夏合宿3日目  (鈴×主)


その日は朝から雨だった
地元の高校との試合に相手校を訪れるためバスで市街を走りながら はボンヤリと窓の外を見ていた
夏合宿が始まって、3日目
もうずっとそうしてきたように、はひたすらバスケに打ち込んでいた
夏の大会で左膝の怪我を再発させてしまってから、治療に専念してようやく動けるようになった
まだ自分で調整しながらの練習を、この夏合宿の間にも続けている
だからだろうか
身体の限界まで、練習に打ち込んでクタクタになって眠るということができないからだろうか
心は、いつも一つのことを考えていた
振払おうとすればするほど、それは色濃く影を落としていくのだ
和馬の存在が、心から離れない

膝の上で、ぎゅっと手をにぎりしめた
昨日の和馬の強い手の感触が、まだ残っている気がする
戸惑いが、心にずっとある

地元の高校の生徒とひととおりの練習をやってから、体育館で試合をやった
最初の1試合に出た後は、はベンチでの記録係に回る
まだ本調子じゃないから、と
戦いたい欲求を押さえ込んだ
確実に治して、確実に大会へ向けて調整していかなければ夢はかなえられないと知ってる
今無理をするわけにはいかなかった
まだ時間はある
そう自分に言い聞かせる
同時に、チームメイトのプレイを見て、自分のバスケへの意識を高めていった
気合いみたいなものを、入れ直す

「お前、試合出てたな」
「1試合だけね」
男子の試合が終わった後、和馬がやってきた
さっきの試合を合わせて、和馬は3試合出ていた
そして、どれもに勝っている
「調子いいね」
「気合い入ってるからな」
昨日の夜のことは、どちらも言わなかった
和馬にとっては、何でもないことだったのかもしれない
傷に手を当てたら治る気がする
そう言っていたから、本当にそれだけの意味だったのかもしれない
「ここの体育館いいよなぁ、広くて」
「そだね」
ウチもこのくらいあればいいのに、と
最後の試合が終わるのを見ながらは言った
なんでもないように、側にいる和馬
二人は友達だから、こんな会話は当たり前だし、側に立つのも当たり前
ここには色ももいなくて、
だから錯角する
世界で一番、二人の距離は近いんじゃないかって
手を伸ばせば、触れられる程に

試合が終わった後、解散となった
ハードな合宿の中休みという意味なのだろう
7時を回ってしまってはいたが、今から門限の11時までは自由時間だと告げられる
はどうする? 遊びに行く?」
「私は帰るよ」
ちょっと疲れたから、と
言って小さくため息を吐いた
バスケのことだけを考えていたいのに、こんな風に時間があく
どうしようもないことを繰り返し繰り返し考えている
和馬への想いが、心に広がっていく
それを、消すことができない

雨は相変わらず降っていた
明日晴れなければ、外での練習ができないと思いつつ は一人 合宿所の寺に向かって歩いていく
バスに乗ればすぐに着くけれど、今は歩いていたい気分だった
傘にポタポタと雨が落ちる
賑やかな道は、逆に心を沈ませた
ふいに、和馬の言葉を思い出す

「この合宿が終わったら」

そう言った和馬
嬉しかった、そして悲しかった
1年前の今頃、始めての夏合宿の後 レギュラー獲得前祝いなんてものをやった
始めてのデート
二人でいった遊園地
誰といるより、楽しかった
あの頃、和馬のことが好きだなんて気付いていなかった
だから、楽しかったのかもしれない
「またどっか行かねぇ? 二人で」
それは、できない
だって、二人はただの友達で
二人にはそれぞれに恋人がいるんだから
1年前のあの時にはいなかった存在が、二人の側にいるんだから
(無神経・・・)
友達だから、和馬はを誘ったのだろう
恋人がいても、友達とは遊ぶ
でも、その相手が女の子だったら少しは考えるだろう
他の女の子を誘ったら恋人に悪いな、とか
恋人のいる男と二人で遊びに行くなんて、相手が気が引けるだろうな、とか
「あんたってほんと、無神経」
つぶやいて、急におかしくなった
そんなこと考えてないんだろうな
あの夏が楽しかったから、もう一度と
そう思って言ってくれたんだろうな
和馬はを友達と思っている
だから誘ってくれたんだ
未だに和馬への想いを殺せない自分は、和馬の友情を裏切っている
そう感じる
そして、分かっていることが一つだけある
もう、あの夏には戻れないということ

1時間近く歩いて、ようやく合宿所の寺に辿り着くと 和馬が雨の中一人でシュート練習をしていた
胸がぎゅっとなる
その場に立ち尽くして、ただその後ろ姿を見ていた
大好きな人
どうしてもどうしても、想いは溢れてくる
色が忘れるまで側にいてあげる、と言ってくれても
和馬が親友だと言ってくれても
想いはどうしようもなかった
息苦しくて、泣きたくなった
泣くわけにはいかなかったけれど

「なんだ、いたのか・・・」
「風邪ひくよ?」
肌にまとわりつくような湿気、それから雨の雫
こちらに気付いた和馬は、にっと笑ってみせた
「ちょっと頑張りすぎじゃない ?」
「何かやってないと、気が変になりそうだからな」
どこか辛そうなその顔が、自分に少し似てると思った
和馬は何を忘れようとしているのだろう
「おまえさぁ、そこでフォーム見ててくれねぇ?」
「うん」
和馬が、少しだけ笑った
シュートを続ける
雨の中、何本も何本も
(好きだよ、あんたのこと)
止めるなんてできなかった
どうやっていいのか、わからない
恋愛なんかロクにしたことがないから、諦め方なんてわからない
(でも諦めなきゃならない・・・)
の存在と、和馬の気持ち
和馬が好きなのはで、は友達
それ以上になれることはない
「左肘が曲がってる」
「え?」
「10本ともそうだね、それ癖かな?」
「そうかもな、気付かなかった」
シュートし続ける和馬の後ろ姿
二人共有しているものはバスケへの夢だけ
バスケをしている間だけは、隣に立っていてもいい?
また切なくなった
二人してインターハイへ
今はそれだけが、この不安定な気持ちを支えている
そう思う

「俺、バスケとお前がいればそれでいい」
最後のシュートを決めた後、和馬がつぶやくように言った
「え?」
「他はいらねぇ」
雨の音が耳につく
ザーザーと、それはやけにはっきり聞こえていた
和馬の声がよく聞こえない
彼は、一度苦笑した
それ以上 何も言わない
も、聞き返さなかった
胸だけが、ズキンと痛んだ
3日目の、夜が終わる


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