ありのままで

ありのままで  (鈴×主)


文化祭当日
のクラスは喫茶店
いつもバスケ部を優先して、準備段階でほとんど手伝わなかったには、当然のように当日ウェイトレスという仕事がまっていた
飲食関係は1学年に2クラスまでと決まっている
3年生は全クラスが演劇だから、学校中で飲食関係は4クラスだけ
喫茶店とはいうものの、達のクラスは軽食としてトーストセットとおにぎりセットなんていうメニューをだしたものだから、他の飲食クラスよりも多くの客を取っていた
「忙しすぎるっ」
「まぁまぁ文句言わないの
 さっき他のクラスの様子見てきたけど やっぱ飲み物とお菓子ばっかりでさ
 御飯食べれるっていうんで この時間はみんなうちにきてるよ」
「でももう2時だよー?」
「3時になればすくんじゃない?」
「あと1時間もあるー」
店の中は常に満席
入った途端にコーヒーのいい香りが漂うのが先生方にも受けているのか さっき担任の氷室が満足そうにコーヒーを飲んでいった
「7番におにぎりセット二つ」
「はーい、持ってって」
休みなく注文が入る
あらかじめ作ってあるおにぎりを取り出して盆に乗せ、は7番と呼ばれるテーブルへ向かった
朝はコーヒーを飲みにくる人がちらほらいるくらいで落ち着いていたのに、10時30分を回ったころ人が多くなりだした
常に教室の外に10人ほど待っているという混雑っぷり
(私もおなか減ったなぁ・・・)
予定では とっくに休憩時間のはずで、とっくに昼食を取っているはずだったんだけれど
予想以上の混雑に、急きょ隣の空き教室にスペースを作って席を増やした
だから、人出が足りない
は休憩なしで朝からずっとウェイトレス
「おまたせしました」
行った先には、見なれた顔が座っていた
「よ、おまえんとこ繁盛してんなぁ」
和馬と、バスケ部の男子
もここでウェイトレスだから、様子を見にきたんだろうか
予定ではやっぱりも休憩に入る時間だったから、一緒にどこか回るのに迎えにきたのかもしれない
呼んできてあげようか?」
「別にいい、なんかすげー忙しそうだし」
「鈴鹿のとこは?」
「俺らはお化け屋敷
 ガキばっかだけど盛り上がってるぜー
 もぉ当番終わったから楽だけどな」
もぐもぐと、おにぎりを頬張りながら和馬はにやにや笑ってを見た
「何?」
「いや、それおまえ意外に似合うな」
「意外で悪かったわね」
「誉めてるんだぜー」
「それはありがとう」
にっ、と
も笑って それから「ごゆっくり」と
言って奥へとひっこんだ
ウェイトレスがつけている衣装は、クラスの子がバイト先の喫茶店で借りてきた制服
短目の紺のスカートと白いレースのついたエプロン
頭に御丁寧に飾りまでついた 結構本格的な制服だった
それもこの繁盛っぷりに一役買っているのか
、休憩行っていいよー」
「え? ほんと?」
「隣に、待ってたお客さん入れ終わったから 人手ちょっと余裕になった
 昼ごはんまだでしょ? 食べてきなよ」
やったー、と
大きく伸びをした
途端 隣で不満そうな可愛らしい声で いいなぁ、と
聞こえては はた、と声の主に目をやる
そこではがつまらなさそうな顔をして、小さくため息をついていた
「私も和馬くん待たせてるから 休憩したい」
その言葉に学級委員が予定表を見て渋い顔をする
は11時から入ったでしょ? は9時から入ってるから」
「でも予定ではももう休憩の時間だもん」
「そうなんだけど・・・混んでるから」
「だって約束してるのに・・・」
チラ、と
の目が窓際のテーブルにいる和馬へ移動したのを見て は小さく息を吐いた
が休憩になったら、鈴鹿はきっと喜ぶだろう
「いいよ、
 私代わってあげる、行っといでよ」
「えー、昼ごはんいつ食べるの?」
「いいや、ここが落ち着いてからで
 なんかピーク越しちゃったし 今はあんまり減ってない」
だからいいよ、と
笑って言ったに、がぱっと顔を輝かせた
花が咲いたみたいな笑顔
和馬が好きな顔
「ほんと? ありがとう」
持っていた盆を棚に戻し、 は客席の和馬のところに走っていった
店内はようやく落ち着き出 している
それでも席はまだほぼ満席
こちらの準備室では、女の子達がせっせとトーストを焼いたりコーヒーを煎れたり忙しい
「15番にトーストセット4つ」
「はーい」
は、一度だけ和馬の席へ視線をやって、出された盆を手にした
和馬がに向かって笑ったのが見えた

