夢+夢  (鈴×主)


本日は進路指導の日
1週間程前に配られた紙を鞄から取り出して、和馬は大きくのびをした
3年のクラス
まどかがいて、珠美がいて、葉月がいて、がいる
掲示板にはり出されたクラス分けに よっしゃ、と
思わずガッツポーズを作ったのは1ヶ月前のこと
当然のように、は同じ教室にいる
窓際の、一番後ろ

「あんた今日なの? 進路指導」
「おう」

放課後のチャイムが鳴り響いている
は、最後の試合から1週間学校を休んで
今はこうして、ステンレスの細い杖をついて登校している
クラブにも毎日出て、動けないながらも後輩に動きの指示を出したり
個人別に指導をしたりしている
春の大会
女子はあの後、決勝戦で負けて準優勝
男子は、はじめての優勝を手に入れていた
二人は今も、バスケの話ばかりしている

「鈴鹿くん、クラブは・・・?」
「終わったら行く」
「わかった、コーチに言っておくね」
にこ、と
笑って珠美が前の方の席から立ち上がった
それを見送って、和馬はの席へと歩いていく
今までなら、チャイムが鳴るとまっ先にクラブへ出ていたが、今は落ち着いて教室で携帯なんかいじってる

「お前はいつだよ?」
「私も今日だよ、4時半から」
「それまでクラブ出るのか?」
「ううん、どっかで時間つぶしてる」
今までクラブばかりだった気持ちと身体のリズムを、変えていこうとしているんだと、はそう言っていた
練習後は、30分ほど体育館に残ることはあっても、それ以上はいなかった
少しずつ、少しずつ、バスケをしていた時間 別のことをやるようにしているようで、みんなが心配気に その様子を見守っていた
動き足りなくて気持ち悪いんだよね、なんて言ってたっけ
1週間前までは 何だか調子も悪そうだったけれど
「焦っても足掻いても、どうにもならないから、落ち着こうと思って
 落ち着いて、新しいペース見つけなきゃ」
パチン、携帯を閉じる音が響く
は、進路に何て書いたんだろう
大学へ行ってバスケ
その後は、企業でバスケ
そんな風に もバスケの道を進んでいくんだろうと思っていたけれど
「鈴鹿は相変わらず?」
「おう、アメリカでバスケ」
手から奪われた紙を見て、がくすと笑った
「あんた、汚い字ね」
「字で将来は決まんねーんだよ」
「でも氷室先生は字が汚いと嫌な顔するよ」
「・・・まじかよ、神経質な奴」
がたん、と
の前の席の椅子を引っぱり出して、背もたれの方を向いて座った
の机で 進路用紙を広げけしごむをかける
覗き込んで、が笑った
「アメリカかぁ、だったら英語必須よね」
あんた何点だったっけ、と
側でするその声が心地よくてたまらなかった
こんな距離、違うクラスだったらありえない

結局、の進路は聞けなかった
聞いてはいけない気がしていた
インターハイを諦めなければならなかったように
あの怪我で、は色んなものを諦めただろう
夢も進路もその中の一つ
そんな気がした
だから、聞けなかった
自分はバスケが続けられるけど、にその道は断たれたのだから

3時からはじまった進路指導は、予想通りに進んだ
アメリカ? と渋い顔をされ
それにしては英語の成績が、とズハリなことを容赦なく指摘され
だが、バスケ部での功績は誉められた
「優勝したそうだな」
「インターハイでも優勝するぜ」
不敵に言い放つ
絶対、勝ち残ってみせる
もう負けない
全ての勝利を、に捧げると決めた
「じゃあ、俺 クラブ出るんで」
「・・・わかった、成績はもう少し上げるよう努力するように」
卒業できなかったらアメリカも何もあったものではない、と
その言葉に 和馬は笑って手を上げた
「リョーカイ、先生」

