タマゴ  (鈴×主)


和馬は今、ほとんどの時間をバスケに費やしていた
6月にはインターハイ予選がまっている
これに勝って、絶対にインターハイへ行く
そのことだけを考えていた
そのことしか、頭になかった
それで、ある日ぶっ倒れた
保険医が言うには、疲労がたまっているとかいないとか

「鈴鹿くん・・・」
保健室で目が覚めた時、丁度夕方の光が差し込んでくる時間だった
「あれ・・・? どこだここ」
「保健室だよ、鈴鹿くん倒れたんだよ」
「・・・あー、当たったんだ、ディフェンスと」
紅白戦の最中だったと思い出して、それで苦笑する
当たったくらいで倒れて保健室に運び込まれるとは
それで2時間くらい、寝ていたってことか
そんなにヤワだったか? と苦笑して 練習の残り時間を気にした
今日は攻めのフォーメーションを見直そうって言ってたのに
「やりすぎは身体に毒だって、先生言ってたよ
 鈴鹿くん、最近ほんとうに恐いくらいバスケばかりだから・・・」
疲れが身体にたまっていってるんだと、心配気に言う珠美に 和馬は僅かに苦笑した
疲れなんか寝れば取れる
それよりも時間がない
あと数週間
それで、本番がやってくる
「ねぇ、もう少し力を抜いて・・・?」
「手ぇ、抜く気ねぇよ」
大きく伸びをして、ベッドから下りた
当たった場所は肩だったから 痛みもほとんどない
腕を回して、違和感がないのを確かめて和馬はもう一度伸びをした
今から体育館に戻って いつもの時間まで練習して
それから帰って走り込みをして、それから、それから
「ねぇ・・・、お願い鈴鹿くん・・・っ」
考えていた和馬の腕に、珠美がすがりついて来た
驚いて見遣ると、肩が震えて俯いている
なんだよ、と
言う前に珠美が口を開いた
頼り無い声だったが、それでも無人の保健室には響いていた
「お願い・・・無茶しないで・・・」
心配なの、と
泣いているようだった
「心配なんかしていらねぇよ、別に
 どってことねぇし、俺は勝たなきゃなんねぇんだから」
どうして珠美が泣くのだと 少し不愉快になった
こうしている間にも、貴重な時間が過ぎていく
「だって・・・っ、私・・・っ」
そもそも、珠美は自分一人のマネージャーではないのだ
チームのマネージャーなんだから、どうして自分一人が倒れたからって ここでつきっきりになっているんだ
その間、チームの面倒は誰が見るんだ
自分一人とチーム30人以上
考えたら、マネージャーとしてすべきことはわかるだろうに
「だって私っ、鈴鹿くんが好きなんだもん・・・っ」
泣きながら、珠美はそう言った
相変わらず俯いたまま、ぎゅっと和馬の腕のところの服を握っている
見下ろして、浅く息を吐いた
珠美が自分を好きだと思っていてくれていることは知っていた
そんな話をしているのを聞いたことがあるし、バレンタインにも気合いの入ったチョコをもらった
それでも、和馬にはほんの少しも恋心なんか涌かなくて
ただ、クラブのマネージャーとしてしか見ることはできなかった
こんな風に泣きながら言われたって困るだけで
愛しさなんてものは、うまれない
「俺、バスケのことしか考えたくねえから」
そう言った
そうしたら、珠美は顔を上げてこちらを見つめた
涙が大きな目で揺れている
「いいの、私、鈴鹿くんがバスケしてるのを見るのが好きなの・・・
 バスケしてる鈴鹿くんが好きなの・・・だから・・・っ」
いいの、と
普段なら考えられないくらい必死の顔で そう言われて
和馬は今度は深く息を吐いた
バスケしてる自分が好きだって、
言われて嬉しくないわけがない
だけど、違うんだ
そのバスケは、のためにしてるんだから
「俺は、俺との夢のためにバスケやってる
 のために勝ちたい、を、インターハイ連れてってやるって約束した
 だから、おまえがそう言ってくれても俺にはどうしようもない」
の名前を出したら、珠美はぼろぼろと涙をこぼした
ちゃんのこと・・・好きなの?」
答えられない質問
言ってはいけない言葉
同じ夢を持っていて、それでも諦めるしかなかったの為に勝つんだと
それでは理由にならないのだろうか
が好きだから、のために
想いは、そんなに簡単なものじゃないのに
「好きとか、そんなんじゃねーよ
 でも、俺はのために勝つ」
きっぱりと言い切って、和馬は少し目をふせた
今はただ、好きとかそんな感情に振り回されていたくない
ただ勝利だけ
無心に、それだけを目指している

