差し入れ  (鈴×主)


鈴鹿が怪我をした
聞いた時に、ドキっとして体温が下がった気がした
物音が、一瞬遠ざかっていく

怪我ってどうして? どこを? どんな風に?

ゾクとする
は左足に故障を抱えてる
中学2年の時、試合で傷めたものだった
2週間に一度は病院へ行って診察してもらう
いつも人より多く準備運動をして、膝に負担のかけない動きを意識している
それでも試合なんかでディフェンスに当たられて踏ん張ったりすると痛むのだ
完全には治らなくて、多分ずっとつきあっていかなければならない傷
そんな風に、和馬がなったらどうしよう
1年でレギュラーが捕れる程 和馬は巧い
まだまだ伸びる
背だって技術だって、彼の夢が叶うまで伸びていく、そんな奴なのに

「なんか子供と遊んでて怪我したらしいよ」
かばったんだって、と
先輩が言っていた
たいしたことないのだろうか
クラスが違うから、和馬が今日 休みだなんて知らなかった
クラブに出てないのに気付いて聞いたら、そう教えてくれた
部員の何人かが 帰りに見舞いでも行くかなんて話してる

練習後、はボンヤリと歩いていた
怪我をした時のことを思い出す
夏の試合だった
その時のメンバーは強くて、も当然レギュラーだった
優勝まであと2勝、そんな試合だった
あの頃、は花形フォワードで、プレースタイルも今とは大分違っていた
勢いよく突っ込んでいく
身軽だったから、スピードを活かして鋭いドリブルであっという間にゴール下までボールを運んだ
コートの中では目立っていた
だから自然マークもたくさんついて、ガードもきつくされた
それは試合終了真際の、ファール的な当たりだった
バランスをくずしてコートに倒れ込んだの上に、当たったディフェンスの子が同じ様に倒れてきた
視界が真っ暗になって、気付いたら病院にいた
膝が、痛んだ
同じだけ、不安で心がぎゅっとなった
このまま、バスケができない身体になるんじゃないか
そう考えたら、恐くて震えた
一人、震えた

何人かの部員達と一緒に は歩いていた
珠美はさっき花屋で小さな花束を買っていた
お菓子やらジュースやら
悲愴感のない差し入れが 部員達の手に握られている
聞けば病院ではなく自宅にいるというから みんな少しは安心して、こうやって押し掛けている
ひやかし半分、心配半分で

和馬の部屋には、がいた
珠美が一瞬躊躇して、だがめげずに笑顔を取り繕うと花束を渡す
「大袈裟なんだよ、たいしたことねぇのに」
「明日出てくんのか?」
「学校は行く、部活はまだちょっと無理って言われた」
平気そうに、和馬は笑った
足首の軽い捻挫
転びそうになった子供を庇ったんだと聞いた時に 和馬らしいと思った
見舞いにおしかけた部員に照れたように、頬をそめている和馬の顔をみて 少しだけ安心した
多分、この程度の怪我なら 完治して今後に影響は残さないはずだ

