初試合  (鈴×主)


夏休みがあと2日で終わる
今日はがレギュラーとして出る初めての試合
他校の体育館に朝の10時に集合
絶対遅れられないこの日、はダッシュでバス停に向かっていた

本日起床9時15分

「やっぱい、ほんとあと5分寝てたら遅刻だよ〜っ」
大きなスポーツバッグを持って 駅の時計を見ながら乱れた息を整えた
バスは9時半に出る
なんとかギリギリ間に合って はやれやれ、とバスを並ぶ人の列に加わった
寝坊して慌ててバックを掴んで出て来たから顔も洗ってなけりゃ髪もとかしてない
でもそんなことより 朝のトレーニングができなかったことの方が気になった
そして そんな自分に気付いて苦笑する
(私ってつくづく・・・)
女の子らしくない
普通の高校生だったら、もっと身だしなみに気を使うものだろうに
の意識は今から始まる試合のこととか、試合前のウォーミングアップのこととか
そんなことへ移行してる
心の中はバスケでいっぱい

5分ほどバスを待っても、バスは来なかった
周りの人がざわつきだしたのに、もその異常に気付く
もしかして道が込んでて遅れているのだろうか
駅の時計は9時40分になろうとしている
今日の試合会場まで車で20分
これ以上バスが遅れたら 間に合わない
「・・・どうしよう・・・」
電車では行きにくいからバスで来いと言われていた場所
それでもここで何もせずに いつ来るのかわからないバスを待っているよりいいだろうか
(えっと・・・たしか最寄り駅は・・・)
がさ、と
昨日配られたプリントをポケットから出して広げた
その時である
後ろから のこの焦った心情を逆なでするような のんきで優雅な声がかかったのは

くん? どうかしたの?」
「今取り込み中・・・」
あれ? と
咄嗟に答えた後 その声に聞き覚えがあって顔をあげたの目に 色のにこやかな笑顔が映った
「やぁ、おはよう
 くんはこれから試合?」
「うんでも、今まさに大ピンチなんだけど」
遅刻しそうで、と
はプリントをバッグへ突っ込むと 駅の方へ視線をやった
やっぱり電車で行こう
電車なら30分ほどかかるけど、それでもここでバスを待つよりマシな気がする
「悪いけど三原、私ちょっと急いでるから」
「待って、くん
 どうしたの? 僕で良ければ力になるよ」
「じゃあバスを今すぐ呼んできて」
半ば邪険にも聞こえるの言葉に 色が一瞬キョトンとした
それからの顔をまじまじと見て
「バスは無理だよ くん
 車で良ければ そこに止まっているけどね」
そう言った
まったくこちらのピンチを察しない、腹がたつ程にこやかでおだやかな顔だったけれど
彼の美しい指が指した先には、真っ白くピカピカした車が止まっていた
これぞまさに、天の助け

