雨  (鈴×主)


遊園地でのデートの後、まっすぐ家へと帰ってきた
不思議と、冷静だった
ただ息苦しいだけ
夜になって降り出した雨の音を聞きながら、和馬は何度もため息をついた
こんななら、気付かなければよかった
が好きだと、気づかなければ良かった
携帯はベッドの上に放りっぱなし
雑誌に乗ってたアメリカのバスケの試合も見る気にならない
いつもなら、に電話して、電話しながら試合を見てたりなんかするのに
それができないこの距離
遠くなるなら、好きになんかならなければ良かった

ピンポーン

夜、静かな夜
家には誰もいなくて、今日は一人で留守番
こんな時間に誰だよ、と
和馬は3度チャイムの鳴らされたドアを開けた
雨音が、大きくなる
そこに、が立ってた

「どうしたんだよ、夜中だぞ」

は昼間見たワンピースを着ていた
ふわふわの髪も、おニューだと言っていた服も 雨に濡れて雫が垂れている
大きな目がこちらを見上げた
泣いているように、それは揺れている
「和馬くん、私 和馬くんのこと好きなの」
震えるような声
出会った頃、はよくこういう目をしていた
不安そうに震えていたあの頃
守ってやりたいと思った、天使みたいな頼り無い女の子
「別れるなんて言わないで・・・」
涙がこぼれるのがわかった
何ていったらいいのか、わからない
女が泣くのは苦手で、泣かれるとどうしていいのかわからなくなる
「服貸してやるから着替えろよ」
こんな雨の中、びしょぬれで こんなことを言うために来たのだろうか
戸惑った
でも、それだけだった
愛しさとか、切なさとか、そういうものは生まれてこない

家に誰もいなくて良かった、と
和馬は思いつつ、風呂場にを案内して適当なシャツとジーパンを手渡した
「タオルはそこにあるやつ使え」
そう言って、2階へ上がる階段に腰を下ろす
どうして、がこんなにびしょ濡れになってまで ここへ来たのか考えてみた
好きだと言った、自分のことを
別れたくないと言った、泣きながら
(本気じゃねぇくせに)
ため息を吐く
かけひきができるような恋愛は、本気じゃないと感じる
それとも、自分が慣れてないだけなのか
人を好きになることに
だから、そういう風に感じるんだろうか
は、彼女の言うとおり本気なのだろうか

ピピピピピピピピピ

2階で携帯が鳴った
親戚の家にでかけてる家族からだろうか
それとも、クラブの誰かからか
慌てて階段を駆け上がって、それを手に取った
「あ、切れたか・・・」
着信履歴は姫条まどか
昼間の遊園地でのことを、思い出してかけ直そうかと考えた
瞬間、かちゃ、と
部屋のドアが開く
振り返ったら、が立っていた
渡した服を何も着ずに、一糸纏わぬ姿でそこに立っている

「おい・・・」
何のつもりだと、
言う前に、は駆け寄って抱きついてきた
小さな身体は、雨のせいか冷たかった
「私、和馬くんのこと本気だよ・・・っ
 わかってほしくて、来たの・・・」
見上げてくる目は、涙でうるんでいた
胸のふくらみ、白い二の腕、初めて見る女の子の身体
「ねぇ、和馬くん
 好きにして? 私、和馬くんなら、いい」
胸に頬を寄せて体重をかけてくるを支えるのに、自然身体に手が触れた
つきあっていた女の子
天使みたいな可愛い子
みんなが、つきあいたいって思ってる、そんな存在なのに
「そういうの、やめろよな」
ドキ、ともしなかった
心が冷たくなっていく
はじめて見る女の子の身体
曝されて、好きにしてと言われて、本気だと泣かれて、
「ねぇ、私のこと嫌いなの?」
その上目遣いに、ため息が出た
そんなのは、本気の証にはならない

「帰れよ、」

ぐい、と
の身体を引き剥がした
視界に映るその姿が、不愉快だった
意図も、理由もどうでもいい
ただ、冷たくなって冷めていく心だけ はっきりと感じた
錯角に似たママゴトみたいな恋心さえ、もうなかった

雨が降っている
は、貸した服を着ずに 濡れたワンピースをもう一度着た
「もぅ私のこと、好きじゃないんだ」
「ごめん」
それしか言えなかった
傘をさして二人、の家までの道を歩いた
多分、これが最後
本気の想いに気付いてしまったから、以外はもう見えない

雨が降る
夏の暑さをほんの少し、洗い流すように降る
「会いてぇな・・・・・・」
立ち止まってつぶやいた
傘に当たる雨の音
呼んでみた、特別な名前
この想いは、手に負えない
どうしようもなく、身体の中で暴れまわっている
「ちくしょう・・・」
を送り届けて、一人
一人になったら、急に叫びたい気分に襲われた
想いの行き場がない
本気は、身を抉るような痛みを伴った
人を好きになっただけで
それに、気付いただけで

ザーザーと、雨がふる
視界の先、立ち止まった人陰はまるで幻みたいだった
・・・」
心臓がドクドクいうのが聞こえた
影は、赤い傘をさして ゆっくりと歩いてくる
見なれた姿、遠くからでもわかる
「散歩でも、してた?」
無理矢理にキスした2日前の夜
あの熱が、ふいに唇に戻ってきた
どうしてここにいるのかと、聞こうとして 言葉につまった
思うように話せない
雨の音だけが、ザーザーと耳につく
「早く帰んないと試合始まるよ」
いつもよりは、抑えた声だった
だけどが、そこにいる
それだけで、何かが少し救われた
がいれば、何もいらない
・・・」
「明日も練習あるんだから、あんまり夜更かししないようにね」
頼り無い外灯の光に照らされた顔が、ふ・・・、と笑った
寂し気な笑顔だと、そう思った
が歩き出して、立ちすくんでいる和馬の横を通り過ぎていく
すれ違った時に、華の香りがした
動けなかった
名前を呼ぶ以外に、何も言えなかった
は、そこにいる
忘れるから、と
言ったとおりに、そこにいる

ザーザー、
雨はいつまでも降って、傘をさした和馬の心を濡らしていった
忘れるから
そして、二人は何もなかったように友達に戻る
衝動に触れた唇
が、自分以外の男のことを考えるなんて嫌だった
二人きりでいるのに、あいつの名前なんか呼ばないで欲しかった
奪った唇は熱くて、
突き放された後、睨み付けてきた眼は泣き出しそうにも見えた
忘れるから、忘れて
「わかったよ、ちくしょう・・・」
失うより、ずっといい
そこにいてくれたら、もうそれ以上は望まない
あのキスをなかったことにして、友達に戻れたら
そうしたら、いつか あの1年前の夏を取り戻せるだろうか
何の屈託もなく笑っていられたあの夏に
輝いてた二人に
戻れるだろうか
戻りたい
「ちくしょ・・・っ」
雨の落ちてくる空を見上げた
水滴が、顔にかかる
しばらくそうやっていた
雨はいつまでも、心を濡らす


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