クリスマスの夜  (鈴×主)


は 理事長宅でのクリスマスパーティに、今年はドレスで出席した
一週間前に、色が買ってよこしたもので、黒と銀のシックな大人っぽいロングドレスだった
「着飾った君をエスコートさせて」
そう言って微笑んでいた彼は、会場のどこにもいない
何度携帯に電話をかけても出ないから、何かあったのかと心配していた矢先 彼の家の使用人がパーティ会場に現れて言った
「申し訳ありません、色様は悪天候で飛行機が遅れていまして」

はぁ、と
は色の家で2.3度会ったことのある使用人に 曖昧に返事をした
飛行機って?と思って すぐ後に そういえばどこぞの芸術家の集まるサロンに行ってくるよと言っていたっけ、と思い出す
あれって外国だったのか、と
ちょっとついていけない世界に苦笑した
今日の天気は曇りのち雨
だいぶん冷え込んでるから もしかしたら夜中には雪になるかもしれない、と
天気予報は言っていたっけ
今、どこにいるのかわからなかったけれど こんなんじゃ飛行機は飛べないだろうと苦笑する
色がいないなら、ここにいても仕方ない
色の買ってくれたドレスで、色のためだけにいるのだから

「わぁ、ちゃん素敵」
「ありがとー」
貴女だけでも楽しんでください、と
色の使用人の言葉に 帰るに帰れなくなってしまったは、会場内でバスケ部の子達の輪の中にいた
明るい室内
去年に比べて、顔見知りのカップルが多いのは 修学旅行でつき合い出した男女が多いからか
は残念だったね、三原くん欠席で」
「うん・・・」
こく、と
暖房の聞き過ぎた室内で火照った身体に、冷たいジュースを流し込みながら はぼんやりと司会を勤める生徒を見ていた
今年は君と一緒に踊りたいな、と
色が言ってたっけ
ダンスなんかできないとそう言ったら 教えてあげるよと
彼は笑っていた
優しい色
今日来れたら、渡そうと思っていたクリスマスプレゼントはコートのポケットに入ったままクロークに預けられている
「ダンスタイムとなりました、壇上を解放いたします」
司会のマイクの声が会場内に響き渡った
今年のフロアは2段設定
今 達がいるフロアは飲食、談話のフロアとされて
そこから2.3段の階段を上ったフロアは、後半ダンスフロアになるんだと聞いていた
「ダンスって社交ダンスみたいな?」
「そうだろ? なんか理事長が映画見てはまったって」
「踊れる奴いんのかよ」
いつのまにか、側に和馬が立っていた
あれ以来、和馬と顔をあわせる度 苦いような想いが広がる
和馬も、それは同様だった
今も、ドレスアップしたを見て 胸が痛んだ
それは、どう見ても色のためのドレスだとわかる

「こちらで勝手ながら素敵にドレスアップされているレディをお選びしています
 選ばれたレディはパートナーと一緒に どうぞ壇上へ
 もちろんその他の方も、今夜のダンスパーティを楽しんでください」
理事長が、自慢の微笑みを壇上で披露していた
何人かの女子の名前が上げられていく
この学校に、社交ダンス部なんてものが密かにあるのかもしれない
名前を呼ばれた生徒は平然と 自分の彼氏なのかダンスのパートナーなのかを連れて壇上へ上がっていった
「踊れるのか? あんなの」
「私は無理だなぁ、あんなの踊ったことないもん」
「理事長の趣味って時々よくわかんねぇよな」
「理事長上手いんじゃない?
 こんなお屋敷持ってるくらいだから」
理事長と踊りたい、と
キャーキャー言いながら、達バスケ部の面子は ダンスなんてものには縁がないといって下のフロアで飲んだり食ったり楽しんでいる
そんな中まだ、司会のアナウンスは続いていた
 さん」
「えっ?!」
それで司会がマイクを置く
呼ばれたは、持っていたグラスを落としそうになった
慌てて、側のテーブルへと置く
周りにいた生徒達が一斉にを見た
「え? ちゃんも?」
「どうして私?!!!」
みんなして顔を見合わせる
たしかにはドレスアップはしているけれど、それはそれ
本来ならここにいるはずの色のためのものなのに
「無理だって・・・私踊ったことないよ」
「三原君も今日休みだしね」
おや、と
壇上の理事長が不思議そうにこちらを見た
「三原くんの姿が見えないね?」
「今日は休みです」
「ああ、そうだったのか
 ・・・この企画、彼もおおいに楽しみにしていてくれたのに、残念だよ」
ああ、だからかと
はほっとため息をついた
自分の名前が呼ばれたのも、色の彼女だからか
色なら踊れるだろうし、現にパーティでダンスを教えてあげるよなんて言っていたっけ
「だったら別の人と」
にこり、
理事長が微笑んだ
「え? そんなの無理です・・・」
「あんなの踊れる奴いんのかよ」
すでに、壇上ではオーケストラに合わせてのダンスが始まっている
ゆっくりのワルツ
それでも、やったことのない達にとっては未知の世界である
全員が困った顔をして、苦笑した
普段バスケばかりやっているこの面子とは、ちょっと世界が違うのだ
「あれやったらできるけどな、ゲーセンにおいてあるダンスのゲーム」
「んなの場違いだろ」
いつのまにか、まどかが隣に来ておもしろがっていた
「あの、せっかくですけど、私・・・」
パスします、と
が困ったように理事長を見上げる
少し離れたところで、3年の男子が数人こちらを見ているのに、和馬は気付いていた
奴らは、踊れるのだろう
社交ダンスみたいな気取ったもの
一応私立の学校だから、微妙に金持ちも多い
そいつらにとったら、こういうのは当然のたしなみの一つなのかもしれない
「あいつらちゃんと踊りたい組ちゃうんか?」
「かもな」
ひそ、と
目ざといまどかに、和馬はぶっきらぼうに返した
踊れるなら、自分が踊る
をあの壇上までひっぱっていって、手を取って微笑みあって
(ダメだ似合わねぇ)
苦笑した
そういう世界、自分には似合わないとわかっている
ため息を吐いて、壇上を見遣る
それでふと気付いた
珪がこっちへ向かって歩いてきている