「寝坊したからって 女の子がこんな格好で外に出るものじゃないよ」
「しょうがないでしょ、大事な試合なんだから」
色の車の中で、はようやく息をついた
「ほんとありがとう
 でも、どこか行く途中じゃなかったの?」
「散歩をしていたんだ
 そうしたら君の姿が見えたから声をかけてみた
 まるで嵐の中を通ってきたかのような酷い有り様の君が気になって」
「・・・そんなに酷い格好してる?」
「女の子がこんな風に髪をバサバサにしてちゃダメだよ」
(まぁ、顔も洗ってないしなぁ・・・)
気づかっているのか、呆れているのか
色はス・・・と手をのばすと の髪を束ねているゴムをはずし、どこから出したのか櫛で髪を丁寧にすきだした
「ちょ・・・っ、いいよ、三原っ」
「いいからじっとしてて、髪が痛んでしまうから」
「・・・自分でやるから」
「ダメだよ、どうせくんは乱暴にやるんだろう?」
「・・・」
なんとなく、居心地悪い
男の子に、一応女である自分が髪をとかしてもらうなんて
「うー・・・恥ずかしいなぁ・・・」
だがそれでも、
遅刻というピンチを救ってくれた色には逆らえず、は窓の外に視線を泳がせながら顔が赤面するのを感じていた
できるだけ早く、と
言ったの言葉に 運転手はかなりのスピードで試合会場へ向かってくれている
これなら集合時間に間に合いそうだ、と
ほっとしたの隣で 色がクス、と笑った
「え? 何?」
「いや、くんの髪はいい香りがするよ」
「えぇ?!! 恥ずかしいこと言わないでよっ」
「花の香りかな? 」
「・・・昨日お風呂の後 花いじってたからかな」
「うん、くんの側に寄るといいにおいがするよ」
「だからっ、恥ずかしいからやめてってばっ」
匂いとかって、なんか恥ずかしい、と
今度こそ真っ赤になっては喚いた
おもしろがっているのか、これが色の素なのか
彼は「僕は好きだよ」とか何とか言いながら 相変わらずバカ丁寧にの髪をとかしている
くんの髪は綺麗だね
 どうしていつも束ねているの? もったいないね」
「・・・バスケするのに邪魔だからね」
「ああ、そうか、バスケットか・・・」
「うっとおしいから切りたいんだけど、和服着る時短いとしっくりこなくて・・・」
「切るなんてとんでもないよっ、そんなの僕は反対だからね」
突然の、色の大声に はひゃあ、と思わず声を上げ
まじまじと色の顔を見つめて笑った
「なぁんで三原がそんなこと言うのよ」
「君のこの髪が好きだからさ
 君が大切にしないなら、僕が君のかわりに大切にしてあげるよ」
この台詞、大真面目なんだろうなぁ、と思いつつ
「三原は変わってるね」
そう言って、はやはり赤面するのを必死で隠した
色の言葉や態度は他の男子達とは確実に違う
これが彼の感性で、これが彼の変人もとい芸術家ゆえのものなのだろうが
(ちょっと恥ずかしいんだよね、普通は言わないよね、そーゆうこと)
梳き終わった髪をがまた無造作にくくったのを見て 少し名残惜しそうにした色に は小さく苦笑した
色の言ってくれたことは、すごく嬉しいんだけれど
やっぱり自分にはつり合わない言葉、もったいない言葉
こんな身だしなみなんかより 試合のことで頭がいっぱいの自分には くすぐったすぎてには少し居心地が悪い

集合時間丁度に、車は校門前についた
「ああ、あそこに集合してるね」
「ありがとう、三原っ
 おかげで助かった、今度絶対お礼するからっ」
車を飛び下りるようにして、校舎の前に集合しているバスケ部のところまで走っていく
色のおかげで遅刻は免れて、
試合前のウォームアップもちゃんとできた
レギュラーとしての初の試合
夏休みの練習の成果を確かめるいいチャンス

「お、あいつノッてるなぁ」
体育館の2階から、和馬は女子の試合を見ていた
自分の試合はこの後
寝坊してギリギリにやってきたを冷やかしつつ、負けるなよ、と
そう言って今 ここで見ている
また、のシュートが決まった
他校でやってるいのに、会場が湧く
「目ぇ引くんだよなー、のプレイって」
清清しいっていうか、キレがあるっていうか
自分のように ただがむしゃらにぶつかって行くのではないプレイスタイル
相手の動きをよく見てるのが ここから見ているとよくわかる
危ない、と思っても接触しない
当たるのをなるべく避けて スマートに攻撃する
だから綺麗に見える
シュートフォームだって、毎日毎日ばかみたいに練習してるのを見てるからわかる
その成果だろう
まるで手本のように綺麗なシュート
当たられて体勢が崩れても外れないのに感心する
(やっぱ巧いよな、あいつ)
同じバスケプレイヤーとして のプレイを見ていると刺激される
力押しで、勢いまかせの自分が見習わなければならない部分がたくさんある
だから、いつの間にかばかり目で追ってる
しか見てなくて、あっという間に試合終了
「やったっ」
瞬間、笑ったにドキ、とした
真剣だった目が 急に明るくなって笑った
太陽の陽がさしたみたいに、その場が明るくなった気がした
が笑っただけで

(びびった・・・)
ちょっとドキドキしている自覚がある
(あいつ、笑うと可愛いんだよなー・・・)
チームメイトと喜びあっているを まだ視線で追いかけながら 和馬は小さく息を吐いた
いつも一緒にいる男友達みたいな相手だから そういうことは普段意識しないけれど
でも こうやって離れたところから見てるとドキドキするし目が離せない
二人はいつも近くにいすぎて、
の存在は和馬にとって近すぎて
だから見えない
こうして、遠くから見てようやく気付く
に魅かれている自分に