結局、3時半になってようやく、客の数が落ち着いた
見学に疲れた父兄がコーヒーや紅茶を飲みに入る程度
ようやくに休憩が言い渡される
「よく働いたなぁ」
屋上に上がった
どこもかしこも人でいっぱいで落ち着けそうになかったし、
なんとなく静かで誰もいないところにいたかった
和馬の笑顔を思い出す
には、あんな風に笑いかけるんだ
思って苦笑した
当然か
二人は今 つきあってるんだから

ビュッ、と
強い風が吹いていった
同時にバタン、と屋上の入り口のドアがあく
「お、いたな」
「・・・鈴鹿」
そこに現れたのは、両手に何か抱えた和馬の姿
「おまえ、今日ここ立ち入り禁止って知らねぇの?」
「あんたも入ってきてるじゃない」
「俺はお前が見えたから追い掛けてきたんだよ」
にっと笑って、和馬が近付いてくる
和馬とのこと 考えたくなかったから一人になりたかった
どこも人でいっぱいだったから、立ち入り禁止のはり紙を無視して屋上へ上がった
冷たい風が気持ちよかった
心がもやもやしてるのは すごく気分が悪い
いつもバスケで吹き飛ばしてること
今日はバスケができないから、こうやって身体の中にたまっていくんだ
「おまえ、と休憩代わってくれたんだってな
 ありがとな」
和馬は、の隣に立って言った
両手に抱えたもの
パンが4つとオレンジジュースが2つ
「メシまだだろ?
 早く買っとかないと売り切れると思って買っといてやった」
差し出されたヤキソバパンは和馬の好物
「おまえはこれな、あと、これとか」
それから、が好きなチョコパン
「これは最後の1個を勝ち取った、おまえにやる」
学食一人気ののカツコロッケパン
はどうしたの? 」
「あいつはクラスの奴が探しに来て戻ってった」
和馬が、その場に座り込んでパンを頬張った
むぐむぐと、口いっぱいにつめこんでいる
「あんた 私のクラスでおにぎり2個も食べてたじゃない」
「あんなので足りるかよ」
「クラブもやってないのに」
「寝てても腹は減るんだぜー」
「そうだけど」
も、和馬の隣に座った
ほら、と
よこされた戦利品、カツコロッケパンに視線を落とす
「ありがと」
ちょっとだけ、苦しくなった
隣にいたら、弱くなる
泣きそうになる
言えない言葉を、言いたくなる
言って 何がどうなるわけでもないけれど

「なぁ、来週試合だろ?」
「うん、練習試合だけど」
「男バスも日程合わせたってコーチが言ってた」
「じゃあ鈴鹿達も試合するんだ」
「おう」
あそこの男パス強いらしいよ、と
笑ったに、和馬が眉をつりあげた
「俺らが負けるとでも?」
「最近の鈴鹿見てたらヤバいんじゃない? と思うけど」
これはちょっと皮肉
なんだよ、と
こちらを見つめた和馬に、は肩をすくめて見せた
「練習に気、入ってないよ
 コーチに言われなかった? やる気ないのかって」
「ないわけないだろ」
「じゃ、気が散り過ぎてるんだ」
原因は、誰もが知ってる
だから嫉妬して言う人もいる
「彼女ができてうかれてるからだ」
例えば、が練習中に見にきたり、
一緒に帰ろうといって待ってたりすると 調子が狂う
そっちが気になって 練習に身が入らない
練習後の自主トレもできない日が多くて、朝練にも遅刻しがち
それは夜のおそくまで、の電話につきあっているから
「試合でそれだったら怪我するよ」
「うっせーなぁ」
「人が忠告してやってるのにな」
「わかってんだよ、けど試合で負ける程じゃない」
「ならいいけど」
はむ、と
パンを頬張ったにチラと視線をやって、それから和馬は少しだけ笑った
「なに?」
「いや、お前といると楽だなーと思って」
クツクツと、和馬が笑い出す
誰といる時と比べているのか、すぐにわかった
「あんたはといる時にいい格好しようとしすぎなのよ」
言ってやったら、肯定の言葉が帰ってきた
「そうかも」
情けないような顔
こういう和馬の顔、あまり見ない
いつも強気な表情でいるから
頑固で自分勝手なところもあって、子供ですぐに怒ったりして
「けどさぁ、好きな奴の前ではいいとこ見せたくねぇ?」
照れたような顔をして、和馬が言った
のことを話す時、といる時 和馬はの知らない顔をする
ちょっと大人びて見えたりする
それは和馬が無理をしているからだと、思う
は和馬に無理してでも、好きだと思ってほしい相手だってこと
「やっぱいい格好しちまうだろ?」
胸が苦しかった
この痛みも、いつか消えてなくなるのだろうか
好きだという気持ちが冷めたら なかったことのように綺麗さっぱりと
「ありのままでいたいよ」
ちいさくつぶやいた
「え?」
和馬がこちらを見てるのが視界の端に映っている
もう一度、言った
「ありのままでいたい、私なら」
好きな人の前では、隠さず偽らず、本当の自分で
気張らず、格好つけず、バカな自分で
ありのままの自分を好きになってほしい
それは贅沢なんだろうけれど
人は、可愛いものや格好良いものを好きになるんだろうから

