嘘  (鈴×主)


肌寒い体育館に、珠美が一人で入っていくのが見えた
丁度、体育館に忘れたバッシュを取りに行こうとしていたところだったから も続いて中へと入る
ドアを開けると、珠美が掃除用具入れからモップを取り出したところだった
「あれ、ちゃん」
「どうしたの? マネージャー
 今日はクラブ休みだよ?」
テスト前は、クラブ禁止令が出て一週間ほどクラブが休みになる
丁度今日からそれだったから、バッシュの手入れでもしようと思っていたところだった
体育館は、ガランとしている

「あのね、ちょっと部室の掃除しておこうと思って」
珠美は、にこっと笑うと取り出したモップとほうきを両手に持った
あと一つ、チリトリが欲しいのだろうが、手が足りないようで 困ったようにほうきとモップを持ち替えたりしている
「手伝おうか」
くす、と
は笑ってチリトリを取った
かけてあった雑巾も取っておく
「え? いいの?」
「いいよ、どうせヒマだし」
色との約束があったけれど1時間も後だから、それまでには終わるだろうと
は珠美についてバスケ部の部室へと行った
男子の部室には始めて入るかもしれない
床に散らばった雑誌とか、コンビニの袋とか、椅子にかけっぱなしになってるジャージとか
そんなのを総合して、とても整とんされている部室とは言えなかった
「マネージャーって大変だねぇ」
大きなゴミを拾いあつめ、雑誌をまとめて机の上に置き
ジャージやユニフォームをカゴに突っ込んで はため息をついた
男子部のマネージャーなんて仕事、とても自分にはできないだろうと思う
放っておいたらこんなに部室が荒れて、
それでも平気で暮らしているような奴ら30人以上の面倒を見るなんて
「こういうこと、好きなのかも、私・・・」
珠美が床をホウキで掃きだした
はロッカーを雑巾で拭いていく
よくもまぁ こんなホコリだらけのところで、と思いつつ
自分達の部室も ここまで汚くはないものの
ロッカーや机を拭いたりは自分でしないから きっとマネージャーがこうやって掃除してくれているんだと思って ふと感謝した
「マネージャーって偉大だなぁ」
しみじみと、そうつぶやいてみる
女子部のマネージャは3人
1学年にそれぞれ1人ずつで、けっこうな人数のメンバーの面倒を見てくれている
男子部は女子部より部員が多い上、マネージャーは珠美ともう一人だけだから さぞかし大変だろうとは感心して、床をすみずみまで掃いている珠美のその横顔を見つめた
「いいお嫁さんになるだろーな、マネージャーは」
「え? そんな・・・」
そんなことないよぉ、と
頬をそめてうつむいて
それから珠美は照れたようい笑った
「私にできることって このくらいだもん・・・」
掃除して、ドリンクを用意して、疲れの取れるレモンの輪切りなんかを作って冷やして
「それでね、喜んでもらえたらすごく嬉しいの」
「かいがいしいなぁ」
窓を開けて、空気を入れ替えた
一人でやると大変だろう掃除も、二人なら順調に進んでいく
ちゃんみたいに、私テキパキしてないから・・・」
「ん?」
珠美は、ゴミを全部チリトリに集めて捨てた
ゴミバコの方を向いているから 彼女の顔は見えない
「私?」
「うん・・・ちゃん、テキパキしててハキハキしてて、すごくうらやましいなって
 私なんかとろくて気が回らないから」
「そんなことないよ」
こうして、みんなの知らないところで部室の掃除なんかしてくれているんだし、と
珠美の様子に、は首をかしげた
たった今、珠美を見てマネージャーって偉大だと思ったところなのに
「鈴鹿くんも、ちゃんみたいな人が好きなのかなぁって、時々思うの」
「え・・・?」
今度は、ドキとしてすぐに言葉は返せなかった
和馬の名前
和馬が自分なんかを好きになるわけがない
ちゃんは優しいし、頼りになるし、バスケも上手い
 私、ちゃんには叶わない」
「ちょっと待ってよ、マネージャー」
慌てて、その言葉を止める
叶わないって?
どういう意味で?
和馬は自分なんかを好きではないし、二人はただの友達でしかない
「私、別に鈴鹿のこと・・・」
「うん、わかってる
 ちゃんは三原君が好きなんだよね
 二人とも、とってもお似合いだもん、私 二人が一緒にいるのを見るの好きなんだ・・・」
ズキとした
ようやく振り返って 僅かに笑った珠美のその表情に心が痛んだ
色を好きか、と聞かれたら好きだという
大切な人
の気持ちが和馬へ向いていることを知っていて、側にいてくれている人
君が笑えるまで、ここにいるよと
そう言って差し伸べてくれた手は優しすぎて、痛いくらい
はやく和馬への想いを消して、色の想いにこたえたいのに いつまでも
いつまでも、心は和馬ばかり求めている
そして、そんな自分が嫌で仕方がない
「でも、もしかしたら鈴鹿くんはちゃんみたいな人を好きなのかもしれない」
そう思う、と
珠美がもう一度笑った
苦笑に似た表情、見てると痛くなった
心が痛い
「私、ちゃんが羨ましくて・・・」
悲し気につぶやいて、珠美の手が雑巾を取った
中央に置いてあるテーブルの上を拭き出す
慣れた手付き
埃っぽかった表面が、すっと綺麗になっていった
また心が痛んだ
うらやましいなんて、そんないいものじゃない
こんな汚い自分なのに
こんな嫌な女なのに
「ねぇ、ちゃんは、鈴鹿くんのこと好きじゃないよね?」
やけにはっきり声が響いた
開けた窓から風が入って、珠美の短い髪を揺らす
今にも泣き出しそうな目が、こっちを見てる
返事につまった
言葉が、出てこなかった

