スイセンの香り  (鈴×主)


会場は甘い香りでいっぱいだった
正月早々、お花の会があるのと母が言い いつかの時のように荷物持ちを強要された
「俺、試合に向けての練習があんだよ」
「じゃあ荷物を運んだ後、帰ればいいじゃない」
ほほほ、と
派手に化粧をして、母は言い
結局そういう押しに勝てない和馬は、ため息をつきつつ 華道のなんたら展へとやってきたのである
正月早々、何を好き好んで花なんかと
思いつつ、まだざわざわと人が出たり入ったりしてセッティングをしている会場を 和馬は隅々まで歩いてまわった
もしかしたら、
もしかしたら、いつかの時みたいにがここにいたりしないだろうか

奥の部屋に、の作品らしきものがあった
、と名字しか書いてないから もしかしたら違うかもしれない
その作品は、黄色くてやっぱりどこか涼し気だった
華道なんかさっぱりわからないけれど、が生けたんだと思うと なんとなく他とは違って見えたりする
しばらく、その作品の前に立っていた
黄色い花の色は明るいのに、どこか寂し気な気がするのはどうしてだろう
花の名前も知らないし、この作品が何を表現しているのかもわからなかった
ただ、強い甘い香りがすると
そんなことを感じた
この香り、時々から漂ってくる香りに似ている

和馬は10分ほどで、会場を出た
側のコンビニに寄って 朝御飯を調達しようと物色する
そこで、違和感ある景色を見た
コンビニに和服の女の子
あの甘い香りが、した気がした


呼ばれて、振り返ったら にやっと笑った和馬がいた
両手にパンとグレープフルーツジュースを持っている
「あんた こんなとこで何してんの?」
「荷物はこびしたとこ」
「ああ、お母さん華道やってるんだったっけ」
ベージュに緑っぽい落ち着いた和服
前も思ったけれど、綺麗だと感じた
普段からは想像もできない
こんな風にきちっと着物を着て、髪を結って、それが似合っているなんて
「お前は何してんだよ?
 浮いてんぞ、コンビニに着物って」
「私もパシリなの、飲み物買ってこいって言われた」
カゴいっぱいにジュースやらお茶やら
いっぱい詰め込んで重たそうにしている
「かせよ」
メモには、まだ他にも色々と買ってくるものが書かれているようだ
こんな荷物なんだから 男がきてやればいいのに、と
ちょっとむかついてそう言ってやった
は苦笑して、若者が働かなきゃダメなのよと言い
そんなものかと、納得できないでいると可笑しそうに笑われた
「鈴鹿が持ってくれたから、助かったよ」
その言葉にくすぐったくなる
また、あの花の香りがした

コンビニを出て並んで歩く
着物が着崩れたら大変だと、和馬は荷物を全部持った
「いいよ、私も持つ」
「や、いい
 おまえ、そんなの着てんだから おしとやかにしてろ
 着物が変になったら困るだろ」
「えぇ? 大丈夫だよ」
くすくす、笑い声が響く
まだ朝の早い時間、寒い冬で おまけに正月
辺りには人は少なかった
角を曲がれば、会場の華やかさも見えてくるけれど
「そういえば、言ってなかったね
 あけましておめでとう」
「ああ」
の横顔に 短く答えた
ちょっとばかり背が伸びたから を見る目線も変わった気がする
「冬休み、練習試合あるって聞いた?」
「聞いた、この前負けたとこと」
「雪辱戦だねぇ」
「優勝って、遠いよな」
相変わらず、二人でする話題はバスケのことばかりだった
今は正月休みだけれど、3日からは練習がある
冬の大会、結局準優勝で終わった和馬達バスケ部は、強く強くと
誰もが休み返上で練習する気マンマンだった
どうしても、優勝したい
どうしても、勝ちたい
次には春の大会、その次には最後のインターハイ予選
練習時間はいくらあっても足りなかった
もっともっと、強く強く
そして憧れのインターハイへ

「ありがと、鈴鹿
 あんたも中でそれ食べてく?」
会場までの道は あっという間だった
中に踏み込むと、やっぱり花の香りがきつい
何が何だかわからない匂いだと、そう思う
「いい、家帰って食う」
「そぉ?」
入り口の机に大量の飲み物を置いて 和馬は奥の部屋の方へ視線を向けた
人は、相変わらず忙しそうに出入りしている
「おまえの花、見た
 あの奥のとこの、黄色いやつだろ?」
「うん、見てくれたんだ」
が、笑った
ちょっと陰った笑顔だと、思った
ばかり見てるから、表情の僅かな違いにもふと気付く
「あれなんて花?」
「スイセン」
フーン、と
名前を聞いてもピンと来なかったが、それを覚えた
前の時はカラー、今度はスイセン
和馬の知ってる花リストの僅かなラインナップに、追加される
「なんかちょっと、寂しいな あれ」
黄色いくせに、と
和馬は言って 自分の朝御飯の入ったコンビニ袋を持ち直した
そうしてヒラ、と手をふって、きつい匂いの中から脱出する
あんまり長いこといたら 鼻が変になりそうだ
最後に追い掛けてきた の香り
それだけは、心地よかったけれど

「寂しいだって」
自分の作品の前に立って、は苦笑した
スイセンはの好きな花の一つ
部屋にいつも置いてあるから、自然香りが身体に染み付いているらしく
知り合いに、よく香水をつけているの? などと聞かれたりする
黄色い花
水辺で清清しく咲いているのはどんなに綺麗だろう、と
大きな水鉢に、思い思いに生けてみた
寂し気なのは、この冷たそうな水のせいだろうか
それとも この花の花言葉のせいだろうか

『その恋は、報われない』

手に取って、苦笑した
そういえば、こんな花言葉だったっけ、と
今の自分にぴったりだなんて、そう思って作品に使った
こんなに黄色で元気な色なのに
清清しくて綺麗な花なのに
香りも、甘くて心が落ち着くのに
「おまえも、偽ってるのかな」
元気に見せて、笑ってみせて、平気なフリをしてみせて
まるで強がってる、自分みたいに
「芸術33点のくせに鋭いなぁ、あいつ」
つん、と
花に触れて は笑った
甘い香りが、漂ってきた


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