夏合宿2日目  (鈴×主)


練習中に、和馬が派手にすっ転んだ
いつもの体育館と違って、ここは外のコート
下は乾いた土だったから、見事に膝がすりむけて大袈裟な程の流血をした
珠美が蒼白になって飛んでくる

「こんなもん洗っときゃ治るんだよ」
「でもバイ菌が入ったら・・・っ」
水道で、乱暴に水で血を洗っている和馬の側で、珠美は救急箱を手にオロオロと立っていた
「いいよ、自分でやっから、それ置いていけよ」
「でも・・・っ」
「コーチが呼んでんぞ」
「あ・・・っ」
心配そうに一瞬どうしようか迷って、
だが珠美は、もう一度コーチから声がかかると、救急箱を側に置いてコートへと戻っていった
冷たい水で膝を洗いながらため息をつく
珠美はマネージャーとしてよく世話を焼いてくれる
ちょっとトロイところがあるけれど、それはそれで癒し系と取る奴も部には多くいた
心配してくれるのは有り難い
だけど、今の和馬にはそれも煩わしいだけなのだ
頭の中には、のことしかない
昨日まで、考えまいとしてきたそのことだけが、今は全てを支配していた
が好きだ
だから、側にいたい

「何やってんの?」
「え・・・?」
ざーざー、と
もはや足の感覚がなくなるほど水を流し続けていた和馬は、ふと我に返った
休憩中なのだろうか
が、ドリンク片手に水道のところまで歩いてくる
「うわ、コケたの?」
「おう」
ぎゅ、と水を止めた
まだ血は、滲んでいる
「下 土だもんねぇ
 私も去年やったから懲りて今年はずっとジャージだよ」
「暑いからなぁ、ジャージは」
側に置いてあった救急箱をが取った
座りなよ、と
仕種で言うから、側の階段に腰を下ろす
器用に、
まるで保険医みたいに、は消毒を手早くやってのけた
粉の薬をふって、ガーゼを当てて、それから包帯を巻いた
「ちょっと大袈裟じゃねぇ?」
「だってまだ動くでしょ?
 取れなきゃいいんだから」
「まぁ、そうか・・・」
あっという間だった
触れられるの指
手付きは素早くて 少々乱暴に感じられるのに、どこか労ってくれているような気がするのは気のせいだろうか
が触れると、痛みも消えてゆく気がした
「お前、うまいな」
「ちょっと研究してんの、こーゆうこと」
「なんで?」
「知ってたら、役に立つでしょ」
「たしかに」
和馬が笑った
も笑って、それから目を伏せた
二人でいると、心が切なかった

その夜、部屋へ戻る途中で、を見かけた
時計は11時を回っている
昨日と同じよう10時過ぎまで一人で自主練習をして、当番に残しておいてもらった晩御飯を食べて戻ってきたところ
コートの見える渡り廊下のところに、は一人で座っていた
「何してんだ? 」
「涼んでんの」
髪が濡れてるから、風呂上がりなんだろうとか
パジャマにしてるTシャツの下に、ブラジャーなんかしてないんだろうな、とか
一瞬考えて、慌てて頭を振った
普段はそんなこと思わせないくせに、時々こんな風に
めったに見れない下ろした髪とか
濡れたような唇とか、無防備な身体とか
唐突にムラムラさせられる
は女で、自分は男だから
「何? どうかした?」
「や、なんでもねぇ」
ふい、と顔を反らして だが隣に腰を下ろした
昼間が嘘のように感じる涼しい風が、時々吹いていく
「部屋の中暑いんだよね」
「ああ、俺も昨日寝苦しかった」
本当は、のことを考えていたから眠れなかったんだけど
「あんた、それお風呂入ったらもっかい消毒しといた方がいいよ」
「じゃあ、やってくれ」
「えぇ?! マネージャーいるでしょ?」
「もぉ寝てるだろ」
「・・・じゃさっさとお風呂入っておいでよ」
迷惑そうな顔はしてなかった
それで、和馬は腰を上げる
「10分で入ってくる」
「お湯につかった方が疲れ取れるんだって
 待っててあげるから10分くらいはつかってくること」
の表情は、廊下の淡い光の中 揺れているように見えた
「シャワーだけでいいって」
「ダーメ、明日も練習あるんだから」
計っててあげる、と
こちらを向いて笑った顔に、ドクンと心臓が音をたてた
が好きだと思った
他の誰も、こんな風に言ってくれないし、こんな風に笑ってくれない

外の風は、湯で火照った身体に気持ちよかった
和馬が風呂に行っている間に取ってきたのだろう
救急箱を開いて、は消毒液を取り出した
出血はいつのまにか止まっている
風呂でしみるように痛んだ傷も、今はおとなしくなっていた
消毒されても、痛みはほとんどない
「明日は試合できるんだってね
 コーチがここらの高校と練習試合組んでくれたんでしょ?」
「なんかその高校まで走るとか言ってたぞ」
「えー? 冗談でしょ?」
「わかんねぇぞ、あのコーチもはりきってるからなぁ」
おかしそうに、が笑った
消毒した上に、また粉の薬を振り掛けている
それにガーゼを当ててテープで止めた
昼間よりは大分簡易だ
「なるべく空気に触れさせた方が治り早いんだって」
「へぇ」
が触れるのが気持ちよくて、ただ相づちを打っただけだった
あとは寝るだけだから、別に包帯がなくたって平気だ
「明日はガーゼ外していいよ
 薬ももういらないと思う、あんた頑丈だから」
「わかった」
よけいなところについた粉の薬を、が指で払った
くすぐったい
同時に、何かわけのわからない疼きみたいなものが身体の中を駆けていった
触れるの手、感触、体温
気づいたら、手を伸ばしていた
驚いたようなの手
それを上から握りしめた
膝に押し付けるようにしたら、熱さが伝わってきた
同時に、鈍い痛みも広がっていく

「鈴鹿・・・?」
「なんか、こうしてると治る気しねぇ・・・?」
いつもみたいに笑って言うことができず、和馬はうつむいたまま口を開いた
ガーゼの上に乗せられたの手
それを上から押さえつけて握りしめて、伝わる熱を感じていた
戸惑ったようなの声
顔は、見ることができなかった
この手を、放したくなかった
「痛いでしょ・・・? そんな・・・力いれたら・・・」
痛いのは、心だと思う
こんなに近くにいるのに、は自分のものじゃない
触れる距離なのに、届かない
心はもっと遠い、そんな気すらする
「・・・そだな・・・痛い気、する」
ため息を吐いた
どれくらい、の手を握ってたのかはわからなかった
ほんの1.2秒だったのかもしれないし、1分くらい経ったのかもしれなかった
ただ、どうしようもなかった
これ以上、どうしようもない

おやすみと言って、は救急箱を持って部屋へ戻っていった
残されて和馬は暗い空を見る
晴れていたら星が山ほど見えるのに、と
つぶやいてため息を吐く
まるで心の中のよう、星はひとつも見えてこない


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