ほんとうは、いまでも和馬のことが好き

チャイムが鳴っている
さっきも鳴っていたな、と 遠くでそんなことを考えた
珠美の目が、見つめてくる

5時を知らせるチャイムが鳴っても、待ち合わせの場所にが来ないので
色はが向かったのであろう体育館へ来ていた
このあたりは、クラブで使われていないと いつもの活気が全くない
別の場所のようだと思いつつ、の姿を探した
ここにはいない
バッシュを取りに行くと、教室ではそう言っていたから部室だろうかと
そっちへ向かってみる
ちょうど角をまがったところで、和馬と会った

「何の用だよ、こんなとこに」
を、探してるんだ」
にこり、
いつ見ても気に食わない色の微笑に、和馬はあからさまに顔をしかめて顎で廊下の向こうを指した
「部室はむこうだ」
自分もそっちに用があるから、ここで出会った以上は一緒に行かなければならないかと
ため息を吐きつつ 相手の涼し気な顔を盗み見した
この間の展示会に出した絵も、また賞を取ったとか
大手企業から、わざわざ色に新しいビルに置くモニュメントを作ってくれと依頼が来るとか
およそ、自分のいる世界とは懸け離れた場所に住んでいる色
その色が、当然のようにを下の名前で呼び
こんな風に探していたりするのが気に入らなかった
嫉妬する
強烈に、嫉妬する
「もうすぐ冬の大会なんだってね?」
「ああ」
「不思議だね、ボールをあんな風に操れるのが 僕にはほんとうに不思議だよ」
バスケット選手って、芸術的だと
色のおかしな感性で語られるバスケットに、和馬は少し苦笑した
もう一つ気に入らないことがある
それは、こっちばかりが意識して、色がさっぱり全く何ひとつ、和馬のことなんか意識しないということだった
一人でばかみたいに、色に嫉妬して
色は平然と いつもの調子でを攫っていく
それが この感情に拍車をかける

「鈴鹿は、友達だよ」

その声は、部室のすぐ側まで来ていた和馬と色にまで届いていた
開けっ放しになっている男子バスケ部のドアと窓
風が廊下をふいていった
色の長い髪がなびく
ちゃんは、鈴鹿くんを好きになったりしないよね」
「なるわけないでしょ」
珠美との声だと、すぐにわかった
ショックみたいなものはなかった
ただ、その時には何も考えてはいなかった

「私、鈴鹿くんのこと好きだから・・・もしちゃんも鈴鹿くんを好きだったらどうしようって思ったの」
ちゃんには叶わないから、と
珠美の言葉には苦笑した
和馬を好きになったってどうしようもない
お前は親友だと言われてから、想いを消すことを決めたから
親友だと言ってくれた和馬の信頼を裏切ってはいけないと
二人、友達でいようと言ったからには この狡い想いは消さなければと
はずっと、そう思ってきた
今も、和馬のことを好きだなんて言えない
言ってはいけない
「よかった・・・私・・・」
ちょっと安心した、と
珠美が笑った
羨ましいと思った
好きな人を、好きだと言えることが
想いを、殺さなくてもいいということが