30分程して、部員達は引き上げるべく部屋を出ていった
賑やかな話声が遠ざかる
「悪かったな、わざわざ」
「心配なさそうだし安心した」
が最後だった
来てくれたのを見た時 嬉しかった
それから照れくさかった
「遅れるのが嫌だな、練習」
和馬の声
ちょっと沈んだように聞こえたのは にだけかもしれない
も怪我をした時思ったのはそれだった
ベッドの中で不安になる
こうして寝ている間にも、ライバル達は強くなっていって
自分はどんどん遅れて弱くなるんじゃないかって
あのコートで今までのように戦える身体になるまで、長い長い時間がかかるんじゃないかって
「2週間安静だと」
部屋には、と和馬としかいなかった
心配気に和馬を見るの目が、へと移動する
不安をどうにか押し殺そうとしている和馬に 戸惑っているのかもしれない
さっきまでの和馬は、平気そうにいつも通りに笑ってたから
「残念ながら、ただ休んでるだけってわけにはいかないよ」
は笑った
和馬の気持ち、よくわかる
怪我をして、他の部員やライバル達に置いていかれたような気持ちになること
休んだ分を取り戻すのに、どれだけの時間がかかるのか想像できないこと
自分の力が衰えてしまう不安
それに押しつぶされそうになる
人の前ではいつも通り、明るく振舞っていても
「何・・・?」
怪訝そうに 和馬が顔を上げた
「これ、私からの差し入れ」
練習の後、体育館で書いたノートの切れ端を差し出した
あの不安の中の自分を思い出して書いた
今、膝を傷めている、にしかわからないことを書いた
「何? これメニュー?」
「あんたのこの2週間の練習メニューね
 怪我したからってただ寝てただけじゃ鈍るに決まってるでしょ
 足以外は元気なんだから できることはしときなさいよ」
何でもないことのように言い放って、は笑った
下で部員が呼ぶ声がする
「それなら足に負担はかからないよ」
そう言って、は軽く手を振って部屋を出ていった
ポカン、と
和馬はいつまでも、手の中のメモみたいなメニューを見ていた
心が、すっと楽になっていく気がした

一人になってから、和馬はもう一度のくれたメニューを見た
山ほどリストが書かれている
ひとつ、そっとやってみた
怪我した足を庇いながらじゃやりにくかったけど、できないことはなかった
不安が、一つ消える
もう一つ、やってみた
不格好ながら、やりこなせた
動ける、できる、怪我をしていても練習はできる
「さんきゅー、・・・」
心の中にずっと重くあった不安が、身体を動かすたびに減っていった
ああ、どうしてには和馬の気持ちがわかるのだろう
誰にもわからなかった
や珠美は、大丈夫? 痛くない? と心配するばかりだった
部員は 早く治せよと励ましてくれただけだった
差し入れは花とお菓子とジュースと雑誌
どれも、笑って受け取ったけど不安は何一つ拭えなかったのに
「さんきゅー」
もう一度、小さくつぶやいた
だけは、和馬の気持ちをわかってくれた
そしてこの、重い焦りを取り除いてくれた

歩きながら、はまた考えていた
2週間に一度病院へ行って診察をしてもらって 悪化しないよう注意しながら練習する
夏休みやクリスマスにも病院へ行った
煩わしい、けれどそれを自分ではどうしようもない身体
思いきったプレーができなくなったから、スタイルを変えざるをえなかった
昔みたいに思いきり突っ込んではいけない
なるべく当たらないよう、激しいぶつかりあいはしないよう
避ける練習をたくさんした
隙間を縫うような動きを身につけた
一人でボールを持たない様になるべくパスを出すようになった
自然、パスの出せる相手を探すことに長け、コート全体が見れるプレーヤーに成長した
遠くからのシュートは苦手だったけれど、毎日毎日練習した
今まではドリブルでゴール下まで持っていけたけど、今はそうはいかない
遠くからでも点が捕れるように、遠くからでもゴールできるように
そうやっては中学の最後の1年間を過ごした
だから今も、そういうプレイをしている

「鈴鹿くん 元気そうでよかった」
「そうだね」
隣を歩く珠美の言葉に、少しだけ笑った
は和馬の突っ込んでいくプレーが好きだ
清清しくて、猛々しくて
これぞフォワード、攻めのバスケという感じがする
自分がもう そんなプレイはできないからこそ、憧れに似たものを抱く
だからこそ、和馬には怪我の後遺症を残して欲しくなかった
今まで通り、バカみたいに突っ込んで強引にシュートして
そんな風にプレイしてほしい
だから怪我も、ちゃんと直して欲しい
自分のようにはならないでほしい

部員達の楽し気な声を聞きながら はそっと息を吐いた
どうかあの差し入れが、不安になっているだろう和馬の支えになりますように


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