夏合宿1日目  (鈴×主)


夏合宿が始まった
例年と同じ場所での、4泊5日にも及ぶ強化合宿
最初の1日が終わったところで、すでに初参加の1年生はヘバっている
そんな中、和馬は一人もくもくと 練習後の自主トレーニングに励んでいた
朝は誰よりも早く起きだしての走り込み
練習が終わってからは、ひとりシュート練習
「ほどほどにしておけよ」
そう言うコーチに はい、と
一言返事をしてからも、もくもくとひたすらにボールを投げてはシュートを繰り返す
そうすることで 何かを忘れようとしているかのように

「鈴鹿くん、あんまりやると身体こわすよ・・・」
10時を回った頃 みかねた珠美がコートに出てきた
心配そうに、声をかけてくる
それで、和馬はようやく時間に気付いた
「こんな時間か・・・」
1日なんて早いな、と
つぶやいて、その場に座り込む
「大丈夫?」
「おう」
差し出されたドリンクに手を伸ばし、乾いた身体を潤したら 突然に腹が減っていることを思い出した
「腹減った・・・」
大きく息を吐きながら、そう言ってみる
夏合宿1日目
こんな風に一日中 バスケのことだけを考えていられるのは 今の和馬にとってはありがたかった
他の事は何も考えたくない
今はただ、強くなることだけ
合宿中は恋人との電話なんかも禁止されるから、ここは外から遮断される
のことも考えなくていい
バスケのことだけ、それだけでいい
「鈴鹿くん、何かあったの?」
「何もねぇよ」
「でも、ちょっと恐いくらい・・・真剣だよ・・・?」
立ち上がって歩き出した和馬の後を遠慮がちについてきながら、珠美はそっと伺うように聞いた
大会に負けてしまってから、たしかにどの部員も今まで以上に気合いを入れて頑張っている
その中でも、和馬の気合いは異常だった
何かにとりつかれたように 練習に打ち込んでいる
そんな風に見える
「恐いってな」
和馬が、苦笑した
慌てたように、珠美が後ろで「悪い意味じゃないの」と弁解していたが耳に入らなかった
恐いくらい、そうかもしれない
今は何も考えたくなくて、バスケに打ち込んでいるのだから
呼吸をすること、走ること、ボールを運ぶこと、シュートすること、そしてまた呼吸をすること
それだけ
頭の中をからっぽにして、くたくたになるまで身体を動かしている
余計なことを考えないように
のことを、考えないように

「あれ・・・?」
食堂のドアを開けた
晩御飯を食べていないから、腹が減っている
何か残ってないかと来てみたら、そこは薄暗くて静かだった
「つまみ食いにでも来た?」
そして、唯一電灯のついているあたり
流しのところから声がかかった
聞き慣れた、妙に心がソワソワする声
が、エプロンをつけてそこで笑ってた

「飯食いそこねてさぁ」
ジャージ姿のまま、和馬が側へ行くと はおかしそうに笑った
「あんた、今まで練習してたの?
 ちょっとはりきりすぎじゃない?」
今日の当番なのであろうは 片付けの最中だったらしく 側には洗い終わった食器が山のように並んでいた
ちゃん、一人?」
「1年の子と当番なんだけど、バテちゃってね
 明日もハードだから部屋で先に寝かしたんだ」
珠美とが会話する
の声だけ、聞こえるような気がした
今日、はじめてまともに見るかもしれないの顔
何か、ホッとするような ソワソワするような感じがあった
「飯なんか残ってねぇの?」
「残ってるわけないでしょ」
が笑う
「何か、買ってこようか?」
珠美が、心配そうに言った
「なんだよ、残しといてくれてもいいだろ」
「明日から当番に言っておくことね」
またが笑った
腹は減ってたけれど、心は満たされていく
そんな感覚があった
珠美の言葉なんか耳に入らない
「仕方ないなぁ、何か作ってあげようか」
3度目、が笑った時には 何かが麻痺してるみたいな感覚があった
から目が離せない
の言葉に、無意識にうなずいた

和馬はが簡単な料理をしている間も そこから動かなかった
たわいない話をして、笑いあう
「1年で、レギュラー獲れそうな奴いると思うか?」
「女子は1人、いるよ」
「男子はわかんねぇな」
電灯の下で、二人きり
練習で疲れているのに、笑っていられた
あれだけ考えないようにしていたのに、といると楽だった
「あの、何か手伝うことある・・・?」
側で、珠美が口を開く
まだいたのか、と一瞬思った
だからが、ええと、と、何か言う前に 和馬はその言葉を遮った
「悪かったな、マネージャー
 もぉ帰ってていいぜ、俺 食ったら戻るから」
煩わしいと、心にそういう意識が生まれる
この空間に、以外はいらない