「おまえら男子の部室で何してんだよ」

ひゅっ、と
風が髪を揺らしたのと同時に、その声は聞こえた
驚いて、も珠美もドアへと目をやる
いつ来たのか、和馬がそこに立っていた
怒ったような顔をしてる
そう思った

「す・・・鈴鹿くん・・・っ」
珠美が悲鳴みたいな声を上げた
顔が真っ赤になっていく
泣き出しそうな程に赤面して、和馬を見上げている珠美を見ても 恋心なんて少しも涌かなかった
ただ、さっきまで一緒に歩いてきた色が、珠美の「鈴鹿くんが好きなの」という発言に微笑したのを見た途端
何かカッとなって、開けっ放しになっていた部室に踏み込んだ
今もまだ、腹の底にたぎってるみたいな感情が、ある

「何、勘ぐってんのか知らねぇけど
 別に俺達、友達だしな」
の顔は見れなかった
返事はない
は色とつきあってるんだから こんなのわかりきった事実だった
想いは、に否定された
衝動で奪ったキス
忘れるから、忘れてと言われた
当たり前だと思った
は色が好きなんだから

珠美だけが、硬直したようにこちらを見ている
イライラした
どうしてこんな所に来たんだろうと、そう思った
部室に忘れた雑誌なんかわざわざ取りに来なければ あんな言葉聞かなくてすんだのに
それでも、事実は事実だけれど
「迎え、きてんぞ」
吐き出すように そう言った
やっぱりは返事をしなかった
スッ、と和馬の横を通り過ぎていく
視界の横でポニーテールが揺れた
二人、目なんか合わせられなかった
心が痛い
友達なんかじゃないと、もう知ってるから
が好きだとわかっているから
なのに、だけど、は自分なんか見ていない

(キッツイよな、実際)

分かっていても、直に聞いてしまうと痛かった
追い掛けてるのは自分だけ
「・・・ンだよ・・・」
何か言ってけよ、と
心の中でつぶやいた
と色が、廊下を歩いていく足音が、遠ざかっていく

は、しばらく黙って歩いていたが やがて立ち止まって俯いた
色も立ち止まる
冷たい風が、ふきぬけていった
ここは、風がよく通る
「ごめん・・・」
ごめん、と
二度言って、は苦笑した
苦笑、しようとして うまくできなかった
悲しいより、情けないような そんな気持ちが広がっていく
自分には、和馬の言葉に傷つく権利なんかない
色の前で、泣く権利なんかない
そう思っていても、涙は今にも溢れそうだった
苦しい、苦しい
こんなに辛いなら、恋愛なんか知らなきゃよかった
「ごめん、三原・・・、先帰って・・・」
泣いてはいけない
震える手を ぎゅっと握った
友達だと言った和馬のこと
心に嘘をついている
そして その嘘に、泣きたくなるくらい心が震える
自分で言った言葉なのに
未練たらしく、いつまでもいつまでも和馬ばかりを想ってる
「ごめん三原・・・」
それは、側にいてくれる色への裏切り
君が彼を忘れられるよう、と
こんなに優しく、ここにいてくれているのに
君を、誰より大切に想っていると そう言ってくれているのに
こんなにこんなに、裏切ってる
「ごめ・・・・っ」
謝り続けるの頬に触れ、そっと上向かせ 色は優しく微笑した
涙のたまった目
他では絶対泣かないが、唯一涙を見せる場所
「謝ってばかりだね、今日の君は」
そっと、唇にくちづけられる
優しいくちづけだった
涙がこぼれる
こんな自分でも、こうやって優しくしてくれるの?
酷いことしてるのに
今もまだ、こんなにも 和馬が好きなのに
「泣いてもかまわない、
夕方の、冷たい風が頬をなでた
こぼれた涙が廊下に落ちる
それは あとからあとから溢れていった
心が痛い
想いを、どうしようもなく ただ泣いた
色が許すと言ってくれたから
は心に嘘をついて その痛みに泣いている


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