夏  (鈴×主)


大歓声が、どよめきに変わっていった
審判がフエをふく
選手達が動きを止め、倒れている二人を囲んだ
熱気のただ中、が床に身を投げている

っ」

手すりから身を乗り出して和馬は叫んだ
コートからここは遠い
このざわめきに、和馬の声なんか簡単に消されていく

 ・・・・ちくしょ・・・っ」
審判に助け起こされて、相手チームの選手が先に起き上がった
はまだ起きない
プレイ中に強く接触した二人が、ほぼ同時に床へ倒れた
起きた方は控えの選手に支えられコートを出、
は、しばらくしてようやく上体を起こした
和馬のいる場所からじゃ、よく見えないけれど は立ち上がることもできないようだった
どこか怪我でもしたか
瞬間、ゾッとした
そして気付いたら、駆け出していた
今、試合をやっているコートへと

っ」
階段を降りて、コートへの入り口のドアを開け 和馬はベンチへ目をやった
呆れたようなコーチと目が合う
「おまえ、次試合だろう」
は? 」
「今から病院へ行かせる」
「どっか怪我したのか?」
コーチの隣で、が苦笑した
コートでは、別の部員が出て試合が再開されている
「大丈夫なのか? 頭打ったりとか・・・っ」
「平気」
の言葉は短く、表情はよくわからなかった
ほんのわずかしか和馬の方へは向かない
痛いのか、気分が悪いのか、それとも抜けた試合が気になるのか
目だけが、見たことのない色を浮かべていた
「おまえは戻れ、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「けど・・・」
「お前がいたって何も変わらんだろう」
続けざまにフエが鳴る
が抜けて、点が取れなくなった
そして、2度続けてゴールされた
また、の目が揺れた気がした

5分程で、タクシーが来たようだった
「車がきました」
「ああ、すみません」
ベンチの後ろのドアが開き、係りから声がかかる
「病院へ行って、家に帰りなさい
 後で、電話をする」
「はい」
コーチはを促し、
は一つだけうなずいて 係員に支えられながら立ち上がった
左足を庇って、ゆっくり歩く
見ていて、痛々しかった
胸がぎゅっとなった
・・・」
一瞬、が顔を上げる
ドクン、と心臓が鳴った
自分が怪我したわけでもなく、自分が退場になったわけでもないのに
この不安に似た悔しさは何だろう
他の誰がこうなったって、こんな風に苦しくなんかならない
「あんた次でしょ」
「おう・・・」
「勝ってね」
にっと、
が笑ったのに、息がつまった
どんなにか悔しいだろう
大事な大会で、こんなリタイヤ
自分が抜けて、チームは点が取れなくなって
このままじゃ負けてしまう、そんな結果がもう見え始めている
「あんたは勝って」
誰にも聞こえないよう
和馬にしか聞こえない様、小さくがつぶやいた
すれ違う瞬間ノ、ささやきに似た言葉
一瞬だったから 和馬は返事ができなかった
すぐに、ドアの閉まる音がする
耳に歓声が戻ってくる
試合は、やはり負けへと向かって運ばれている

悔しいだろうと思った
最後まで戦えず、負けるなんて
夢だったインターハイが、こんな風に消えるなんて

女子の試合が終わってすぐに、男子の試合が始まった
必死だった
せめて自分達だけでも、と
男子だけでもインターハイへ、と強く願った
勝って、と言ったあきらの言葉
ずっと心に残ってる
勝ちたかった
こんなに強く思ったのなんか初めてかもしれない
苦しい戦いだった
「くそ・・・っ、勝ちてぇ・・・っ」
息が上がる
攻撃も、守りも、
何でもやって、誰よりも走った
それでも、届かなかった
最後まで諦めなかったのに
・・・っ」
荒い息を吐いて、最後のフエを聞いて、の名を呼んだ
返事は聞こえてこない

その病院は、静かだった
まるで外の世界と切り離されたような空間
診察時間は終わったのだろうか
廊下の電気も、半分ほど落とされている
そんな中、はガランとした待ち合い室のソフアに俯いて座っていた
足音に気付いてこちらを見上げ、少しだけ笑う
和馬は、無言で側に立った
試合の後、駆け付けてきた
心配だったからとか、試合の報告をしたかったからとか
そんなこと、何も考えてなかった
ただ、に会いたかった
「負けた」
女子も男子も、大会は今日で終わった
インターハイに、届かなかった
「わりぃ・・・」
つぶやいたら、は僅かにうなずいた
「気合いが足りなかったかなぁ」
「あと、実力もな」
どかっと、の隣に腰を下ろす
前を向いて、大きく息を吐いた
これはため息なんかじゃない、深呼吸っていうんだ
「夏合宿で鍛え直しだな」
今度は大きく吸った
隣で、が僅かに笑った
ここには他に誰もいない
とっくに治療のすんでいるであろうがここにいるのは、家からの迎えを待っているからだろう
「車、来るのか?」
「病院の前にタクシーがいたから」
「なんだ、じゃあもぉ帰れるのかよ」
は返事をせず、和馬と同じ様に 息を深く吸って吐き出した
視界の端に、が映ってる
真直ぐには、見られなかった
「怪我してんだから、早く帰れよ」
「うん」
もしかして、自分を待っていたのだろうか
ふと、そう思った
言葉にはできなかったけれど

「お前、それ夏合宿までに直せよ」
「大丈夫って先生言ってた」
「ならいいけど」
病院の前のタクシー
たくさん止まってるから、いつでも帰れたはずなのに
は、和馬が来るのを待ってたのか 長い間あの待ち合い室にいたようだった
「鞄とかは女子部の誰かが家に届けるってよ」
「うん、コーチから電話があった」
「そ、か・・・」
待ってたのか、と
聞きたかったけど、やっぱり聞けなかった
言いたいことは、言葉にならない
「来年は絶対行くぞ」
「うん」
インターハイ
その響きは憧れ
二人はまだ2年だから、来年がある
そして、すぐにそれへ向けての夏合宿が始まる
「なぁ・・・」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・・や、なんでもねぇ」
が、タクシーに乗り込んだ
言いたい言葉はやっぱり出てこなかった
「鈴鹿」
「ん?」
どこか近くで、急にセミが鳴き出す
ああ、そんな季節だったっけ、と
今までバスケしか見えてなかった自分に気付く
負けて、ちょっと落ち着いたのか
大会が終わって 気が抜けたのか
気付けば季節は夏だった、それが妙におかしかった
「来てくれる気がしてたんだ、なんとなく」
の言葉に、それかけた意識がふと戻った
「え?」
「だから待ってた」
ちょっとだけ、が笑った
言葉の意味は、後からようやく入ってくる
だから、何の言葉も返せなかった
ありがとう、と
多分 は言ったけど 同時くらいにタクシーのドアが閉まって、セミの声がまた耳に飛び込んできて
それはよくは聞こえなかった
タクシーが、遠ざかっていく

空を見上げたら、白い太陽が斜めになっていた
待っていた夏だ
大会は終わったけれど、季節はまだ始まったばかり
叶えられなかった夢を二人して、また語る日々がやってくる
和馬は、大きく深呼吸した
1年後の今頃、笑っていられるように 強く強くと高みを目指す


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理