「たしかに」

和馬は笑った
の知ってる 悪戯っぽい笑顔だった
その後、パンの残りを口の中に押し込んで もぐもぐやったあとオレンジジュースを一気に飲み干した
また強い風が吹いていく
「そういやさ、こないだの雑誌に載ってたバッシュな、やっぱあの店に置いてあってよ・・・」
話題が変わる
テンポのいい会話
「店長時々頑張るよね、でも売ってくれないんでしょ? どうせ」
「ガラスケースに入ってたからな」
「バッシュ飾っても意味ないのにねぇ、私はサイズ合わないだろうからアレだけど」
「俺欲しいなぁ、あのバッシュ」
いつも通り
いつも、二人はこんな風
また話題が変わる
「なぁ、お前のとこ 打ち上げとかあんの?」
「ないと思う、だいたい打ち上げ禁止でしょ」
「あー、氷室学級だもんなぁ
 打ち上げとか容認してくれねぇか」
ちょっと俯いてくくっと笑うのが 和馬の癖
といる時は 大口あけてバカ笑いするか こうして笑うか
「あんたのとこはあるの?」
「いや、片付けに時間くいそうでさー」
「お化け屋敷解体するの大変そうだもんね」
「んー、ダンボール山程使ってるしなぁ、机も積み上げてるしな」
は、オレンジジュースにストローを立てた
100パーセントの紙パックのやつ
最近がはまってよく飲んでるのを覚えてたのだろうか
いつもより酸っぱい気がする
それでちょっと顔をしかめた
また、話題が変わる
「来週の試合さぁ、場所知ってるか?
 何駅? 俺 行ったことないとこなんだよな」
「バスで2回乗り換えるの、1時間くらいで着くかな」
「うえー、遠いなぁ
 向こうが来りゃいいのにな」
「うち、その日は別のクラブが試合で体育館使うらしいよ」
「体育館3個くらいありゃいいのに」
「そしたら毎日体育館で練習できるのにねー」
いつもこんな感じ
も笑って、和馬も笑って
それから二人は どちらからともなく立ち上がる
「ごちそうさま」
「おう」
「今度なんか奢る」
「いい、と休憩変わってくれた礼だから」
「そ、じゃあありがたく」
「おまえ遠慮ねーの」
「あんたに遠慮してどうすんのよ」
くしゃっと丸めたパンの袋
それから空になったオレンジジュースの紙パック
まとめて廊下のゴミ箱につっこんだ
そろそろ教室に戻らないと

じゃあな、と
手を振って笑った和馬に、小さく手を振りかえした
いつも通りの二人
痛いのにも、そろそろ慣れてきた
忘れなくちゃ、と小さく呟いてみた
心がまた、重くなった気がしたけど

5時に文化祭が終了する
片付けに必死の生徒達
最後の机を整えて、大きく息を吐いたの横を が走り抜けていった
行く先は和馬のクラス
はそっと目を閉じた
痛みは多分、いつか消える


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