修学旅行 コイバナ編  (鈴×主)


修学旅行の夜の定番
どの部屋へ行っても、男子と女子が入りまじって恋の話に盛り上がっていた
流行りは、クジを順番に引いていって、書かれてあるお題について話さなければならないというゲームである

「まだやってんのかよ・・・」

風呂から戻ってきた和馬は、自分の部屋で行われているゲームにうんざりした
見学から帰ってきて、食事を終えた後 部屋に集まった何人かでこのゲームが始まった
ノートをやぶってお題の書いた紙を作り、布団の上に輪になってそれを囲む
そして、順番にコイバナをしていく
和馬にしてみたら、何がおもしろいのかさっぱりわからないゲームだった
「お、来たな鈴鹿」
「おまえら よく飽きねーな」
「修学旅行ゆうたらコレやん」
「おまえ昨日はフロ覗きだっつってただろ」
「それはそれ、これはこれや」
まどかと和馬のやりとりに集まっていた子達が笑った
見れば違う部屋の男子や、違うクラスの女子までいる
このゲームの恐いところ
それは いくら興味がなかろうが、混ざりたくないと主張しようが
部屋に入ったら最後 メンバーに入れられてしまうところだった
そして、今 大抵の部屋でこれが行われているため逃げ場がない
風呂に逃げた和馬も、結局逃げ切れなかった
戻ってきてもまだゲームは終わっておらず、人数が増えて増々盛り上がっていたのだから

「ったく・・・」
仕方なく、ドアに一番近い所に座った
入れ代わりに、別の男子が風呂に行くといって部屋を出ていく
(早く消灯になりゃいいんだ)
ふわわ、と
昼間の垣根修理で疲れ切っていた和馬は あくびをして伸びをした
背後でガチャとドアがあく
さんゲットー」
「え?」
伸びすぎて、勢い余って後ろに倒れた
その視界に、が逆さまに映る
さっき風呂へ行くといって出ていった男子が、廊下でを捕まえてきたようだった
無理矢理に、の背を押して、和馬の隣の空いたスペースに押し込んでいる
「災難だな、
「通りかかっただけなんだけどなぁ」
みんなのジュース買ってくることになってるから10分だけね、と
が笑う
それで、まどかがクジの入った箱を投げてよこした
「ほな、ちゃんが逃げてまう前に、話聞かしてもらおうか〜」

ええー、と
抗議してみたものの、修学旅行に盛り上がりきっているこの面子を前に逃げることなどできそうになかった
仕方なくがクジをひく
受け取ったまどかが、嬉しそうに中身を読み上げた
ちゃんの、初恋の話〜〜〜」
周りがわーわーと盛り上がった
和馬が風呂へ行く前からこの調子だったのに、よくもまぁ何時間も同じテンションが保つものだと
半ば呆れながら和馬は隣のへ視線をやった
「初恋なんて、おまえあんの?」
「失礼ねぇ、あるわよ」
一応、と
が言うのが意外に思えた
自分はこのあいだのが初恋みたいなものだったけれど
やっぱり世間では、高校生になるまでに 恋愛の一つや二つ経験しているものなのか

「えーとね、6才くらいの時かな」
観念したのか、
思ったより楽なお題が当たったと安心したのか
が話しはじめた
みんなは興味深そうに聞いている
「早いなぁ、6才て」
のコイバナって初めて聞くかも」
ヒソヒソと、誰かが言うのに苦笑しながら はほんの少し頬を染めた
「どこだか忘れちゃったけど、教会でいつも遊んでた男の子
 私、その後引っ越しちゃったから それっきりになっちゃったんだけど」
一気に言って、ほっと一息つく
「それが初恋」
それで終わり、と
言ったのに、女子の誰かが素敵、なんてため息をついた
「教会っていうのがいいよね」
「この町に戻ってきて再会しなかったの?」
「してたらロマンチック〜」
口々に盛り上がりはじめる
よくもまぁ、こんな人の話なんかが楽しめるものだと思いつつ
和馬はの横顔を見ていた
6才の時が初恋だと聞いて、ちょっとだけ安心した
具体的に知ってる奴の名前が出てきたらどうしようかなんて思ったりしたから
6才なら、時効だろう
そんな昔の恋愛なんて、子供のママゴトみたいなものだし
そんな頃の記憶なんか、曖昧でもぅ相手の顔も名前も覚えてないかもしれない
「再会はしたん?」
「んー・・・」
すっかり司会役になっているまどかの問いに、がほんの少し笑った
悪戯っぽい笑み
少し考えて、それから言った
「それは、内緒ってことで」

その後すぐに、同室の子が待ってるからと は部屋を出ていった
悶々とする
の初恋の相手
再会を、してないならしてないと言えばいいのに
言わないのは、会ったからかと
そんな風に考えた
意味深、なんて女子は喜んでいたけれど 和馬は少し気分が沈んだ
もし、この町に戻ってきて再会したのなら、同じ高校だったのか
それともバスケの試合で出会ったのか
それとも、それとも
(まぁ、考えても無駄だけど・・・)
ため息を吐いて 和馬は楽しそうにコイバナする面子を見回した
恋愛にどうしようもなくなってしまっている和馬には、嬉々として体験談なんかを話せるということが信じられなかった
どうにも、こういうことには不向きらしい

