バレンタイン・ディ  (鈴×主)


冬の一大イベントがやってきた
乙女も青少年も心踊らせる バレンタイン・ディである

「やっぱ本命からもらうチョコは格別やなぁ」
休み時間、そう言って満足気に席に戻ってきたまどかの言葉に 和馬は はぁ?と顔を上げた
只今昼休み
5限目の数学で当たる問題を、必死に写しているところ
「何が?」
「何がってチョコに決まってるやん
 今年は本命から本気チョコゲットやで」
「・・・あっ」
怪訝そうな顔で言ったまどかの言葉
それで和馬は、黒板にチョークで書かれた日付けを見た
2月14日
今まで、気づかなかったけれど 今日はあの日だ、バレンタイン・ディ
「まさかお前、気付かんかったとか・・・?」
「だって誰もンなこと言ってなかったしよ」
「思いっきり言うとったわ
 まぁお前、休み時間グースカ寝とったもんな」
「・・・朝練の時だって誰も言ってなかったぞ」
「みんな心にドキドキを秘めてんねや
 あーあ、青春無駄使いしてる奴がおるわ
 誰かこいつに恋愛教えたってぇや〜」
本命と思われる オシャレにラッピングされた箱を手に まどかが大袈裟に天井を仰いだ
余計なお世話だと思いつつ
そういえば、今朝 朝練の後チョコレートをくれた子がいたっけと思い返す
(バレンタインのチョコかよ・・・)
チャイムが鳴って、あと5分で授業が始まるというところだったから あの時は慌てていた
だから、チョコレートなの、と恥ずかし気に言ったその女子に サンキューなんて軽く返してしまっていた
(たしか、と同じクラスの奴・・・)
隣のクラスの女子だった
体育で見かけたことがある
あんまり話したことなかったと思うけど、と ふと考えこんだら まどかが側でため息をついた
「お前は本命からはもらえそうなん?」
「・・・え?」
顔を上げる
珍しくちょっとマジメな顔をしたまどかと目が合った
ようやく言葉の意味を理解する
「・・・あいつも気付いてねぇかもよ」
そういえば、からバレンタインチョコなんてもらったことがない
友達なら義理とか配りそうなものなのに
これだけ仲がよければ、本命じゃなくても とりあえずくれてもよさそうなのに
「アピールが足りんねん、アピールが」
「・・・何のアピールだよ」
苦笑して、それからそっと息を吐いた
から、チョコがもらえるなんて思ってはいない
を好きだと、言ってはいけないんだから
そういう期待を、してはいけないんだから
「はぁー、なんか自分ら見てるとまだるっこしいわ」
「・・・ンだよ、じゃあ見んなよ」
「気になるやろー、こんな近くでやっとったら」
「・・・」
苦笑した
恋愛なんかお手のものなまどかから見たら、自分なんか可笑しいくらい不器用なんだろう
こんな風に、いつまでも未練たらしくばかり追いかけてるのも

2月14日、バレンタイン・デイ
こんな日でももちろんバスケ部は全員参加で練習をする
体育館の入り口のところで見てる女の子がいつもより多いのは気のせいではないのだろう
それが気になって、どこか練習に身が入らない男子部員と
いつものように淡々と、柔軟なんかをしている女子部員
も、いつものように念入りに 準備運動をしていた
その表情からは、バレンタインだからっていう浮かれみたいなものはない

(チェ・・・)

練習の後、知らない1年の女の子2人と珠美から チョコをもらった
ありがとうと言い、ちょっと困って苦笑する
もらってから、もらわなかった方がよかったのだろうかと考えたり
やっぱりはくれないのかと、思ったり
そんなこんなで、日が暮れる
冬の空は真っ暗だった

「わー、寒い〜」
「おまえまだいたのかよ」
「あれ、鈴鹿こそ」
「俺は掃除当番」
門を出たところで、に会った
鞄をパンパンにして、抱えている
「何だよ、その鞄」
「いっぱいチョコもらっちゃってね、閉まらなくて」
「はぁ?」
しゃべると、白い息が吐き出された
が笑う
心地良い声が響く
「今日バレンタインだったんだね〜
 私全然知らなくて、妙にみんなチョコくれるなぁって思ってたら」
クスクス、と
笑い声に、和馬は呆れて言葉もなかった
「ンだよ、女同士でやりとりすんのか?」
「んー、私はもらうなぁ」
「・・・変なの」
その分 男にやればいいのに、と
つぶやいたらが悪戯っぽく笑った
「鈴鹿は何個もらったの?」

4つ、と
言ったら へぇとは笑った
「リアルな数だなぁ」
「何だよ、リアルって」
「数もらってても義理が多そうな姫条と比べてみた」
くすくす、
笑って、そして言った
「私は5個、私の勝ちね」

勝ちって何だよ、と
言った声はうわずってたかもしれない
何で女のが5つももらってて、とか
もらうばっかりで、やらないのかよ、とか
色にはやったのか、とか
いや、バレンタインだってことにすら気付いてなかったなら、色にもやってないだろとか
一気に頭に色んなことが浮かんで、なんだか混乱してきた
ああ、パンクしそう
女だったら、バレンタインくらい覚えておけっての
喋ったこともないような奴がくれて、親友のおまえがくれないなんて
(・・・結局欲しいのかよ、俺)
苦笑した
は、楽しそうにちょっと先に見えた自動販売機まで走っていく
「・・・ちぇ」
期待しないなんて思っていたのに
が違う人を好きなことを、知ってるのに

がちゃん、
少し遠くで、缶の落ちてくる音が聞こえた
「鈴鹿っ」
「ん?」
が手を上げる
自動販売機の灯りに、横顔が照らされてた

ヒュ・・・

「それあげる、5個目で同点にしてあげるよ」
「・・・・!」
投げられた缶
右手で受けたら、ジン、と熱さがてのひらに伝わってきた
「何・・・?」
暗い中、かざしてラベルを読んでみる
ホット・チョコ
120円の、ホットチョコレート

「・・・・・・・・・・・っ」

かぁ、と
体温が一気に上がるのを感じた
何なんだ、これがバレンタインチョコの代わりだってのか?
もっとマトモなもんよこせよ
5個目で同点って何だ
別に勝負なんかしてないし、こんなの1個に数えられるのかよ

「来年はマトモなのよこせよな・・・っ」

ぎゅ、と缶をにぎった
熱い、心臓がバクバクいってる
こんなもので、顔が上げられないほど照れてしまっている
ダメだ、顔に出る
こんなんでも、ありえないくらいに、嬉しい

相変わらず、は和馬の少し先を歩いていた
閉まらない鞄を抱きかかえるようにして、マフラーに顔を半分うずめるようにして
それが今夜は助かった
まだ多分 顔は赤いだろう
暗くてよかった
冬でよかった
コートのポケットの中 もらった缶をつっこんで握りしめてる
熱いのは、身体中
たった120円の、義理以下みたいなものなのに
どうしようもないくらいたまらない
ちくしょう、何だってんだ
バレンタインなんかに振り回されて

2月14日、ちょっと複雑なバレンタイン・ディ
これにもお返しはいるんだよな? なんて
そんなことを考えながら 歩く冬の帰り道


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