だから珠美の想いにも、応えられない

「ごめんな」
そう言って、立ち上がった
手を、いつまでも放さないから、そっと自分ではずさせた
珠美は顔を上げない
まだ泣いているようだった
でも和馬には、どうすることもできはしない

体育館に戻ると、クラブは終わるところだった
帰り出す部員、残って練習する部員
レギュラーは、和馬と同じよう 毎日8時頃まで練習を続けていたから その輪の中に入った
気分は、バッシュをはくと 一瞬で入れ代わった

勝つことしか、考えたくない

2年の終わりまでは、最後まで体育館に残ってるのはだった
二人でよく一緒に帰った
体育館の戸締まりをして、並んで校門を出る
次の試合のこととか、うまくできるようになったシュートのこととか
そんなことを話しながら帰った
本当についこの間まで そうだったのに
「相変わらず、頑張ってるねぇ」
「うわ・・・っ、・・・?」
部室から出て、校門に向かうまでの道
そこの花壇のところにがいた
もう杖がなくても歩けるんだと、言ってたのはいつだったっけ
クラブの後はすぐに帰るから
今日も帰ったんだと思っていたけど
「やー、頑丈なあんたが倒れたって聞いたから」
「どこも悪くなってないけどな」
「疲れタメすぎてんでしょ?
 そんなんじゃ大会までにバテるよ〜」
一緒に歩き出したの歩調に合わせて、少しだけゆっくり歩いた
珠美が言ったようなことをも言ってるのに
全然違う風に聞こえるのはどうしてだろう
無理しすぎは毒だよ、
ちょっとは考えてやりなさいよね
「・・・というわけで、私があんたの生活メニューを作ってみました」
「何だよ、それ」
ぴらり、
制服のポケットから が紙を取り出した
ノートを破ったものらしい
中には 何時起床、何時ランニング
風呂の時間から食事の時間まで書いてあった
「これやれってか?」
「これで疲れもバッチリ解消ね」
ついでにこれは 理想メニューと、食事のリストまで渡される
「これは・・・親次第だな」
「まぁ、普通にごはん食べてればいいのよ
 あんたのお母さんだって栄養考えてくれてるだろうし」
「・・・夜食は」
「制限させていただきます」
紙をあれこれ説明しながら、は笑っていた
楽しそうだと その横顔を見て思う
「これ風呂20分って書いてあんぞ」
「それくらい入ってなさいよ
 よく足とかマッサージするのよ」
「・・・うへぇ、面倒くせぇ」
「やるのっ」
なんでこいつ、こんな栄養とかに詳しいんだと
思いつつ 和馬はもらった紙を制服のポケットに突っ込んだ
「努力する」
「うむ、よろしい」
またが笑った
の言葉は、和馬の意志を後押ししている
心配だから、やめて、ではなく
やるんなら、もっとこうしろと
否定ではなく肯定で、話をする
だからだろうか
同じようなことを言うのに、の言葉は心にスッと入ってくる

その日、いつもなら2時くらいまでビデオでプレイの研究をしていたりするのを の指示通り12時にはベッドに入った
目を閉じて、自分のプレイを思い浮かべる
チームメイトの動き、自分の位置
そして、シュートの瞬間
(・・・あそこでカバーに行けたら点入るんだよな・・・)
思っている間に、和馬は眠りに落ちていった
風呂でなんとか15分頑張った後、まだ温かいままの身体で
いつもより2時間多い睡眠が、身体の疲れを和らげていく
インターハイ予選へ向けて、調整は順調だった
和馬には、というトレーナーのタマゴがついている


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