彼女の存在  (鈴×主)


夏休みが終わると、学校は急に文化祭モードへと突入する
放課後は、廊下や教室でクラスの出し物製作が行われているし、文化系のクラブは文化祭の出し物に向けておそくまで毎日励んでいる
和馬は、そんな光景をぼんやりと見ながらを待っていた
ここは渡り廊下の側の階段
普段はあまり人のいない場所
「和馬くんに聞いてほしいことがあるの、渡り廊下の階段で待ってて」
クラスが違うは、1限目が始まる前に和馬のクラスの前で待っていて そう言った
ちょうど朝練を一緒に上がったと、次の試合の話をしている時で
あんたのシュートは荒っぽいとか、
もっとパスを出せばいいのに、とか
そう言うに、言い返して白熱してた時だった
「和馬くん、放課後・・・時間いい?」
言われて、一気に頭が真っ白になった気がした
隣を歩いていたが「お先」と言って 隣の教室に入ったのが目の端に映る
ああ、話の途中だったのに、と
悪いことしたな、と思いつつ それもすぐに吹っ飛んでいく
「いい? 和馬くん」
「ああ、放課後な」
目の前に立っている 背の低い
初めて見たのは入学式
隣のクラスの列に 可愛い子がいると、知らない奴が小突いてきた
前から3番目に並んでいた ふわふわした髪の女の子
ああ、確かに可愛い
ここからじゃ横顔くらいしか見えないけど、あの雰囲気が
風が吹いたら飛んでいってしまうんじゃないかと思うようなあの華奢さがとてもいいと思った
「やっぱこの高校にして正解やなぁ、女の子可愛いのようさんおるわ」
ほら、あそこにも
その知らない奴は 理事長だか校長だかの長い挨拶の間中 女の評価をしてたっけ
女追い掛けて何が楽しいんだろう、とその時は思っていたけど

「おっせーな・・・」

ため息をついて、和馬は階段に腰掛けた
和馬達バスケ部は 文化祭では何も出し物をしないから練習は今日も普通にある
体育館が使える日じゃないから、部員は今頃 外を走っているだろう
その程度なら、自主練習でなんとでもカバーできるけれど それでも
こうしてボンヤリとしているのはとても無駄な時間に思えた
試合が近いから、できるなら早くの用事をすませてクラブに出たい
そう思って、またため息を吐いた

2度目にを見たのは この渡り廊下の側の階段だった
クラブの後、教室に忘れ物を取りに行くのにここを通った
もうみんな帰った時間
ここに、と知らない男がいた
一目見て、もめてるんだということがわかった
「放して、私もうあなたとはつきあえない・・・」
そう言ってが泣いているのに、男はの腕を掴んだまま放さなかった
無視してもよかった
二人とも知り合いじゃない
男は見たこともないような奴だったし、は入学式の日にちょっと可愛いなと思った程度の子
それだけだったけれど
「やめてやれよ、嫌がってるだろ」
口が、身体が
どっちが先だったかわからないけれど、和馬は気づいた時にはの細い腕から男の手をひき剥がしていた
別れたがってる女にいつまでもネチネチと、言い寄る男の気が知れない
ふられたんなら潔く諦めればいいのに
こんな風に泣かせてまで、側にいたいものなのか
「ありがとう・・・」
は涙のたまった目で和馬を見上げていた
怯えているのか、かすかに肩が震えていて、その様子がとても気になった
ああ、やっぱり可愛い
あのなんとかっていう大坂弁の奴が の可愛さは学年ナンバー5には入るとか言ってたっけ
ふわふわの長い髪
潤んだ大きな目
入学式に見たあの横顔より 幼く見えるのは彼女が泣いているせいだろうか
「ありがとう・・・名前・・・教えて・・・?」

それから、と時々話すようになった
別れた彼氏がしつこくつきまとうのが恐いと言って よく泣いていた
彼女は和馬を「和馬くん」と呼び、自分のことも名前で呼んでねと笑った
笑うと、ぱっと花が咲いたみたいになってドキ、とした
「お前のそれは恋やな、恋」
あいつはからかうように言ってたっけ
「ゆうとくけど、競争率めっちゃ高いで」
そんな気はなかったのに、まるで暗示にかかったみたいに気になりだして
彼女に頼られるたび、
彼女が笑いかけてくれるたび、想いは増していくようだった
競争率の高い
色んな男が「可愛いから好き」だとそう言っているのを聞く
気になる相手には やっぱり好きになってほしくて、
「和馬くんがいるからもう恐くないよ」と言ってもらうたび、
格好悪いところは見せられないと気張って緊張して
の好きそうな男になれるよう、
うまくやれるよう、気を使ったり張り切ったり
本当は、明日の試合のことで頭がいっぱいなのに からの相談の電話に3時間もつきあったりして
無理をしていた
無理していると、自分では気付かないけれど

「遅くなってごめんね」

ふ、と
思考を遮られ、和馬は現実に戻ってきた
手芸部に入っているは、なかなかクラブを抜けられなかったのだと言って いつもの可愛い笑顔で謝った
「いいよ、別に」
窓から見える時計は4時半を指している
もうこんなところで30分も待っていたのか、と
和馬はを無言でうながした
話って?
大体の想像はつくけど
前の彼氏がまた電話をしてきたとか?
昼休みにしつこく付け回されるんだとか?
「私ね、和馬くんのことが好きなの」
見上げてきた大きな目が、たくさんの光を浮かべて揺れていた
「え・・・?」
最初、意味がわからなかった
聞こえなかったわけじゃない、理解ができなかった
「和馬くんに色々助けてもらったよね
 すごく嬉しかったし心強かった
 和馬くんはいつでも私を守ってくれたよね、だから私」
の頬が赤く染まっているのを呆然と見ていた
理解できないんじゃない、信じられない
「私と・・・つきあって」
それは、想像もしていない言葉だった
まるで自己暗示みたいなこの恋愛
可愛いから、と気になって
ちょっと仲良くなると嬉しくて
好きになって欲しくて頑張ってみたり、無理してみたり
はモテるから 自分のこの想いなんか叶うはずもないと思っていたし
バスケ本命の自分には、この程度の恋愛が似合ってると思っていたのに

