてと約束した
だけどまた、こうしてを描いてみて 愕然とする
ああ、
悲しい影が、いっそう濃くなっている
そんな風に笑ってても、心は陰る一方だなんて

3時間ぴったりで、色は筆を置いた
「また、明日」
「うん」
送ると言ったけれど、はリハビリをかねて歩いて帰ると言って笑い
色はそれ以上はを追わなかった
白いキャンパスに描かれたの身体
まだぼんやりと、形にもなっていないもの
それを前にため息を吐く
君はまだ、彼が好きなんだね、と

それから2週間かけて、色は絵を完成させた
有名な画廊がぜひ展示させてくれと言うから、できたてのそれを渡してやる
そうして僅かに苦笑した
このままでは、華が枯れてしまう
それが、手にとるようにわかる

1週間後、色の絵は 市内の展示場に飾られた
たくさんの人が見に来て、たくさんの人が感嘆のため息を漏らす中 一人絵の前に立ち尽くして動かない男がいた
およそ、こんな場所にはそぐわない
ジャージにスニーカー、肩には大きなバックを担いだ
「・・・来ると思ってたよ」
「三原・・・っ」
展示会の最後の日、
外では雨が降っていた
「そりゃあ 天才画家様々から招待状なんてもん もらえばな」
ぴらり、
和馬が顔をしかめて 左手に持った紙をひらひらさせると 色は微笑して一つうなずいた
「君に、見てほしかったからね」
壁にかけられた2枚の絵
「華」と「華陰る」
どちらも、の絵
裸体に華を飾って、こちらを見ている
「・・・なんだよ、の裸の絵見せて 何が言いたいんだよ」
和馬は、さっきまで見ていた絵に もう一度視線を戻した
色から展示会の招待状が届いた時は、何の嫌がらせかと思ったが
丁度最終日の今日、近くで合同練習があったから 帰りにふと寄ってみた
スーツの人間ばかりがうろうろしてる、まったくジャージの高校生なんか場違いなところだったけれど
色の絵はすぐに見つかった
一番奥に、いかにもメインですってな感じで置いてあって
そこから戻ってくる人間が、みんなして色を誉めたたえていたから
「自慢でもしたいのかよ、俺達はもぉヤリマシタって?」
イラ、として
和馬は吐き出すようにそう言った
見た時に、息が止まるかと思った
の絵、それは想像ついていた
だけどまさかヌードだなんて
その裸体を、こんな風に描いていたなんて
「君はあいかわらず失礼だね」
くす、
僅かに色が苦笑して、
それに和馬はあからさまに嫌な顔をした
「おまえも相当だけどな」
言い返してやる
イライラする
見せつけてるのか
は自分のものだって
こんな風に裸にして、飾って、描いて、それから、それから
「画家はモデルに手を触れたりはしない
 君は僕だけでなく、をも侮辱しているよ」
カチン、
色の言葉は頭にきた
それでも、殴りつけたい衝動を必死で押さえ込む
と色は恋人同士で、
だから 二人がやってたって、やってなくたって和馬には関係のないこと
何も言える立場にはない
「だから、何なんだよ
 どーでもいいんだよ、お前らのことなんか」
また、吐き捨てるように言った
画家はモデルに手を触れない?
だから何なんだ
それでもが色のものだってことに、何も変わりはないのに
「君は、どうしてに言わないのかな」
ふと、色の声のトーンが変わった
見遣ると、彼は苦笑して自分の描いた絵を見上げている
「何をだよ」
バカらしい
言ってることの意味がわからない
色の意図がわからない
「君が彼女を好きだということをだよ」
だから、その言葉に一瞬息を止めて
それから、ゆっくりと吐き出した
だから何だっていうんだ
こんな風に、は自分のものだと誇示しておきながら
「お前とは会話になんねぇよ」
胸がむかむかする
腹の底で 何かがぐるぐる渦まいてる
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
華で飾られたの身体
初めてみる
透き通ってるみたいで綺麗だ
こんなに飾らなくても、そのままで充分きれいだろうに
こんな寂しそうな顔じゃなくて、もっと笑ってる顔を描けばいいのに
「君は、素直じゃないね」
「喧嘩、売ってんだな」
睨み付けた
色は、悲しそうに微笑しただけだった
いらいらする
何だっていうんだ
和馬が色を気に入らないように、色もまた和馬が気に入らないのか
だから、こんな風に挑発めいたことを言うのか
「君はこの絵をどう思う?」
相変わらず、静かに色はいい
吐き捨てるように 和馬は言った
はこんな顔してねぇ
 もっと笑ってる、もっとキラキラした目ぇしてる」
気に入らない
「華」のは真直ぐにこちらを向いて寂しそうに
「華陰る」のは、その寂しささえも陰って闇に落ちていきそうな痛みをたたえて
身体を飾った華の色は美しいのに
どうして、笑った顔を描いてやらないんだ
あの明るい目、輝き
それこそが、の魅力だっていうのに
「君にしか、見られない顔だよ」
それは、と
色が笑った
今までで見るなかで、一番優し気な顔だと ふと感じた
「は・・・?」
「あの輝きをとり戻せるのは君しかいないのにね」
「何のことだよ・・・」
意味は、わからなかった
色は多くを語らないし
天才画家様々の言葉の意味なんか、バスケバカにはわからない
そう思った
ただ、妙に心が重かった

展示場を出ると まだ雨が降っていた
大きくため息を吐いて傘を広げる
ぼつぼつ、と
響く音を聞きながら歩いた
色の描いたの絵
透き通る肌、見たことのない身体
あれを前に、平常心でいられるなんて
好きな女の裸を前に、平然と絵なんか描いていられるなんて
(わかんねぇよ)
色のことなんか
そんな、奴のことなんか
「俺なら我慢なんかできねぇな」
ふと、つぶやいた
色の手はまだに触れていない
その事実がなんとなく、むずがゆい胸騒ぎみたいに胸に残る
自分なら、両手を伸ばして抱きしめるだろう
あんな風なが、目の前に立っていたら

雨の音を聞きながら、色は2枚の絵を見ていた
守りたかった華は、陰っていく
側にいて、癒してあげたかった
あの輝く夏の太陽みたいな笑顔が、戻ったかと思っていたのに
やはりは仮面のまま
目には一層の、影をたたえて
・・・君を好きだよ」
だから、どうか笑って
癒せるのは、和馬だけ
それならそれで構わないから
だからどうか、太陽を取り戻して

色は目を閉じた
いつか君の笑顔を取り戻せたら、そう言って
想いを寄せた
愛を贈った
それでもまだ、雨は止まない


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理