、俺と・・・」

バスケ部でかたまっていたから、と踊りたいって男がいても ここまで言いには来れなかったに違いない
あの3年の男達みたいに、遠くから見てるだけ
なのに珪は、ここまで来た
きつちりと正装した姿は、決まっていた
悔しいけど、そういうのがよく似合っている
「えぇっ?!」
が、すっとんきょうな声を上げる
「私、踊れない・・・っ」
言う言葉は、最後まで聞こえなかった
珪がゆっくりとした所作で、の手を取った
「俺が教える」
誰も、何も言わなかった
まどかでさえ、あっけに取られたように二人を見ている
上のフロアでは1曲目が、終わろうとしていた
パラパラと、金持ち達が相手をみつけて壇上へと上がっていく
オーケストラが、2曲目を始めた
珪が、少しだけ 笑った

「姫、はやく・・・」

ドキン、と
一瞬、夢の中の記憶のようにかすんだ風景が蘇ってきた
6才の頃、手をとってくれた男の子がいた
彼は物語の中の王子と同じように話し、のことを姫と呼んだ
「姫、お手をどうぞ」
かしこまった少年、頬を染めた少女
お城ごっこは あの頃の一番素敵な遊びだった
本当の王子様みたいな 緑の目の男の子
教えてくれたお城パーティのダンス
それから、王子の挨拶、姫の挨拶
小さな手を取り合って、教会の中をくるくる回った
あの初恋の記憶が、蘇ってくる

無意識に、うなずいていた
珪のリードで壇上へと上がる
そのまま、曲に合わせて珪が動き出した
腰を抱いて動きを教えてくれる
身体がすぐに思い出した
このステップは、お城ごっこで毎日踊った 姫と王子のダンスと同じ

「・・・葉月、覚えてるの・・・?」
踊りながら、そっと聞いてみた
ゆっくりな動きだから 珪の顔を見る余裕もある
「忘れない」
珪は、わずかに笑った
「葉月は覚えてないんだと思ってた
 今まで、何も言わなかったじゃない」
「・・・言えなかった」
いつのまにか、バスケ部の女の子が理事長を捕まえて踊りを教えてもらっている
それを視界に映して、はくすと笑った
みんなが気軽に楽しめるような こんなダンスならいいかもしれない
金持ちのパーティみたいな気難しいのではなく
「葉月はどこで習ったの? こんなの」
「外国」
少し強く、抱き寄せられた
驚いて珪を見上げると、珪はの後ろを見ている
誰かとぶつかりそうになったのを、避けたのだろうか
には ぶつかった衝撃なんかなかった
「王子だね、葉月」
「そう呼ばれるの好きじゃない」
「でもさっき、私のこと姫って言ったじゃない」
くくっと、が笑った
初恋の思い出は、葉月に出会った瞬間蘇った
ああ、この目だと はっきりと確信した
葉月は何も言わなかったから、覚えているのは自分だけで 彼は忘れてしまったんだと
ほんの少し残念に思ったっけ
あの頃本当に仲がよかったから、またいい友達になれるかもしれないと ほんの少し期待したから
「そうか・・・そうだな・・・じゃあ・・・お前は呼んでいい」
「変なの、葉月」
またが笑った
毎日のように、王子とお姫さまごっこをした
たまたま遊びに忍び込んだ教会
そこにいた緑の目の男の子
二人は出会って仲良くなって、お互いを王子と姫と、呼び合った
本当の名前を、結局最後まで知らなかった
まるで おとぎ話みたいな初恋
そう思うと くすぐったかった