「私じゃ・・・嫌?」

和馬くん、他に誰か好きな人がいるの? と
その言葉に 苦笑した
いるわけがない、こんな恋愛なんかに興味の薄い自分には
そして、だからこそ戸惑った
どうしていいのかわからなかった
ただ、断る理由がないということだけ、それだけわかった

クラブに出ると、もうみんな帰るところだった
「聞いてよ、鈴鹿
 100メートルダッシュで最高記録出たんだよー」
まだ着替えていなかったが、笑ってそう声をかけてくる
それでようやく頭がはっきりしてきた
ああ、こいつの声は自分を現実に戻してくれる
・・・あのさぁ」
水道で、ぱしゃぱしゃ手を洗っているの側に座り込んで言ってみた
「俺、に告白された」
の顔は見れなかった
つきあうって具体的にどうしたらいいのかわからない
毎日一緒に登校して、下校して?
だけど自分はクラブがあるから、をつきあわせるなんて不可能だ
最初はよくてもこの先ずっとだなんて
冬になれば、帰りなんか真っ暗だし
そんな時間まで待たせられないし、だって嫌だろうし
「よかったじゃん、あんたのこと好きだったんでしょ?」
「んー・・・」
チラ、と
を盗み見した
視線に気付いて、は笑った
にっと、屈託なく
それでちょっとばかり安心する
素直に喜べないのは まだ信じられないからだ
まどかがきいたらきっと大騒ぎするだろう
おまえにはもったいないなんて、悪態つくかもしれない
心にモヤモヤしたものがあるのは、慣れないせいだ
が今は、自分の彼女だなんて
「鈴鹿も彼女持ちかぁ」
が笑った
「なんか変な感じだな、そういうの」
「もっと喜びなさいよ、両思いだったんだから」
「んー・・・なんかまだ信じられねぇ」
「幸せものだねぇ、鈴鹿は
 あんな可愛い彼女、恨まれるよ、みんなに」
「かもな」
へへ、と
笑えた
さっきまで、緊張で顔がひきつってた気がしたけど
「なぁ、おまえは好きな奴とかいねぇの?」
息を吸って、それから勢い良く言った
と話していると、少しずつ自分を取り戻せてきた
気持ちが楽になっていく
好きな子が告白してくれたのに、さっきまで不安だったり息苦しかったりでそわそわしてたから
やけに気が焦っているような、そんな落ち着かない感じだったから
「私は興味ないな」
恋愛には、と
の言葉に 和馬は笑った
「おまえらしいなぁ」
「あんたに言われたくないわよ」
「まぁな」
親友みたいな奴
最初の出会いは体育館だった
先輩がの大ファンだったから 自然目がいくようになって よく練習してるのを見てた
シュートフォームが綺麗で感心したっけ
いつしか、仲良くなって
何でも話せる親友みたいになって
バスケが一緒にできるから、そこに男女の区別なんかなくなっていた
ボールを挟んで1対1
だからは最初から 恋愛対象には入ってない
近すぎて、気づかない
も女だってことに

「なぁ、ちょっとつきあってくれよ」
「なに?」
「身体動かしたい」
「えー、勘弁してよ、あんたはサボってたけど私はちゃんと練習したのよー」
もうクタクタよ、と
言ったに、和馬はピッと人さし指を顔の前に立てた
「1ゲームだけ、なっ
 帰りは送ってくから」
「・・・坂道も後ろ乗ったままでいい?」
「ままでいい」
「自転車押さなくていい?」
「押さなくていい」
やれやれ、と
呆れた顔で は笑った
「1ゲームね」
そうしてグラウンドの隅にあるバスケットゴールに向かって歩き始めた
本当の自分が戻ってきた
こうやって、バスケをしてるのが何より好きな自分
彼氏とか彼女とかを まだ少しくすぐったいと思っている子供な自分
無理して、頼れる男でいようとしていたり
泣くを色んな言葉で慰めようとしていたり
そんなのが今、ようやく消えた
自分の中に、本当の自分が戻ってくる

その夜、からの電話を切って 和馬は大きくため息をついた
夜は必ず電話してね
朝はおはようのメールを頂戴
の誕生日を覚えていてね
今日は18日だから 毎月18日には恋人になったお祝をしようね
「・・・はぁ」
くすぐったい
嫌じゃない
でも、そんなことができるのか不安ではある
何よりバスケが一番な自分にとって それ以外のことに構っていられる余裕があるのだろうか
「まいったな、もうこんな時間か」
時計は11時を指している
クラブにも出れなくて 帰ってきてからの自主練習もロクにできなかった
(・・・走ってこよう、試合近いし)
なぜか、の顔が浮かんだ
ライバルで同志
1年で唯一のレギュラー
の存在は和馬のやる気を起こさせる
負けられないという気にさせる
最近がぜんやる気のに、和馬は影響されている

外の風は少し冷たかった
火照った身体を冷やすように、和馬は走り出す
持て余し気味の彼女の存在を抱えて


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