「綺麗だね、彼女」
ふ、と
側でため息まじりの声がした
驚いて振り返ると そこに何故か色がいる
こんな所には不似合いなオーラを放っている美の化身
こんな男は軟弱だ、と
和馬の苦手ランキング上位に入っている彼は、もう一度感嘆のため息を吐くと言った
くんは本当に綺麗だね
 始めてバスケットをしているところを見たよ
 ここは彼女が一番輝ける場所なんだね」
「はぁ・・・」
何言ってんだ、コイツと
そもそも自分に話し掛けているのかもよくわからない様子に 和馬は色から視線を外した
もう一度コートに目をやると、がこちらを見ている
・・・」
大勝利だな、と
そう言おうとして だがその言葉はの声にかき消された
「三原?! 見ててくれたの?」
驚いたような、どこか嬉しそうな声
の目はまっすぐに、側に立っている色を見ている
「とても綺麗だったよ、くん」
「ありがとうっ」
が笑った
さっきみたいな、キラキラした笑顔
真夏の太陽みたいな
いつもなら、試合の後 一緒に喜びあうのは自分なのに
は色を見ている
それが無性に腹立たしかった
(なんなんだよ・・・)
このイライラは何だろう
大事なものを取られた気がした
「そんな風な君は初めて見たよ、思わず見とれた」
こんなバスケなんか何もわからないような奴に
綺麗だとか、そんなありきたりの言葉しかいえないような奴に
自分なら、もっと違う言葉をかけるのに
何点目のシュートはタイミングがバッチリだった、とか
パスのテンポが良くて攻撃がうまくまとまってたな、とか
さっき当たられたけど、大丈夫だったか、とか
「・・・・っ」
どれも言葉にならなかった
だってはこっちを見てない
ワケのわからない誉め方をする色に、赤面しながら何か言ってる
何なんだ、部外者はどっかいけよ、と
言葉にできない憤りをため息にして吐いた時
「鈴鹿、次あんた達でしょ」
突然、がこっちを向いた
「・・・おう」
「何辛気くさい顔してんのよ」
「辛気くさいってお前なぁ・・・」
が悪戯っぽく笑った
ああ、いつもの顔だ
「試合ちゃんと見てた?」
「見てたよ」
「じゃあ何でお祝の言葉がないのよ」
「・・・うっせーな、あんなとこ相手に負けるようじゃ先が思い遣られるんだよ」
「なによー、あんた達勝てるんでしょうね」
「勝つに決まってんだろー」
出てくる、出てくる 心にもない言葉
ああでも、はいつもみたいに笑ってくれた
こっちを向いてる
和馬を見てる
「頑張ってね」
「おう、まかしとけ」
最後に が笑ってくれたから、和馬のイライラはそれで全部消し飛んだ気がした
集合の笛が鳴る
、帰り すぐ帰るのか?」
「え? 別に何も決めてないけど」
「だったらつきあえよ、図書館」
「図書館ー ?!!!」
床に置いていたバッグを持って、和馬はコートからこちらを見上げているに笑った
「俺 宿題ヤバいんだよ」
「うっわ、何それ
 あんた私にやらす気ー ?」
「アイスおごるから手伝えよ」
「・・・3段ね」
呆れたようなの顔
「お前っていい奴」
だから好き、と
それは言葉にしなかったけれど、和馬はにっと笑ってに手を振った
「あとでな」
「負けたらつき合ってやらないからね」
「勝つに決まってんだろ」
和馬の姿が客席から消えたのを見送って はクス、と小さく笑った
夏休みもあと少し
和馬の宿題が今日中で終わるわけもなく、
明日も、なんて言う奴の顔が想像できておかしかった
それでいい
自分は友達でいい
和馬とこうしてバカみたいに笑って、バスケのことを話して、
一緒に夢を追い掛けていけたらいい
「今日はありがとう、三原
 また新学期にね」
二人のやりとりを黙って見ていた色に手を振り、も撤収のかかったコートを後にした
色が最後にくれた無言の微笑の憂いに、気付かないまま


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