華  (鈴×主)


春のある日、色が言った
「君の絵が描きたい」
放課後、そう言った色の顔は いつもの優雅で余裕の色とは少し違う気がした
「私の絵?」
「そう、君の絵
 君が初めてバスケットをしているのを見た時に とても綺麗だと思った
 あれからずっと君ばかり見ていたよ」
微笑む色を見て、が少し頬を染める
「私、モデルなんかやったことないよ」
「かまわない、君がそこにいてくれるだけで」
色の目はまっすぐを見ている
ずっと君ばかり見ていた、とか
君が描きたいとか、
色の言葉はまっすぐすぎて恥ずかしい
言われたことのないような、くすぐったい優しい言葉
にだけ向けられた特別な言葉
「私、クラブがあるからあまり時間、取れないけど」
「2日で描き上げるよ」
だから君の時間を2日間ほしい、と
そう言って、色はもう一度笑った
やっぱり、いつもより少し緊張したみたいな、そんな顔だった

キャンパスに向かう時の色は、とても真剣な目をしている

日曜日の朝、外は晴れ
服を全部脱いで、は色のアトリエに立った
最初、そう言われた時は驚いたけれど、すぐに色らしいと思いなおす
は小さい時から華道なんてものをやってるから、芸術といわれるものに触れる機会が多かった
色の絵を見て、いいなぁと思ったことも何度もある
だから、服を脱ぐのに何の抵抗もなかったのか
画家の顔をした色の前に、恥ずかしがって立つのは失礼な気がした
色は、真剣に自分を描きたいと言ってくれているんだと悟る

の裸体に花が飾られた
アトリエはガラス張りで、向こうには広い庭が見えている
咲きけぶる花達
美しいままに摘み取られて、の髪を、身体を、それは飾った
「君には花がよく似合うね」
微笑する色
恥ずかしさは、今はなかった
「ありがとう」
最初は立って、次に座って、それからベッドに横たわって
何枚も何枚も色は描いた
炭を使う音が静かなアトリエに響いていく
「ねぇ、三原」
「ん?」
「三原の海の絵、学校の廊下に飾ってあるやつ
 あれは、どこの海?」
キャンバスの向こうで、色が笑った
「あれは、心の中の海」
「三原の心の中?」
「そう、11才だった、初恋というのを経験して失恋した
 そういう時に生まれた心の中の海」
意外な答えにが笑う
「あの絵、私 好きなんだ
 そんな悲しい絵に見えないから不思議ね」
「あの頃は恋も失恋も知らなかったからね
 なんとなく心に海が広がっていった、それを描いたんだ」
色が着色を始めた
油絵の具の匂いが、のところまで漂ってくる
「今は、恋をしてないの?」
「してるよ」
それも意外な答えだった
「三原はどういう人を好きになるの?」
美しいものにしか魅力を感じないと言った色
彼の容姿、才能、それからものを見る芸術家の目
それを考えれば、そのとっぴな発言にも説得力は生まれる
クラスのみんなが言うような、美しさではなく
ものの持っている本当の美しさを、色は見ているんだろうと思う
「君は?
 その胸の中に、誰を住まわせているの」
急に、名前を呼ばれた
それで驚いて、色を見つめた
彼の目は、画家としてキャンパスに注がれている
「私は・・・鈴鹿が好きなの」
言葉にすると、切なさが胸に広がっていった
ああ、まだ好きだ
自覚したあの日から、諦めよう、忘れようとしてきたのに
想いを殺そうとしてきたのに
「でも、気付いた時には失恋だったな」
「彼には恋人がいるみたいだね」
「そう、とても可愛い子、三原も知ってる?」
「僕の目には映らない存在だよ」
色がこちらを見た
画家の、真摯な目
みんなこんな真剣な色を知っているのだろうか
色ファンクラブ、と言って騒いでいる子達
彼女達は、こういう色を ちゃんと知っているのだろうか
「人の本当の姿を見るのは難しいことじゃないんだけどね
 みんなはあまり、見ようとしないね」
淡々と、色は言った
そして、小さく息を吐く
「どうしても、自分の中の幻想を追ってしまう
 だから、君を描いてみたかった
 ありのままの君、僕の幻想じゃない君
 ・・・話を受けてくれて、ありがとう」
油絵の具の匂い
彼が今持っている色は、ブルー
視線で色の手許を追って、はわずかに苦笑した
「そんなこと言ってくれるの三原だけだよ」
ありのままの自分
それを見てくれるの?
和馬の恋の応援をして、二人は親友だと笑って、なのにこんなにも好きだと
和馬が好きだと思っている卑怯な自分
気持ちを隠して、親友のふりをする汚い自分
「私、鈴鹿を裏切ってる」
「人の思いは簡単じゃないからね」
涙がこぼれた
こんなことで自分が泣くなんて思ったことなかった
「私、ずるいよね
 あいつは親友だって言ってくれたのに、私はまだ好きだなんて」
和馬の信頼を裏切ってる
向けてくれた想いを裏切ってる
「やな女だ」
「僕は君が好きだよ」

こぼれた涙は、拭えなかった
ただこぼれるだけ
視界にぼやけた色が、立ち上がって近付いてきた
綺麗な手が の頬にぬれる
涙がぬぐわれた
心が熱くなる
どうして泣くのかわからない
「僕が追っていた幻想の君は、笑っていた
 夏の日、太陽の下でキラキラしていた
 何度か描こうと思って、描けなかった
 今日、ここに来てくれた君を見て理由が分かったよ
 君は笑ってなんかいない、泣いてる」
色はが好きで、は和馬が好きで、和馬はまた別の人を好き
「次は笑ってる君を描きたい
 君が笑えるまで、僕が側にいる、
言葉は、心にすっと入ってきた
誰かが、ありのままの自分を見てくれる
誰かが、自分を好きだと言ってくれる
こんな汚い自分、醜い自分、ずるい自分、全部を好きだと言ってくれる
「君の悲しみが癒されたら、きっと笑ってくれるね?」
は、もう一度涙をこぼした

もう1日は、先へとっておくと
色はを家まで送り届けて言った
「今日はありがとう」
「私こそ」
にこり、色が笑う
優しい笑みだった
車を降りる時、唇に触れられた
優しいくちづけ
抵抗はしなかった
色は自分の側にいると言った
はそれを受け入れた
色の行為は、多分その関係の確認
「おやすみ」
車が走り去る
真夜中の暗闇の中、しばらくは立っていた
温かい風が肌を包む
あちこちから花の香りがしていた
落ち着いている心
誰かに必要とされることが、こんなにも満たされることなんだと初めて知る
優しい色
は和馬が好きなのに、それでも側にいると言った
君の悲しみが癒されるまで
それはきっと、和馬を忘れることができるまで
苦笑した
今はまだ こんなにも和馬が好き
自分が悲しくなるほど
どうして諦められないのかと呆れるほど
「やな女」
もう一度つぶやいた
自嘲は、空しく空気に混ざった


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