は、自分の時間が来るまで 春の温かい気温の中 てくてくと校舎の周りを歩いていた
怪我をしてるからって、じっとしているのは性に合わず
少しでも動いていたい、と
暇さえあれば散歩する
そんな風になっていた
ゆっくりと、杖をつかって歩いて、色んなことを考える
怪我のこと
諦めたバスケのこと
それから、夢のこと
「鈴鹿はアメリカかぁ」
くす、と
あの何度書き直しても汚い字になってしまう進路指導の紙を思い出した
いつも奴は言ってたっけ
将来はアメリカでバスケをやる
プロになって、一生ボールに触れていたい
「叶うよ、鈴鹿 あんたなら」
誰よりも努力して、誰よりも強い意志で
毎日毎日練習しているから
強く強く、と貪欲に 常に高みを目指しているから
「・・・私も、頑張らないとな」
つぶやいて、晴れた空を見上げてみた
葉桜が、風にゆれている
切なさのような、痛みはなかった
バスケ一直線の夢なんて、中学の時に消えてしまった
あの頃からインターハイだけを目指してやってきたけれど、それも潰えて
今は杖がなければ歩くのだって辛いけれど
それでも夢は、心にある
こうなることがわかってて、だからこそ持てた夢
もう二度と全力でプレイできなくても、バスケにずっと関わっていたい
漠然と、そう心にあったから、選んだ道だとそう思う
「私と鈴鹿の夢、かないますように」
教会の 閉ざされたドアに向かってそうお祈りした
ぱんぱん、手をたたく
まるで神社みたいと思いつつ、目を閉じた
和馬の顔が思い浮かんだ
大好きだと、思った

「すまない勉強不足で・・・これは、こういう専門学校があるのか」
「あります」
4時からの、の進路面談は 時間ぴったりにはじまった
の提出した紙を見て 氷室は2度まばたきし、それからの顔を見た
「そうか、」
そして、言葉を切る
氷室には馴染みのない、単語が書かれている
少し息を吐いて、わずかに微笑した
「君は、強いんだな」

スポーツトレーナーになりたい、と
は言った
スポーツトレーナー? なんだそれは
そういうのになるための学校なんかがあるんだろうか
「ちゃんとありますよ、2年通うんです」
が笑った
「触診法、神経学、栄養学、スポーツテーピング、ストレッチング理論・・・
 まだまだいっぱいカリキュラムがあって、人体解剖実習まであるんですよ」
「・・・うっ」
そ、そうか、と
氷室は 資料がまだ届かなくて持って来られませんでしたと
言うに曖昧に微笑した
「楽しそうでしょう?
 私、本で少しは勉強してたけど やっぱり学校で専門的にやってプロになりたいって思ってるんです」
そうしたら、いつまでも現場に居続けられる
怪我や故障で悩む選手に何かしてあげられる
和馬のような怪我知らずの選手が故障したりするのを、未然に防げるかもしれない
「私、ずっとバスケに関わっていたい」
たとえ自分では走れなくても
もう全力で戦うことができなくても
「もぅずっと前から決めてたんです
 いつか、バスケできなくなるのわかってたから」
「・・・怪我は、どうなんだ?」
「あと少しで杖もいらない感じです
 前にやったとこ再発しただけだから、早く治すために杖使ってるけど」
平気です、と
は笑った
氷室は、黙ってうなずいた

「君の希望進路はわかった
 私もその学校について調べておこう
 成績が落ちないよう、いや上がれば申し分ないのだが・・・、努力は続けるように」
「リョーカイです、先生」
にこっと笑って、は言った
ふと、同じようなことを言って出て行った和馬の顔を思い出す
それで 氷室は一人笑みをこぼした
夢+夢
和馬みたいな選手にというトレーナーがつけば、その力は増々大きくなるんじゃないか
その様子が、なんとなく想像できて微笑ましかった
そういえば、二人はとても仲がいいようだし

が体育館に顔を出すと、ちょうど和馬が休憩を取っているところだった
「よぉ、終わったのか」
「終わったよ」
バッチリ、と
が笑うから、俺もと和馬は言ってやった
の顔が明るいから、ほっとする
の夢は、氷室に否定されなかったということだろう
が笑っているなら、その夢がどんなものかなんて気にすることじゃない
二人の夢だったインターハイは自分が叶える
それはもう、決めていることだから
(あと1年か・・・)
ちら、と
その横顔を盗み見て 和馬は僅かに息を吐いた
あと1年
それでとの時間が終わる
ますますつのるこの想いは、その後どうなるのだろうと
ほんの少し考えた
答えなど、出るはずもなかったけれど


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