和馬が、その部屋から脱出できたのは30分後だった
運よくクジは引かされなかった
出る直前に、話しながら泣き出した子が出て それでそのどさくさに紛れて部屋を出た
どこか大人しく寝る準備なんかをしてる部屋はないだろうか
そう思って時計を見る
8時半
あと30分 時間を潰せれば いつもはうっとうしい氷室がやってきてあの会を解散させてくれるだろう
そんなことを考えながら 和馬は廊下を歩いていた
角をまがったところで珠美を見つける
布団を抱え込んで、珠美は廊下で立ち往生していた
「何やってんだよ、マネージャー」
「あ・・・っ、お布団足りなくて」
「誰かに手伝ってもらえよ、お前はトロいんだから」
「あのでも、みんな忙しそうだったから」
小柄な珠美には 布団が大きすぎて上手く運べないのだろう
「しょうがねぇな」
特にすることもないし、と
和馬は廊下に置かれた布団を抱え上げた
「あの・・・、ごめんなさい」
「いいよ、別に」
時間潰しになるし、と
そう言って、一緒に珠美の部屋へ行く
ここなの、と
ドアを開けた先で、和馬はまたしても円陣を組んで座り込んでいる男子女子の姿を見た
「ここもかよ」
うんざりする
だが、飛び込んできた格好の餌食を逃すことは その場の誰もしなかった
「はい2名様追加〜」
布団を置いた途端、腕を掴まれて輪の中に入れられた
「もおいいって、飽きた」
「まぁまぁ、そう言わず」
活発そうな女子が笑った
この部屋には、女が多い
男といえば、奥に2人いるくらいか
「男、増えたから・・・俺はもぅいいか?」
その中の一人 珪が無表情で口を聞いた
あまり、奴が喋ってるのを聞いたことがない、と
ふとそう思う
たしかと同じクラスだったか
「やだ、待ってよ葉月くんっ
 次、葉月くんの番なんだから」
「けど・・・男増えるまでって言ってただろ・・」
おもしろくなさそうに話す珪の様子に、何人かが慌てたようにクジの箱を差し出した
珪も和馬同様、こういうことには興味がないのか
それなのに無理矢理に混ぜられてしまったのか
「あの二人ね、葉月くんのことが好きなの」
珠美が、そっと耳打ちしてきた
モデルなんかやってるらしいから、珪は女に人気があると そういえばまどかが言っていたっけ
特に話したこともないし、接点もなかったから気にしたことなかったけれど
「ふーん、陰気そうなのにな」
言って、和馬はため息を吐いた
時計は45分をさしてる
あと15分、うんざりとそう考えていた

「葉月くんの初恋の話っ」
活発そうな女子が、珪の引いたくじを読み上げた
初恋とか、今好きな人の名前とか、つきあってた人の名前とか、
そんなお題は定番らしい
また初恋か、と
和馬が珪を見ると、珪はやっぱり無表情で小さくため息をついた
「初恋の人の名前か?」
淡々と、聞いてくる
「出会いとか、何年の時か、とか
 もちろん名前も教えてほしいな」
うんうん、と
珪を好きなんだと言った二人がうなずいた
こうやって、好きな相手の恋愛経験なんかを聞いて 今後の参考にするのだろうか
好きなタイプとか、そんなのが当たればいいと思っていたのかもしれない
「初恋の話なんか聞いて、何か得になるか?」
「でも・・・あの・・・気にはなるかな・・・好きな人のことだから・・・」
隣の珠美に囁いたら、珠美は頬を染めてそう言った
ふーん、そんなものか、と
もう一度珪を見る
観念したのか、珪はほんの少し首をかしげて それから口を開いた
「6才の時、教会で
 相手の名前は言いたくない」
あんまり淡々としすぎていて、一瞬ポカンとした
それから、どこかで聞いたような話だと思って、その後の顔がふと浮かんだ
「え・・・・・」
6才の時、教会で?
「相手の名前、どうして言いたくないの?」
おもしろがるような声が上がった
こんなシチュエーション、そうあるものじゃない
同じ日に、二度聞くなんて
こんなの偶然なんかじゃないと、直感する
(の初恋って、こいつなのか・・・?)
隣で、珠美がロマンチックなんてつぶやいた
教会で出会って、この学校で再会したってことか
二人とも、その初恋を覚えているのか
「ねぇ、どうして名前教えてくれないの?
 もう終わっちゃったことなんだし」
活発な女子が、聞きたがっているのであろう 珪を好きな二人に代わってそう聞いた
一瞬、珪の目が揺れる
それから、やっぱり珪は淡々と、まるで授業で当てられた時みたいに答えた
「今もまだ、その人が好きだから・・・」

ちょっとだけ、混乱していた
コイバナ会は9時ぴったりに 消灯を知らせにきた教師によっておひらきになり
みんなは、そのままそれぞれ自分の部屋へと戻っていった
ざわざわしている廊下を歩きながら考えてみる
の初恋の相手が、珪だとしたら
再会したかどうかを秘密だと言ったは、初恋を覚えているということか
珪がその相手だと、出会ってわかったということか
そして、
珪もまた覚えていて、今もまだ のことが好きだということか

「マジかよ・・・」

ふ、とやった視線の先 珪がドアの向こうに消えるのが見えた
女に人気があって、モデルでファンとかたくさんいて
成績は学年ナンバーワン
その上スポーツもできる万能な男
そんな奴が、のことを好きだなんて
(別に、誰がを好きだろうと関係ねーけどな)
言い聞かせてみても、気になった
の心に、初恋の恋心は残っていないのか
再会して、あんな格好いい男になってたら 想いが復活したりするんじゃないか
(わかんねー、なんかもぉ面倒くせぇ)
ため息を吐いた
それから、ふるふると頭を振った
考えてもどうにもならず、想いはいつまでも持て余したまま
深いため息を吐いて 和馬は部屋へと戻った
コイバナで盛り上がっていた余韻は、部屋からはもう消えていた


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