3曲目になると、珪のところに女の子が殺到した
私と踊って、と
激しい申し込みに 珪が困ったような顔をする
笑って ありがとうと手を振って
は 一人バルコニーに出た
風が寒い
こんなドレスでは、すぐに身体が冷えてしまいそうだった
でも今は、熱気で火照った身体に丁度良い
クリスマスの夜
まさか珪も覚えているとは思わずに驚いて、少しだけ嬉しかった
暗い空を見上げて、息を吐く
曇った空、ほんのわずかの晴れた部分に星がキラ、と光っていた
あの頃に戻れたらいいのに
何も知らなくて、恋愛の辛さも痛さも知らなくて
ただ王子様と笑ってた夢みたいな時間
あの頃に戻れたらいいのに
そうしたら、こんな風に一人で悲しくなったりしないのに

突然に、
す・・・、と 今まで見ていた空の輝きが移動した
空のわずかな距離 それは滑り落ちて見えなくなる
一瞬、ポカンとした
それから、急に興奮しだす
「今の流れ星っ」
叫ぶように言ったら、すぐ後ろで うわ、と
驚いたような呆れたような声がした
見ると和馬が、怪訝そうに立っていた

「おまえ風邪ひくぞ」
「ねぇっ、鈴鹿っ
 今流れ星みたよっ、流れ星っ」
と珪のダンスの後、もんもんとした嫌な気分に包まれて 和馬は飲み物を取ってくるといって珠美達の側から離れた
最初は敬遠していた一般生徒も、踊れる生徒にエスコートされ 見よう見まねで踊っている
それを横目で見つつ、
ダンスの申し込みの殺到している珪の横を通り過ぎて バーまできたところであきらを見つけた
バルコニーに出ていく後ろ姿、それを追った
無意識に、ばかりを探してる

「今の絶対流れ星だって」
「曇って 星なんか出てねぇよ、見間違いだろ」
バルコニーに人はいなくて、は肩を露出したドレス一枚で この寒い中はしゃいでいた
変な奴
あんな風に攫われるみたいに誘われて
あんな女にモテてる珪と踊った後でも 全然そんなこと気にしてない
こいつ、何考えてんだろうと
わからなくなった
色とつきあってたり、珪の初恋の相手だったり
不思議な女だと、そう思う
「ちゃんと見たもん、絶対アレ流れ星だよ〜」
お祈りしとけば良かった、と
が大袈裟にため息をついた
バルコニーに二人きり
ここから見える庭は美しく飾り付けられ、幻想的で
気持ちがすっと落ち着いていく
と二人でいると、嫉妬みたいな気持ちが消える
側にいたい
それだけでいい
「じゃあさ、今から願いごとしようぜ」
「え?」
の隣で、空を見上げる
よく見たら、ほんの一ケ所だけ雲が切れて晴れ間が覗いていた
ここから、本当に流れ星が見えたのかもしれない
「俺もあやかろ」
「あんた見てないでしょー」
「おまえのも そろそろ時効だろ」
「う・・・っ」
笑って、二人で目を閉じた
冬の空気の冷たさが、呼吸するたび身体の中に入ってくる
火照った身体を、それが冷ましてくれる
二人、心地良い

(側にいたい)

強く願った
隣にいる和馬
何でもないように話してくれる一番の友達
それでいい
それで充分だから、側にいさせて
二人、こうして誰にも邪魔をされずにいられたら 何より幸せだと感じる
二人以外、何もいらない

(側にいたい)

目を開けた
ふ、と
白い何かが目の前で揺れて鼻の頭に落ちた
、雪ふってきたぞ」
「え?!」
まばたきすると、空からひらひら落ちてくる
白い雪が、ゆっくりと
「やー、ホワイトクリスマスなんて最高!」
が両手を空へと掲げた
子供みたいにはしゃいでいる
同じ様に和馬も、わくわくした気持ちになった
雪は静かで、綺麗で、冷たくて、

「いい夜になったね、鈴鹿」

が笑った
それが何より、嬉しかった

ホワイトクリスマス
流れ星にした願いごとは二人同じ
叶えばいい
雪を見て子供みたいにはしゃぎながら、そう思った
願いが叶えばいい
想いは伝わらなくてもいいから
どんな形でもいいから、二人どうか側にいさせて
 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理