出てきたメニューは10分ほどで作れる簡単スパゲティだった
野菜が山ほど入ったクリームソース
「俺、トマトのやつの方が好き」
「作ってもらっといて贅沢言わない」
「おまえ、料理とかうまくなったよな」
「少しは私も成長してるってことかな?」
広い食堂で、向かい合わせに座って、二人きり
こんな短時間で作ったのに、
1年前には、カレーの野菜を切ることしかできなかったのに
の作ってくれたスパゲティは、どこぞの店で出てるような、そんなものに感じられた
見た目だって、味だって
「やってみたら楽しいね、料理って」
簡単なのしかまだできなけど、と
は笑った
目の前の和馬が ガツガツと食べている様子におかしくなる
「そんな慌てたら消化悪いよ」
「おう」
二人きり、声が響いていく
外の世界と遮断されたこの合宿
もまた、バスケのことだけを考えていた
そうやって、心を無にしていないと すぐにバランスが取れなくなる
今は側に、引き止めてくれる色もいないから、心が和馬に傾いていく
和馬への想いに、溺れそうになる
胸が苦しくなるほどに
「うめぇよ」
「それは、ありがとう」
笑った
和馬は相変わらず ひたすら皿だけを見て食べ続けている
和馬が目の前にいて、自分に話し掛けてくれて、笑ってくれて
二人、何でもない時間を過ごすことが 本当に幸せだと感じた
友達として、こうしていられたら他には何も望まない
望んではいけない
自分にそう、言い聞かせる

「なぁ、合宿が終わったら休みあるだろ?
 去年みたいにどっか行かねぇ?」
「え?」
食堂の、小さな電灯の下
ザー、という水道の音を聞きながら、はほんのわずかに手を止めた
時計は11時を回ろうとしている
誰もいない、二人だけの空間
「去年、楽しかった」
自分の使った皿が洗われているのを見ながら和馬が笑う
夏の日、レギュラー獲得前祝いだといって、二人ではしゃいだあの遊園地
二人でいることが何より楽しいんだと、知っているから
「悪いけど、ダメだよ、私は行けない」
「なんでだよ・・・?」
ふ、と
思い出から意識を戻され、和馬はの顔を見た
洗っている皿に視線を落としたの横顔
ほんの少し、その目が揺れている気がしたのは錯角じゃないだろう
泣き出しそうだと思った
「だって、私 三原とつきあってるんだもん
 他の男とはデートできないなぁ」
「・・・ンなの俺だって・・・」
二人でいたら、誰といるより楽しくて
二人でいることが、何よりの幸せ
去年は楽しかった、本当に
だけど、今年はそうはいかない
「あんたも以外の子を誘ったりしちゃダメだよ」
が笑った
いくら友達だって言っても、と
その言葉に、怒りみたいなものが心に生まれた
何だってんだ、二人は友達なのに
友達と、遊びに行くことさえもできなくなるなんて
そんななら、恋人なんかいらない
なんかいらない
一瞬、心がカッとなった
でも、言葉は出てこなかった

こんななら、1年前の方がよかった
和馬にもにも、恋人なんかいなかったあの夏
誰にも邪魔されず、二人でいられた
と一緒にいられなくなるなら、なんかいらない
以外いらない

片付けを終えて、部屋へ戻った後も和馬は眠れなかった
意識が昂っている
考えまいとしていたのこと
顔を見たら、嬉しかった
友達として、一緒にいて一番楽しい奴なんだから当然だと思って、その後
すぐに思い知らされた
最近ずっと、考えないようにしていたことのこたえ
が、誰より大事だってこと
「どうしろってんだよ・・・っ」
寝返りをうって、闇を見つめた
部員達の寝息が聞こえてくる
苦しかった
あの怒りみたいなものが引いた後は、この締め付けるような息苦しさだけが残った
あの夏を、また手に入れられると思っていたのに
断られるなんて思ってなかった
まるで足枷をつけられたような気がする
への想いに比べたら、に対して持っているものなんて 本当に本当に小さなものなのに
どうして、もっと早くに気付かなかったのだろうと思った
のことが、こんなにも好きだと


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